sigh of relief

くたくたな1日の終わりに、
熱いコーヒーと、
甘いドーナツと、
友達からの手紙にほっとする、感じ。

映画:グレートミュージアム ハプスブルク家からの招待

2017-02-26 | 映画


大英博物館やウフィツィ美術館など、美術館に関するドキュメンタリー映画は
ここ数年で何本も見たけど、
フィレンツェメディチ家の至宝 ウフィツィ美術館
みんなのアムステルダム国立美術館
ナショナルギャラリー英国の至宝

でも、今回のこれは特に素晴らしかった!

説明少なく抑制が効いてて、でも正面構図で撮られる修復や工事のシーンは
まるでそこに飾られている絵画の一つのようにきれい。
光をきれいに撮られていると思いました。
そしてヨーロッパの歴史の絢爛な重み。重いわー。
ハプスブルク家。重すぎて複雑すぎて、極東のアジア人には
多分、全てを理解できないのかもなぁと思いながらその絢爛にうっとりします。
富と権力にあかして世界中から買ったり奪ったりした宝も多いでしょうが
その歴史の是非はともかく、うっとりせずにはいられない。

映画は、人間ドラマ中心の物語映画からは遠く、
なのにこっそりそこにいる人たちの温かいディテールも挟み込まれてて、
カメラの視線の中に抑制された優しさがあると思いました。
良いドキュメンタリーと思う。好みです。

大英博物館の館長が、天井を見てはこんな装飾うちにはない、羨ましい!
と感嘆したり、機会じかけの船の模型みては、
素晴らしい素晴らしいと羨ましがったりするのが、なんかかわいかったです。
美術史美術館の総館長の女性は、顔が俳優のジョン・マルコビッチに似てるけど
きっと大変なエリートですごい権威の持ち主なんだろうなぁ。
どういう経歴なんだろ、と登場人物の一人一人にも色々興味が湧きます。

たとえば、そういう特権的な権威とは関係ない、
現場のお客様係や警備の人などが意見を言う場面もありました。
ここで11年働いていて、働いてる人のパーティにも参加するけど
自分たちはいつも固まった席で、結局他の人たちと交わることがない。
上の人たちは、現場の意見が聞きたいと口ではいうけど
聞かれたことがない、自分たちはただの下っ端ではない!というようなことを
発言しているシーンがありましたが(うろ覚えです。ちがってたらごめんなさい)
その発言をカメラは静かに淡々と撮りはするけど、それだけで、
そのあとの話し合いの顛末まで追うことはありません。
他にも、部門ごとの予算の取り合い、オークションでの予算不足の場面なども
描かれますが、どれもわりと淡々と撮られていて
はっきりとした結論まで追いかけることはなく、
この映画は、ひとつひとつの人間ドラマではなく
この場で起こっているいろいろな場面のかけらを、
人に関しても、美術品に関しても、歴史に関してでも、なんでも全部を、
フラットな目で集めて、この素晴らしい美術館の総体としての姿を
浮かび上がらせようとしてるのだなと思います。

しかし
こんな美術館が近くにあったら、そりゃ年間パスポート買うよねぇと思う。
美術がわからなくてもこの空間で過ごすだけで値打ちがある。

あと、どうでもいいけど、この美術館がすごーく広いので、
資料の整理か何かしてる男の子がコピーを取るために
館内をす〜っと何部屋もキックボードで通り抜けるシーンがなんか好きです。
(上の予告編にもあります)
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白髪とおばあさん化

2017-02-25 | Weblog
お風呂が大好きなのに、年とともにすぐのぼせるようになっちゃって考えた。
髪さえなければ、お風呂に入って温まって出てから、
また冷えたらお風呂に入ってと、何度も繰り返して、
いつもほかほかでいられるんだけど、
髪があると汗で濡れて濡れ髪のままいたら冷えるし
いちいち乾かすのも時間がかかるし髪が傷むし、大変。
髪があっても汗かかない人ならいいけど、
わたしは十分温もったら汗かいちゃうから無理なのよねえ・・・。

だから髪があるって大変だなぁと思うけど
なくなると、かなり外見が変わるし、合う服も変わってしまうので
我慢して髪と付き合っていくしかない。

最近はもともと細くてコシのない髪が弱ってどんどん切れたり抜けたりするので、
春ころにはショートにしようかなと思う。
そして、今度ショートにしたら髪を染めるのもやめて
白髪増殖するのを見ていようかと考えもするけど。
白髪って多いとそれなりに決まるけど
白髪が1〜3割くらいまでってなんかきれいに見えないのよね。
自分としてはもう朝起きたらほぼ白髪の人になってても平気なんだけど、
マリーアントワネットじゃないから無理だし。
白髪が増え始めの中途半端でなんかみすぼらしい感じって何年続くんだろう。
ブリーチしちゃえとも思うけど黒いのが生えてくるから
結局ブリーチ繰り返すことになるし、白髪ホントめんどくさい。
そしてこれって遺伝なのか、母は今でもわたしより白髪が少ない。
染めたことがないというけど耳のあたりの生え際以外は、
ほとんど目立たないくらいしかない。不公平なことである。

