比企の丘

彩の国・・・比企の丘・・・鳩山の村びと
拙ブログの記事のリンク、写真の転用はご自由に。

埼玉スタジアム2002・・・月見桜

2017-04-11 | 道をゆく 埼玉イイなっ

さいたま市緑区美園の埼玉スタジアム2002{にまるまるに)の夜桜です。
・・・彩風人の写真帳・・・
比企の丘からブログのギャラリー開放です。

埼玉スタジアム2002宵の桜・・・2017.04.07 18:21

埼玉スタジアム2002月見桜・・・2017.04.07 18:50

埼玉スタジアム2002夜更けの桜・・・2017.04.07 21:45

※撮影日は2016年8月27日 Canon PowerShot G7X。


※コメント欄オープンしています。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

寒中お見舞い申し上げます・・・さいたま市の荒川河川敷から・・・富士山

2017-01-17 | 道をゆく 埼玉イイなっ

寒中お見舞い申し上げます。
さいたま市の荒川縁の友人からメールで送られてきた荒川河川敷からの富士山の夕景です。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

彩の国・・・コロボックル人の棲み処だったのか・・・「吉見の百穴」・・・横穴墓群

2016-10-28 | 道をゆく 埼玉イイなっ

信州上田・・・稲倉の棚田の古墳に関連して・・・
彩の国吉見町にある古墳時代末期の横穴式墓群「吉見の百穴」(ひゃくあな)です。

埼玉県東松山市と吉見町の境界を流れる荒川水系市野川、その左岸の吉見町北吉見地籍。
市野川の河岸段丘、凝灰岩質砂岩が露頭した崖地に不思議な横穴が・・・現在219穴。

幻想的な風景・・・コカコーラやソフトクリームの看板が無ければ・・・
空色のベストのかたはボランティアガイドさんかな?

中央に墓穴よりひと回り大きい洞窟があります。戦時中に掘削された軍事工場跡です・・・その話は後程。
※撮影日は10月24日、LUMIX DMC-G7。

※江戸時代の文献にも「吉見の百穴」が出てくるそうです。「ひゃくあな」か「ひゃっけつ」か・・・どうでもいいことですが地元の人は古くから「ひゃくあな」といってるそうです。
※弥生式土器の発見で有名な坪井正五郎博士が東京帝国大学の大学院生のころ地元の人の協力を得て1887年発掘調査、237の横穴を露頭させたといわれますが詳細な記録・写真が無いようです。坪井博士はこの横穴をコロボックル(アイヌ伝承に出てくる小人)の居住跡という説を発表、何とも幻想的でロマンあふれる説でしたが、この説は論議を呼び、大正時代の中ごろに横穴式墓群というのが定説になりました。1923年国指定史跡。
※大和王朝時代の600年前後から藤原京時代の700年前後までに造られたと推定されています。前方後円墳、円墳、方墳が姿を消した古墳時代の終り頃。このあたりの河岸段丘地は凝灰岩質砂岩が多く掘削が容易であるのが造られた理由であろうか。
※誰がこの方式を導入したのであろうか、大陸からの渡来人か、被葬者はどんな人たちか。謎は深まる。


※東京帝国大学の学生であった正岡子規が1891年11月、蕨、忍、熊谷、東松山、川越、所沢、田無と2泊3日の「武蔵野旅行」をした際、吉見百穴を尋ねています。

神の代は かくやありけん 冬籠       子規
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

彩の国・・・行田市・・・巨大円墳が剥きだされた・・・八幡山古墳・・・石舞台の風景

2016-10-27 | 道をゆく 埼玉イイなっ

信州上田・・・稲倉の棚田の古墳に関連して・・・
彩の国行田市藤原町にある八幡山古墳の石舞台です。
稲荷山古墳出土金錯銘鉄剣(国宝)で有名なさきたま古墳群から北東に2㎞、工場群に囲まれた小さな公園の中に関東の石舞台といわれる八幡山古墳があります。

円墳の墳丘が剥がされ岩室が露頭した古墳です。
石室の全長16.7m、玄室の長さ5.2m、幅4.7m、高さ3.15m(参考・奈良県明日香村の石舞台の石室の長さ19.10m、玄室の長さ7.5m)。

