銀河夜想曲   ~Fantastic Ballades~

月が蒼く囁くと、人はいつしか海に浮かぶ舟に揺られ、
そして彼方、海原ワインのコルクに触れるを夢見、また、眠りにつく……

きっと私達は

2015年05月28日 22時44分34秒 | 散文(覚書)
きっと私達は
少しずつの苦しみをもって
世界を知っていく
少しずつの苦しみをもってして
生きていくしかない



今日も一人の俳優が逝った
どんなに無念だったことだろう
どんなに腹が立ったことだろう
どれほど辛く
どれほど悔しかったことだろう
直接の知り合いでなくとも
私は彼の死が居た堪れず
何をどうしていいのかも分からない



昔 彼の芝居を生で観た
非常に男気のある
熱のこもった筋立てと演技
心の片隅のまた片隅で
静かに
時に熱を帯びるように覚えておきたい俳優だった
だから尚更
トゲで刺されたような痛みが走る
メスで温かな包布を切り裂かれたような嘆きが走る



きっと私達は
少しずつの苦しみをもって
生きていくしかない
哀しみの最中にいない時でさえも
決して
憎しみの感情に支配されていない場合であっても
少しずつ叫んで
何かに耐えながらも少しずつ
また
小さく叫びながら
生きていかねばならない



だから
だからこそ
自由闊達な体躯であるくせして
簡単に
生意気に
死にたいなどと口走る奴は
殴りたいほど許せない
この世の何をお前は知り尽くしたのだと
殴り倒したいほど許せない



日の暮れた山のように人知れず叫んで
日の暮れた山の向こうに取り残されたように泣くのだ
それが哀しみの本質なのだ
だからこそ
簡単に死にたいなどとほざくな



世界よ
こんな夜こそ
世界よ黙っていろ





知っていますか

2015年05月26日 23時40分41秒 | 散文(覚書)
涙もろい不思議な夜です
ぽろぽろあふれるハンカチで
何度も拭いてあげましょう
絵本のページをめくるように
そっと小指に乗せてあげましょう

きっとあなたの心の中で
水平線が満ちたのでしょう

もうすぐ梅雨がやってきます
知っていますか
涙もろい人の足元で
妖精は傘を差してくれています
その爪先まで濡れないようにと

もうすぐ梅雨がやってきます
知っていますか
紫陽花の葉っぱの垂れた先に
小さな木琴があることを
ぽろぽろ涙が花びらへ返り咲くようにと



ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番

2015年05月23日 01時01分02秒 | クラシック音楽
ショパンの2曲のピアノ協奏曲を、独奏ピアノを1843年製プレイエル・ピアノで、オーケストラを1838年製プレイエル・ピアニーノで演奏。この形での録音は世界初!! 両作品とも総じて悠然としたテンポで弾かれているものの、盛り上がりを見せる箇所と沈着してゆく箇所とのコントラストの描き方に長けていて、聴いていて心地良いです。どちらの曲においても、第一楽章の独奏ピアノの出だしは堰を切ったかのように感情が溢れ出し、低音域へと下降してゆく速いパッセージでも力強い打鍵を披露していて、その演奏が胸に沁みます。また、どちらも第二楽章が特に素晴らしく、第2番は燃え立つ慕情と憂い、やるせなさといったものが音色に織り込まれていて、第1番は白いレースのカーテンが風にそよぐような、愛らしく清らかな詩情が匂い立っています。伴奏のピアニーノの音色は、決して音量がある訳でもなく派手さもありませんが、切々と訴えかけてくる奥ゆかしいもので、独奏ピアノの艶ある音色を引き立てている、謂わば内助の功といったところ。故に、オーケストラの音色に埋もれて聴こえにくいソロ・ピアノの旋律が、手に取るように伝わってきます。ショパン好きには堪らない、愛聴盤必至の一枚!!

スー・パク&マチュー・デュピュイ
Herisson
LH11



父と子 ~ ライプツィヒのJ.S.バッハのサークル

2015年05月18日 18時38分21秒 | クラシック音楽
バッハからクレープス、アーベルへとつながる18世紀ドイツの音楽を、世界各地・各誌で高い評価を得ているヘレン・カルスが演奏。ヴィオラの豊かでコクのある音色を程良い残響が活かしていて、その伸びやかに深く呼吸する奏法が胸の奥へと沁み渡ります。そしてチェンバロの溌剌とした表情がまた実に清々しく、単純な伴奏に留まらずに主張が明白な点も特色。バッハのヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタはどれも活力ある演奏で、とりわけ第3番の第2楽章は楽曲の内容と演奏の質が見事なまでに合致していて、深く深く心の根元まで旋律が降りてきます。クレープスとアーベルの2作品はカルスによる編曲ですが、特に前者は必聴中の必聴!! これ程までに儚くもしなやかで美しい、闇も光も混在した陽炎の如き世界はバッハをも凌駕する凄みと慰めがあります。作品の襞に秘められた滂沱の涙が、聴く者の魂を揺さぶります!!


ヘレン・カルス(ヴィオラ)/リュック・ボーセジュール(チェンバロ)
Analekta
AN29879




孤独

2015年05月12日 23時44分48秒 | 散文(覚書)
私達は別れる瞬間に固く握手した
強く握手をした
吹き付ける風雨が彼のがっしりとした手を
老いて尚若々しい手を
更に大きく見せる

タクシーは何かに拐われるように
私の知らぬ地へと走り去った

雨は容赦なく靴を濡らし
風は瞬く間に髪を逆立てる
生乾きの靴下を履くよりマシではあっても
胸のシャツが濡れゆくのは唾液を垂らした幼児のようで
私のこともいっそ何者かが拐ってくれればと
雨に紛れながら思うのだ

人は影のように私の前を
その後ろを静かに過ぎ去る
激しく降る雨の音だけが
先までの会食の記憶を呼び起こす

しかしそれもまた夢か
ひしゃげたポケットに彼との大切な会話をしまいこんだのに
もうどこかへ消えてしまった
たくさんの
たくさんの勇気をもらったはずなのに

左手に傘の全体重がのしかかる

孤独は所詮
自分のものでしかない
空の右手が虚空に浮かぶように

それでも私は風雨を睨みつけ
再び彼と会うのだと
一歩ずつ駅へと向かった
孤独が所詮
自分のものだけであったとしても