比企の丘

彩の国・・・比企丘陵・・・鳩山の里びと。
写真、文章のリンク自由。

冬の旧北國街道・・・旧海野宿・・・石碑のある風景

2022-03-01 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

冬の散策に・・・旧海野宿・・・長野県東御市本海野。
忽然と現れる不思議な街です。

宿の東の入口あたりに・・・百万遍供養塔、馬頭観世音、庚申塔の石碑です。
百万遍供養塔・・・百万遍の念仏を唱える供養請、馬頭観音・・・元は観音菩薩ですが荷駄馬の供養碑に、庚申塔・・・村の守り神。

本陣跡です。石碑と長屋門だけです。
進善学校及び風戸学校跡」の石碑が・・・1872年太政官発令の教育法令に従って1873年開設した公立学校・・・?

塩舐め石」・・・宿場を往来する駄馬に塩を与える石。


一茶句碑「夕過ぎの 臼のこだまの 寒さかな」・・・文化9年(1812年)海野宿

一茶の句碑の「寒さ哉」を見て、寒くなったので帰路につきます・・・
※撮影日は2月7日。

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冬の旧北國街道・・・旧海野宿・・・卯建が上がる町を歩く

2022-02-27 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

冬の散策に・・・旧海野宿・・・長野県東御市本海野。
忽然と現れる不思議な街です。
タイムカプセルから出てきた町でも復元してできた町興しの町でもテーマパークでもドラマのセットでも・・・ありません。
人が普通に生活している街村です。

富の蓄積の証明・・・卯建が上がっています・・・

屋根の上に小屋根(気抜き)が見えます・・・
幕末のころ上州島村の田島弥平という人が考案した養蚕の室内温度調節のための工夫です。

この町は明治維新の廃宿後、日本を支えた養蚕に転換して栄えてきました。

養蚕のための小屋根、大壁は改造したものですが海野格子と呼ばれる格子窓は宿の雰囲気そのままです。
※撮影日は2月7日。


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冬の旧北國街道・・・旧海野宿・・・卯建が上がる旧宿場まんまの町

2022-02-26 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

冬の散策に・・・長野県東御市本海野・・・旧海野宿・・・忽然と現れる不思議な街です。

旧街道 旧宿場町 常夜灯・・・

日本の道100選」、種別「宿場町・養蚕町」で重要伝統的建造物群保存地区として選定。

旧宿場の復元でもテーマパークでもドラマのセットでもありません。人が普通に生活している街村です。

街道の真ん中を流れる用水路・・・せぎ()と呼ばれています。
せぎに架かる石橋は60・・・むかしのままだそうです。
※撮影日は2月7日。
★江戸時代、德川幕府は1601年から7年かけて五街道を整備、続けて1625年中山道追分宿から分れて北信濃、上越、越中、加賀に向かう北国街道が整備。中山道追分宿から分れて小諸宿、田中宿、海野宿、上田宿へと続きます・・・
明治時代に廃宿、日本中ほとんどの宿は時代の流れのままに宿の面影も消えて普通の街村に変わっていきますが、なぜ変わらなかった不思議な街・・・幕末から明治、大正、昭和にかけての養蚕で卯建が上がって隆盛を極めた街。


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初冬の信州・・・旧中山道・・・松並木の・・・笠取峠をゆく

2021-12-26 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

信州を横断する江戸時代の幹線道路の中山道・・・小県郡長和町の長窪宿と北佐久郡立科町の芦田宿の間、標高850mの松並木の笠松峠へ。

国道142号線から表示板にしたがって松並木通りへ・・・車道と石畳の人道とがあります。全長2㎞弱。貴重な歴史遺産です。

幅がちょっと狭い。

側溝が設けられています。

この看板が立てられたとき110本、現在は68本だそうです。中山道に残る松並木はここ笠取峠と関が原だけ。東海道では保土ヶ谷、大磯、御油が有名。
※撮影日は11月15日。
★「ゆっくり走ろう信濃路を」と信州を旅するかたへ・・・こちらを通りかかったら、この道に寄ってみてください。車道もあります。小さな公園もあります。皇女和宮も駕篭で通った道です。往時を偲んでください。

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紅葉の信州・・・旧中山道・・・追分公園・・・郷土館・・・追分節発祥の地

2021-12-23 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

11月10日、紅葉の軽井沢方面に・・・プチドライブ・・・
小諸方面からの国道18号線と浅間サンラインの合流地点、国道から左に分かれる旧道が・・・旧中山道追分宿跡・・・江戸時代の幕府直轄五街道の宿場、軽井沢三宿(軽井沢、沓掛、追分)の一つ。元禄期の記録によれば旅籠71軒、茶屋18軒、商店28軒、飯盛り女200~270人の大きな宿場だったといいいます。
東の入口の昇進橋近く、追分公園・・・です。公園内の浅間神社、芭蕉句碑を尋ねます。

