時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

時代の空気を伝える画家(12):英国版「お宝鑑定団」?

2024年01月06日 | L.S. ラウリーの作品とその時代


L.S.Lawry, A Family, 1958,Rhode p.67
《家族》


今年は年頭から、激甚、悲惨な災害、事故が続発し、日本を暗鬱な空気が覆っている。そこで、少し明るい話題を記してみよう。


これまで記してきた L.S.ラウリーの作品には不思議な引力がある。作品の一点、一点を見ている限り、これが現代イギリスを代表する画家なのだろうかと思う人もあるかもしれない。しかし、いくつかの作品を見ているうちに、次第に引き込まれ、生涯のフリーク(熱狂的ファン)となる人が多い。ラウリーの生涯、絵を描き続けたいという強い意志が人生のあらゆる虚飾や虚栄を拒み、蓄財もせず、画家としての思いを貫いた。40年を越える画業生活の間、未婚で子供もなく、1976年2月に死去するまで、ひたすら制作に没頭した。

描かれた作品は、画題も多岐に渡り、大きさも葉書程度から通常の作品まで、さまざまだ。時には画家がティータイムなどの合間に、手近なナプキンなどにスケッチしたイラストのような作品が、多大な人気を得て収集の対象になったりしてきた。作品によっては、素人でも描けそうな、時にコミカルな印象を与える小品もあるのだが、実際にはなかなか真似できないようだ。

上掲の作品も実在の家族を、ややコミカルなタッチで描いた作品だ。老若男女の家族に犬まで描かれているが、この犬は「ラウリーの犬」といわれるほど、この画家の作品にはしばしば登場する。


ラウリーの人生そして作品は、今日まで多くの文化的残響を残してきた。イギリス社会の歴史、社会、文化など多くの分野のイメージを後世に伝えている。

イギリス社会経済史の追体験
今日では、作品の多くはイギリス北部ランカシャー地域のサルフォード埠頭に、画家の功績を記憶に留めるために建てられたユニークな総合文化施設、ギャラリー・シアターであるThe Lowryが、400点近い作品を所蔵、展示している。遅ればせながら画家の人気に気づいたロンドンのテート・ギャラリーも作品収集に乗り出した。

当時、未だ十分に発達していなかった写真などの画像に代わり、絵画という形で産業革命発祥の地における工業発展の光と影を今日に伝えている。ラウリーの作品を見ていると、ありし日のマンチェスターなどの工業地帯の雰囲気が、工場や街角の風景と相まって伝わってくるようだ。あたかもイギリス産業革命の進行過程を社会経済史の一端として体験しているかのようでもある。

ラウリーはフランス印象派の影響を受け、その技法も習得しながら、「マッチ棒人間」'matchstick man' として知られる独自のスタイルを生み出した。ラウリーがある時、いつもの駅で乗り遅れた列車の到着を待つ間、目の前のアクメ紡績工場 Acme Spinning Millsの光景にインスピレーションを感じ、画家として生涯を歩むことを心に決めたと言われる。

L.S.ラウリーが描いた《産業風景》のシリーズでは、多くの場合、描かれた多数の人物の個々の表情は、判然としないが、当時の工場街や地域に日々を送る人々の生活の雰囲気が、画像以上の近接さをもって伝わってくる。多くの数の人間を描くに、これ以外の方法はあるだろうか。

この画家にはかなりの数の小さな作品があり、画家が身近かな人たちに、さまざまな機会に手渡したりしたものも多く、今日では愛好家の垂涎の的となっている。小さな規模では、絵葉書程度だ。

L.S.Lawry, A Woman Walking, date unkown
《歩いている女性》

私の所有している絵は、真作だろうか:イギリス版「お宝鑑定団」

Are My Paintings Really By L.S. Lowry? | Fake Or Fortune | Perspective


このBBC制作の動画は、父親からラウリーの作品ではないかと思われる絵画を遺贈されてきたが、その後の画家の人気も手伝って、作品の真贋を専門家に依頼する経緯が細かに記されている。ラウリーは、贋作が多い画家である。いかなる手法で真贋が定められるのか、そのプロセスは大変興味深い。最初の部分にコマーシャルがあったりするが、イギリス北西部の美しい光景が見られたり、ラウリーの愛好者にとっては殿堂的存在でもある シアター・ギャラリー The Lowryの内部も見られて大変楽しい。


筆者のイギリス人の友人にある日この話をしたら、そういえば、自宅に2、3点あったかもしれないと興味を示し、近く鑑定に出すとのことだった。しかし、その後も連絡はないので、真作ではなかったのかもしれない。残念(涙)?

日本にもかなりの真作、偽作、コピーを含めて、作品が流通しているといわれる。とはいっても、我が家にはないなあ(涙)。


References
Shelley Rhode, L.S.LOWRY: A LIFE, London, Cadgan, 2007
T.J.Clark and Anne M. Wagner, LOWRY AND THE PAINTING OF MODERN LIFE, 2019


L.S.Lowry, A Boy, date unknown



L.S.Lowry, A Protest March, oil on canvas, 51 x 51cm, Clark and Wagner p.112
《プロテストの行進》

続く
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