時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

「対岸の火事」ではないフランス暴動

2005年11月09日 | 書棚の片隅から

ミュリエル・ジョリヴェ(鳥取絹子訳)『移民と現代フランスーフランスは住めば都か』集英社、2003年

  10月27日、二人のアフリカ系の若者が、警官によって変電所に追い詰められて感電、死亡したことに端を発するといわれる暴動は、フランス政府を足元から揺るがす大問題となった。警察は事実関係を否定しており、真相は調査中だが、その後の展開は文字通り共和国の危機となった。

  フランス全域に拡大した暴動は、11月7日になっても収まらず、8日フランス政府は臨時閣議で各地の知事が夜間外出禁止令を出せるようにした。半世紀ぶりという強権発動である。このままでは統治能力への国際的な信頼が揺るぎかねず、国内経済への打撃も大きくなるため、短期解決を意図したのだろう。

  しかし、移民・外国人労働者問題の研究者としてみると、いつかこうしたことが起きるのではないかという予感のようなものは常にあった。現在展開している事態は、実はかなり前から予期されていたのだ。ミュリエル・ジョリヴェのこの本は、きわめて的確に問題の所在、展開の方向を指摘していた。

ピエ・ノワールと呼ばれた人々
  1970年代初め、パリの街路で箒でごみを下水道に流し込む仕事をしているのは、すべてアフリカ系の人たちであるのを見て、「自由・平等・博愛」を標榜している国で、どうしてこういうことが許されているのかとふと思ったことがある。彼らは、ピエ・ノワール(pied noir 黒い足の意味)と呼ばれていた。アルジェリア生まれのフランス(ヨーロッパ)系移民の子孫をフランス本土で呼ぶ蔑称だった。パリ郊外のサン・ドゥニを訪れた時も、地域社会の荒廃ぶりに、これもフランスなのかと思ったことも度々であった。

  その後、外国人労働者・移民問題に関心を持つようになってから、フランスにおける外国人、移民の実態や政策は頭の片隅から消えたことはなかった。というよりは、フランスがこの問題にいかに対応しているかということは、移民問題の行方を測る重要な試金石であり、目が離せなかった。

形骸であった「統合」政策
  1970年代後半の第一次石油危機の後、外国人労働者の帰国促進策がほとんど効果がないということが判明して以来、先進国のほとんどが不熟練労働者の受け入れ制限、帰国しない、あるいは長期に滞在している外国人の自国への統合政策を掲げた。「正規化」、「統合」、「共生」などさまざまなスローガンが掲げられてきた。しかし、それがいかなる内容であり、どれだけ実現しているかという点については、決して満足できる答は得られなかった。移民で国家を形成してきたアメリカ合衆国でさえも、もはや統合社会の構図は示すことができなくなった。「メルティング・ポット」社会は「モザイク」そして「サラダボウル」社会となった。

すでに指摘されていた背景
  ミュリエル・ジョリヴェの本書は、一見小著に見えるが、きわめて密度の濃い作品である。訳語や構成の点で散漫な部分もあるが、現在、展開している実態とその背景は、ほとんど描きつくされている。もし本書で扱われていない新たな要因を付け加えるとしたら、グローバル化に伴う映像文化の影響、インターネット、携帯電話の世界的普及による情報の急速な伝達が、事態の展開に明らかに影響を与えていることである。

  たとえば、フランスの27才の新鋭マチュー・カソヴィッツが監督した話題作『憎しみ』Le Haine (1995年)は、今回の舞台となった“バンリュー”と呼ばれるパリ郊外にある殺伐とした低家賃住宅=団地を選んでいる。主人公は、そこに暮らす移民の労働者階級の若者たちで、彼らの24時間のドラマが、非情な眼差しと緊張をはらむモノクロの映像で浮き彫りにされていく。衝動的な放火などの出来事は、すでにかなり前から多数起きていたのだ。こうした若者は家庭においてもしばしば孤立した存在であり、やり場のない鬱積した感情は臨界点に達していた。かつて、イギリスの階級社会批判でしばしば指摘された「俺たち」と「やつら」"we" and "them"の関係は、ここではさらに対象が拡大し、あらゆる権威的存在への反発となる。そこには、かつてのような政治的リーダーすらいない。

