銀河夜想曲   ~Fantastic Ballades~

月が蒼く囁くと、人はいつしか海に浮かぶ舟に揺られ、
そして彼方、海原ワインのコルクに触れるを夢見、また、眠りにつく……

ちひろの、滲みの技法について

2015年02月22日 03時20分10秒 | いわさきちひろ、その人と作品
いわさきちひろの絵は、晩年の滲みの技法(※)で特に知られている。あの移ろうような滲みは、子どもの瞳の潤いそのままを表現しているようで、強く、儚い…。
子どもの瞳は、泣いてもいないのに潤っている。大人は、いつからその潤いと輝きを失い、手放してしまうのだろう…。
夢は、ちひろの絵そのもの。

※参照


画像は、『蝶の舞う野原』 1968年

虹のように大きく美しい。
全てを包み込むかのような、豊かな香りと安らぎ、あたたかさ…。

子どもの描かれていない作品だが、子どもの瞳に映る景色なのかもしれない…。


雪の中で

2015年02月06日 01時54分51秒 | いわさきちひろ、その人と作品
小さな花びらのような雪の子たち
いつから降っていたの?
さっきから
わたしの鼻先をくすぐる



とてもひんやりするけれど
その瞬間
何かあたたかなものが
心の中を駆け巡るの



ふしぎね
ふしぎ



わたしの手袋も綿帽子も
遠い遠い
雪の記憶
きっと
誰かのこだまが呼び覚ましたのね



わたしはいつからここにいて
いつまで
ここにいられるかしら



ふしぎね
ふしぎよ



遠いどこかの空に手を伸ばせたら
またわたしの心をくすぐって



前髪またたいて夢見られたら
またわたしの命の灯火となって



雪よ
恋しい雪のささめきよ

ちひろの絵・その9

2007年12月27日 23時32分16秒 | いわさきちひろ、その人と作品
白い馬とりんごを持つ少年
1973年
雑誌 “ 子どものしあわせ ”



この寒い風の中

食べ物をさがしているあの馬は

むかし

僕が遊んでやった馬だ



あんなに大きくなって

立派になって

鬣(たてがみ)だって 本物になっている



時計の音をかすめるように

パカッ、パカラッ

気持ち良い蹄の音

遠くから聞こえてくるのに

もう近くにある



胸があんまりドキドキするから

赤いリンゴが僕みたいで

とても

目立ってしまいそうだよ

僕のひそやかな声が

聞こえてしまいそうだよ



「……ひさしぶりだね」



あの馬は

いつ僕を見つけるだろう

どうして僕は

隠れているんだろう



もう、おもちゃじゃないんだ

さあ

夢の中から持ってきたリンゴを

食べさせてやろう



きっとあいつも待っている

夜毎に見ていた夢たちが

甘いリンゴの憧れが

ここに

駈け付けて来ることを

僕の

そっと駆け抜けて行くことを




ちひろの絵・その8

2007年07月14日 01時40分32秒 | いわさきちひろ、その人と作品
子犬と雨の日の子どもたち
1967年
絵雑誌 “ こどものせかい ”



「あれ? この犬、前もここにいたよね。ずっと前、確か、雨が降っているときに」

「ふふ。何だか、私たちのこと覚えてるみたい」

「まだ帰ってないってことは、やっぱり捨てられちゃったのかな?」

「首輪が付いてないから、野良犬さ」

「でも、あの時と同じように、こんなに尻尾を振ってる。ここでずっと、飼い主を待ってるんじゃないかしら?」

「--やい、お前はまた、どこから来たんだ?」 

「わ! そんなにピチャピチャって近寄ってきたら、服が汚れちゃうよ」

「やーい、ずぶぬれ犬!」

「だめ! そんなこと言ったら、かわいそうだよ」

「何だか足がぬれてて、茶色の靴下を履いてるみたいだ」

「あはは、靴下じゃなくて、短足の長靴だよ」

「--ねぇ、あんたの傘を置いてってあげなさいよ」

「え? そんなことしたって、犬は傘を差せないぞ」

「でも、貸してあげて。小さなお家にはなるわ。そうすれば靴下だって、きっと乾くもの。乾いて、また早く走れるようになるよ」

「じゃあ、おまえのを貸してあげれば?」

「あんたの透明の白い傘の方がいいの。だって、向こうから飼い主が来たときに、すぐに見えて走っていけるでしょ」

「あ、見てよ。誰かこっちに走ってくる。僕たちも、そろそろ帰ろう」



---遠き遠き、梅雨の日々の、     
              遥か私たちの想い出に---




ちひろの絵・その7

2007年05月30日 23時13分28秒 | いわさきちひろ、その人と作品
青い花と小鳥と子ども
1972年
雑誌 “ 子どものしあわせ ”



さっきまで、遠い国の海を見ていたんだ

ずっとずっと、知らない雨が降っていたよ

なんにも聞こえなかったけれど

おまえたちの声だけは分かっていたよ



だから

おまえたちのピーチクに合わせて

かくれんぼしてたんだ

脱いだ服を木にかけて

ふふふって笑いながら

逃げてきたよ

脱いだ靴下にリンゴを入れて

くすくす笑いながら

走ってきたよ



ここはどこかな

雲の中かな

同じ滴に流されて

僕たち、ここに来たのかな



おまえたち、きょうだいなの?