そういうわけで、白髪は増えるし、肌は乾燥してしわしわだし、
なんだか中途半端におばあさんなので、自分のイメージが難しい。
ミニスカートははくし、派手なタイツもはくけど、
ふんわりしたかわいい服は似合わなくなっちゃったみたいで。

おばあさんになったら、けっこういい感じの素敵おばあさん(見た感じね)に
なれる自信はあるんだけど、
なんしか、今の中途半端なおばあさん化の移行時期が難しいのよ。

内面に関しては、仏のようにやさしいふんわりしたおばあさんになるか、
何も怖くないいじわるばあさんになるか、まだ決めかねてる。
どっちも行ける気がする。早めに決めたほうがいいな。
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映画:世界でいちばんのイチゴミルクのつくり方

2017-02-24 | 映画


これはね、期待はしてなかったんですよ。
ロッタちゃんのシリーズとかね、映画としての期待はあまりしてないの。
ハリウッド臭ゼロの、北欧の田舎の風景と、天然レトロなインテリア生活と
小さい子どもらのかわいさとが見られたらいいや、という映画だからね。
そして、その通りの映画でした。これはドイツが舞台ですけど。

お話はよくある絵本のレベルで、かなり無理やりなこじつけ感あるし、
辻褄も因果関係も合ってないし、ところどころもたつくし、
映像はなんかやたら手作り感があってちゃちいし、音楽もとっぽくて、
平和すぎて眠たくなるような映画なんだけど、
83分の映画だから、ま、ちょっとふんわりした気分になるのにはいいかと思う。

他のことはどうでも、子供達がもう異常に可愛くて
3歳くらいの子が5人、なんとかセリフを言っては
みんなでぱたぱたとことこ駆け出す姿や、
演技じゃなくなんか楽しくて大笑いしてる顔みてるだけで素晴らしい。

ドイツのど真ん中、そして世界の中心に地理的にあるという村に、
銀色団という調査団が乗り込んできて本社を立てました。
それは、この、世界一平凡で普通で平均的な村で消費者調査を行い
新商品を売りつけようとする人たちでした。
銀色団が来て村は変わってしまい、大人達は銀色団の言うなりに、
子供達の大好きなおじいちゃんやおばあちゃんを老人施設へ閉じ込めます。
おじいちゃんたちを助けるために、村が特別になればいい!と考えた子供達と、
イチゴミルクが大好きなハナグマのクアッチはハナグマギャング団を結成して
いろんな作戦を企て・・・

子供は純真で冒険好きで真実がわかり、
大人は迎合的日和見的事なかれ主義で、うわべに騙されるという
ステレオタイプは好きじゃないし、大人の人には特にオススメしないけど
幼稚園児くらいのこどもがいたら連れてって一緒に見たい気がする。
ハナグマの演技もなかなかすごいです。

映画と関係ないけど、
映画の中であんまり何度も「普通」「平凡」を連発されて
思い出した若い頃の思い出がある。
20代で、家に閉じ込められて見合いをなんども繰り返させられていた頃、
見合いの席や、お見合いを取り持つ人がいるときに、父が
なんども繰り返し強調していた言葉「普通〜の子です」「ごくごく平凡な娘で」。
相手が、いいお嬢さんとか、才気煥発でとか、才能がおありで、みたいなことを
言った時の謙遜の言葉ではあるけど、謙遜以上になんども繰り返し強調されました。
父にとって、女性がナニモノかであるのは大問題で、それは、はしたないこと。
嫁入り前の娘は、何も知らない考えない平凡な娘であるべきなのでした。
わたしが何か意見を言おうとすると押しとどめるように
「いやほんと、ごく普通の娘でね。何もできない娘です」
「何の才能もない平凡なこどもで」と繰り返し話し、その度にわたしは
悔しくて、悲しくて、こわばった顔でうつむくしかできなかったことを、思い出した。
こんなふわふわした、かわいい映画を見て、いやなこと思い出したのは悲しいな。
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映画:しあわせのパン

2017-02-23 | 映画


DVDで見た旧作映画は、良かったとこがあるときだけ感想書こうと思うけど
いろんな駄作見てるけど、ここまでがっかりするのは珍しいので書いときます。

予告編だけでダメな予感満載だけど、本編もそのままダメな凡凡雰囲気映画。
ファンタジーなのはわかるけど、ファンタジーにはファンタジーなりの
リアリティというものが少しはあるでしょ!と途中からムカムカ。

北海道でパンを焼く夫とコーヒーを淹れる妻が経営するカフェに
やってくる春夏秋冬のゲストたちとの交流、というあらすじなんですけどね。
凡庸すぎるストーリーはありえないご都合主義な展開で、
くさすぎる演出は驚くほどとってつけたような薄っぺらいセリフ、
空回りする思わせぶりに、あふれかえる作り物っぽい善意・・・。
安物のメルヘンちっくな「ちょっといいはなし」をだらしなく繋げただけで
時間的にも空間的にも間延びしたスカスカのゆるさ。

