【わんちゃんの独り言】

毎日の生活の中で見たこと、聞いたこと、感じたこと、思いついたこと等々書き留めています
(コメント大歓迎デス・・・・・)

中秋の名月 2024年9月17日 

2024-09-17 | デジカメ日記
中秋の名🌕🌕🌕 21;52

いつも寝しなにスマホのチェックをします、友達から届いてました。
LINEに……。

中秋の名🌕🌕🌕 は9月17日ですが、満月は

9月18日です。   👆わんちゃんとこの庭から

生物的防除の失敗

2024-09-16 | 日記
生物的防除とは、化学農薬とかを使わずに、天敵となる生物を用いて害虫などを食べてもらって防除を行う方法のことをいう。生物農薬という言い方もある。
基本的には農業で使われる、例えばハダニに対するチリカブリダニとか、コナジラミに対するオンシツツヤコバチとか、農業ではいくつかの成功例はあるのですが、そんな中ニュースにもなりました、環境省発表の鹿児島、奄美大島での特定外来生物マングース根絶宣言。広い奄美大島においてマングースが定着して捕獲根絶するのは世界的にも珍しい例ではありますが、捕獲総数32000頭、こんなに広い所で完全駆除とは並大抵のことではないです。
島民や行政の関係者の方はもちろん大変だったと思います。
しかし同時に死ぬ必要のない32000の命を殺したわけです。
「ホントに馬鹿げた対照法だったと思いますよ」
元々は1910年、渡瀬 庄三郎(わたせ しょうざぶろう)という動物学者によって斑入りマングースというマングースが沖縄に持ち込まれました。その目的はサトウキビ農園に害をもたらすネズミの駆除とハブの駆除。
現在はその時持ち込まれた17頭のマングースの子孫です。その後1979年頃、沖縄から30頭程度のマングースが奄美に持ち込まれました。
今振りかえると「何でこんな愚かなことを」と、思うけど……。
「沖縄にマングースを導入した渡瀬 庄三郎と言う人は生物の分布についての研究の有名な学者なんですよ」
そんな専門家ですら、ほんの100年前まで外来の動物を自然界に導入するこの危険性についてそんなに理解してなかったということが言えますよね。その結果、マングースは昼行性、ハブは夜行性なんで両者は出会わない、出会ったとしてもそんな危険な毒を持ってるハブを食べるワケがない!!
それじゃ、何が襲われたか?沖縄では飛べない鳥『ヤンバルクイナ』20年で40%減少している。
他にも絶滅危惧種のハナサキガエル、オキナワノボリトカゲ、アカヒゲ(鳥)
奄美ではアマミノクロウサギ、ケナガネズミなどの希少種が次々と食べられてしまった。
自然の中で必死に生きようとする命の力を人間はホントに甘く見てきたと思います。
今回の環境省の発表は世界に誇ることのある事例と言いましたが、ただ、何故、その前に、マングースに「本当に申し訳なかった」と一言付け加えなかったのか。付け加えるべきですよ。
もう一つ会見の最後には「今後、持ち込まないことが大切」とそこはしっかり言ってますね。
だから、メディアはそここそ、しっかり報道すべき。
かなり、その部分はあんまり取り上げられませんでした。
「今後持ち込まないことが大切」という部分がイチバン大切なはずなのに。
そこをもっともっと報ずるべきだったと思いますね。
こういう例って他にも結構あって、ヨーロッパオオカミを放して野生のシカを食べてもらおうという案だとか、アフリカヒキガエル(でっかいヒキガエル)を持ってきてサトウキビの害虫を食べてもらおうとか、そういうことをやっても、ことごとく上手くいくワケが無い。ヨーロッパオオカミはまだ持ち込まれてないけども、こういった、失敗例があるもんだから。
遡ること1950年代に中国で毛沢東が行った政策、4害駆除運動。
中国で稲を食い荒らすスズメを徹底的に駆除しようと、稲を食い荒らすスズメを徹底的に駆除した結果、どうなったか?
スズメが減ったせいで、イナゴは爆発的に増えて結果、農地が壊滅した。その後大飢饉が起こって少なくとも1500万人が死んでる。一説には5500万人が死んだとも言われている。自然のしっぺ返し、それほど恐ろしい。
もっと身近な例でいうと、外来魚のブラックバスやブルーギルを駆除しようとして池干しをします、池の水を全部抜いてバスやギルを駆除しました。結果どうなったか?バスやギルは居なくなったけど、それまでバスに食われてたアメリカザリガニが爆増します、アメリカザリガニはブラックバス以上に生態系に被害を及ぼします。ブラックバスは肉食だから魚やザリガニは食べるけど、ザリガニは雑食だから植物も食べちゃう、ブラックバス以上にザリガニの方が厄介と言われている。ザリガニは土に潜るから完全に駆除ができない。
そのアメリカザリガニだってもともとは人間の都合で持ち込まれたもの。食用として外国から連れてきた『ウシガエル』の餌として連れてきたもの。コレも人間の都合なんですよ。
命のチカラというものを甘く見てはいけないし、生態系のつながりというものを人間が阻害してはいけないと思います。もうこれ以上、斑入りマングースのような不幸な命を生み出さないということ。
その事例となって欲しい。もう一回過ちを繰り返すようなら、ホントに流石に害獣はマングースではなく、生態系でいえば、「人間こそが害獣である」と言われてしまうと思いますよ。
SBS RADIO 鉄崎幹人のWASABI:午後のテッパン
「 鉄崎幹人が愛してやまないものについて語りつくす:午後のテッパン」
月曜日は生物や植物、自然、農業などにスポットを当てた『クローズアップ生き物』

