パンダ イン・マイ・ライフ

ようこそ panda in my lifeの部屋へ。
音楽と本、そしてちょっとグルメなナチュラルエッセイ

老後の資金がありません

2019-04-29 | book
1959年生まれ、2005年小説デビューの垣谷美雨の「老後の資金がありません」を読んだ。単行本は2015年9月発刊。文庫本でも売れているとの書評。

篤子は、マンションで、建築会社のサラリーマン夫、60歳の定年まであと3年の章と、結婚間近な28歳のサヤカ、大学生で就職が内定した勇人の4人で暮していた。退職金は1千万を切るが借金もなく、定年後の1人生活を夢見ていた篤子に、さまざまな災難?が降りかかる。

老後の資金は6千万といわれるが、1200万あった貯金は、さやかの結婚で500万円、舅の葬式お墓台で400万円なくなる。舅たちには、これまで月9万円の仕送り、舅たちの東京の資産2億円は、これまで舅たちが長生きしたために底をついていた。しかも、篤子はパートの延長を断られ、章はリストラに会い、退職金はゼロとなった。夫は会社の合併の時に企業年金を一時金としてもらぃ、使ってしまっていた。篤子は、モップのレンタル、新聞を断り、車まで手放す。勇人は独身寮へ移り、新婚のさやかに夫からのDV騒動も起こる。

唯一の楽しみ、フラワーアレンジメント教室で出会ったブルジョアの女性。しかし彼女の夫が不倫の末、子どもを作り離婚。子ども3人確実に育てたパン屋のサツキに篤子は嫉妬する。

家にいる章を不審がる近所の目。東京に遊びに来るという高校時代の同級生を家に泊まらせまいとする篤子。月9万円の仕送りを倹約するため、姑と暮らすことにする。みじめさとと外聞を気にしながらの生活。コンビニでバイトを始める。同居で姑とぎくしゃく。章は元気がない。

そんな時に、サツキから、義母の年金受給の生存確認に役所が家庭訪問に来るので、姑をダミーで貸してほしいと依頼が来る。義母が行方不明だというのだ。謝礼は10万円。

老後というパスワードを使い、ありったけの不安要因が、これでもかというほどてんこ盛りだ。最後にはスピードあふれる大団円のドタバタ喜劇。
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他界

2019-04-28 | book
俳人の金子 兜太(かねこ とうた)1919年(大正8年)9月23日 - 2018年(平成30年)2月)が、95歳、妻や知人が次々と死んでいく中で、死と向き合い、死後の境地に至る道程を明らかにした「他界」を読んだ。その中で挿入される兜太の句がよい。2014年12月刊行。

他界とは、死んでから自分のいのちが行き着く場所。いのちは死なない。そこには父母や妻、知人や戦争で亡くなった多くの知り合いがいる。忘れえぬ記憶や懐かしい人たちが待っている故郷。たった今、この瞬間に過ぎ去っていった「時」も、他界につながっていく。

対戦を青年期で体験し、太平洋のトラック島で敗戦を迎えた。そこに現存した多くの殺戮死。戦闘だけではない、実験や飢え、病気など、戦いだけではない戦争の悲惨さ。そこに横たわる多くの死。

死は怖い。恐ろしい。特に周りに迷惑をかけることが恐ろしい。息子の嫁さんや五百蔵路な人に迷惑をかけているとしたら、そういう関係を全部断ち切り、解放してあげたい。そういう気持ちで死を肯定します。

この世は迷いの世界。死は迷いの世界から過去との世界に移ることだ。現世は暗い。いすれは光と出会う。それに導いてくれるのが、仏。浄土真宗は仏に救われていると考え、禅宗は自力で行くと考える。

無信教だが、立禅を毎朝行っている。他界した人の名前を呼ぶ。30分から40分。
妻は2006年3月に81歳で亡くなる。妻の10年間の闘病生活。迷惑をかけた。妻の闘病といかに向き合うか。
母親は2004年の暮れに104歳で亡くなる。1年3カ月の間に母親と妻を亡くす。その頃からまわりで亡くなる人が増えてきた。


他界は土=死ということ。死ぬと私たちのいのちは土に一遍還って、また別のところで生まれ変わる。いのちを生み出し、いのちが還っていく場所に「土」が使われている。産土、冥土、浄土。魂やいのちは死なない。

日銀時代の考え。定住漂白。「海とどまりわれらナガレテゆきしかな」「定住漂白冬の陽熱き握り飯」

一茶句の句「やれ打つな蠅が手をする足をする」。上から目線の慈悲の心ではない。手をする足をするのは命乞いではない。蠅も人間も同じだ。蠅を敬っている感覚だ。
一茶の生涯。50歳で故郷を戻る。

2011年、90を超えて癌治療を行った金子。自分は生きる。そして、死んでも多くの知人が待っている他界に行くのだと。自分は立禅に代わる毎朝の仏壇と向き合い、あいさつ。仏壇には親戚や知人の命日一覧がある。



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生き上手 死に上手

2019-04-21 | book
どう病気と向き合うか。また、死ぬときの心構えは。

作家、遠藤周作(1923年(大正12年)~1996年(平成8年))が、1983年から1989年まで日本経済新聞など各紙に掲載したエッセイ集「生き上手 死に上手」を読んだ。平成3年3月刊行。


好きな言葉
良寛の言葉「死ぬ時は死ぬがよし」。そんな心境になりたい

蕪村の句「しら梅に明くる夜ばかりとなりにけり」。蕪村の時世の句になるはずだった。死は公平にやってくる。

一茶の句「美しや障子の穴の天の川」「死に支度いたせいたせと桜かな」。死に上手の心境とは。

韓非子の「用は知るべからざるなり」。本当に役に立つことは目に見えぬことのなかにある。一見無駄に見えること、とりあえず役に立たぬものも、じっと吟味してみるとそこに深い役割、深い価値があって、目先の有効性などに比べすっと長く続くものだ。

