徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

わげもんの時代

2022-01-30 19:41:55 | 伝統芸能
 NHK土曜ドラマ「わげもん~長崎通訳異聞~」の4回シリーズが終了したが、エンディングでキーマンの神頭が生き残っていることから続編があるのかもしれない。
 3年ほど前にこのブログに熊本民謡「ポンポコニャ」が生まれた時代について書いたことがあるが、「わげもん」がちょうど同じ時代背景の物語なので3年前の記事を再編集して掲載してみた。 


長崎港絵図

 郷土史家の鈴木喬先生(2010年没)の研究論文「熊本民謡ポンポコニャーと熊本名所地名考」の中には、熊本県御船町出身の醸造学の権威・住江金之(すみのえきんし)博士が「日本談義(1951年2月号)」に寄稿した「肥後古民謡」に関する小文が紹介されている。この文献は数年前、僕も県立図書館でその現物を読んでみたことがある。それには、住江博士が大叔母から聞いたという「ポンポコニャ」の歌詞が紹介されている。

〽長崎にオランダペレトン始まりて
 台場台場にゃ大きな石火矢ポンポコニャ
 オーサポンポコポンポコニャー

 ここに出てくる「ペレトン」は英語の「ペレット」つまり弾丸のことであり、「石火矢」とは「大砲」のこと。これらの言葉から、住江博士は、それは大叔母の生きた時代からみて、長崎周辺に外国船が出没することに危機を感じた幕府が嘉永2年(1849)に海防強化令を出したことに関連するものという住江説に鈴木先生も同意している。「ポンポコニャ」は、熊本名所めぐりのような歌詞の他にも、当時の国内情勢を反映した歌詞が、かつては唄われていたと考えられとても興味深い。