浅間神社の隣に…追分宿郷土館・・・1985年開館。


追分節発祥の地の碑・・・
「碓氷峠の 権現様は わしが為には 守り神」
「浅間山さん なぜ焼けやんす 裾に三宿 持ちながら」



追分節・・・小諸馬子唄・・・いつの世に歌われるようになったのか定かでありません。小室節とも呼ばれるこの土地の馬子たちが口ずさむ馬曳歌を飯盛り女たちが座敷唄にして、やがて宿場から宿場へと広めていったのではないかといわれます。それが中山道、北国街道と歌い継がれて、鈴鹿馬子唄、越後追分、本荘追分、南部三下り、津軽海峡を渡って松前節、江差追分」に・・・。




※撮影日は11月10日。

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紅葉の信州・・・旧中山道・・・追分公園・・・浅間神社・・・御影用水・・・芭蕉句碑

2021-12-23 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

11月10日、紅葉の軽井沢方面に・・・プチドライブ・・・
小諸方面からの国道18号線と浅間サンラインの合流地点、国道から左に分かれる旧道が・・・旧中山道追分宿跡・・・江戸時代の幕府直轄五街道の宿場、軽井沢三宿(軽井沢、沓掛、追分)の一つ。元禄期の記録によれば旅籠71軒、茶屋18軒、商店28軒、飯盛り女200~270人の大きな宿場だったといいいます。
東の入口の昇進橋近く、追分公園・・・です。公園内の浅間神社、芭蕉句碑を尋ねます。

浅間神社・・・創建年は不詳ですが軽井沢町最古の木造建築であり建築様式から室町時代のものと推定。

浅間神社の神域の中を流れる御影用水(1650年に掘削された農業用水路)。透水層に対応して石畳が。

軽井沢の湯川、千ヶ滝に水源を求め仮宿、馬瀬口、御代田から小諸の御影新田まで延長28㎞、500㌶を潤しました。

芭蕉句碑・・・芭蕉100年忌の1793年に建立。


吹き飛ばす 石も浅間の 野分哉

※撮影日は11月10日。

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紅葉の信州・・・旧中山道・・・追分宿・・・旧油屋旅館の・・・油屋旅館の落ち葉

2021-12-22 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

11月10日、紅葉の軽井沢方面に・・・プチドライブ・・・

旧脇本陣「油屋旅館」・・・1937年火災により焼失、再築。
昭和期に芥川龍之介、堀辰雄、立原道造ら文人が逗留し執筆活動をした旅館です。
2012年改修・・・「文化磁場油や」に・・・

池に浮かぶ落ち葉・・・



庭から道を隔ててお蕎麦屋さん「ささくら」さん・・・です。
※撮影日は11月10日。

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紅葉の信州・・・旧中山道追分宿・・・諏訪神社の・・・一茶句碑

2021-12-22 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

紅葉狩り・・・軽井沢方面に・・・プチドライブ・・・

軽井沢町追分・・・旧中山道追分宿場跡通り・・・表通りから150mばかり入ってヒッソリと・・・諏訪神社・・・
★創建は不明・・・1269~1675年の間に土地の豪族が奉納したという大般若橋600巻が残っているので、鎌倉時代と推定。

落ち葉の絨毯・・・


一茶の句碑・・・有明や 浅間の霧が 膳をはう




紅葉の信濃路・・・旧中山道・・・追分宿・・・堀辰雄が散歩した・・・泉洞寺

2021-12-19 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

紅葉狩り・・・軽井沢方面に・・・プチドライブ・・・

軽井沢町・・・旧中山道・・・追分宿・・・1598年創建、曹洞宗浅間山泉洞寺・・・です。
左に・・・「不許山門入葷酒」の石柱が・・・

山門の前の石段に紅葉の絨毯・・・「南無阿弥陀仏」の石柱が・・・



堀辰雄が愛したという歯痛地蔵・・・


※撮影日は11月8日。


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紅葉の信濃路・・・旧中山道・・・追分宿・・・江戸時代の政府広報所・・・高札場です

2021-12-19 | 旧街道・峠道・旧宿場
信州上田の・・・六文銭の写真帳

紅葉狩り・・・軽井沢方面に・・・プチドライブ・・・

軽井沢町・・・旧中山道・・・追分宿・・・高札場・・・

高札場の説明です。

戊辰(明治元年)、新政府のお触書です。戊辰正月と書いてあります。明治2年正月のことです。
太陰暦の干支「戊辰」は1869年2月までですから、西暦と少しズレが出ています。

正徳」という年号(1711~1716年)が書いてあります。べからず書ですが主に正徳金、正徳銀の改鋳にともなうことなどが書いてあります。


追分宿の散歩・・・
追分宿の西の枡形「にあった茶屋「つがるや」・・・ 

雑貨屋・・・
※撮影日は11月8日。


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