(朝日新聞社説)マングース根絶 外来生物の対策徹底を 2024年9月16日
 鹿児島県の奄美大島で駆除が進められてきた特定外来生物のマングースについて、環境省が「根絶宣言」をした。外来生物は、生態系や人間、農業への影響が大きく、対策を徹底しなければならない。
 マングースは毒蛇のハブや農作物を荒らすネズミの対策として、1910年に沖縄に、79年に奄美大島に放たれた。しかし、昼行性のマングースは夜行性のハブではなく、アマミノクロウサギやケナガネズミなど在来の希少種を襲い、数が増えていった。
 90年代前半から駆除が始まり、2000年に環境庁と県が取り組みを本格化。05年に外来生物法が施行され、生態系や人間、産業に被害を及ぼす「特定外来生物」にマングースも指定され、駆除の専従チーム「奄美マングースバスターズ」が発足した。
 おびき寄せる餌を工夫し、希少種を含む他の生き物を誤捕獲しないようワナを改良。駆除が進んでからは探索犬を使って根絶に努めた。推定生息数はピークの1万匹が10匹以下になり、希少種も戻ってきた。最後に捕獲した18年から慎重に確認を続け、「根絶宣言」に至った。
 持ち込まれたマングースが定着後に完全に排除できたのは、これまで1平方キロ以下の島だけだった。奄美大島は712平方キロあり、これほど大きな島での根絶は前例がない。沖縄県では、本島南部に放たれたマングースが北部にも侵入、県や環境省が駆除を始め、やんばるマングースバスターズも発足。米軍の北部訓練場では日米共同で駆除や希少種保護が行われている。
 外来生物被害は、産業にも及ぶ。国際組織によると、農作物への被害や駆除の費用などは、世界で年間62兆円と推定され、10年ごとに4倍に増えているという。
 いったん定着した後に駆除するのは困難で、自然界に出さない適切な管理や侵入を食い止める水際作戦の徹底が欠かせない。日本はブラックバスやアライグマなど様々な外来生物が定着しており被害も深刻化している。刺されると人によっては命を落とすこともあるヒアリは定着寸前で、港湾周辺の管理や国内外での輸出入対策が急務だ。
 外来生物問題は、アメリカザリガニのようなペットを逃がしたり、飼えなくなって放したりして、思わぬ加害者になる恐れがある。
 政府や自治体の対策の徹底はもちろん、「入れない」、飼育・栽培したものを最後まで管理して「捨てない」、定着地域を「広げない」という被害予防3原則を誰もが意識することが大切だ。


グラウンド・ゴルフ反省会

2024-09-13 | お菓子・デザート・グルメいろいろ
カンカン照りのグランドで2~3時間ほど、グラウンドゴルフに興じる。(水分補給怠りなく)
その内容は、午前中グラウンドゴルフを2ラウンド競技したら水分補給の休憩、2~3回繰り返してランチタイム、木陰でおにぎりほおばるやら、それぞれ軽くお弁当タイム。
午後は『暑い』。時々休憩(水分補給)しながらマッチプレーに興じる
「このラウンドを最終にしよか?」「オッケー」
「アッツいなぁ、喫茶店に行こか?冷たいモンでも飲みたいなぁ、都合はどうやろか?」
「ダイジョウブですよ、行こ行こ」と、この暑い時季、クーラーの効いた涼しい喫茶店へ。
山手幹線なら『高木珈琲店』、三山木なら『コメダ珈琲店』城山台にも『コメダ珈琲店』
木津川市不動川運動公園でグラウンドゴルフなんで城山台かな?
わんちゃん的に、なかなかそこまでの道順が覚えられなくて、皆さんの後を一生懸命ついていくのです。
R24のとある地点を左折してR163木津川橋を渡り一本道のような気がするんやけど……。
店内に入ると、皆さんお待ちかね「ごめんなさい、遅なって」がいつものわんちゃん。
皆さん『アイスコーヒー』わんちゃんはいつも『ホットコーヒー』
オーダーを聞きに来はりました。
アイスコーヒーを
 