天井や壁のところどころに平らな青い一枚岩が使われています。緑泥片岩というこの地方ではよく見かける石です。



石室の中は土曜日・日曜日・祝日のみ解放されて見学ができます。


※撮影日は10月24日、LUMIX DMC-G7。

※元は大きな円墳(推定約80m)でした。1934年この付近の小針沼埋め立て工事でこの円墳の土を使用するため削平され石室が露頭、1935年発掘調査、1944年県指定史跡に、1977年復元工事と本格的な調査、漆塗木棺片、銅椀、棺飾金具などが出土。円墳が築かれたのは7世紀の中ごろ(622年乙巳の変で蘇我一族を暗殺し646年大化の改新で豪族中心の政治から天皇中心の中央集権国家が確立していく時代)と推定。被葬者は出土品から地方の首長級のものと推定。伝承では物部系といわれるが証明するものがない。文字による記録がない時代ですからすべて推定の世界です。
石舞台・・・明治時代に考古学者が明日香の露頭石室を呼んだ俗称です。観光商品名のようですね。ちなみに地元の明日香村では石蓋と呼んでいたそうです。八幡山古墳の石室を石舞台と呼ぶのは、モドキ呼称です。
※この付近に地蔵塚古墳があります。1962年の発掘調査により石壁に人物、馬、家、鳥、舟などの絵が見つかりました、いまは密閉されて見ることができませんがレプリカが埼玉県立博物館で展示されているそうです。
若小玉古墳群・・・かつてこのあたり昭和の初めまで前方後円墳、円墳、方墳あわせて11基の古墳があったそうです。総称して若小玉古墳群、いまは八幡山古墳、地蔵塚古墳を残すのみ、残りは削平され工場団地となっています。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

彩の国・・・「コスモスアリーナふきあげ」は・・・いま秋桜が満開です

2016-10-20 | 道をゆく 埼玉イイなっ

10月20日、ようやく秋晴れ・・・彩の国鴻巣市吹上のコスモス畑までチョッと散歩。

荒川の左岸、堤防の上の「コスモスアリーナ吹上」の前の河川敷にひろがる広大なコスモス畑。

30000㎡・・・満開です。

一応はコスモスの単品を(逆光で)写しましたが・・・

赤いアーチの荒川水管橋(長さ1100m)・・・これを入れると吹上、・荒川・サイタマ・・・というローカル(ジモネタ)の匂いがでてきます。

※お近くのかたはぜひ訪ねて見てください。今月いっぱい楽しめそうです。小さなハサミを持っていくとイイですよ。終わりのころは摘み取り自由の・・・ハズ?

※「コスモスアリーナふきあげ」のアクセスマップです。
※JR高崎線「吹上駅」南口から徒歩30分、タクシー5分。
コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

明日10月8日は・・・実りの秋を祝う・・・鴻巣市の花火大会です

2016-10-07 | 道をゆく 埼玉イイなっ

明日10月8日(土曜日)は彩の国鴻巣市の花火大会です。
10月1日のテレビ東京の情報番組「出没! アド街ック天国 鴻巣BEST20」でBEST1に紹介されていました。

素晴らしいです・・・お出かけになってはいかがでしょう。

※写真は昨年10月10日撮影、10月12日のブログに掲載したものの再掲載です。

※撮影日は2015年10月10日、カメラはPanasonic LUMIX DMC-GH2。
さて、明日のお天気は?


撮影場所は鴻巣市吹上と吉見町の間の荒川を渡る大芦橋近く、アーチ橋は荒川水管橋(利根大堰で取水して行田浄水場で浄水され比企、入間地域に送配水する上水道管)、どうでもいいことですが長さ1100mは水管橋としては日本一の長さ・・・だそうです。水管橋の下の荒川左岸の河川敷、コスモスの花盛り・・・だろうと思ます。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

埼玉県農林公園・・・農産物収穫体験・・・本日は梨・・・「幸水」

2016-08-11 | 道をゆく 埼玉イイなっ

8月11日、今日は日中の温度が30℃超、でも風も吹いて少し過ごしやすい。
深谷市の埼玉県立農林公園に行ってきました。収穫体験の梨モギ

体験学習です。楽しいです。子どもたちがお母さんやお父さんたちとのふれあい経験学習です。

今日の銘柄は「幸水」です。昨年は1個100円、1人10個まで。「1000円持って農林公園に行こう」がキャッチフレーズでしたが・・・
今年は1個150円です

園内には山羊さんもいるよ

※深谷市にある(むかしの大里郡川本町)埼玉県農林公園・・・埼玉県社団法人農林公社の組織。
※体験学習です・・・味とか値段なんか気にせずに楽しむところです。体験学習のスケジュールはHPに紹介されています。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