人生ならざるや人生。劇的なものが表面には全く出ぬ平々凡々な日常の苦労の連続。そこに人生の深い意味と神秘とが潜んでいる。

八木重吉の詩 「秋の美しさに耐えかねて 琴はしずかに鳴りだすだろう」。天地一体となった静かな境地

秀吉の家臣で、関が原で敗れる小西行長の遺書の一節。「現世にあって、すべて変転きわまりなく、恒常なるものは何一つ見当たらぬ」。面従腹背の生き方。

老いはごまかしようがない。老いにも利点はある。かつては社会的活動のできぬ老人も皆から敬意をはらわれていた。シュタイナーは青年期は肉体で生き、壮年は心や知性で生き、老人は霊性で生きるとした。人間の価値を機能だけで図る現代では、社会での機能を失った老人はあわれまれる対象以外、何の価値もなくなった。

66年間生きてきた私にとって、一番良かった時代は戦後の5.6年間。戦後も戦前と何も変わっていないことを知る、宗教を失い、人間の価値を機能主義の尺度で計るようになった。それでも戦争よりもましだ。

病院とは。医療側の温かさは薬や手術と同じくらい大事な治療方法だ。肉体と心は別々なものではない。
3年近く味わった病気という挫折のおかげで、人生や死や人間の苦しみと正面からぶつかることができた。
フランソワ・モーリアックの言葉から「人生のどんな嫌な出来事や思いですら、ひとつも無駄なものなどありはしない。無駄とみえるものに、実は我々の人生のために役に立つ何かを隠しているのであり、それは無駄どころか、貴重なものを秘めている。

恋と愛
恋は誰にでもできる。愛はだれにでもできない。第1原則は捨てぬこと。人生が辛くみにくいからこそ、人生を捨てずにこれを生きようとするのが人生への愛です。男女の愛でも、相手の美点だけでなく、欠点や嫌な面をふくめて本当の姿を見極め、しかもその本当の彼を捨てぬのが愛の始まりだ。恋はだれにでもできるもの、愛こそ創りだすもの。
縁のもつふしぎさ、神秘。その人があなたの配偶者になった不思議さ。このことがしみじみと実感を持ってわかるのは、時節が必要。

老境の域に達してわかること。これからも発見していこう。
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漂流 吉村 昭 53

2019-04-14 | 吉村 昭
海難事故の多かった江戸時代に、24歳から37歳まで、13年間の長きを無人島で生き抜いた土佐の国の長平を中心にした「漂流」。
昭和51年(1973)刊。文庫は昭和55年に1刷、431ページにも及ぶ大作。平成20年には44刷を数えた。

天明5年(1785)に土佐の船が漂着した鳥島は、土佐から660km、江戸から600kmも離れた伊豆諸島の無人島。絶滅の危機に瀕しているアホウドリの生息地として今でも有名だ。
4人で流れ着くも3人は死んでしまう。2年後に大阪の難破船の11人、5年後に薩摩の難破船で6人が流れ着く。

草木も湧き水もない島でどうしてくらすことができたのか。鳥の肉や貝、海草、ときたま魚肉を食し、雨水をアホウドリの卵の殻で受け、飢えをしのぐ。
一隻も姿を見せない島暮らし。ある者は病に倒れ、仲間同士で喧嘩も。

夏にいなくなるアホウドリを干し肉として貯え、生き延びる。一方、流木を頼りに、碇を釘に変え、船を作り、長平を含む生き延びた14人は島を脱出する。八丈島の近くの青ヶ島に着き、八丈島から江戸へ。

塩の香りまでするような濃厚で、リアリティのある文章がなぜできるのか。まるで映像を見ているようだ。

気の狂いそうな無人島暮らしでも失わない前向きな姿勢、体力、精神力、そして知恵。まさに人間賛歌の一編、感動の巨編である。

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蒼のファンファーレ

2019-04-07 | book
1966年生まれ、51歳の青春小説作家、古内一絵の「蒼のファンファーレ」を読んだ。2017年7月刊行。古内は、2011年に作家デビューした。

19歳の女性騎手、芦原瑞穂が主人公。広島の地方競馬場の鈴田競馬場のジョッキーだ。その緑川厩舎の人々と馬たちの熱い思いを描く。瑞穂の成長を厩舎の皆が支え、瑞穂は、馬ともに成長していく。

厩舎の主の緑川浩司は亡き父の跡を継いだ。30代半ばだが、過去にジョッキーとして、華やかな経歴を持つが、八百長疑惑で資格をはく奪され、母は厩舎を出ていった。85歳の現役厩務員のカニ爺、過去の悲惨な生活から声が出なくなった青年、厩務員の木崎誠。中央競馬の女性ジョッキー、30歳の冴香。そして、緑川厩舎の馬たち。それぞれに悩みや苦悩を抱え、日々懸命に生きている。

馬も動物であり、人間と同じで、性格もそれぞれ違う。喜怒哀楽もある。そして、その馬とともに勝利に向かう騎手は人間だ。古内は、馬と人間、それぞれの心理描写を丁寧にそして、巧みに描く。5月の鈴田競馬場のアマテラス杯。11月の京都競馬場、12月のGⅠレースのチャンピオンズカップ。レースの息詰まる描写。フレッシュアイズ、ティエレンの闘い。馬と人間、それぞれに闘いがある。それぞれの葛藤が、いやが上にもレースを盛り上げる。
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