パンダ イン・マイ・ライフ

ようこそ panda in my lifeの部屋へ。
音楽と本、そしてちょっとグルメなナチュラルエッセイ

レイモンド・チャンドラーの世界(5) The Little Sister

2019-09-15 | レイモンド・チャンドラー
レイモンド チャンドラーの長編7作の5作目、「リトル・シスター(かわいい女)The Little Sister(1949)」の村上春樹訳を読んだ。2010年12月刊行。

村上によると、チャンドラーは、この作品が唯一積極的に嫌いだと言っていたらしい。なぜなら「悪い気分の元に書かれた作品だ」と言うのだ。このころチャンドラーは、映画のパラマウントの撮影所に属し、シナリオライターとして、周りの評価も高く、忙しかったらしい。そのため本業の小説創作が、切れ切れになったことによる。

カリフォルニアのフィリップ・マーロウの事務所に、小柄で身ぎれい、ふちなし眼鏡にノーメイクの娘オーファメイ・クエストが現れる。カンザスで母親と2人で暮しているが、カリフォルニアで働いているはずの28歳の兄オリン・クエストが音信不通になった。探して欲しいという。
兄の住まいはベイシティ―のアイダホ・ストリート449番地。しかし、そこに訪ねたがいなかった。

マーロウは手始めに449番地のアパートを訪ねる。鋭いナイフと拳銃を手にした怪しげな小男。その飲んだくれの管理人が電話して助けを求めた医師ドク・ヴィンス。オリンが借りていた214号室にはかつらをかぶった屈強な男。ジョージ・w・ヒックスがいた。

マーロウが帰り際に管理人室に入ると、管理人のクローゼンが殺されていた。首の後ろにアイスピックが突き刺さっていた。
匿名の電話がかかり、ホテルの332号まで来てくれという。貸金庫に預けたいものがある。取りに来てほしいと。午後、マーロウが部屋に入ると金髪の女がおり、拳銃で頭を強打される。その部屋には、ヒックスがアイスピックで殺されていた。部屋の中は物色されていたが、マーロウは、死体から写真の受取証を手に入れる。マーロウは、ホテルの保安係フラックから、逃げた金髪の女の車のナンバーを聞き取る。金髪女は、メイヴィス・ウェルドという女優で、同じアパートには、ドロレス・ゴンザレスという女優が住んでいた。
翌朝、手に入れた写真には、食事を楽しむ男女が写っていた。女はメイヴィス・ウェルドだった。

行方不明のオリン。オリンの宿の管理人クローゼンとオリンの部屋にいたヒックスは二人ともアイスピックで殺された。ヒックスはオリンが撮ったと思われる写真を持っていた。その写真を手に入れようとした女優のウェルド。その写真には女優のウェルドが飲食店のオーナー、スティールグレイブと昼食をともにしていた光景が写っていた。その昼食の日にギャングのモー・スタインが殺されていた。写真に写っていた飲食店のオーナー、スティールグレイブは、やくざのモイヤーだとタレこみがあり、しかもスティールグレイブは留置場に入っていたことになっている。しかし、写真では、その日、スティールグレイブは自分の店で食事をしていた。

オーファメイから電話があり、兄は医師の世話になっているという。その名は、ドクター・ヴィンセント・ラガーディだというのだ。ラガーディの家へ出向くマーロウ。多くの注射器、ラガーディがマーロウの前で、自分の親指の付け根をペーパーナイフでつつき、血を吸うシーン。これまでの情報で推論A・B、ラガーディの立場から推論Cを語るマーロウ。ラガーディは、かつていたオフィスビルから、今では浜辺の町で胡散臭い診療をしていた。仕掛けられたエジプトタバコ。意識を失うマーロウ。38歳。山場だ。そしてまた一つ、男の遺体を見つける。2階の寝室にオリン・クエストの衣類。

