時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

麻薬で壊れるメキシコとアメリカ

2009年04月06日 | グローバル化の断面

 アメリカとメキシコの国境が緊迫感を増している。原因は麻薬密貿易にかかわる犯罪と腐敗の増加にある。その一端は、このブログでも度々とりあげてきた。アメリカ・メキシコ国境の実態は日本ではあまり知られていない。10年余り前、日米共同でカリフォルニア南部の移民労働者調査をした当時、すでに麻薬、銃砲などの密貿易が問題化していたが、今日伝えられるほどひどくはなかった。事態は急速に悪化したようだ。

 いまや国境地帯、とりわけ南側はいたるところで無法地帯化し、メキシコ自体が国家として崩壊寸前の危機にあるとまでいわれている。最近アメリカで発表された軍の報告書は、世界で崩壊の瀬戸際にある国として、パキスタンとメキシコを挙げた。この指摘を問題視したカルデロン・メキシコ大統領は、麻薬貿易はメキシコだけの問題ではなく、アメリカが不法に大量な麻薬を飲み込んでいるからだと反論した。需要があるから供給する者が生まれるのだという考えだ。

ようやく立ち上がるアメリカ
 こうした展開にオバマ新政権も、立ち上がらざるをえなくなった。
2月に急遽メキシコを訪問したヒラリー・クリントン国務長官も、「アメリカの飽くことない麻薬への需要が、麻薬密貿易の火に油を注いでいる」ことを認め、「アメリカが銃火器が不法にメキシコへ密輸され、麻薬取引業者の手に渡っていることを防ぎ得ていないことが、密貿易の増大と(メキシコにおける)警察官、兵士、市民の死を生むことになっている」と述べた。アメリカ側にも大きな問題があることを認めたこのヒラリー発言は、メキシコでは好感をもって迎えられた。
 
  少しさかのぼると、2006年11月、メキシコのカルデロン大統領は就任後、麻薬犯罪、密貿易撲滅に乗り出した。しかし、就任以降、国境地帯における麻薬密貿易をめぐる犯罪はむしろ急増した。過去2年余りの間に密貿易に関わり、国境地帯で1万人以上が死亡、そのうち、2008年には6,268人が死亡した。

 麻薬密貿易はメキシコ、そしてアメリカを蝕み、特にメキシコについては国家を揺るがすほどの大きな脅威となってきた。クリントン長官のメキシコ訪問の後、4月に入ってナポリターノ国家安全保障庁長官とホルダー検事総長が相次いでメキシコを訪れ、対応を協議した。オバマ大統領も間もなく、メキシコ大統領と協議する模様だ。事態の深刻さを思わせる。アメリカ側としては、麻薬組織(カルテル、マフィア)の暴力が、国境を越えて
北上してくることを懸念している。

 他方、メキシコ側は、問題の根源はアメリカ側にあるとして、アメリカが麻薬密売の取締り、銃火器、資金の北から南への移動を阻止することを望んでいる。しかし、これはアメリカにとってきわめて難事だ。オバマ大統領は、関係省庁に南への貨物輸送などの検問を厳しくすることを命じているが、メキシコ側は銃火器の密輸の源を摘発、禁止することを求めている。アメリカ側の国境近辺には7500近い銃砲店があるといわれる。しかし、正当な自己防衛のために銃砲を所有することを主張するアメリカ側保守派は、ロビイ活動などで頑強に反対している。

深く食い入る麻薬組織
 こうした中で、麻薬組織は着々とその魔手を伸ばしてきた。メキシコの組織犯罪取締りの責任者であるノエ・ラミレレ検事総長自身が、麻薬ギャングから毎月なんと45万ドルという巨額の賄賂を受け取っていたことが最近発覚した。彼の周辺でも同様な賄賂を受け取っていた者が多数いた。組織犯罪は国境の警察などの捜査の末端から、メキシコの政府中枢部にまで深く入り込み,浸食していた。こうした事実は、すでにかなり以前から問題とされてきた。しかし、麻薬犯罪によって、組織自体が機能しなくなっており、立て直しはきわめて困難であった。大統領がいくら捜査、摘発の強化を説いても、情報はすべてギャング組織に筒抜けであった。検察体制の上から下まで、犯罪組織が深く入り込んでいる。

 さらに、ギャングは大企業の脅迫、人身売買、誘拐などに手を伸ばしており、国家の安全の土台を脅かし,揺るがしている。さらに、コロンビアなどの中南米諸国の麻薬組織とつながり、その魔手は海外まで拡大しているらしい。

追いつかない対応
 アメリカ・メキシコ国境には、ブッシュ政権時からフェンスの増強を初めとして、ヘリコプター、探査装置の導入、パトロールの増員など出入国管理体制の強化が行われてきた。しかし、急激に増大する犯罪に対応が追いつけない。

 メキシコだけでは、とても対応できないと限界を感じたカルデロン大統領は、密輸の相手国であるアメリカに対して、不法な麻薬取引が放置されていると非難してきた。さらに、非はメキシコ側にあるとするメディアの報道のあり方を問題にしてきた。今年1月に行われたオバマ大統領とカルデロン大統領の会談では、麻薬密貿易問題は最大のテーマとなった。それが両国の安全保障を脅かすものとなっているとして、「戦略的パートナーシップ」のアイディアが提案された。巨額な費用を要する改革だ。

 これまで比較的軽視されてきたのは、大量の麻薬を受け入れるアメリカの需要サイドの解明と対応だ。そこには、メキシコに劣らないギャング組織が存在、活動している。就任早々からかつてない大きな試練に迫られているオバマ大統領だが、アメリカ発のグローバル大不況の消火に懸命で、国境を越える密貿易問題までは十分対処ができていない。グローバル不況の下で、密輸ビジネスだけが繁栄している。

 密輸カルテルの側は巨額な資金を保有している。メキシコ北部の取締が強化されると、拠点を南部へ移し、アメリカばかりでなくヨーロッパも密輸先とするなど、新たな展開をしているようだ。軍隊組織に近いほどの装備と命令体系を保持しているともいわれ、その根絶はきわめて難しいらしい。

 メキシコは、麻薬密輸組織という全容がよく分からない敵と戦っている。国際テロとの戦いと変わらない。その戦いの勝敗は、高度な情報戦を制しうるか否かにかかっている。メキシコはアメリカの力を必要としている。他方、オバマ大統領は自国発の大不況の消火に懸命で、国内の麻薬需要の摘発や不法な銃砲の密輸などへの対応には及び腰だ。大統領選のころは、まさかこれほど重大な問題が山積しているとは思わなかったろう。オバマ大統領への期待があまりに大きいだけに、少なからず心配になる。

 


 
References
"On the trail of the traffickers." The Economist, March 7th 2009
 "Don't keep on trucking"The Economist March 21 2009.
"Taking on the narcos, and their American guns"April 4th 2009.

追記:4月14日BS1「きょうの世界」も、この問題を取り上げていた。

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