比企の丘

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大地の子の父・・山本慈昭師

2006-10-21 | 満蒙開拓・大地の子・終わりなき旅
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10月11日、某テレビの「今日は何の日」という時間で見ました。
中国残留孤児の父「山本慈昭」さんの話です。山崎豊子大地の子」(文藝春秋)をお読みの方は覚えていらっしゃると思います。
小説では「下巻 1章 三十六年目の旅路」の中で長岳慈光師として登場します。山本慈昭師について調べました。資料はほとんどありません。「望郷中国残留孤児の父-山本慈昭」(くもん出版)という本がありますが近くの図書館にはありませんでした。「プロジェクトX-新リーダーたちの言葉」(今井彰 文藝春秋)がようやく近くの図書館で見つかりました。

1902年、(明治35年)信州の古い城下町の飯田市伝馬町に生まれ、1932年、南信州阿智村駒場の長岳寺の住職になります。1945年5月、(昭和20年)満蒙開拓団阿智郷(参加者330人)の小学校教諭として51名の生徒とともに渡満。この時期、3月に東京大空襲(死者10万人)があった後です。沖縄は陥落寸前です。たった4ヶ月後、8月ソ連軍の侵攻、敗戦、生きて帰ったのは42名、そのうち生徒は5名です。山本さんは奥さんと2人の子供を連れいましたが自身はソ連軍に拉致連行されシベリアへ、帰国後に家族の死を伝えられます。24年後(1969年)、臨終の床の村民から長女啓江さんが生存しているのではないかという話を聞きます。
1972年、日中共同声明により国交が開かれ、山本さんの中国残留孤児探しの活動が始まります。今でいうNPOです。「日中友好手をつなぐ会」の会長に推され、1979年10月11日、第1回総会が開かれます。それが「今日は何の日」のテーマだったのです。
1980年(昭和55年)、残留孤児の訪中調査に赴きます。80歳のときです。315人の孤児に面接、その調査報告が翌81年の第1回47人の残留孤児の来日に結びつきます。孤児といっても年齢は40代です。このときの肉親判明者は24名。不明のままの23人に山本さんは語りかけます。
今日から私が皆さんの父親になります。いつでも日本に来てください。私の家に来てください。待ってます

山本さんは年金と住職としてのわずかな収入のほとんどをこの運動につかっていたといいます。満蒙の地に散った教え子たちへの贖罪だったのでしょうか。その後、肉親にめぐり会えなかった方の一人が山本さんの娘さんを探し出してくれたそうです。90歳,100歳までこの仕事を続けるとがんばっていましたが88歳で天寿を全うします。
    ・・・・・・合掌・・・・・・

満蒙開拓団の歴史は「負の遺産」でしかありません。戦争というものは理不尽なものです。勝った側も負けた側も「自虐史」しか残りません。
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2 コメント

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昨日いってきました (くらんぽん)
2007-07-13 09:27:53
『大地の子』を読んだのは、何年も前、その後、ドラマ化された気がします。
今の寺の有り方は、先住職の望む姿かは分かりませんが、ヒキノさんのブログで、先の住職がはっきりしてきました。ありがとうございます。
昨日根羽の武田神社にリンクするため、記事の設定をしなおして、付けました。
過去の記事を月ごとに設定する方法やりたい。
できないときは、質問しますので教えてください。
慈照さん (くらんぽんさんへ・・ヒキノ)
2007-07-13 14:37:53
1945年51名の生徒を連れて渡満、帰還者5名、これではトラウマになります。満蒙開拓団も満蒙義勇隊も長野県は抜群の参加でした(これについては発言は差し控えますが)。
生還できた人も古希を迎えた人が殆どになりました。問題はまだ残されているようですが遠い昔の話とも言えます。
長岳寺も寺社経営としては昼神温泉とセットで観光客を招致してゆくのがベストでしょうね。

過去の記事の整理、カテゴリーの細分化がベターだと思います(私が現在18あります)。編集画面でカテゴリー別に並べ替えできます。過去の記事を月別にまとめるのはgooで自動的にしています。ココログのソフトはわかりませんが研究してみてください。

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