クリスティー・フレンチ警部補から署へ呼び出される。午後4時。直後にオーファメイからの電話。ラガーディの家へ行き、銃声を聞き、警察を呼んだと。兄の死体があったという。警察での緊張感あふれる時間。解き放たれたマーロウは、身も心もくたくただった。事務所に帰ると1本の電話。ゴンザレスからだった。ヴェルドが会いたがっていると言う。

その家へ着くと、ヴェルドが殺したスティールグレイブの死体があった。彼が弟を殺したとヴェルドが言った。マーロウはヴェルドを逃がす。そして、フレンチ警部補にここに来るように電話をかける。フレンチに逮捕され、警察で翌朝を迎えたマーロウ。地方検事のエンディコットが待ち構えていた。そこにはヴェルドと敏腕弁護士のファレルがいた。

翌朝、マーロウが事務所にいるとオーファメイから電話があった。近くの電話ボックスにいると。ヴェルドは、リーラというオーファメイの異母姉だった。オーファメイのバッグにはリーラがくれたという100ドル札が10枚。オリンと、姉リーラの関係も明らかになる。そこへゴンザレスから電話が入る。最後の衝撃的なシーンが待っている。

リトル・シスター 「妹」。
3日間の出来事を鮮やかに浮かび上がらせる。いささか難解で突然のシーンも多い。いつもの物語の整合性が問題になるが、この作品は、その傾向がいつもより強い。あまりに話しが入り組んでいる。プロットにも無理があり、ストーリと相関をたどるのに時間がかかる。いつものチャンドラーのなせる業だ。いきなり女優のアパート、いきなりオーファメイの姉のリーラの話などだ。
しかし、村上は、この作品に愛着があるという。その理由を、女性、オーファメイ・クエストにあるという。オーファメイ・クエストとマーロウのシーンを読むためだけにもこの本の価値があるというのだ。
なぜ、オーファメイが、マーロウの事務所に来たのか。昔付き合っていた彼の名前が、フィリップだったからというのもいける。マーロウとの最初の生真面目さが現れた田舎娘の小気味よい会話も素敵。そしてマーロウの調査の合間に、度々事務所を訪れる会話も軽妙。小娘に付き合わされているマーロウという図式がこの作品の魅力か。

ちょっとした細かい描写の集積、鮮やかに目の前に立ち上がる様々な情景、切れの良い会話が繰り出される楽しみ。村上曰く、「チャンドラー節を楽しめ」。そしてチャンドラーの集大成である「ロング・グッドバイ」は、この「リトル・シスター」なくしてはなかったと。チャンドラーの混乱とマーロウの疲労感。村上曰く、「くぐり抜けなければならないひとつの人生のプロセスだった」と。

村上「僕はこの本を読み返すたびにいつもわくわくする気持ちになれる。印象深いシーンや台詞もたくさんある。」という。すぐに脇道にそれて、気の利いたことを言ったり、悪ふざけをしたりするところが、逆にこの作品の魅力になっている。
訳者あとがきのチャンドラーの男性・女性論、クエスト家の兄弟姉妹年齢論も必見。
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レイモンド・チャンドラーの世界(4) The Lady in the Lake

2018-12-09 | レイモンド・チャンドラー
レイモンドチャンドラーの7作の長編小説の4作目、「水底の女(The Lady in the Lake)」を読んだ。本作は、チャンドラーが55歳の時の作品で、1943年、昭和18年というから日米開戦の直後に刊行された。
チャンドラーは、本格的な小説を40代半ばから始め、最初の長編小説が50歳の時というから本作は、それなりに脂の乗っていた時期ともいえよう。村上の訳では2007年から10年間の最期の作品となった。2017年12月発刊。訳者あとがきも「これが最後の一冊」だ。

これまでの作品は、読むたびにそれぞれの作品の緊張感や題材にほれぼれしてしまうのだが、今回も期待を裏切らなかった。最後の大どんでん返し、主人公のマーロウの痛めつけられ方、登場人物の男たちの追いやられ感、魅力的な女性陣など、いつもどおり引き込まれていく。