原田知世のショートヘアはかわいい。とてもかわいい。髪切りたくなりました。
切っても原田知代の劣化版の劣化版の劣化版にもなれないけど・・・笑
大泉洋は可もなく不可もなく。いや不可かな・・・。
これ、彼とてもやさしいいい人の役なんだけど
やりながら背中がかゆくなったんじゃないかな、おままごとがあほらしくて。
矢野顕子とキヨシローの「ひとつだけ」がラストに流れて、名曲ですね。
いい歌がダメ映画を支えようとするけど、映画がダメなのが目立つだけだし。

これ「繕い裁つ人」の監督だと後で知って、ああ同じ匂いがすると思った。
でも「繕い裁つ人」の方が、まだちょっとだけマシだったな。
この監督の別の映画はさらに悪い予感がすごいので、さすがに見ないことにする。

この手のゆるふわ映画の代表的なものが「かもめ食堂」だと思うけど、
これはそんなに嫌いじゃないんです。
微妙にメルヘンではあるけど、ちょっと光るところがいくつもある。
でもその後に出てきた、この手の映画はどんどんダメになってしまった。
映画がダメなのか、わたしに耐性がなくなったのかわからないけど
監督に少しでも矜持があれば作らないような、後発の二番煎じの作品に
ほとほとうんざりしてしまって。。。
ゆるゆるもふわふわもほっこりも、わたし決して嫌いじゃないんだけど、
ひたすら薄っぺらふわふわは、本当に気持ち悪い。

というようなことをTwitterに書き散らしてたら、
賛同してくれる映画友達が複数いたので、とてもすっきりしました。
こんなにずけずけこきおろして悪口書いていいのかな、と思いつつ。
(あーわたし性格悪いなぁ・・・)
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9年目の部屋履き

2017-02-22 | 小さいもの
冬に家の中で、靴下やタイツの上にさらに重ねて履いてる部屋履き。
この上から大きめスリッパも履くのですが、今年もまた少し
穴が開いたところがあって、継ぎ当てしました。

今見たらこれは元々2008年に編んだものでもう9年になりますね。
最初の姿と途中経過はこちらのページに→→育てている部屋履き
今年も今の所左右両方、別々の場所に2箇所、継ぎ当てしました。
つま先の紫の丸いのと、かかとのオレンジの丸いの。
カラフルになってきたなぁ。冬が終わる前にもう一箇所くらいするかも。
 

息子の編んだ青い部屋履きは、まだ息子が中学生くらいの頃に編んだので、
その後背も足もでかくなった息子には、ちょっと窮屈みたいだけど
たまに履いてるみたいです。

わたしのこの部屋履きたちの一番好きなところは、色や形よりも多分、
非常に個人的に時間をかけて育てている、
というところだと思うんですよねぇ。
がんばってずっと育てようっと。
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映画:ホライズン

2017-02-21 | 映画


ドキュメンタリー映画→「ホームレス」をみた後、もう一本続けてドキュメンタリー。
1本目は気楽なファッション映画と思って期待してなかったのに
思いの外考えさせられるもので、なかなかよかったのですが、
逆にかなり期待してたこっちが、わたしにはいまひとつでした。。。

ドキュメンタリーで、映像はきれいなんですが、どうも伝わるものがない。
まだ存命の、盲目の世界的バレリーナというレジェンドへの賞賛や敬愛が
微妙な遠慮?みたいなものになって、
なんか褒め称えるだけプロパガンダ映画になっちゃったみたいな・・・。
いいことしか描けないドキュメンタリーが面白いわけがない。
いや、何か主人公の悪いところを暴けとか言ってるわけじゃないんです。
でも、もう少し深く、何かを描き出すことはできなかったのかなと残念。

とはいえ、たくさん賞を取ってる映画なので、
わたしの目がふしあなである可能性が高いです。笑
それに、バレエに詳しい人や、キューバに思い入れのある人が見ると
十分いい映画なのかも。

バレリーナの世界最高称号”プリマ・バレリーナ・アッソールタ”を持つ
伝説のバレリーナ、アリシア・アロンソ。
ハバナで生まれ、アメリカで活躍するが、20代から視力が衰え
何度もの手術を繰り返しながら、世界のトップに上り詰めた彼女は、
その後1948年にキューバへ帰り、フィデル・カストロの支援のもと
キューバ国立バレエ団を設立し、キューバ内外で
キューバ革命を文化的な部分から支え貢献した。
今はもう90歳を過ぎ、目も見えないながら、キューバ国立バレエ団のトップとして
毎日のように稽古の指導をしている様子が描かれます。

このヒロイン、ものすごく気高く誇り高く情熱的で強く厳しいんです。
目が見えてないのに、どうやって指導してるのか、
画面を見ててもあまりわからないんだけど(音と気配と第六感???)
まだまだ最高のレジェンドとして権力を握り、彼女の言葉は絶対なんです。
こういう天才にはよくあるけど、わりと独断的な感じも多い。
でも、誰もみな崇め奉ってるのでひたすら言われる通りに頑張る。
そういう雰囲気が、どうもなぁと、ちょっと思ってしまった。

