パンダ イン・マイ・ライフ

ようこそ panda in my lifeの部屋へ。
音楽と本、そしてちょっとグルメなナチュラルエッセイ

しぐるるや駅に西口東口 5/5

2022-11-27 | book
しぐるるや駅に西口東口

俳人の安住敦の40歳の時の句だ。自選自解の句集には、田園調布駅での句で、人と待ち合わせをしているときに、駅の出入り口をはっきりしなかっため、相手に迷惑をかけたとのこと。石川桂郎は、逢曳きの句として鑑賞したとある。
季語は冬の「時雨(しぐれ)」。傍題で「時雨る(しぐる)」、「朝時雨」「夕時雨」などがある。角川書店編の俳句歳時記の解説には、「冬の初め、晴れていても急に雨雲が生じて、しばらく雨が降っていたかと思うとすぐ止み、また降り出すということがある」。冬の通り雨のことだ。

私の解釈
冬の通り雨が来た。駅に二つの出入口がある。季節の風景を詠った句だ。
肌寒くなり、駅にはコート来た人や傘を持つ人たちがいる。降ったりやんだり気まぐれな雨に、人は足早に通り過ぎる。駅に入る人、出る人。家路に、目的地へ向かう人。家族や恋人に会う人、仕事や買い物の人たちもいる。さまざな人生模様が、一瞬に切り取られる。そして、時雨の冷たさが、いやが負うにも人の侘しさや温もりを感じさせる。
措辞に一つの無駄もなく、季語は、動かない。春でも夏でも秋でもない。晴天、雨天でもない。時雨でなければならない。
安住のエッセイ「人間のいる風景」から。「花鳥を詠もうが風景を描こうが、そこに人間がいるのでなければ興味はないというのだ」「点景としての人間の姿ではなく、その花鳥の陰に、風景の裏に人間が感じられなければつまらないということだ」と。また、「庭前に花が咲けば花を詠い、旅に出ればその風景を詠ったが、その花鳥の陰に、風景の裏に必ず人間のいることを念じた」と。

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自選自解 安住敦句集 4/5

2022-11-20 | book
「現代の俳句」シリーズの11が「自選自解 安住敦句集」だった。昭和53年(1978)4月刊行。手元にあるのは第4版の平成元年(1988)5月だ。
巻末に、「俳句への招待」の中の「わたしと俳句(自句自註、我流俳句作法、人間のいる風景)」の中の「人間のいる風景」が採録されている。
3つの物語からなる。1つ目は、久保田万太郎の「風景だけというのはつまりませんね」の言葉。そして、安住は「花鳥を詠もうが風景を描こうが、そこに人間がいるのでなければ興味はないというのだ」「点景としての人間の姿ではなく、その花鳥の陰に、風景の裏に人間が感じられなければつまらないということだ」と。また、「庭前に花が咲けば花を詠い、旅に出ればその風景を詠ったが、その花鳥の陰に、風景の裏に必ず人間のいることを念じた」とも。
2編目は松尾芭蕉が奥の細道の旅に出た時、有名な松島での句がないという。安住が、松島を訪れた時の感慨。
3編目は、フランスの作家、モーリス・ユトリロ(1883年12月~1955年11月)はについての考察。その画風を、風景の中に人物がいないというのが一つの特色とされているが、そうではないと。家の中にいる。教会の中にいる。ユトリロの絵を見ていると、何とも人懐かしく心やさしく感じられてくるのであるとする。

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安住 敦の「俳句への招待」3/5

2022-11-13 | book
図書館で俳人の安住敦の本を検索していたら、「俳句への招待」という入門本を見つけた。昭和59年(1984)4月刊行。元本は昭和48年(1973)。わが俳句鑑賞の「女の四季」を総入れ替えしたという。
5章からなる。俳句への道(俳句の心、初めて俳句を作ろうとする人に)、ある女性と俳句(あわれ人妻なりしかな、十七年距てた二つの手紙)、わたしと俳句(自句自註、我流俳句作法、人間のいる風景)、女の四季(わが俳句鑑賞)、俳句の約束(初心者のために)だ。俳誌「春灯」の巻末の編集後記を書いていた安住は、その軽妙なエッセイでも名を馳せた。
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安住敦の随筆「春夏秋冬帖」 2/5

2022-11-06 | book
安住敦が、俳誌「春燈」の巻末の編集後記を編集した第3随筆集が「春夏秋冬帖」だ。昭和41年(1966)3月刊行。新装版が昭和50年(1975)5月だ。
114のエッセイからなる。題名のように、1950年代から60年代の四季折々の出来事だ。季語にかかる物語と思えば、また、味わいも深い。


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