ロスアンジェルスで私立探偵をしているフィリップマーロウは、ロサンジェルスの化粧品会社を尋ねる。依頼者は、社長のドレイス・キングズリー。1ヶ月前からいなくなった妻のクリスタルを捜してほしいという。リトル・フォーン湖のキャビンから姿を消したという。クリスタルにはクリス・レイヴァリーという愛人がいるという。

レイヴァリーに会にいくマーロウ。家の真向かいはアルモア医師の住まいだった。
フォーン湖には社長から管理を任されているビル・チェスがいた。彼の妻もミュニエルも一か月前からいなくなっていた。ビルとマーロウは湖を訪れるが。2人は湖の中で女性の死体を見つける。ミュニエルだった。
翌日、再度、マーロウがレイヴァリーに会いに行くと、レイヴァリーが殺されていた。「1日1殺人」のマーロウの面目躍如だ。

失踪したクリスタルはアルモア医師の夫人と知り合いで、夫人は1年半前に自殺していた。その死体を発見したのはレイヴァリーだった。アルモア夫人の両親はその自殺に不信を抱いていた。両親はタリーという私立探偵を雇ったが、警察が逮捕し刑務所に送られていた。

ベイ・シティ警察の警部補デガルモにはめられ痛めつけられ、留置場に入れられるマーロー。そして、デガルモの上司のウェバー警部との友情。チェスの妻、ミュニエルは、ハヴィランドという過去の名前があり、アルモア医師の看護師をしていた。明るみに出るでデガルモ警部補の妻の過去。化粧会社の素敵な長身黒髪美人フロムセットもよい。個性ある人物が次々と登場する。

社長から妻のクリスタルからお金を持って来てほしいと電話があったと告げられ、社長はマーロウにお金を渡してほしいと頼む。そのアパートでの出来事。デガルモと向かうリトル・フォーン湖。大団円の緊張感と盛り上がり。

アルモアの事件とレイヴァリーの事件、そして、水底に沈められた女性の事件。

村上は、7作の中では肌合い色合いが異なるといい、そのため、最後の翻訳となったという。しかし、村上は、おもしろさは変わらないという。今作が最後の翻訳となり、これで作品との時間が持てないと事をとても淋しいとも。
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レイモンド・チャンドラーの世界(3) The High Window

2018-10-28 | レイモンド・チャンドラー
レイモンド・チャンドラーの長編ハードボイルドの3作目、「The High Window(高い窓)」を読んだ。「大いなる眠り」「さよなら、愛しい人」に続く3作目である。1942年刊行というから昭和17年、先の大戦中の作品である。村上春樹訳で2014年12月刊行だ。村上チャンドラーの第4弾。

私立探偵のフィリップ。マーロウが、裕福な未亡人、エリザベス・マードックに呼び出され、息子の嫁、リンダを捜してほしいと頼まれる。理由は、リンダが貴重な金貨、ブラッシャー・ダブルーンを勝手に持ち出したというのだ。古銭商モーニングスターから、金貨の問合せがあった。

その家には、妻に未練たっぷりの息子レスリー、エリザベスの秘書、若いマール・ディビスがいた。

マーロウは依頼の帰りに、私立探偵のフィリップスと出会う。そして、古銭商モーニングスターを尋ねる。そのフィリップスとモーニングスターが銃で殺される。
リンダの友人ロイス。その夫、高級クラブの経営者モーニー。モーニーのボディガードエディブル―。ロイスの愛人、ヴァ二アー。ブリーズ刑事など、個性的で荒くれ者たちが、マーロウに絡みつく。そしてヴァ二アーも殺されてしまう。その場にいたのが、マールだった。マールはマーロウに助けを求める。

金貨を巡る怪しい動き。エリザベスの前夫の窓からの投身自殺の謎。細かい描写と登場人物の心理を丁寧に、そして、恰好いいセリフが連打する。チャンドラー節の炸裂だ。

村上春樹は今回も、チャンドラーの翻訳の魅力を語る。「何より嬉しいことはところどころではっと息をのむような素敵な文章に出会えることだ」「自分の言葉で日本語に移し替えられるというのは、楽しいという表現ではとても追いつけない格別な喜びとなる」としている。