  ドビルパン首相は各地で放火を繰り返している若者に対しては「両親の責任」を指摘する一方、イスラム組織の関与は「無視すべきではないが重要ではない」と語った。

  政府は暴動の背景とされる移民社会の困窮を和らげるため、1)貧困地域で社会活動に携わる団体への財政支援増、2)学業不振者に対する職業訓練の前倒し(16歳→14歳)と、優秀な生徒への奨学金の3倍増、3)6月に発足させた国の反差別機関に懲罰権限を与える、などの方針も表明した。

「見えない国境」は消滅するだろうか

  しかし、これらの措置が事態の本質的解決に大きな効果を持つとは考えにくい。貧困地域においては、格差縮小に多少は効果があるかもしれないが、問題はフランス国内に存在するさまざまな差別の壁である。こうした壁は「見えない国境」として、長年にわたりフランス人の心の中に作り出されたものである。すでにずっと前から「壁」は存在したのである。そうした壁がこうした措置で短時日の間に軽減あるいは消滅するとはとても思えない。たとえ、強権で押さえ込んだとしても、なにかの機会に再び火がつくだろう。

  フランスの統合政策は無残にも破綻した。アフリカ系の若者にとっては、仕事も得られないのに、教育を受けてなんの役に立つのかという思いがするのだろう。サルコジ内務大臣の発言は事態に火に油をそそいだ。フランスの移民社会が生み出してきた「見えない閉塞感」は壁となって、彼らを包み込んできたのだ。その圧迫感に耐え切れず、ある日爆発する。そのきっかけはいたるところにあった。

「対岸の火事」ではない問題
  現代の福祉国家は、こうした問題に対応するに十分な術を持たない。世界のある地域に起きた出来事は、瞬時に他の地域に伝わる。今回の出来事が単にフランス国内のみならず、周辺諸国にとっても無関心ではいられないのは、そのためである。

  そして、アジアで遠く離れているかに見えるこの国、日本にとっても決して「対岸の火事」ではないはずである。日本では合法・不法を含めて、すでに90万人を越えるといわれる外国人労働者・移民労働者が働いている。その前にはさまざまな「見える壁」、そして「見えない壁」が立ちはだかっている。彼らの将来について、今もって明確な指針を示していない日本は、傍観しているかぎり結果として大きな重荷を背負うことになる。

目次
第一章 背景を数字で見ると
第二章 フランス人は人種差別主義者か
第三章 ブールのアイデンティティ
第四章 フランスにおける巧妙な差別の実態ー二つの速度
第五章 女性は同化の原動力?ーブールの女性たち
第六章 フランスの一夫多妻制
第七章 デリケートな問題ーサン・パピエ


References
下記サイトは、きわめて的確にこの注目された映画の意味する内容を語っている。
http://c-cross.cside2.com/html/a00hu001.htm

フランスの外国人労働者・移民問題に関する邦語文献から:

林瑞枝『フランスの異邦人』中央公論社、1984年。

フランソワーズ・ギャスパール/クロード・セルヴァン=シュレーベル(林信弘監訳)『外国人労働者のフランス――排除と参加――』法律文化社刊、1989/02年

ジャン・ヴォートラン(高野優訳)『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』
草思社、1995-07年
 
タハール・ベン・ジェルーン(高橋治男/相磯佳正訳)『歓迎されない人々 フランスのアラブ人』晶文社1994-03年、

本間圭一『パリの移民・外国人:欧州統合時代の共生社会』高文研、2001年

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (三紗)
2005-11-12 01:29:39
こんばんは。



昨晩も若者たちが一晩中広場で騒いでいて、寝不足です。耳栓などさっぱり役にたちません。



そのエネルギー、生産的なことに使えないのでしょうか。記事をトラックバックさせてもらいましたので、お知らせいたします。
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Unknown (三紗) (桑原靖夫)
2005-11-12 05:30:19
トラックバックしていただき、ありがとうございます。

レンヌでは騒動は未だ鎮静化していないのですね。



根が深い問題だけに、強権で押さえつけてもどこかで必ず再燃するでしょう。「統合」にせよ「共生」にせよ、理念と現実の間にはあまりに深い断絶があります。フランスだけの問題ではありません。中国での暴動多発など、グローバル化の進行に傷つき、反発する人々が増えているように思えます。



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Unknown (三紗)
2005-11-12 17:05:00
こんにちは



誤解があるといけませんので言い添えますが、騒いでいる(太鼓など鳴らしながら朝まで大声で叫んで)のは一年中です。特に木曜、金曜の夜はうるさいのです。暴動とは全く関係ありません。



若者が多いですが、実際、「どこかに隔離してほしい」と思ってしまいます。



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