みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

未完に終わった上田哲の論文

2022-11-01 12:00:00 | 賢治渉猟
《三輪の白い片栗》(種山高原、令和3年4月27日撮影)
 白い片栗はまるで、賢治、露、そして岩田純蔵先生の三人に見えた。
 そして、「曲学阿世の徒にだけはなるな」と檄を飛ばされた気がした。

 前回私は最後に
   したがってこれらのことから判断すれば、露が〈悪女〉にされるということは常識的には考えにくい。
と述べたが現実には、二〇〇七年に出版されたある本では、
 感情をむき出しにし、おせっかいと言えるほど積極的に賢治を求めた高瀬露について、賢治研究者や伝記作者たちは手きびしい言及を多く残している。失恋後は賢治の悪口を言って回ったひどい女、ひとり相撲の恋愛を認識できなかったバカ女、感情をあらわにし過ぎた異常者、勘違いおせっかい女……。
             〈Y著『賢治文学「呪い」の構造』(三修社、二〇〇七年、五九頁)〉
と、はたまた、二〇一〇年に出版された別の本でも、
 無邪気なまでに熱情が解放されていた。露は賢治がまだ床の中にいる早朝にもやってきた。夜分も来た。一日に何度も来ることがあった。露の行動は今風にいえば、ややストーカー性を帯びてきたといってもよい。
              〈H著『宮澤賢治と幻の恋人 澤田キヌを追って』(河出書房新社、二〇一〇年、一四五頁)〉
というように典拠も明示せずに、人権が何よりも優先されるようになった昨今でも、何の躊躇いもなさそうに露をとんでもない〈悪女〉にしているという実態が相変わらずある。よって、〈高瀬露悪女伝説〉はやはり全国に流布したままであると言える。
 またもちろん、先の清六の証言内容等とは正反対とも言える、露の人格を貶め、尊厳を傷つけているとしか思えないような前掲のこれらの記述との間には矛盾がある。よって、これらの典拠は一体何かということが問われるとともに、この実態にはかなりの問題が横たわっているということが示唆される。
 そこで私は、関連する論考等を探し廻ったのだが、〈悪女・高瀬露〉(以降、「〈悪女〉にされた高瀬露」のことを意味する)に関して学究的に取り組んでいる賢治研究者等の論考等はなかなか見つからなかった。そしてやっと見つかったのが、上田哲の「「宮沢賢治伝」の再検証㈡―〈悪女〉にされた高瀬露―」というタイトルの論文だった。彼は、新たな証言や客観的資料等を発掘してこの〈悪女・高瀬露〉を再検証してみたところそれは冤罪的伝説であったということが実証できたということで、一九九六(平成8)年に『七尾論叢 第一一号』(七尾短期大学)上にそのことを発表したのが同論文である(この件に関しての嚆矢となったものであり、しかもほぼ唯一のものだ。現在に至っても、このことに関する他の研究者の本格的な論考等は見つからないからである)。
 ただしどういうわけか、同論文は未完で終わっている。ちなみに、同論文の最後は「(この章未完)」となっている。そしてこの論文はその後完成されぬままに、上田は鬼籍に入られた。しかも、他の号は結構いくつかの図書館等で所蔵されているのだが、この『第一一号』だけはまず見つからない<*1>。したがって、現実的には同論文を読むことはなかなかできない。ところが、私は幸いにもある方からこの『第一一号』を譲っていただいた。そこで同論文を参考にさせて貰い、さらに新たな証言等を付け加えたりして、できれば上田の遺志を継ぎたいと願いながら、〈悪女・高瀬露〉の再検証をしてみたのがこの一連の拙論である。