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レイモンド・チャンドラーの世界(2) Farewell,My Lovely

2018-07-08 | レイモンド・チャンドラー
レイモンド・チャンドラーの長編2作目。1940年に発刊された「Farewell,My Lovely」(さよなら、愛しい人)だ。2009年4月に村上春樹が翻訳出版した。

フィリップ・マーロウが、偶然出会った大柄な前科者、マロイ。彼は誰かに密告され8年間刑務所に入って、出所してきた。そして、以前、この店で働いていた歌手の恋人のヴェルマを探していた。そんな時、マーロウに、ゆすりやマリオットから、ある金持ち夫人の翡翠のネックレスが盗まれ、強請られているから一緒についてほしいと依頼が入る。しかし、マーロウは殴られ、マリオットは殺された。そこに現れた元警察署長の娘。

個性的な登場人物も、前作通り魅力的だ。ヴェルマが働いていた店の経営者の妻のアルコール中毒のフロリアン。隣人のお節介婆さん。あやしい霊能力者や医者、地元警察の個性的な警官たち。海上の賭博場のボス。有能なロスアンジェルス中央警察署のランドール。

殴られ、たたかれ、薬を打たれても、タフガイぶりを示す、マーロウ。そして、取り巻く女性陣たち。

生き延び、マロイの居所を探しに、海上の賭博場へ赴くマーロウ。マーロウはマロイに会うことができるのか、また、マロイが探していたヴェルマは生きているのか。最後の大団円が息をつかず訪れる。圧巻だ。また、2回、連続で読んでしまった。

村上は、チャンドラー作品を翻訳していた日々を充実していたと語っている。自分の創作活動も行いながら、少しずつチャンドラーの世界に浸ることができた。チャンドラー作品のない人生と、ある人生では、確実にものごとが変わってくるとも。
チャンドラーの三冊に、「大いなる眠り」「ロング・グッドバイ」、そして、この「さよなら…を」挙げるだろうと。

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レイモンド・チャンドラーの世界 The Big Sleep

2018-07-01 | レイモンド・チャンドラー
The Big Sleep。「大いなる眠り」。

チャンドラーが1939年、51歳の時に出したミステリー、推理小説の長編小説第1作。初めて2回連続で読んだ。最初は登場人物がなかなか理解できず、筋書きも難解。骨太で、修飾語が多いため、読むのに一苦労だった。しかし、その修飾語が、それぞれの登場人物を魅力的に際立たせる。新聞小説のように各章にきちんと山があり、それぞれに緊張感がある。だらだら、飽きさせない。2回目は楽しく、合点のいく中身だった。

33歳の私立探偵、フィリップ・マーロウのタフガイぶりが魅力なのはもちろん、登場人物たちがいい。
マーロウに仕事を依頼した老いた将軍。その将軍が50代に授かった小悪魔的で奔放な20代の2人の姉妹。妹を慕う、将軍家の雇われ運転手の若者。娘(妹)の借金をかたに将軍を脅迫する怪しげな書店主とその書店に勤める魅惑的な女性と書店主の同居人の男性。強請り屋。将軍の長女が通うカジノの経営者。マーロウに情報提供をする小さな男。カジノの残忍な用心棒。そして、マーロウの元上司の検事。悪徳たちと裏で通じている地元警察。カリフォルニアのロスアンゼルスを舞台に、怪しげな人々がうごめく。その中で、自由に大胆にすり抜けるマーロウの活躍。映画化もされた。

出版されたのは1939年、昭和14年だ。日本では1956年に翻訳された。この大いなる眠りの翻訳は毎年ノーベル文学賞候補で騒がれる村上春樹で、2012年12月刊行。村上は、それから半世紀以上経てチャンドラーの長編作品群を世に出した。最初に2007年にThe Long Goodbye。そして2017年にThe Lady in the Lakeで、全7作品を翻訳した。

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