この伝説のヒロインの人生が描かれている部分はあまりなくて、
30代の脂の乗ってるトップバレリーナと、まだまだ学生の14歳の子が出てきて
そのふたりの日常も交互に映されるんだけど、
ヒロインの人生同様、どの登場人物の人生も、掘り下げて描かれるる部分がない。
あらすじを述べて、あとはきれいなイメージ映像で繋いでるような・・・。

原題は「Horizontes」で、舞台の上で照明の当たる日本でもホリゾントと
呼ばれる言葉だと思うので、単にこの単語を英語読みにするだけではなく、
(だってホライズンって地平線としか思わないやん!)
ホリゾント、のままにしておけばよかったのに、なんで?とも思いました。
>ホリゾントは、舞台やスタジオで使われる背景用の布製の幕または壁、またそれを照らす照明のことである。通称「ホリ」。空や空間を表す。本来は無限の空を表現させるためのものである。ドイツ語のHorizont(ホリツォント、地平線)から来ている。ホリゾント幕をキャンバスに例えるなら、ホリゾントライトは絵具にあたる。(wikipedia)
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そのままでいいのに〜?

2017-02-20 | Weblog
ダイエットをすると言っている人に「そのままでいいのに〜」って
言うこと、わたしもあるし、素直に本心でそう思うんだけど、
言われる方にしたら微妙なのかもなぁと思う。
たとえば、ぽっちゃりしてて本当に可愛い若い友達がいて、
そのままでいいのにといつも思うけど、
本人がどうしても痩せたいんなら、それはそれで尊重するしかないし、
今のままが可愛いよとしつこく言うべきでないかも、とも思う。
あなたは良くてもわたしは痩せたいの!ってこともあるだろうし。
明らかに標準よりずっと痩せてるような人ならともかく
日本に住んでいるとちょっとぽっちゃりくらいでも、なんか窮屈なのよねぇ・・・

そういえば自分自身も、痩せたい痩せたいといい続けてると、
男性に「女性はぽっちゃりがいいですよ」とか言われることがあるけど、
あなたの好みなんか聞いてないし、関係ないし、
あなたの好みを一般論のように言わないで、と思ったりもするもんなぁ。
痩せても痩せなくても、素敵だと言ってくれる人はありがたいけど、
それぞれのなりたい、じぶんがそれで心地よく感じられる体型になれるといいね。

痩せたいみんなは、気にせず、健康には気をつけて、頑張ろう。
でもそのままでも多分、あなたは素敵です。
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映画:ホームレス ニューヨークと寝た男

2017-02-19 | 映画


チラシのやたらおしゃれっぽいイメージで、
かっこいいファッション映画かなと思ったんですよ。だって、
>マーク・レイ、52歳
>職業:ファッション・フォトグラファー
>世界一スタイリッシュなホームレス
・・・って書いてあるんだもん。かっこいい本人の写真とともに。
イケメン売れっ子ファッションカメラマンが、究極の自由人で、
ミニマルライフを選んで軽やかに生きてる映画だと思ったの。
だって有名人?のコメントもそういう感じのこと書いてあるのがあったもん。
でも全然違った。
コメント書いてる有名人たち、本当に映画見て書いてるのかな、
と思うことって多いけど、単に読解力がないだけなのか・・・?
「夢があって誰よりも強く生きてる」とか書いてる人いたけど、
主人公のギリギリの踏ん張り、枯れつつある夢や増えていく諦めが
全然見えなかったのかしらん?
映画コメンテーターという人もいろいろだなぁ。

邦題は「ホームレス」というタイトルですが、原題は「HOMME LESS」
凝ったタイトルですね。
HOMMEはフランス語で男性。ファッションで、メンズブランドなどが
〜〜・オムとなってるのはこれです。Hは発音しないで「オム」と読む。
これを英語読みで、ホームと読ませてるところも、ファッション映画っぽい。

実際はこれはドキュメンタリー映画で、
元モデルのカメラマンの主人公の2年間を追ったものです。
映画見てると2年もの時間の流れはあまり見えなくて、
時間をかけて変化を見るタイプの映画ではなく
彼のライフスタイルや人生を撮ったドキュメンタリーになってます。

で、この主人公マーク・レイがね、イケメンなのもおしゃれなのも事実なんだけど
思ってたのと全然ちがうの。何しろ貧乏なの。
ホームレスをしてるんだから、貧乏でも不思議はないんだけど、
売れっ子カメラマンがわざと、自由な暮らしを目指して、お金をかけてやってる
屋根上ホームレス生活だと思ってたのよ。見るまでは。
でも実際は結構貧乏なのです。
カメラマンは、ほぼ肩書きだけで、フリーの売れないカメラマンもどきなのです。
カメラマンでは全く食べていけてない。
街でモデルの子たちに声をかけて写真を撮ってるけど、
その様子も、ほんとにチャラチャラした三流っぽさというか、
やたら人前で有名人との関わりを口にして自分を良く見せようとする人が
時々いますが、まさにそういう感じで安っぽい小物感満載なんです。
そして、そうやって撮った写真もあまり仕事にはつながってない。
後半自分でも、カメラマンといっても収入的には趣味程度でしかないと嘆いてる。
でも容姿がすぐれているので、役者の仕事がときどきあって、
アルバイトで行き、それでなんとか食いつないでいる感じです。
とはいえ、大体が1日だけのエキストラの仕事。

