カラヴァッジョ、ラ・トゥール、・・・。「誰、それ?」と日本では言われていた頃から、ほとんど半世紀近く馴染んできた画家である。今ではこの国でもかなり知られるようになった。とりわけ今世紀になってカラヴァッジョ、本名ミケランジェロ・メリージ(Michelangelo Merisi da Caravaggio, 1571-1610) への人気は世界的にひとつのブームを生み出したが、その熱は未だ衰えていない。
昨年2016年秋、ロンドンのナショナル・ギャラリー、そして昨秋から今年にかけてはニューヨークのメトロポリタン美術館*1という大美術館が、カラヴァッジョとその追随者(カラヴァジェスキ)について、一連の展覧会を開催した。
今回はロンドン、ナショナル・ギャラリーの企画展に焦点を当ててみよう。"Beyond Caravaggio" 「カラヴァッジョを超えて」と題した展覧会であった。その後、展覧会はロンドンからダブリン、エディンバラへと巡回した*2。上掲のカタログの表紙は、下に掲げるカラヴァッジョの作品の一枚(部分)である。しかし、カラヴァッジョの研究者を別にすれば、この作品がカラヴァッジョの手になるものか、何をテーマとしたものか、わかりにくいかもしれない。
カラヴァッジョ「キリストの捕縛」、1602
The Taking of Christ, 1602
oil on canvas, 133.5x169.5cm
On indefinite loan to the National Gallery of Ireland
from the Jesuit Community, Leeson St, Dublin
who acknowledge the kind generosity of the late Dr Marie Lee-Wilson, I.,I4702
この作品、実は発見されたのが1991年、アイルランドの旧家が保存、継承していたものがである。18世紀にはほとんどローマのマッティ宮殿のどこかに掲げられていて、外の人たちの目につくことはなかったらしい。19世紀初めにスコットランドの愛好者(W.H.Nisbet)の手へ移り、1921年ころまでそこにあったとされている。その後アイルランドの歯科医Marie Lea-Wilsonの所有となり、所有者の没後、1930年頃に寄贈先のダブリンのイエズス会からアイルランド国立美術館へ恒久的に貸し出されている。マッティ家が売却した当時から、作者はホントホルストと誤解されていたようだ。
そして、仔細に見れば、まがいもなくカラヴァッジョの作品ということで専門家の見方は今ではほぼ一致している。1602年、当時ローマのパトロンであったマッティ家 のために画家が制作したと考えられている。翌年、画家に代金が支払われている。この主題、構図でカラヴァッジョが制作していたことは、残存するコピーなどからほぼ確認されていた。折良く、マッティ家資料庫の調査が並行して進められていたことも幸いした。さらに、カラヴァッジョがこの作品の制作に際して、構図などのヒントを得たのは、1509年頃に制作されたアルブレヒト・デューラーの同じ主題の銅版画と推定されている。
ナショナル・ギャラリーのバロック油彩画担当の学芸員レティシア・トレヴィス Letizia Treves によると、カラヴァッジョの作品については、油彩画などの収集熱が高かった19世紀中頃、ヴィクトリア時代のイギリスでもあまり関心が寄せられなかった。彼らは明るく穏やかなイタリアの空と風の下で描かれた作品の方を好んだようだ。
そして、当時はかなり単純に光と闇、鮮烈で迫真的な描写などがカラヴァッジョの特徴と考えられていたらしい。結果として画商やコレクターなどがカラヴァッジョと鑑定、取得した作品でも、カラヴァッジョ風ではあるが、ほとんどは別の画家の作品だった。ちなみに、カラヴァッジョが自らの署名を残したのは、「洗礼者ヨハネの斬首」(1608年、サン・ジョヴァンニ大聖堂)のみとされている。
さて、世界に冠たる美術館ナショナル・ギャラリーといえども、今日の状況ではカラヴァッジョの作品だけの企画展を開催することはきわめて難しい。そのため、今回の企画展も多くのカラヴァジェスキ(カラヴァッジョの追随者)の作品で体裁を整えている。その最後には、しばしば安易な推論でカラヴァジェスキとされているジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品も2点出展されている。
最後にクイズをひとつ。下に掲げた図(ある作品の部分)の画家と作品は?
答えは最後に。
References
*1
Valentin de Boulogne: Beyond Caravaggio
an exhbition at the Metropolitan Museum of Art, New York City, October 7, 2016-January 22, 2017; and the Musee du Louvre, Paris, Februey 20 - May 22, 2017
*2
Beyond Caravaggio:
an exhibition at the National Gallery, London, Octobe ofr 12, 2016-January 15, 2017; the National Gallery of Ireland, Dublin, February 11-May 14, 2017; and the Scottish National Gallery, Edingburgh, June 17-September 24, 2017
Catalog of the exhibition by Letizia Treves and others
London: National Gallery
Quiz の答
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール「ダイス・プレーヤー」
Georges de La Tour(1593-1652) and studio
Dice Players, about 1650-1, oil on canvas, 92.5x130.5cm
Signed (or inscribed) on the table lower left Georges de La Tour Inve et Pinx
Preston Park Museum & Grounds, Stockton-on-Tees, SBCO200/76
⭐️ちなみに、この作品はイギリス国内で所蔵されているラ・トゥールの真作(あるいは息子エティエンヌとの共同によると考えられる作品)3点のうちの1点。画家晩年の作品とされるが、その筆使いや描き方はそれまでの作品とかなり異なっていて、真作とするには異論もある。本ブログでも何度かとりあげているが、たとえば次の記事を参照ください。
ラ・トゥール フリーク向けのもう一つのクイズ:残りの2点は何でしょうか。