              
たっぷりサイズのアイスコーヒーを


コメダブレンド(ホットコーヒー)を


「おやおや、何ソレ?」
 
「コレなグラスがカワイイと思うてな」ゴキゲンなTさん『クリームメロンソーダ』を。
ブーツ型のグラスが何ともはやカワイイ。

その日が公式戦なら成績表が回ってくるんですが「今日はオープン戦やから、成績表は無し」
「それにしてもザンネンやった、あっ!ホールインワンや、と思うたのにあのホールの中心ちょっと盛り上がってたやろ?それに輪っかもちょっと沈んでてボールが出てしまいよった」とか「よっしゃこれくらいか、と打ったのに小石にちょこっと当たってしもて、ちょっとずれてしもた、ホールインワンやったはずやノニなぁ」とか「ええ、ライン行ってるでぇと思たのに直前で右にクルリ、ソレはないやろと思うたで」とか。
ワイワイお喋りして、「ほな、次はむくのき交流広場で会おうな」と、それぞれに家路へ。

最近の便利グッズ=W Icy Neck(ダブルアイシーネック)

ひんやり快適温度を長時間キープ。
保冷剤や氷とは異なり、急激に冷やすものではなく人体に優しい、心地よい温度をキープ。
時間が経っても結露なし、いつでもサラサラ。
冷蔵庫の野菜室に置いてます、カチカチに凍ってます。猛暑のなかでのグラウンドゴルフの時など首に回すとヒヤッと感が最高です。
なんぼ何でも、京都府に”熱中警戒アラート”が発令された日などはグラウンドゴルフは中止です、何回かありました。


家庭ゴミのお話

2024-09-09 | デジカメ日記
 わんちゃんはこの4月より住んでる自治会の役員(班長・評議員・体育委員)の一役を担うことに。
「これらの委員の中でどれか、わんちゃんにやってもらえませんか」と言われて評議員、一期2年を引き受けました。
この地に住んで半世紀を超えました。自治会において、本部役員(副会長・防災委員兼任)2期4年。
班長も評議員も体育委員も2回以上廻って来ました。民生委員も一期3年務めました。
「もうこの歳になって自治会の役員は廻ってこないやろなぁ」っと思ってた矢先……。
役員のお仕事の一つに『ゴミステーション』のチェックがあります。交替でそれぞれが1か月間、チェックします。
毎週月曜日=燃えないゴミ・プラスチック
第一・第三月曜日=缶・びん類
毎週火曜日・金曜日=生ごみ
第二・第四水曜日=ペットボトル

ある日の月曜日=燃えないゴミ・プラスチックの点検でゴミステーションのチェックに。

「このゴミは収集できません。出した方は、至急お持ち帰りください」の青いシールがゴミ満載の袋にペタッと貼ってあります。
もうね、あきれるばかり。そのゴミ袋は50リットル用でパンパンにいろんな種類のごみが詰め込んであった。

取り敢えず足元に、袋から全部出して広げて、ペットボトル、ビニール類、缶類と仕分けしました。
 
ペットボトルもキャップ、ラベルを外さないと収集してもらえません。缶類もアルミ缶は自治会の廃品回収の日(第二・第四日曜日)にスチール缶は缶ビン類の日(第一・第三月曜日)に。
次週の月曜日に見に行きました。
先週、きちんと分別したのに、収集されずにそのままのもありました。


「あっ!キレイ キャップもシールも外してる、ヨシヨシ」
しかしですね、この日は指定収集日やないのですよ。
ペットボトルは第二・第四水曜日なんですよ。


食品が入ったままで開封されてません、一つずつ中身を出してまとめて生ごみコーナーへ。
ここで、チョー久しぶりに”蛆虫(うじむし)”に遭遇、炎天下で腐敗した食品群にうじゃうじゃと……。