どうしてさっきから、こっちを見ているの?

鬼はもう、リンゴの木になっちゃったから平気だよ



遠くにいた僕を

おまえたちも見ていたのかな



じゃあ今度はいっしょに

かくれんぼしよう

雨の中に飛んでいっちゃ

いけないよ




ちひろの絵・その6

2007年01月21日 02時34分09秒 | いわさきちひろ、その人と作品
ちら ちら こゆき
1958年



はじめての ゆき

うまれたての くすぐったい ささやき



雲をつかみたくって てぶくろ編んだら

そーっと雨がふってきて

わたしの指の お砂糖なめて

キラッと すこし

すこしずつ 光ったよ

雲のやさしい

ちいさな心に 着がえたよ



トースト食べてよかったな 

お砂糖たっぷりぬって よかったな



指が ほんのり じんじんする

てぶくろが しっとり ほわほわする



いつでも手は あらえるもの

あとちょっとだけ

あまい夢が とけないように

白いまばたき 着られるように




ちひろの絵・その5

2006年12月05日 01時36分00秒 | いわさきちひろ、その人と作品
暖炉の前で猫を抱く少女
1971年



だんだん だんろ

あったかろ

この子重くて ねむたかろ

パチパチ燃えてる 火の中に

わたしのあかぎれ

とんでゆけ



こっそり立った うさぎさん

わたしのえくぼに

雪のせて

ミー子に掻かれる その前に

どうぞお嫁に ゆきなさい



だんだん だんろ

あったかろ

明日がパチパチ 燃えている 

お目々もゆらゆら およいでる

小舟は だんろの

向こう側

あったかセーター

浮かんでる




ちひろの絵・その4

2006年11月03日 23時29分10秒 | いわさきちひろ、その人と作品
箱の中に入った少女
1969年



おひっこし

とうさんとかあさんのへやから

おひっこし



だってね

さっきからむずかしいおはなしをしてて

つまらないんだもの



おしいれのなかは もうあきちゃったから

ここでゆっくり おそとをながめるの



ひざがこすれるのは

あきのおと



はこをとじると

ふゆのなか



おかあさん

いつになったらみつけてくれるかな



ひとりでさみしいって

だれがさいしょにみつけてくれるかな



ほんとうはね

もうずっとまえから

ここにいてね

さみしいわたしは たのしいわたしを

みつけたんだけれどね



ちょっとずつ

ちょっとずつ

はこのおえかき

くすぐりながら



ちひろの絵・その3

2006年09月28日 23時28分56秒 | いわさきちひろ、その人と作品
窓ガラスに絵をかく少女
1968年
絵本 “ あめのひのおるすばん ”



水色の雨をなぞっていたら、
 
        青がうまれて

薄紅色の雨をなぞっていたら、

        紫がうまれたよ

そうしてここにたくさんの滴が流れ着いて、

わたしはひとつの、大きな雨になった



あの日のてるてる坊主、どこに行ったかな

わたしを思い出して、今、ここにいるのかな



さっきから左手がきゅっとなって

わたしの心が海に流れるみたい

そう

母さんの帰りを待っている

昔のわたしのように



雨がね

また小川にうまれかわるのは

窓にこの手紙を

とどけるからなの








ちひろの絵・その2

2006年09月07日 04時27分48秒 | いわさきちひろ、その人と作品
スケッチブックを持つ青い帽子の少女 
1971年



最後に、もう1度だけ。

わたし、何を描いたと思う?

お母さんがね、この帽子をかぶせてくれたの



秋になると、細い雨が降るから

もう1度だけ

白いワンピースを着させて



いいえ

スケッチブックを

羽織らせてね

ウスバカゲロウのように



みんな

傘で遊んでるわ



ここには

夏の前と後が

ひらいてるの



薄手のワンピースが

少しだけ

波を呼び戻して

















ちひろの絵・その1

2006年08月06日 02時35分38秒 | いわさきちひろ、その人と作品
緑の幻想 
1972年
雑誌 “ 子どものしあわせ ”



 しろいうま
                       しろねこ
                ちょうちょ
      ことり
             しょうじょ

          そして見守る大きな木


どこかにある 白いわすれものと

緑のなつかしさが こみあげるから

少女は手をふって

すずしげな帽子に言葉をそえる


わたしの夢、ここに駆けておいで……!