日本でもよくある、アルバイトしながら夢を追う、売れない役者的な
そういう感じなんですけど、アルバイトはしないようです。プライドかな。
そして、最初はすっごくおしゃれに見えたんだけど、ずっと見てると
持ってる服は少なくていつも同じものを着てるし、
公衆トイレの手洗いで服洗ってるし、カミソリ一つ買うのも躊躇してるし、
特別に恵まれた容姿なので、白いシャツ着てるだけでかっこよく見えるだけで、
よく見ると、どんどん貧乏くさく惨めに見えてくる。
決して本人が望んでやってる生活ではないと思います。
お金があれば屋根では寝てないはずと思う。
お金のない現状の彼にある、数少ない選択肢の中で仕方なく選んでるだけ。
友達とたまに飲んだり、まともな靴を買うお金はなんとか作ってるけど、
それをしてたらニューヨークで家賃を払う余裕は全くない。
もし家賃を払ってたら、好きなことだけをしてスタイリッシュなふりをしてる
今の生活はとてもじゃないけど維持できない。
他の方法がなくて、あるいは思いつく他の方法はいやで、
ビルの屋根の上に忍び込んで寝る生活をしているだけ、ということだと思います。

ラストの方には、まさにその心情を吐露するシーンもあるのに、
なんで「究極の自由」とか「ミニマリズム」とか「生き方を自ら選び」とか
「自由を追求したら家は必要なくなってた」とか、
そういうコメントやコピーになるのかな?(まだコメンテーターに怒ってるw)

個人的には、このマーク・レイという人はあまり好きになれないと思う。
元モデルだけあってとてもフォトジェニックだけど、動いて喋っている顔は
わやたしにはなぜかあまりハンサムに見えないし、魅力を感じない。
虚栄心が強く、プライドとコンプレックスと自負心と挫折が複雑に絡み合ってて
難しい性格で、これだけ恵まれた容姿なのに、そして誰かをいつも求めてるのに
ずっと孤独でパートナーもいない。
見てるとわかるんだけど、「自分」しかないような人なのです。
でも孤独。
親兄弟の家族以外に、愛してるって言ったことがない、と彼は言います。
でも、と、ここから半分泣きながら叫ぶようにこう訴えてた。
だからって誰も愛したくないわけじゃないんだ!と。
(うろ覚えです。愛せないわけじゃない、だったかも。)

気楽にファッションセレブの道楽を見るつもりで行ったのに、
思いの外、考えさせられる映画でした。
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小学生の頃の息子が

2017-02-18 | こども
息子じゃない就活生が、自分の写真を勝手にマクドナルドに使われた話をしてる夢
を見た日に、続けてもうひとつ見た。

昨日取り込み忘れたベランダの洗濯物の様子を見たら、
物干し棹が落っこちて洗濯物も全部落っこちてて、
台風でもそんなこと一度もなかったのによっぽど風が強かったのかなぁと
驚きながらベランダに出たらすぐに小学生の頃の息子が出てきて
棹を直すのを手伝ってくれた、
という夢を見た。

息子が小さい時は、早く大きくなって独立して欲しいとばかり思ってたけど、
実際にそうなるとたまに小学生の息子が夢の中に帰ってきてくれるのは
懐かしくて嬉しい。
子供の世話が面倒で早く大きくならないかなぁとばかり思ってたのにね。
うさぎも生きてた。いろいろ変わったなぁ。

小さな頃の息子、夢の中に時々帰っておいで。

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アドルフ・ヴェルフリ二萬五千頁の王国

2017-02-17 | 芸術、とか
”ファンタスティック・エキセントリック 
     アール・ブリュットの「王」が描いた夢物語”


アールブリュットやアウトサイダーアートに関しては
話を聞いたり本を読んだりしても、知識と気持ちがどうもぎくしゃくして
あんまりわざわざ見に行こうと思わないことが多いのです。
作品が素晴らしくて感嘆しても、なんだかとても疲れてしまうし
流行モノ的にもてはやされてたりすると、作品じゃなく
世間の簡単さがいやになるし。
今回、兵庫県立美術館で、一緒にやってるハナヤ勘兵衛の写真展も見たくて、
両方見てきたんだけど、やっぱり結局ヴェルフリが強烈すぎて、
ハナヤ勘兵衛の印象が薄くなっちゃった。
ヴェルフリの、鉛筆だけで描かれた最初の1、2枚目からもう、
ふぁ〜!と圧倒されてしまった。
欧米でのアウトサイダー・アート、アール・ブリュットといえば日本では
ヘンリー・ダーガーがわりと有名なんじゃないかと思うけど
世界的にはアドルフ・ヴェルリフの方が有名なくらいなのだそうです。
それも納得できる質と量でした。

