それでまだこの通りだった

で、さぶろう、お前、ブッダ学院在籍の身分証明書を首から垂らしているが、ここでいったい何を学んだのだ？

里芋の大きな葉っぱにちょこんと青蛙が乗ってをった。ぴくぴく腹をさせている。さぶろうと実名で呼びかけられたのである。さぶろうはびっくりした。

彼にはその証明書が見えなかったのである。首から下に指を這わせてみたが、確認ができなかったので、さぶろうはきょとんとするよりなかった。

何を学んだのだ？　と聞かれても、だから返答ができなかったのである。さぶろうは70になんなんとしていた。それでまだこの通りだった。

さぶろうに捧げられている

この国土のすべての存在はブッダに捧げられているものばかりでございます。ここは仏国土です。はい、さぶろうブッダさま、あなたにわたしをお捧げいたします。水辺のミゾソバがそう言ったので、さぶろうはびっくりした。自分がブッダと等しいなどと考えたことはなかったのである。ミゾソバの言い分などは信用にならぬのかもしれないが、ミゾソバはとにかくそう言ってきかないのである。ここがブッダの建国した仏国土であることを見抜いているのなら、ミゾソバこそがブッダなのかもしれない。ブッダの目でないとここがブッダの国だとは見えて来ないはずだからである。

草が萌えて風が吹いて夕月が照らして星々がきらきら瞬いていた。

全肯定されているさぶろう

全肯定されているさぶろう。内なる宇宙からも外なる宇宙からも全肯定されているさぶろう。

胃も小腸も大腸も、一度もさぶろうを否定したことはなかった。さぶろうを守って守って守り抜いて来た。

空も雲も空気も月も太陽も星々も、一度もさぶろうを否定したことはなかった。さぶろうを守って守って守り抜いて来たのだった。

全肯定されているさぶろう。眩しいばかりのさぶろう。

さぶろう、お前それを見たか？　その輝きを見たか？

慕われているほどの立派さがあるか

こんなぐうたらさぶろうに仕えていてくれているんだよなあ。しかもまったくの無報酬で。全60兆個の細胞さん、すまないなあ。

さぶろうさんのためなら全力を尽くしますと言わしめている、そのさぶろうという人物はどんな尊い人物なんだい？

へえ、こんな人物なんで。さぶろうはぺこんと頭を下げた。

無報酬？　とんでもありません。いただいておりますよ、どっさり。
細胞代表委員会のひとりが声に出した。あなた様から大切なあたたかいお命をいただいております。

ですからわたしどもはあなた様をお慕い申し上げているばかりでございます。

そこまで言われてしまったさぶろうはとうとう泣き出してしまった。慕われているほどの立派さを、当のさぶろうが身に付けているとはどうしても思えなかったからである。

ストライキ打たれたらどうするんだ？

さぶろうは、ぶつくさぶつくさ言う。文句を言う。独り言だから、まあいいようなものの。

見えにくくなった目の悪口だとか、聞こえ辛くなってきた耳の悪口だとか、鼻づまりを起こす鼻の悪口だとか、堅いものを噛めなくなってきた口の悪口だとか、性能落ちの身体の各部署を手玉にとって非難する。病んでいるところを揶揄する。

でもなあ。言われるばっかりで、身体の各部署さんはどれもぶつくさも言えないんだったなあ。黙ってえいこらえいこら日々のノルマを果たすばっかりで。なにしろ60兆個のいのちの細胞さんに、長時間連続作業を強いてきたんだものなあ。みんな、一様にはいはいはいはいを言ってこのさぶろうに従うばかりだったんだよなあ。

さぶろう、ぶつくさ愚痴るのは少しは控えたらどうなんだ。賃金アップと待遇改善を要求して24時間のストライキ打たれたら、どうするんだ？

働き詰めをさせてきた

10時半にやすんで、それから3回便所に通った。今夜明けの5時半である。夜中の頻尿は辛い。眠りがぷつんぷつん途切れる。でもなあ。70年間も付き合ってくれたんだったよなあ。腎臓さん、膀胱さん、尿器さん。嫌も言わずにせっせせっせ働いてくれてたんだよなあ。すまないなあ。有り難いなあ。自分の臓器とは言え、ご苦労様だったなあ。みんなにご苦労をしてもらわなかったら、とうに死んでしまっているところだったものなあ。声かけて声かけて回りたい気持ちがするよ。