時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

移民と「ジャングル」

2006年06月25日 | 移民の情景

    ようやく輸入再開が決まったアメリカ産牛肉関連のニュースを読んでいて、興味をひかれた雑誌記事があった。

シンクレアの告発
  前世紀というと、いやに古めかしく聞こえるが、今年から数えてちょうど100年前の1906年、アメリカの社会主義者的思想を持った作家アプトン・シンクレアUpton Sinclair(1878-1968)が「ジャングル」The Jungleという小説を書いてかなりの評判を得た。この小説はアメリカの食肉加工業界、とりわけシカゴの食肉加工業の不衛生で、利権や犯罪が巣食う実態を鋭く告発した内容で、大反響を巻き起こし、食肉検査法の立法、成立につながる契機となった。「ジャングル」のように魑魅魍魎(?)がはびこる世界という含意だろうか。

  ところが、シンクレアの目的は、当時のアメリカ人に社会主義の思想を共有してもらおうという点にあったので、思わぬ方向での反響に失望したと伝えられる。彼はこの食肉加工業で働く労働者がいかに過酷で劣悪な環境で働いているかを描くことで、資本主義を刷新する社会主義思想に関心を抱いてもらおうと思ったらしい。小説の主人公はリトアニアからの移民で、過酷な労働ながらもアメリカン・ドリームにつながると考えて、働き出したが、それがまったくの虚偽の世界にすぎないことを知る。20世紀前半のこの時期には、こうした背景を持った小説は、かなり多い。もう知る人も少なくなった名画『陽の当たる場所』のベースとなった「アメリカの悲劇」の作者
セオドア・ドライサーもその一人だった。

アメリカン・ドリームはいまも
  このブログでもたびたび取り上げているが、アメリカへの不法入国者の流れは絶えない。その多くは「アメリカン・ドリーム」を求めてやってくる人たちである。しかし、今日のアメリカはかつてのように夢が実現できる場なのだろうか。

  記事が紹介する例は、アルベルト・ケイロスというメキシコ人である。彼は12年前に自動車の底部に隠れて越境し、ロサンジェルスの中国人経営の衣料工場で働いた。正規の書類を持った入国者は連邦最低賃金で働いていたが、ケイロスのような不法入国者はそれを下回る時間賃率2.50ドルしかもらえなかった。それでも、メキシコの賃金よりはかなり良かったという。(ちなみに、連邦最低賃金率は、1997年以降、時間あたり5.15ドル)。

  ケイロスは2年後、ノース・カロライナに移り、農場でブルーベリーを一箱5ドルの出来高給で摘み取る作業をする。一日12時間働いて、税なしで100ドル近くを稼ぐようになった。しかし、収穫期は短く2ヶ月しか続かなかった。そこで、次に探し当てたのが同じ州の豚の食肉加工業だった。一日、32,000頭もの豚をハムや食肉に加工する大企業である。

国内労働者が働きたがらない職場
  シンクレアの時代と比べて、この職場はどのくらい変わっただろうか。その実態はなかなか分からない。衛生上の理由とのことで、立ち入りを拒んでいる会社もある。2004年に公表されたある報告書では依然として大変危険で不衛生な職場という告発もある。

  今回の牛肉問題でアメリカの加工工場の内部もかなり映像で見ることができるが、加工の対象が対象だけに放映できない場面も多いことは、想像に難くない。しかし、食肉加工業もオートメ化が進み、ルイスの時代と比較すれば格段に労働条件は良くなった。工場も多くが都市内部から郊外へと移転している。しかし、作業の対象から想像できるように、そこでの労働は厳しく、アメリカ国内労働者はイメージ的にもあまり就労したがらない。その結果、多くの工場が移民労働者に依存することになる。食肉加工業が多いノースカロライナ州のように1990年と比較すると、ヒスパニック系人口が実に1,000パーセントも増加した州もある。

苦難の先には
  国境を越える人の流れが増加しているのは、彼らの母国での生活条件が厳しくなっていることと、他方で努力と幸運に恵まれ上昇気流に乗れた人たちがいるからだ。しかし、アメリカン・ドリームの虹を見る人は比率ではきわめて少ない。そこへたどり着くまでには、多大な苦難を乗り越える強い肉体と精神力そして幸運が必要とされる。

  合法・不法を問わず、アメリカ経済に移民がいかなる影響を与えているかを評価するのは大変難しい。移民法改正をめぐる上院と下院の法案の差異を埋める交渉は未だ決着がついていない。

  グローバル化を是認する以上、それに伴う労働力の国際的な移動も不可避である。ジャーナリズムの世界は手放しの開放論者が多いが、問題はいかに適度な範囲に移民の流れをコントロールできるかという点にある。そのためには、長期の構想、中期の政策、短期の施策を持った包括的な政策体系が必要なのだ。それにしても今の移民の実態は、あまりに犠牲が大きい。
成功すれば、貧困の「蟻(あり)地獄」から這い上がれるという伝統的移民観やプロセスも根本的に考え直す必要があるのではないか。

Reference
'Of meat, Mexicans and social mobility.' The Economist June 17th 2006.

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