展示では、普段は芸術家の年表はさほど熱心には見ないけど
ヴェルフリのは隅々まで見てしまった。
アドルフ・ヴェルフリ(Adolf Wölfli 1864-1930)はスイス郊外で生まれ
貧困の中里子に出され、成人後には幼女強姦未遂事件など幾つか起こした末に、
1895 年にヴァルダウ精神病院に収容されました。
病院では、彼の症状はいっそうひどくなり、衝動的に暴れたりするので
個室に移され、以後66歳で亡くなるまでそこで暮らしたそうです。
病院に入って数年後、30代半ばから大量の作品を創作するようになります。
これが、量もすごいけど質もすごい。
『揺りかごから墓場まで』、『地理と代数の書』、『葬送行進曲』といった
自叙伝や冒険譚、その他分類不可能な膨大な量の本にまとめられていて、
絵だけでなく物語や彼オリジナルの楽譜(のようなもの)や数字のようなもの、
言葉のようなもので溢れかえっています。
自身を聖アドルフ2世と名乗り、自分だけの王国を紙の上に縦横無尽に描き出し、
世界を旅したり、独自の数字の単位や言葉を作ったり。
こういうのって、以前子供のアートクラスをしてた時のことを思い出すと、
想像力豊かで感受性の強い小学生の男子に近い感性だなと思うんだけど、
ただ、それがひたすら過剰なところが違う。過剰という豊穣。
そしてこのような濃い集中がどこまでも続くということに驚きます。

ヴェルフリは、なくなる前にすでに多少評価されてたようで
絵を求められることもあったらしく、物語ではなく一枚ずつの紙に
売るために描かれた「ブロード・クンスト」という作品もあり、
それらが並ぶ様は、少し、先日見たクートラスのカルトを思い出させました。
色々な意味で似ているところは多いと思います。

ヴェルフリは、なくなる前にすでに多少評価されてたようで
絵を求められることもあったらしく、物語ではなく一枚ずつの紙に書かれた
「ブロード・クンスト」という作品もあり、それらが並ぶ様は、少し
先日見た→クートラスのカルトを思い出させました。
色々な意味で共通点は多いと思う。

他のアール・ブリュット作品もそうだけど、ヴェルフリを見てつくづく、
人間の想像力というものが、分別や常識などの誰にでもありがちな重石を外せば
ここまで広がるものなのだということに、
その言葉を失う豊饒さ、過剰さの嵐に感嘆しました。
そしてわたし自身の持つ、自分自身を縛り余計で凡庸な仕事をさせる、
自我や自意識というつまらない重石について考えてしまいます。
それが人並みにあるおかげで、なんとか社会生活ができているわけだけど、
よく考えて、もう少し重石を軽くして、
もう一度絵を描こうかとか、ちょっと思ってしまった。
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映画:マギーズプラン

2017-02-16 | 映画


「マギーズプラン」を撮ったのは、「50歳の恋愛白書」という
最低邦題マイワースト3に入るひどいタイトルをつけられた気の毒な映画の監督。
「50歳の恋愛白書」はひとりの女性の家族と人生、自立に関する中々いい映画なのに
あまりにひどい邦題のせいで、夫に浮気されて若い男に転ぶ下らない話と
思われてしまいそうで気の毒な映画。うーむ。

さて「マギーズプラン」は、仕事はできるけど自己中心的という妻を持ったため、
彼女をサポートするばかりの日々に自分をすり減らしていた男が
子供の欲しかったヒロインと恋愛して、妻と別れて彼女と結婚。
ところが結婚してみると、今度はその男がわがままになり(優しいんだけどね)
ヒロインが彼をサポートして自分をすり減らす人生に。
うんざりしたヒロインは、夫を返品できないか考えて・・・
これ、夫を元妻に返す、とかいうと、耐え忍んで身を引く
演歌の女を想像しそうだけど、全然違うのです。
子供と二人で幸せなので、やっぱこの夫いない方がいいわ、って感じ。
元妻もまだ彼のこと好きそうだし、相性も良さそうだし
ウィンウィンなんじゃない?ってノリです。笑

これは→「フランシス・ハ」の女優さんが主役だけど、この女優さん、
相変わらずドスドス歩き、ガサツで大味で鈍くて頑丈そう。
ファッションもカラフルで自由に服を着てる感じはするけどどこか雑な感じ。
まあそういう役なんだけどさ。(ひどい悪口ですね・・・笑
その対比でジュリアン・ムーアがとても繊細で魅力的に見える。
でも同時にその繊細さが古い感じもするかな。
ヒロインの子の、正直で善意でいい人なんだけど、
鈍くてマイペースな上に自意識過剰みたいで、ちょっと挙動不審だったり
不思議ちゃんだったりするのって、今の若い子っぽい感じとも言える気がする。
それに比べると、ジュリアン・ムーアの猛烈キャリアウーマンみたいなのは
昔からあるタイプでわかりやすい気がしますね。
かわいいい大人って感じで好感持てるし、着こなしもかわいい。

