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箴言4:23

2018年07月10日 20時14分17秒 | 聖書

「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく」(箴言4:23)

自分の心を見張るのは誰だろう。誰かが見張ってくれるのだろうか。
そうではない、他人が見張ってくれない。
自分が自分の心を見張らねばならない。
自由意志が与えられており、神もそこを支配されない。
あなたの心の態度は、あなたの自由な選択の結果だ。

神はあなたの態度をコントロール出来ないし、されない。どこまでも自由だ。
次から次へと問題は起きる。私たちを悩ませる対人関係が出て来る。
環境を変えれば何とかなるのでは、職場を変われば・・、相手が変われば何とかなる・・、

又、困難な事態が目の目に生じると、ちょっと時間を置けば何とかなる・・、環境、相手、時の問題にしようとするが、そうではなく、最大の問題は自らの心の態度だ。

苦難の人ヨセフは、兄達の妬みを買い、エジプトに売り飛ばされ、大変な苦しみに会う。
そこで、主人の好意を得、認められるが、又、苦難が来て、無実の罪で投獄される。
しかし、そこでも、模範囚となり、監獄長に認められる。

「主はヨセフと共におられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた」。
神がそのようにされた。しかし、そこに、ヨセフの神の御前における正しい態度があった。

環境、状況がどうであろうと、どんなに悲惨であろうと、心を歪ませないで、屈折させず、真っ直ぐに神を見て行く時、立って行ける。
ヨセフが自分の心を歪ませないよう、心をガードしたように、私たちも心を堅く見張っていよう。

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信仰生活で重要なものが、心の態度だ。自分次第だ。
心を屈折させて、いじけたり、すねたり、反抗する事ができる。
しかし、どんな中でも、自己憐憫、自己卑下せずに、主を信じて行こうとすることができる。
態度は自分の選択だ。
苦しい中で、素直に主を信じて行く選択が出来るよう祈ろう。


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