銀河夜想曲   ~Fantastic Ballades~

月が蒼く囁くと、人はいつしか海に浮かぶ舟に揺られ、
そして彼方、海原ワインのコルクに触れるを夢見、また、眠りにつく……

ノクターン 第4番 ヘ長調 作品15-1   

2007年04月15日 23時53分20秒 | ショパン作品からのイメージ素描
午後の駅

大きな大きな伽藍状の木の下に

ポツンと佇む

一対の小さなさくらんぼを模した

誰もいない午後の駅

ハンカチにそっと包まれているホームには

柔らかな陽射ししか届かない

ポップコーンに群がる鳩は

女を啄ばむ愚かな男共のように滑稽で微笑ましく

何者にも頓着していない

春の静かな共産に

ゆらり揺れる

さくらんぼの駅は





しかし

嘴に弾かれた足先が跳んだ瞬間に夕立を呼んで

狂乱した隻足の鳩はレールの上を黒々と彷徨い

すぐさま

誰ぞ彼の耳穴に舞い込む

バタバタと羽音を立てて

彼の体中を掻き毟り

失った足先を捜しては

当て所もなく生きてきた風雨の中の営みを

その無上の禍根の声を

彼に突き付ける

孤独な駅は

三重の夕立に苛まれ

列車を迎え入れる術もなくなった





ベンチに寝そべる彼に

ポップコーンの甘い香りだけが残された

ホームに降り積もった羽の影は

和らいだハンカチの色に染められて

未生のさくらんぼのために木陰として生まれ変わった

レールの遥か彼方では

また朝の霞が遠く棚引いている

春風に促されるまま赤い宝石を夢見て

彼は

すぐ隣のホームへと足を引きずった




マズルカ 第32番 嬰ハ短調 作品50-3  

2006年12月17日 23時47分24秒 | ショパン作品からのイメージ素描
遠い星

余韻氷

その欠片

ただ1つの音を

あぶみ骨に響かせて



新聞に刻まれた一文字目掛けて

短い月影になった

柄の長い錐

その机の下で

中指は漂い

母の様にいつまでも膝を摩る



窓から忍ぶ隙間風

素知らぬ顔しても見逃してはくれまい

夜天のプールはそこから馳せて来て

頬と鼻の間を泳ぐ



壊したくない静けさに

懐かしく幼い少年だけが誘われて

平気な顔して泳いでる

静かに波打つハンカチーフは

それでも窓辺の青を拭って

あるべきところへと

ひとり気ままにはためいて

その青を

失楽の想い出にする



静かなる虚空のダンス

目蓋をなぞる中指



机に刻まれた錐の文字が

ちろちろと燃える火が

ちおちおと揺れ

木の色を嗅ぎ過ぎた鼻は

いつしか火傷を負う



冬の夜の恥じらい

寝しなはまた訪れ

薪は折れた






3つの新しいエチュード 第1番 ヘ短調

2006年10月30日 03時13分13秒 | ショパン作品からのイメージ素描
見えない蝶に憧れた

枕に左の頬をあずけて



見えない時計の音に憧れたから

幼い悪戯に流れて

目の前の大いなる胸に

どれだけ手を伸ばしただろう



金色の砂をまぶした蝶が

あの日々を滑り台の足に落としてゆく

さりとて

幾多の雨が刻み込んだか知れない砂の跳ね痕のように

2本の足は

ざらざらの褐色にまみれて



…砂……?

ふうらり舞う蝶の羽……?



油絵でもなく

水彩でもない

夜に溶けた命の色が

そう

彷徨の音刻み



蝶はいつでも枕の中に

鼻の奥の涙の尻に



左の胸を幻惑の草原にあずけて




プレリュード 嬰ハ短調 作品45

2006年08月28日 02時11分11秒 | ショパン作品からのイメージ素描
湖畔に浮かぶ、朝の老い

水面は凍って

また靄は立ち

白い木々、吐息の群に

一羽の鳥が

そよと去る



太陽は隠れ

時に、忘れた頃、姿を現す

湖の上辺だけに

一面、雲を映す

氷細工の上だけに



いつ、水紋は動き出したのか

誰も知らない

1つの輪の中に

劫臈を経た

1つの高話があることを

幾重にも

消えて

幾重にも

追いかけて

また、消えて



名も知らぬ草が

閉じ込められている

茶と緑を交えた色をもって

今にも壊れそうな氷の中に

水泡と共に

横たわって



指を伸ばし

触れようとしても

それはもういない

儚く凍えた水面には

爪の先が

殊更、無下に痛い



大きな水泡が

鳥の名残を教えると

隣の小さな水泡が

長い長い

茶緑の草に眠った