金属類(キャップ)・ガラス類(ビン本体)分別してありますが、収集日ではありません。
ホンマの収集日は第一・第三月曜日です。

ペットボトルの収集日は第二・第四水曜日
第二水曜日にゴミステーションへ見に行きました。
隅っこの方にペットボトルが1本転がってました。

ウチに持ち帰り第四水曜日に我が家のペットボトルと一緒に。
傍の大きなゴミ袋は先日分別したごみの未回収分です。
燃えないゴミ、プラスチック類の収集は毎週月曜日です。
来週の月曜日に期待しましょう。

👇ゴミ収集車が去った後の理想的な環境👇

わんちゃんが住んでるのは精華町滝の鼻地区一班です、収集日はこの地域限定の日です。
一班のみんなで月ごとの輪番制にしてゴミステーションのチェックを……。というのはどないですやろか?


キマダラカメムシ、コガネムシ 2024年9月

2024-09-03 | 
アスピア月例会(グラウンドゴルフ)8月27日での休憩時間の時
「この虫前にも会うたことあったわ、とってもらえない?」
「コレってカメムシやろ?触ったら臭いやんか」
「スマホで撮って欲しいんです。」
「よっしゃ、そうか」

スマホで検索したら『キマダラカメムシの幼虫』と教えてくれた
前に出会ってるわこちら
以前、キマダラカメムシ成虫に出会ってましたこちら

ある日のこと庭で草抜きをしていたら、アマドコロの葉っぱにちょこんと居てた。

スマホで検索すると”ドウガネブイブイ”と”コガネムシ”
「う~~ん、色の具合からコガネムシかな?」
童謡で、「コガネムシは金持ちだ・・・」という歌がありますが、これはこのコガネムシではないとされています。昔の日本家屋では、お金持ちの家はすき間風も入らずエサも多くあったのでゴキブリがすんでいたそうです。ゴキブリの中でも特に明るい茶色でピカピカと光るチャバネゴキブリは黄金虫と呼ばれ、金持ちの象徴とされていたそうです。つまり、歌のコガネムシはゴキブリのことだといわれています。


(天声人語)疎開と避難 

2024-08-31 | 日記
 漂流6日目を迎えていた。沖縄から乗った疎開船・対馬丸が米軍の攻撃で沈み、9歳の平良啓子さんはいかだの上にいた。10人ほどいた大人たちも、次々と力尽きていく。渇きと絶望。80年前のきょうである▼船は、学童や一般人1700人超を乗せて長崎へ向かっていた。生き残ったのは300人ほど。平良さんは7日目に、ようやく島へ漂着して命をとりとめた▼沖縄戦を前に、軍や政府が疎開を促したのはなぜか。本土の防波堤たる島に民間人がいたら思い切ったいくさができぬ、というのが理由の一つだった。それでは、当時の「疎開」と、いま台湾有事を念頭に計画されている「避難」はどう違うのか▼そんな声が今月初め、石垣島での住民避難の説明会であったと地元紙が報じていた。発言したのは79歳の女性。有事になれば宮古・石垣などの12万人はみな、九州・山口に移らされる。つまりは強制疎開ではないか、と女性の目には映るのだろう▼家を捨て、畑を捨て、墓を捨てる。ふるさとは戦場となり、戻れても元の風景はないかもしれない。かつて味わったような想定をまた突きつけられ、頭を抱える人がいる。そのことに心が痛む▼避難計画が無用だと言いたいのではない。だが政治家にまず求めたいのは、何としても戦争は起こさぬという決意である。肝心なところが最近揺らいではいないか。平良さんは88歳で亡くなるまで、疎開の記憶を語り続けた。避難の記憶を新たに語る。そんな未来を作ってはならない。朝日新聞朝刊2024-8-27

スイフヨウ(酔芙蓉)アオイ科

2024-08-28 | 折々の花~お庭編~
我が家の庭で酔芙蓉が咲きました 

8月26日 am.9:15

 
8月26日 pm.4:20
庭の草抜きをしていて、ふと、酔芙蓉が咲いてるのに気が付きました。
「カメラ、カメラ!!」咲き始めの午前中はお花の色が白いんです。夕方になると、お花の色は紅くなってるんです。
このお花が我が家で毎年咲いてくれるようになったのはこちら

戦争を詠む 朝日新聞朝刊朝日歌壇より(毎週日曜日掲載)

2024-08-25 | 日記
朝日歌壇の入選歌(選者は馬場あき子さん、佐佐木幸綱さん、高野公彦さん、永田和宏さん)より、戦争を詠んだ歌を、わんちゃんが独断で選り抜きを。
☆⇒共選作
2024年8月掲載分より

