みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

1254 旱魃応急策のその後

2009-11-21 08:00:32 | 岩手の冷害・旱害
   <↑ Fig.1 大正15年6月29日付 岩手日報>

 前回は赤石村の6月22日時点での旱魃被害状況などについて報告したが、その後の対策等はどうなっていたのだろうか。

 6月23日以降の岩手日報で旱魃に関する記事は、このブログの先頭にある6月29日付けの岩手日報の記事であり、その内容は以下のようなものである。
【大正15年6月29日付 岩手日報】
 電力用水補給各地に増加
 県下各地の水田は水不足のために移植不能のもの三千余町歩に達すると云はれてゐるがいつまで、まつも雨らしい雨も降らず人力によるほかなく各地とも鑿井あるひは電力により用水を補給してゐるが盛電配電区域のみにても
 紫波郡赤石村 百馬力
 同  長岡村 十馬力
 仝  好地村 廿馬力
 仝  彦部村 十馬力
 稗貫郡宮野目 廿五馬力
 同 八重畑村 十馬力
 同  矢沢村 卅馬力
和賀郡南北成島 十馬力
等は既に工事着手し給水してゐるものあり・・・

ということで、赤石村にはこの中では最大馬力の100馬力の揚水装置を設置はしたものの、以下に続く次のような記事
 赤石村上水工事
(紫波)紫波赤石村では旱魃応急策として、北上川筋域内から上水に決したが同村上野地に至る千二百間の引水工事故(ゆえ)、一大難工事とされ今月中に完成するためには多大の努力を要することゝで昨日県勧業課から藤原技師出張して種々協議するところあった
から判断すれば、6月28日時点では水田そのものには揚水できていなかったようだ。上水口から水田まで引水する樋を1200間(約2.2㎞)も設置する難工事が待っていたからである。

 また、紫波郡だけでなく、賢治が下根子桜で独居自炊生活を始めていた花巻町が含まれる稗貫郡も似たりよったりで、以下の記事によれば
【Fig.2 大正15年6月30日付 岩手日報】

 稗貫郡内の稲作々付反別 今後の天候が気づかはれる
(花巻)梅雨期も過ぎまさに土用入りといふのに稗貫郡内では灌漑水不足のため、苗代から本田に移植せぬ反別は実に百五十町歩の多さに達してゐる、郡勧業係の調査によると、八割以上完了せる個所は湯口村のみで湯本、八幡、好地、八重畑、新堀、矢沢、亀ヶ森大迫一部には全く田植不能の個所もあって、目下動力使用で漸次移植せしむる方針を取つてゐるが何せ一昨年来の旱魃さわぎとて少しの雨では焼石同様の状態である、今昨年の同期に比較すると本年は融雪時季もおくれてゐるし、各河川の上流地方では割合に早く移植したゝめ、まづ田植え完了の面積は比較的増加した併し今後一層旱魃が続くものとすれば水田に亀裂を生じ稲作枯死の状態を現出する事になるが目下のところ本年は昨年に比し作付反別は良好である。
というわけで、赤石村に比べればましとはいえ、6月末だというのに150町歩もの水田がまだ移植されていなかったようだ。

 そして、次の
【Fig.3 大正15年7月2日付 岩手日報】

 当分つゞく雨もよう=植付けもこれでどうやら出来そう=
 数日前 から雨の模様があつたが容易に降らず一日朝に至つて雷雨があつたが水田に対しては植つけまではどうかと疑はれるが陸作には慈雨であつた。・・・
という記事があり、7月に入って待ちに待った量の降水があったのかと思えば、水田に田植えできるほどの雨量ではなかったようである。
 そこで、稗貫郡の農会では見切りをつけて次のような応急策も考え出していたようだ。
【Fig.4 大正15年7月4日付 岩手日報】

▽……植付けの出来ない水田へ……△ 大豆やソバを蒔く ▽……稗貫郡農会が苦しい一作△
(花巻)稗貫郡内には干天つゞきのため本田に移植未了の個所は頗る多く宮野目湯本矢沢各村の五十町以上つゞいて好地の三十町以上
八重畑 新堀、亀ヶ森の十町歩をザット算え上げて見ても実に三百町歩以上の多さに達する見込みだが、このまゝ放棄することになれば農村の経済的に及ぼす影響は可成り莫大なので移植未了反別の前後策につき郡農会では先づやむを得ず大豆若しくはソバを蒔かせる
方針で あるが各農家ではかく多数の大豆、ソバの種子がないので昨年のかん魃に鑑みソバ種を貯蔵してゐた矢沢村あたりから融通し得る見込みだが若し矢沢村から融通不能とあれば県農会に依頼して貰う方針である

 西磐では三百町歩遂に植付不能 少しばかりの雨では植付けは出来ない
  (本文略)
 ただし、翌日の記事には、好地では北上川の上水を利用して田植えが出来たようで、次のようなうれしい記事
【Fig.5 大正15年7月5日付 岩手日報】

 石鳥谷でやつと田植 北上から上水して 
(石鳥谷)稗貫郡好地村大字好地上口方面水田十七町七反歩は水全滅植えつけ出来ないので此度川村與右衛門発起人となり北上川より約四十尺の高地に上水し四日田植ゑを始めた、尚二十尺を上水すれば数十町歩の開墾が出来るので組合組織で事業を遂行すべく目下協議中である
が報道されていた。

 続きの
 ”赤石村等の田植え進捗状況”へ移る。
 前の
 ”紫波の旱魃被害状況”に戻る。

 ”みちのくの山野草”のトップに戻る。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 1253 クライネ・シャデックへ... | トップ | 1255 クライネ・シャイデック... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

岩手の冷害・旱害」カテゴリの最新記事