いまは埼玉県幸手市・・・むかしは下総の国権現堂村・・・初夏の権現堂堤にアジサイが咲く

2016-06-22 | 道をゆく 埼玉イイなっ

彩の国幸手市の権現堂堤です。
国道4号線(日光街道・奥州街道)の内国府間(ウチゴウマ)の交差点のわきに権現堂堤。堤防の上に1㎞にわたって1000本の桜が繋がっています。

いまは埼玉県ですが江戸のむかしは下総国権現堂村。6kmにわたって3000本以上の桜が連なっていたそうです。かつては利根川の本流の一部であった権現堂川は明治時代に流路変更のため締め切られ1933年廃川、堤防は荒れ、さらに大戦後の混乱で伐採されました。1949年旧権現堂堤のうち中川の堤防として残った部分に桜が植樹され、そのご休耕田にアブラナが、土手の法面にアジサイも、現在は水仙、菜の花、桜、紫陽花、彼岸花と季節の花が楽しめる市民の憩いの場になっています。


※菜の花と桜のコラボの画像は2010年4月3日に訪れたときの写真です。


6月20日、権現堂を歩いた友だちからメールで写真画像を送ってきました。
今日はその写真の公開です。

・・・彩遊人の写真帳・・・

    初夏の権現堂堤・・・アジサイが満開です。










※カメラはOLYMPUS OM-D E-M5
※ホントはわたしたちも行く予定でしたがスケジュールの調整がつかず断念。画像を見て行った気になりました。
コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

春の埼玉・・・氷川神社から大宮第二公園へ

2016-03-31 | 道をゆく 埼玉イイなっ

3月29日、田舎の学校友だち夫婦3組で、大宮駅集合、大宮氷川神社へ散歩。花見宴会の大宮第一公園を通り抜けて第二公園へ。

産業道路を越えて見沼代用水西縁の橋を渡る。
見沼代用水・・・いまから数千年前、このあたり大宮台地の浸食谷は東京湾が深く入り込んだ入江、やがて海岸線が後退して大湿地地帯に。江戸時代初期に現在の東川口あたりに見沼溜井を構築して新田開発を。江戸時代中期の1620年代に行田市下中条(現在の利根大堰あたり)から取水して見沼溜井に代わる網の目のような用水路を構築、さらに新田開発を。主な水路は東縁と西縁、大宮公園と第二公園の間には見沼代用水西縁が流れています。1590年川家康が江戸入府以来、関東平野は新田開発の連続です。見沼代用水はいまも先人たちの開発の歴史を見せてくれています。

大宮第二公園の中。花菖蒲園。

シモクレンのクローズアップ・・・です。


田舎の元青年たちの親睦ハイキングは大宮駅に戻って昼飯会を開催してオヒラキ。
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ポカポカ陽気につられて・・・武蔵国の一ノ宮・・・大宮の氷川神社・・・を歩きました

2016-03-30 | 道をゆく 埼玉イイなっ

3月29日、ようやく春めきポカポカ陽気。田舎の学校の友人夫妻(3組)で 武蔵国の一宮・・・大宮氷川神社を歩きました。
待ち合わせ場所はJR大宮駅のコンコース豆の木(有名な待ち合わせスポット)。

大宮駅東口を出て県道164号線(旧中参道)を越えて、次の通りが氷川神社参道。ここから氷川神社三の鳥居まで約1㎞。
氷川神社参道・・・「さいたま副都心駅を」出てすぐ、旧中山道を分岐して、氷川神社まで真っ直ぐに約2㎞。ケヤキを中心に約700本の並木道。

左端、ザックを担いで歩いている二人組が田舎育ちの元青年たちです。

舞殿。

拝殿。

楼門。

楼門から参道を見る。

大宮氷川神社・・・創建は西暦0003年だそうです。この地に植民した出雲国簸川(ひかわ)の氏族が郷里出雲の神を祀ったといわれます。地元の神アラハバキ、他いろいろの神が祀られていますが神様たちのことはよく知らないので省略。
この地はむかし見沼という沼沢・湿地地帯、神域の中、公園の中の大小の沼はその名残りです。氷川神社はその見沼の西端に位置しています。
正月三が日の参拝客は200万に以上・・・だそうです。


参拝をすませて続きの土地の大宮公園へ。桜がほぼ満開。花見客は満杯。大宮第二公園のほうに歩いて行こう。

一ノ宮・・・武蔵国一ノ宮というがそれがよくわからない。朝廷が定めたランク、規模ではないらしい。祀られている神にランクなんてあるはずもない。一つのテリトリ―で一つとは限らないようだ。武蔵国はもう一つ多摩市小野神社がある(初めて知った)。かつて国府のあった府中市の大国魂神社は武蔵国総社というのだそうだ。
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加