馬場あき子選
薄暗い広島原爆資料館子の握る手が熱くなりゆく(川崎市)小林 美佐
【評】原爆資料館での親子の体験。無言の感銘が伝わる手の温度。
ガザ地区の瓦礫の山に人形や小さき靴がまた増えている(行方市)額賀  旭
戦友の墓参も絶えて娶(めと)らずに戦死せし叔父の墓洗ふなり(前橋市)荻原 葉月
弾痕の跡が腕(かひな)にしぼみをる父91歳入棺の日に(山形市)佐藤 豊子
☆校庭はガソリン芋の畝だった吾の記憶の終戦記念日(取手市)武村 岳男
 ガソリン芋とは?
 わが国のサツマイモは長年、農家の自家用の作物としてひっそりと作られてきた。 
 それが1931年 (昭和6年)以来の「15年戦争」の中で「重要国策作物」の一つになり、国の音頭で大増産されることになった。
  ただ用途は食糧としてではなかった。 当時の合言葉に「ガソリンの1滴は血の1滴」があった。
  軍国主義時代の日本の悩みは近代戦に不可欠なガソリンの極度の不足だった。
  そこでサツマイモとジャガイモから燃料用の無水アルコールを作り、ガソリンに混入することになった。

佐佐木幸綱選
丁字橋の袂(たもと)の祖父の印刷屋を映画「ひろしま」が記録していた(光市)永井すず恵
【評】今年も広島被爆の日の八月六日が近づいてきた。「丁字橋」は米空軍の標的になったという相生橋のこと。
ミサイルを撃たれし病院次つぎと白衣の医師が瓦礫を運ぶ(観音寺市)篠原 俊則

高野公彦選
七割の基地の負担を沖縄に負はせ享受すあやふき平和(嘉麻市)野見山弘子
遊船のときどきよぎる沖遠く愛されず来る原子力空母(三浦市)秦  孝浩
【評】遊覧の船ならいいけれど、ときおり来る原子力空母は、はた迷惑。
退却を転進といふ論法でミサイル作る「防衛産業」(東京都)上田 国博

永田和宏選
被爆地と被曝地のあるこんな国ほかにないこと幼に教える(対馬市)神宮 斉之
6時間がウクライナとの時差なれば夜半(よわ)過ぎて知る今日の死者数(五所川原市)戸沢大二郎
豆単になかったlethal意味は「致死」例えばlethal autonomous weapons(自律
 型致死兵器)(大和郡山市)四方  護
☆校庭はガソリン芋の畝(うね)だった吾の記憶の終戦記念日(取手市)武村 岳男

【寄り道①】
★「ひばく(被爆)」とは、広く「爆撃を受けること」を意味することもありますが、一般的には原子爆弾や水素爆弾など、核兵器の爆発による被害を意味します。
特に「被爆者」と言う場合の「被爆」は、ほぼ核爆発による被害を意味します。実例としては、米国による1945年の広島市と長崎市の原爆投下による爆風や熱線、放射性物質による被害などがあります。
★「ひばく(被曝)」とは、人体が放射線にさらされることです。ニュースなどでは「被ばく」という表記の方がおなじみかもしれませんね。「曝」が平仮名で書かれるのは、常用漢字ではないためです。
「被曝」にあたるのは、原子力発電所の事故、核爆発、医療機器から出る放射線を直接浴びること、または放射線を浴びて放射性物質となったものを体内に取り込むことです。

【寄り道②】
朝日川柳 山丘春朗選2024-8-06
☆ゲンは今八十路(やそじ)を超えて胸におり(京都府 音羽豊)
【評】広島忌






絵手紙会 2024-8-21

2024-08-22 | 絵手紙
茄子

「畑からの直行便、麻婆茄子とか、焼き茄子でみそ汁の具にとかいただきました。今日、その感激を絵手紙にてお礼を。」
「母ちゃんに伝えます、喜びます」

サルスベリ(百日紅・猿滑、学名: Lagerstroemia indica)ミソハギ科

ウチの庭の百日紅「今、満開中!!」


サルスベリ漢字では「百日紅」七月ごろから九月ごろまで、約100日も咲いては散り、また蕾が。また咲いてを繰り返してます。
また、「猿滑り」とも、昔、中国北方では『猴郎達樹(こうろうたつじゅ)』と呼ぶ。
『猴』は、サルを表す漢字。「この木には皮がなく、サルが駆け登ることができない」とも……。



