他に好きな人がいるのに別の人と結婚したりつきあったりして、
結局は元の鞘に戻るって映画、わりとよくあるけど、
わたしはこれがどうも嫌いで仕方ない。
それで捨てられた方の脇役の気持ちは、わりとスルーされてることが多いし、
最初から騙されてたなんてかわいそうすぎる。
恋愛モラルと言うか貞操観念的なものはないので、
浮気とかにはあんまり問題を感じないんだけど、
騙すのはよくない。騙して傷つけるのはよくない。と思ってる。
この映画は美術も含めて映像がとてもきれいでスタイリッシュで、
トム・フォードの監督したアメリカ映画→「シングルマン」を
フランス映画にしたような感じの絶妙な美意識と思いました。
見てるのは楽しかったです。(予告編でもそれはわかると思う)
ただ主演女優があまりにおばちゃんで、騒がしいしヒステリックだし、
繊細な役なのにがさつな感じだし、おばちゃんすぎて、乗り切れない。
自己主張が強く自分勝手だけど、
愛しているという一点ですべてが許されると思ってる女・・・無理だわ~。
でも許されるのよねぇ映画の中では。笑
ロランス(男性)は恋人(女性)と仲良く幸せな暮らしをしていたけど
ある日決心します。男性である外見を捨てようと。
自分に正直になって女装し、女性として生きようと。
彼はずっと自分の性自認を偽って普通の男として生きてきたのでした。
しかし突然のカミングアウトに驚く恋人。そりゃそうでしょうね。
でも動揺しながらも彼を支えることにします。そこは偉い。
しかしロランス、男性としての自分の身体に違和感を持ち、
女性としての自分を取り戻しても、恋愛対象は女性のままなんですね。
そういうときって、女性として女性を愛するのか、
身体的には女性になっても男性として女性を愛するのか、
それぞれによって違うんだろうけど
ロランスは、彼女との関係は男性だったときと変わらない感じです。
その後、女装して生きるのを選んだロランスは、教師の仕事を首になり
まわりからの偏見や差別にもあい、苦しい時期になります。
そのうちに、そういう状況に恋人の彼女の方が耐えられなくなり・・・・
その後、上記した状況になっていくわけですけど、
その辺はネタバレになるのでやめときます。
→「チョコレートドーナツ」でも思ったけどジェンダーの問題に対する差別が
世間に根強くあるのは知ってるけど、自分の中にそういうのがないので
こういう映画を見ても、ジェンダー問題を扱ったものとしてではなく
なんとなく普通に自然に恋愛映画として見てしまいます。
1対1の恋愛に、性差のバリエーションがいくらあっても
何も不思議ではない、自然なことと思っているので。
でもフランスでもアメリカでも、もちろん日本でも
映画に描かれた少し前の時代でも今でも、
まだまだ差別はなくならないのだなということは忘れない方がいいと思う。
映画の中で、ボロボロのロランスを助けて優しくしてくれたのは、
やはりはみだしものの人たちでした。
世間ではフリークと言われゲテモノ扱いされるタイプの人たちだと思う。
疎外される人に優しいのはほとんど、
疎外されてる人たちだけだなぁ。と思った。
弱いもの同士で集まって、なんとか支えあうけど
世間的には弱いままなのが切ないな。
現代は「Lawrence Anyways」。
どっちにしても、なんにしたってロランス、
同じロランスに変わりはないって感じかな。
「わたしはロランス」は結構いい邦題だと思います。
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