のら猫の三文小説

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新しい子猫たち No.1360

2017-12-29 00:21:03 | 新しい子猫たち 

エンゼルホープ病院が寄付で成り立つ要因は、東京本院と九州とは異なった。東京本院は、ジブシティーに近い事もあって、ジブシティーに高所得層が増えた事と 厚労省との話し合いで一旦患者側に医療費を示す事になった事が大きな要因になった。高所得層にとって、実際の医療費の倍程度を寄付するのが当たり前になった。見栄を張りたい人の中にはそれ以上の寄付をする人もいた。救急搬送された人たちは、そうではなかったが、その時は この病院直属の法人からの寄付で充当できた、カヨコファイナンシャルの執行部はこの緊急病棟をそんなに重くみなかった理由はそこにあったが、神三郎は元々緊急病棟の出身でもあって、この病院の医学的水準を維持していけた理由の一つでもあった。


 


この病院は、敷地内の治部一族からの寄付で成り立っていたのでは実はなかった。治部一族は敷地内のジブ直営の診療所を経由する事が多く、実はこの病院に直接行く事は稀だった。この診療所は維持運営費としてかなりの金額をエンゼルホープ病院に渡すが、寄付としては渡すのは稀だったのは多くの人は知らない。加代子が自分で支える事が出来る間は、他の治部一族の支援を受ける事には心良く思わなかった。神太郎はそれを知っていたし、長老たちもそれを知っていた。まさかの時は支援するとは言ったが、世界でも香奈、神之助と並ぶ資産家の加代子がついているのでそんな事はないだろうとも思っていた


 


世界の高所得層もちょっとでも重い病気の時はこの病院を使用し、多額の寄付をしていた。世界最高水準の病院があるのにそれを使わない方法はなかった。ゼニは大事でも命はもっと大事。


 


一方 九州病院は、独自の方針を、マチコジブ記念病院からの病院長が示した。アジア、中東の高所得層の ホームドクター化する事で。九州病院のみならず、マチコジブ記念病院の安定化が図れるのだった。寄付で診療が成り立つのは、九州病院では加代子教の存在があって、ほぼ自動的に医療費は入ってくるのだった。難しい病気とか外科は東京本院に任せる事も出来た。


 


偶然と置かれている環境を駆使しているのだった。それに実際的に遺伝子治療も出来るのが、エンゼルホープ病院の強みでもあった。遺伝子治療は世界に向けてサービス化しているものの、実際的な活用はこのエンゼルホープ病院が先んじていた。臨床例も多いのだ。


 


一方 アメリカのエンゼルホープ病院は 救貧対策としての側面が根強く、医療水準を上げて、所得階層が高い人たちも利用して、少しづつ寄付は増えていたものの、医師や医療スタッフの報酬も上げて維持費用も上がり、とても寄付だけではまかないきれない。依然として カヨコファイナンシャルからの寄付で成り立っている側面が残っていた。


 


それは多くの人が実は知っていて、カヨコファイナンシャルとしての評価は高かった。アメリカの医療を底辺で支えているとも言われていた、これは加代子の所までいかず、あのオッサンの決済で寄付を続けていた。念のため病院直属の寄付の受け入れ法人には数年間の経費分の蓄えはあったが、単年度の不足分以上の寄付を、カヨコファイナンシャルは続けていた。利益比例だから実際は遥かに多い時の方が圧倒的に多いのだった。


 


あのオッサンはそれは知っていたが、カマワン、ゼニ儲けでこんな事をするかと言っていて、それも実は知られていた。


 


日本とアメリカでエンゼルホープ病院はあったが、成立基盤は異なっていたのだった。もっともそれ程アメリカのカヨコファイナンシャルは儲けてはいた。