午前中のグラウンドゴルフの練習後「コレ、わんちゃんにお土産」と梨をいただきました。
初物でした。
早速午後の絵手紙会のモチーフに……。

👇Hさんの作品






絵手紙教室に通ってた頃は、モチーフはいつも先生が用意してくださってました。
同好会でやるとなると「今日は何を描きましょうかね」
道端で咲いてるお花たち。庭に出て咲いてるお花をチェック……。
家庭菜園のお野菜たちも。と、生活圏内の周囲を注意深く見るようになりました。


夏のお便り届きました。

2024-08-19 | 絵手紙
ニシタニ(半世紀以上の友)

暑中お見舞い申し上げます。如何お過ごしでしょうか
セミの声で目覚め、お昼からクーラーの生活を送ってますが、この暑さ、すべてのやる気を無くさせます。
ワンチャンはきっと暑さに負けず色々と楽しいことをやっといるのでしょうね。
綾が買ってきたハガキが可愛くて……。

隆子さん(絵手紙繫がり)

暑中お見舞いありがとうございました。
連日の猛暑、早朝から“蝉の大合唱”でよけい暑さを感じます。(蝉も一生懸命ですね)
お盆休みには、関東在住の子・孫達が帰省の予定ですので、体力を蓄えておかねば……と思います。
暑さまだ厳しき折、どうぞご自愛ください。かしこ

美代ちゃん(妹)


裕美子さん(🎤つながり)

わんちゃんが描くせみの目がかわいいですね

CHIKAちゃん

世界動物寿命ランキング

U先生(絵手紙繫がり)

暑さお見舞 ご自愛ください

うさこさん(絵手紙繫がり)

『暑い!』のひとことですネ。絵手紙の会(blogで拝見)楽しさが伝わってきます。
👆背景の種明かし
顔彩をつけたビー玉をころがして下地をつくりその上に描きました。

まさこさん(昔・推し韓流歌手繫がり)

ご無沙汰お許し下さい。
すてきなイラストお届け下さりうれしく拝見いたしました。
「力」づけられた感があります。有難うございました。
暑さもきびしくなります。くれぐれもご自愛下さいませ。   かしこ

一さん・従弟(福岡県京都郡在住)



あけみさん(神戸市垂水区在住)

暑中お見舞い申し上げます
いつもすてきなごあいさつの葉書をありがとうございます。
くれぐれもご自愛ください。
「角度によってホタルの光が変わります」
「ハイ、ナルホド納得」

ともこさん(網野市在住)
お茶レター 「煎茶URASHIMA TARO」 「URASHIMA TARO」ゆかりの地 

 暑中見舞いありがとうございました。
一週間ほど実家に帰ってました。

Mさんご夫妻(熊野市紀和町在住)
暑中お見舞有難うございました。
せみちゃん飛び出て来そう すてき……!!

Tさん:加茂町在住(植物観察会繫がり)

残暑御見舞申し上げます

MYさん(宝塚市在住)沖縄フクギ並木こちら

すてきな絵手紙ありがとうございました。
三人絵手紙教室楽しそうですね。近くだったら教室に参加したいです。
残暑お見舞い申し上げます
お元気でね

わんちゃんが皆さんに送った、暑中お見舞いの絵手紙


(天声人語)死者の声を聞く8月15日

2024-08-15 | 日記
名優として知られた森繁久弥さんは戦中、旧満州の新京放送局に勤めていた。日本の敗色が濃くなったころ、関東軍の極秘の命令で、特攻隊員の遺言を残す仕事をしたそうだ。ポロポロと涙を落としながら、60人ほどの若者たちの勇壮な言葉を録音したという▼「青い海の底で」と題する一文に、森繁さんは記している。そのなかにひとり、おそらく永久に忘れられない隊員がいたと。長い沈黙があったのち、白皙(はくせき)の若者はマイクに向かって、重い口を開いたそうだ▼お父さん。いま僕はなぜだか、お父さんと一緒にドジョウをとりにいったときの思い出だけで頭がいっぱいなんです。何年生だったかな。おぼえてますか。弟と3人でした。鉢山の裏の川でした。20年も生きてきて、いま最後に、こんな、ドジョウのことしか頭に浮かんでこないなんて……▼ポツンと言葉がとぎれてから、若者は言った。「何だかもの凄く怖いんです」。ハッと胸を刺されるような響きがその声にはこもっていた。「僕は卑怯かも知れません…ね…お父さんだけに僕の気持を解ってもらいたいん…だ」▼あの戦争で、多くの人が死んだ。敵も味方も。兵士も民間人も。女も男も。なぜ彼らは、彼女らは、死ななければならなかったのか。それは避けられなかったのか。誰のせいか。何のためか▼どこかの青い海の底で、あの若者はいまも、死の恐怖に魂をおののかせている気がしてならない。森繁さんはそう書いた。きょうは、79年目の8月15日である。
朝日新聞 2024-8-15 朝刊一面【天声人語】

