みちのくの山野草

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父との衝突・賢治の自分自身に対する怒り

2018-02-11 14:00:00 | 法華経と賢治
《『塔建つるもの-宮沢賢治の信仰』(理崎 啓著、哲山堂)の表紙》

 さて理崎氏によれば、賢治は父に対して大正7年2月頃に法華経を主張し始めているという。そしてその頃賢治は父と何度もぶつかっているとも(前掲書64p~)。例えば次のような書簡からもそれが解るということで、
 私の父はちかごろ毎日申します。「きさまは世間のこの苦しい中で農林の学校を出ながら何のざまだ。何か考えろ。みんなのためになれ。錦絵なんかを折角ひねりまわす不届千万。アメリカへ行かうのと考へるとは不見識の骨頂。きさまはたうたう人生の第一義を忘れて邪道にふみ入ったな」
              〈67p~〉
という〔1919年8月20日前後〕保阪嘉内宛書簡154を引用していた。確かに父親からすれば、「農林の学校を出ながら何のざまだ…(略)…錦絵なんかを折角ひねりまわす不届千万。アメリカへ行かうのと考へるとは不見識の骨頂」と父が怒り心頭に発するのは尤もなことだ。常識的に考えれば、冷静になってみればすぐわかることだからだ。

 またこのことに関して田口昭典氏は次のように推察していた。
 国柱会に入会したことで、父との宗教上の問題について論争を始めた。田中智学は、青年時代に新居菩薩の率いる日蓮宗大教院の教育にあきたらず、その摂受主義教学に反抗して、「折伏」こそ日蓮宗の心髄であると宗門を脱して独立し「蓮華会」を創立したのである。由来国柱会の心髄は「折伏」である。賢治が国柱会員として、父を説得して日蓮宗に改宗させようと試みたことは理の当然であり、そのことで父親と激しい口論を展開した。
             〈『宮沢賢治と法華経について』(田口昭典氏著、でくのぼう出版)69p〉
そういえば、賢治は「田中智学先生の御命令の中に丈あるのです」と保阪への手紙<*1>に書いていたということだから、「父を説得して日蓮宗に改宗させようと試みたこと」も、それに対して父が怒り心頭に発したことも当然の理であったであろう。
 そしてこの親子の諍いについては、この度の直木賞受賞作『銀河鉄道の父』(講談社)の中では、例えば「6 人造宝石」という章の中の235p~241pにおいて、賢治の意固地さとそれを諭そうとする父親の苦衷がわかりやすく描かれていた。

 その一方で、賢治は自分自身に対してもやり場のない怒りをぶちまけていたことがわかるということで、理崎氏は、
 私なんかこのごろは毎目ブリブリ憤ってばかりゐます。何もしゃくにさわる筈がさっぱりないのですかどうした訳やら人のぼんやりした顔を見ると、『えゝぐづぐづするない。』いかりがかっと燃えて身体は酒精に入った様な気がします。机へ座って誰かの物を言ふのを思ひだしながら急に身体全体で机をなぐりつけさうになります。いかりは赤く見えます。あまり強いときはいかりの光が滋くなって却て水の様に感ぜられます。遂には真青に見えます。
             〈『塔建つるもの-宮沢賢治の信仰』68p〉
という、〔1920年6月~7月〕保阪嘉内宛書簡165を理崎氏は引用している。そして理崎氏は、「賢治の言う修羅とは、こうした感情を指したのだろう」と斟酌していた。たしかに、「誰かの物を言ふのを思ひだしながら急に身体全体で机をなぐりつけさうになります」というような賢治の憤怒は度を超している。すると先に〝利己的で破壊的な性癖を思想によって飼いならす〟で触れた、
 こうした欲望のままに生きる、利己的で破壊的な性癖を思想によって飼いならして晩年のような人格を作っていったのであろう。
という理崎氏の指摘がここで改めて頷ける。

〈*1:註〉 大正9年12月2日付 保阪嘉内宛書簡
 今度私は
  国柱会信行部に入会致しました。即ち最早私の身命は
  日蓮聖人の御物です。従って今や私は
  田中智学先生の御命令の中に丈あるのです。 謹んで此事を御知らせ致し 恭しくあなたの御帰正を祈り奉ります。
           <『新校本宮澤賢治全集第十五巻書簡 本文篇』(筑摩書房)>

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 なお、ブログ『みちのくの山野草』にかつて投稿した
   ・「聖女の如き高瀬露」
   ・『「羅須地人協会時代」検証―常識でこそ見えてくる―』
や、現在投稿中の
   ・『「羅須地人協会時代」再検証-「賢治研究」の更なる発展のために-』
がその際の資料となり得ると思います。


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