そして、優しいし魅力的だけどフラフラしてて自分勝手でダメな男役の
イーサン・ホーク、こういう役似合うなぁ。素もこんな人なのかなぁと思わせる。
最近のイーサン・ホークは友達の、ある写真家男性にそーっくりなのよ。
共通の友達に言ったら、ほんとだ!と共感してくれた。
いい男なんですけどね。彼に見て欲しいわこの映画。笑

男女の恋愛問題より、
子供達の世話ですっかり時間が取られて自分のことができず
生活がぼろぼろになっていく様子が、すごく身につまされました。
なんか、これといったメッセージや教訓がない、どこかとりとめのない映画で
そういうところは、案外好きです。

ラスト近くで、元妻と夫が、彼の小説について話しているシーンで、
元妻は、彼が、理論を語るために物語を利用しているというようなことを言う。
そこ、映画の筋と全然関係ないけど、面白かったな。
言いたいことを言うのには、それにあった形式があり、
彼は物語ではなくその中の理論について述べたいのだから、
そのためには小説ではなく論文で書いた方がすぐれたものができると、
彼自身より彼をよく知っている元妻が指摘するのです。
小説や映画見てて、たまにそういうのあるなぁと思って興味深い。
表現形式が内容としっくりいってない作品、
なんらかのメッセージを運ぶ入れ物のように物語を利用するだけのもの、
時々見るもんね。
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かみはて

2017-02-15 | 芸術、とか
日本画の同期で毎年やってるグループ展。
とはいえ、わたしが出したのは最初の2回だけかな。
お店を始めてから描く暇もなくなったし
家庭も長い間ごたごたしてて、それどころじゃなかった。
家のリフォームが済んだら、絵を描くスペースも作れたらいいな。

でも絵は出展してなくても毎年ちゃんと見には行ってる。
みんなの描いた絵を見ながら、
上手い人はいつも上手いし、あんまり上手くない人もずっとそのままだけど
ずーっと描き続けていることが何よりえらいし、
それぞれ、心を込めて一生懸命描いた絵なので心を打たれるし、
自分も描こうと、描きたいと思えるのが大事です。

今年の案内ハガキはわたしが写真を撮りました。
毎年地味な案内だったんだけど、少し明るく軽やかになったかな。
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横尾美術館で卓球

2017-02-14 | 芸術、とか
神戸の横尾忠則現代美術館に初めて行きました。
横尾忠則現代美術館になる前は兵庫県立近代美術館で、その頃は何度も行った。
ジャコメッティの彫刻が並んでいた様子をなぜか覚えています。(うろ覚えだけど)

今回は、今やってる「ようこそ!横尾温泉郷」というタイトルの企画展での
イベント、温泉卓球大会に申し込んでみたのでした。
卓球するのなんて30年ぶりだけど、温泉には卓球はつきものですからね。
抽選に無事通って、風強く雪舞う寒い日に行ってきました。

館長が、こんないちびった企画に集まってくれるなんて素晴らしいと開会の辞。
集まったのは15チームくらいで小学生からかなりの高齢の方まで老若男女。
   
説明を受け、事故や怪我がないように準備体操のラジオ体操をしてから
トーナメントの対戦相手をくじで選び、試合が始まります。
コートは2面で、ラケットは・・・・え?

なんと、このいろいろなモノの中から各試合ごとにくじで使うものを決めるのです。
試合中もう一度選びなおすので、一試合で2種類のものを使うことになります。
普通のラケットでも30年ぶりでよくわからないのに
スリッパとか、お盆とかちりとりとかスコップとか鍋蓋とか・・・笑
まず挨拶をしてから2分間練習、それから試合、という流れなのですが、
短い練習時間にできるだけいろんなラケットに慣れておこうとあれこれ試します。
しかし、どれも難しいー。笑
上手い人が勝つとは限らない卓球大会ですね。
運動神経はある方がいいでしょうが、各試合11点先取ワンセットで勝敗が決まるので、
勘がつかめるほどの時間もなくて、運動神経と同じくらい
脳みその柔軟さが決め手になる卓球試合なのではないかと思いました。

最初の対戦相手は同じくらいの年の男女。
お互い要領がつかめないまま試合に入り、わけがわからないまま勝ってしまった。
2回戦は小学生と20代くらいの男子ペア。
いろんなラケットに慣れない感じながら、さすがに子どもたちは運動神経がいい。
わたしは2回戦敗退となりました。
でも1回でも勝てたので大満足です。
展示は温泉郷がテーマで、温泉や温泉宿っぽい趣向があれこれ。
       