残された記録から浮かぶ実相

2024-08-13 | 日記
今年で戦後79年。戦争と平和を考える主な番組を紹介します。
(わんちゃんも早速、録画を予約してますよ~)
【総合】NHKスペシャル
★「新・ドキュメント太平洋戦争1944 絶望の空の下で」(15日 後7:30)
終戦80年となる2025年まで、戦争の時系列を追体験するシリーズ4回目。今回は市民の犠牲が急増した1944年に焦点をあて14歳の少女の手記から悲劇をたどります。

★「グランパの戦争~従軍写真家が遺した1千枚~」(16日 後10:00)
激戦地・硫黄島で日本兵と米兵が笑顔で一緒に写る写真を見たオランダ人カメラマンのマリアン・イングルビーさん。それは祖父の撮影した写真でした。アメリカの従軍カメラマンだった祖父。
その中には占領軍の兵士が日本人女性を抱く写真も。千枚以上の写真から、現代に通じるメッセージが浮かびます。

★「“一億特攻”への道~隊員4000人 生と死の記録~」(17日 後9:00)
番組では15年に及ぶ取材で特攻隊員約4000人の本籍地や経歴を徹底調査。
隊員がどのように選別されたのか、これまで謎だったその実態に迫る極秘資料も入手した。
浮かび上がってきたのは、当時の日本人が特攻を希望とみなし、国のすみずみまで熱狂が支配していく様だった。
その背後には軍とメディアによるプロパガンダや、特攻を軍部内の力学に利用しようという思惑も…。
隊員たちの心情も描きながら「一億特攻」の真相に迫る。
特攻はなぜ続けられたのか。隊員たちの故郷を訪ね、当時の日本を見つめます。


★「“最後の一人を殺すまで”~サイパン戦 発掘・米軍録音記録~」(18日 後9:00)
サイパン島は日本の多くの移民が暮らしていました。5万人が犠牲になった場所でアメリカの通信兵が録音した50時間におよぶ未編集の音源を発掘。住民の保護方針が崩れていく様子を伝えます。

【Eテレ】ETV特集
★「昭和天皇 秘められた終戦工作」(17日 後11:00)
公開された天皇側近の記録を元に、終戦工作の内幕と当時の日本外交に迫ります。

★「弁護士たちのBC級戦犯裁判~米・新史料が語る真実~」(24日 後11:00)
軍事法廷の再審査記録を軸に、79年前の日米の法律家が無差別爆撃などの問題にどう臨んだのかを描きます。

【NNNドキュメント24(日本系)】
★「学生たちの戦争~学徒出陣 ペンを銃にかえられて」(18日 深夜0:55)

★「戦前リアル」25日 深夜0:55



大日向村(おおひなたむら)の46年

2024-08-09 | 
人はしばしば、自らが誇るものを名前に込める。
長野県の南佐久地方にあった大日向村(おおひなたむら)という村名も、そうだったのではないか。渓谷のほとりの村は東西にのびる。深い山あいの地にしては、雨少なく、陽光が注ぐ時間も長かったのだとか▼そんな山村が歴史の表舞台に登場したのは、日中戦争のさなか、1938年のことだ。国策「満蒙開拓」のかけ声の下、村は人口の半分、800人近くを旧満州に送った。これが全国初の分村移民の模範村として、大々的に宣伝された▼ただ、敗戦で、状況は一変する。引き揚げ途中、半数が飢餓などで亡くなった。帰国しても、故郷に家はなかった。この悲しい史実について、移民から46年後の84年、村人の証言を記録した映画『大日向村の46年』が撮影された。今夏、長野市で復活上映されている▼映画は、村人たちに重く尋ねている。満州になんて行かなければよかったですか。中国人の土地を奪った事実を知っていましたか。「騙(だま)された」と訴える人、目を伏せ、沈黙する人、それでも「行ってよかった」と語る人……▼すべてをのみ込むように話す、63歳の女性の言葉が印象的だ。「平凡に、平凡に、平凡に生きてきたんです」。監督の山本常夫さん(76)は回顧する。「悲惨な経験をした人というだけでなく、それぞれの個人の思いを知りたかった」▼証言者の多くは鬼籍に入る。満蒙開拓とは、何だったのか。終戦79年目の8月、戦争が生んだ歪(ゆが)んだ光と影を、死者たちの語りに聞く。朝日新聞朝刊 第一面【天声人語:2024-8-04】