<*1:投稿者注> <高瀬露悪女伝説>なるものが流布している。そこでこのことについて、上田哲は新たな証言や客観的資料を基にして再検証し、当時勤務していた七尾短期大学の論文集である『七尾論叢 第11号』(平成八年)に、「「宮沢賢治伝」の再検証㈡―<悪女>にされた高瀬露―」と題して論文を発表した。それまでは宮澤賢治研究者の誰一人としてこの伝説を検証する人はおらず、世間は一方的な情報のみを受け容れ続けてきた結果がこの<悪女>伝説を生んだと言えそうだが、それを上田が他に先駆けて再検証してみたところ、実はそれは冤罪的伝説であったということが実証できた、画期的でほぼ唯一の論文であろう。
 かつて私は、この論文を是非読みたいものだと思ってあちこち探し回ってみた。まずは、賢治に関してはほとんどの図書等が揃っている『宮沢賢治イーハトーブ館』に訊いてみたところ、『同第11号』はなかった。次に、『上田さんは岩手に縁があるので、岩手県立図書館にも同号は寄贈されているはずだ』と人伝に聞いたので調べてもらったが、同館に幾つかの号はあったが、肝心の同号は所蔵されていなかった。そこで今度は、花巻市立図書館にお願いをして国会図書館に問い合わせてもらったところ、他の号はほとんど所蔵されているが『同第11号』はないという。
 そこでいっその事、七尾短期大学に問い合わせようとしたところ、もはや同学は存在していなかった。それならばと、石川県立図書館を直接訪れてみたのだがやはり所蔵されていなかった。『同論叢』は第1号~20号までの全20巻があるのだが、同館に『第11号』はないという。そこで、七尾市立図書館ならばと思って直接訪ねてみたが、残念ながらやはり同号はなかった。
 なお石川県立図書館の館員から、金沢大学には所蔵されているということを教わったので、私の知人を介して直接調べたもらったところ、確かに同大学の付属図書館には『第11号』が所蔵されているという。ちょっと嬉しかったが、一般人が少なくとも気軽に行ける所ではない。したがって、私が知る限りでは、市井の人が行ける公的な図書館等で『七尾論叢 第11号』を閲覧できる所はなく、同論文を読むことは現実的にはほぼ不可能であろう。
 一方私は、当時『七尾論叢 第11号』の編集委員であった三浦庸男氏(現在は埼玉学園大学教授)から『同第11号』をお譲りいただけたので所有している。そこで、この論文を多くの方々に読んでもらいたいと願って、上田哲のご遺族から同論文の転載許可をいただき、その旨を三浦教授にご報告したところ、もはや七尾短期大学は存在していないということもあり、転載は問題ないだろうという御判断をして貰えましたので、『宮沢賢治と高瀬露―露は〈聖女〉だった―』(「露草協会」、ツーワンライフ出版)等に所収させていただいた。
 つきましては、上田哲のご遺族並びに七尾短期大学の関係者の皆様方にここに深く感謝申し上げます。

 続きへ
前へ 
 “賢治渉猟”の目次へ。
 ”みちのくの山野草”のトップに戻る。

【新刊案内】『筑摩書房様へ公開質問状 「賢治年譜」等に異議あり』(鈴木 守著、ツーワンライフ出版、550円(税込み))

 当地(お住まいの地)の書店に申し込んで頂ければ、全国のどの書店でも取り寄せてくれますので、550円で購入できます。
 アマゾン等でも取り扱われております。

【旧刊案内】『宮沢賢治と高瀬露―露は〈聖女〉だった―』(「露草協会」、ツーワンライフ出版、価格(本体価格1,000円+税))
 
 岩手県内の書店やアマゾン等でも取り扱われております

【旧刊案内】『本統の賢治と本当の露』(鈴木守著、ツーワンライフ出版、定価(本体価格1,500円+税)

 岩手県内の書店やアマゾン等でネット販売がなされおります。
 あるいは、葉書か電話にて、入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金として当該金額分の切手を送って下さい(送料は無料)。
            〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守  ☎ 0198-24-9813
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 胡四王山(10/27、残り) | トップ | 胡四王山槻ノ木(10/27、ヨツ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

賢治渉猟」カテゴリの最新記事