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◆偽 り の 証 言

2015年10月14日 06時38分07秒 | 聖書

 隣人に対し、偽りの証言をする人は、
こん棒、剣、また鋭い矢のようだ。(箴言二五18)
 
もし友人が殺人罪で裁判にかけられている場合、自分はその友人が犯人ではないとはっきり知っているのに、「この人こそ犯人です」と偽りの証言をしたらどうでしょう。そんなことは、まさか私はしないだろうと、多くの方がお思いになると思います。
しかしどうでしょうか。友人が殺人犯として裁判にかけられている場合、私は、友人が犯人ではないとはっきり知っていながら、かかわり合いになりたくないのでだまっている。――そういうことは私にもありそうだと、お思いになりませんか。「うそ」を言う偽りの証言もあります。しかし、だまって言わない偽りの証言が、それ以上にありましょう。そのような偽りの証言も、同じように、あなたの隣人に対して、こん棒となり、剣となり、鋭い矢となるのです。
キリストはすべての人を愛し、すべての人の罪をゆるすために十字架にかかられました。それなのに、罪を悲しみ、絶望して立ちあがれない人に、神の愛と救いをあかししないでだまっていることは、どんなに罪深いことか知れません。しかし、かかわり合いになりたくないとか、めんどうなことになりたくないのでだまっている。――そんな人間の心の弱さを、私の内に覚えます。
イエス・キリストは、「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、……地の果てにまで、わたしの証人となります」(使徒一8)と言われました。
真実な証言をすることは、考えてみると、そのために上からの力・神の愛の力が必要なのです。
 
 

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