シロテンハナムグリ             ベニシジミ
 
シロテンハナムグリ(白点花潜)コガネムシ科
2024-5-09 グラウンドゴルフ遠征先で

ベニシジミ(紅小灰蝶)シジミチョウ科ベニシジミ属
2024-6-24 散歩道で

住んでいる地域の夏祭り 2024-8-03

2024-08-06 | デジカメ日記
【夏祭りのご案内】のお知らせが各戸に配布されました。

当日、集会所に4時集合と聞いてました、行くと、役員の皆さん早々に集合されてました。わんちゃんの持ち場は飲み物コーナーの担当です。
 
大きなクーラーボックスにソフトドリンク類、アルコール類と。見ると、氷がぷかぷか、牛乳のパックで作成の何本もの氷が……。
夏祭りの流れとしては、
①会場受付で100円チケットを買い求める。(10枚分まとめて購入で1枚プレゼント)

 お値段に注目!! 大人気でしたよ
生ビール&缶酎ハイ@100 ソフトドリンク@50(ペットボトル600cc、各種サイダー類、カルピスソーダ、ラムネ等など)テーブルに見本のドリンク類並べてます、値段を見て皆さんビックリ。
②集会所内大広間では
 

からあげ、フランクフルト、アメリカンドッグ、フライドポテト、えだまめがオール@100
どれも早々に売り切れ状態の大人気。
③17時スタートのカラオケ大会


わんちゃんも参加しました。地域の小学生たち積極的に参加で賑やかでした。
④紙風船割とかヨーヨー釣り、スマートボールすくいとか楽しんだ後、
お好きなドリンク飲んでから揚げ、アメリカンドッグなど食べて帰りしなに、一人ひとり抽選箱から券を取り出します。


くじを引いた人は商品を貰ってお好きなアイスキャンデーがハイおまけ。空くじなしです。

わんちゃんは四等賞でした、マクドナルドの@500商品券。

一等賞はなんやったのかな?
ゲームやらカラオケやらわいわいがやがや楽しんで「後片付けもあることやし、8時に終わりとしまぁーす」
「楽しかったぁ~~」の声を聴いて役員さんたちもホッコリ。

わんちゃんとこのその日の晩御飯。
唐揚げ、フランクフルト、フライドポテト、枝豆、(おにぎり)ナドナド、ズラっと、お祭り特集満載……。

美味しかったです。
あのね、狛田駅前の【おっかもっと】のオーナーさんが我が地域の自治会長さん、飲食ブースのもの全て会長さんの手作りです。

【ヒマワリの季節に】

2024-08-03 | 折々の花~散歩道で~
【ヒマワリの季節に】
 夏になると毎年、近所の花屋でヒマワリの切り花を買う。子どものころに種をまいて育てたものは背が高く、大きな花が咲いた。サイズや色が多様になったいまは、小ぶりで鮮やかな色の品種を選ぶ。花瓶に挿して眺めると、丸顔が笑っているようで気分が明るくなる▼スティーヴン・A・ハリス著『ひまわりの文化誌』によると、ヒマワリは北米原産で、約5千年前には種を得るために栽培されていたという。花というより食用作物だったのだ。薬や染料などにも用いられた▼16世紀に欧州へ渡って世界に広まると、花は愛され、種からは油をしぼった。学名は「一年草の太陽の花」を意味し、太陽と関連づけられることが多い。それを象徴したのが、28年前にウクライナ南部で行われた式典だ▼1996年、旧ソ連時代の地下ミサイル格納庫跡の上に米、ロシア、ウクライナの国防担当閣僚が共にヒマワリの苗を植えた。「私たちはこの地にヒマワリを植え、太陽は再び輝き出した」。当時の米国防長官の言葉に、冷戦終結後の世界で核軍縮が進むかもしれないと思った▼旧ソ連時代のウクライナには、約1900発の戦略核弾頭が配備されていた。ウクライナ独立後に破棄することで合意し、この日の式典に先立って最後の40発が搬出された。ヒマワリは核軍縮や平和の象徴になった▼ロシアによるウクライナ侵攻が続くなか、あのころ抱いた小さな期待も消えた。闇でなく光を、恐怖でなく希望を。太陽のような花が叫んでいる。天声人語 朝日新聞朝刊2024-7-31
ヒマワリの思い出こちら
ヒマワリの種シャワーこちら


ひまわりはホンマに青空が良う似合うわ……。