上の階から街を見下ろせば、向こうの方に海が見えて、神戸らしいなぁ。

それから古本屋でほしかった本を安く買い、
コーヒー豆屋でちょうど切れかかってた豆を買い、
このあたりの賑やかな通り、水道筋をあちこち見て歩きました。
翌日、軽い筋肉痛になったのは、卓球のせいではなくたくさん歩いたから、
ということにしておきます。笑
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クートラス

2017-02-13 | 芸術、とか
小さいものが好きというのは、いつもうるさく言ってるので
周りじゅうに知られているわたしですが、
クートラスは、最初は少し距離を置いてたんです。
ポスターなどのその辺にある紙に下塗りして描かれた小さな絵、というのは
ものすごく心惹かれるけど、絵自体はなんだか暗く重いように思って。
でもここ数年、いやいや、やっぱり好きであるよと思うようになってたら、
展覧会が来た!
寒いけど素晴らしいお天気の日に、遠足気分で見てきました。

大阪から京都へ向かう途中にある大山崎山荘美術館。
この建物は大正から昭和初期に作られた英国風の山荘で、
ここ数年の間に見物しにいった幾つかの洋館、
たとえば御影の乾邸や宝塚の松本邸などとちょっと趣が違う気がするのは
山荘だからか、英国チューダーゴシック様式だからか、
建築に暗いので、わたしにはわからないんだけど、
冬のきれいな快晴の日に似合うとても素敵なところです。

テラスからの眺めと庭の彫刻うさぎさん


ここにきたのは初めてじゃないけど、
今、家のリフォーム計画中なので、何しろインテリアに目がいく。笑
このドア欲しい、この窓素敵、このシャンデリアは古いもの?と
ちょっとしたところで立ち止まってはほれぼれ。

さて、クートラスは初期の大きな作品も、有名な小さなカルトもあって
見応えはあるものの、こじんまりとした感じで疲れない展示でした。
自分の絵について、これからまた描くなら、といううことについて、
いろいろ考えながら見ましたよ。
クートラスは流行や権威に背を向けて、画壇から離れて、貧困の中で
一人マイペースで制作を続けた画家でポスターなどの紙の裏に
アクリルグァッシュで描かれた小さい絵たちが有名です。
最先端へ向けてもっと先へもっと高みへ、というのとは別の次元で、
誰の評価にも、どんな基準にも無関係に、
自分の描きたいものだけを描き続けるのは祈りのようなものだったのかな。
ナイーブ派や中世の宗教画の不器用で真面目なエッセンスと同時に
現代のイラスト的な軽妙さも感じられます。

美術館のサイトを見たときに、期間中にそこのカフェで
クートラスのカルト(小さい絵)を模したお菓子のセットがあるというので、
それも楽しみでした。お菓子は小さいわりに高い気もしたけど(笑)
おいしかったし、かわいいから許す。
2月なのに寒さの緩んでた日だったので、テラスでいただきました。
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文学フリマと基一

2017-02-12 | 本とか
この前、初めて行ってみた文学フリマは、
わたしが昔想像してた「コミケ」みたいな雰囲気でした(笑)。
若い人もたくさんいて、コスプレ的な着物着てる人とかも多かったし、
アニメ絵?の表紙の冊子もかなり多くて、
やっぱりわたしの世代の文学同人誌とはちょっと違うなぁと思った。
文学や同人誌というと昭和の古本屋さんの雰囲気を思い浮かべるわたしには
文学の今ってこういう感じなのかと思うと、すでに遠い気がしました。
これが文学フリマなら、コミケってどんなとこなんだろう
目が回って息が苦しくなりそうな気がする、と思って、
もうすっかり保守的なおばあさんな気分。笑

でもこういう場に若い人が多いのはとてもいいことだと思います。
今の所、なにかの流行などに一色になる感じはなくて、
年配の人がひとりでなんの飾りも無く静かに売ってるブースもあり、
賑やかなコスプレ系もあり、というのは、いいと思います。

アニメ絵のついてない(笑)、純文学同人誌っぽいのをいくつか買いました。
あと、最後に見た漢詩の本、小さくてとても薄い本だけど
漢詩に興味を持ったことが一度もないのでかえって面白いかも、
これ読めばわかるようになる?などと聞きながら
値段を見ずに一冊くださいと買ったら1800円もして焦りました。買ったけど。
でも、つまんなかったらどうしよう、と思うと怖くてまだ読めない。笑

時間があったらもっといろんな人とお話ししたかったんだけど、
あまりなかったので、とにかく全部回るだけでいっぱいいっぱいでした。
また行くかと聞かれたら、特に用がなければもう行かない気がするけど、
友達とやってるインスタグラム川柳の会で本を作ったら出すかも。
学園祭のお祭り気分で。

この日は近くのお店で水餃子を食べてから、
そばの細見美術館で、鈴木基一展をやってたので、それも見ました。

Macで「すずききいつ」と打っても出てこないので前は一文字ずつ入力してたけど
「すずききいち」と打てば出ることに気づいた。
でも「きいつ」が正しいのよ、みなさん。笑
そしてこれはわたしの好きな、基一の絵の切手。
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