日々思うこと

日常と、
日常につながるもの。

op.34 すべて

2020-08-30 | 闘病記に名を借りた自分語り
私がガンであることを知ったとき、
ある友人は、あふれる涙をこらえきれないように慰めてくれました。
またある友人は、大丈夫大丈夫!と両肩をバンバン叩くように(比喩です笑)自信たっぷりに励ましてくれました。
心配そうに、あるいはさりげなく私の体を気遣ってくれる友人や、
全く変わらず同じように接してくれる友人も...

正直な話、たまに
チョット違うんだけどな😅という励まし方に出会うこともないではないのですが(笑)
どれもこれもその人らしくて🎵
とにかくすべてが嬉しくて有難いです。❤️

病気になってからは特に
「他者をわざわざ傷つけようと思って接する人はいない」
ということを、より心の深い部分から信じられるようになった気がしています。

もしも、あなたの周りに
苦境にあって苦しんでいる友人がいるなら
あまり考えすぎずに
とりあえず、自分らしいやり方で励ましてみるのもいいと思います🎵
私はこれからそうするつもりです。😊

op.33 休むのって難しい

2020-08-30 | 闘病記に名を借りた自分語り
安倍総理辞任のニュース、何気にショックでした。
評価は様々かもしれませんが、私は
「もし首相が安倍さんじゃなかったら」と想像すると恐ろしくなる難局が多々あったと思っています。

私の教育委員就任は2012年12月28日で、安倍さんの内閣総理大臣就任(第二次・2012年12月26日)とほぼ同時期だったこともあり、一緒に頑張ってきたような気分になっています。(笑)
今では病持ちという共通項も。

おかしな話に聞こえるかもしれませんが
病を抱えると、かえって
「力の抜き方」「入れ方」が分からなくなってしまうことってあるような気がします。
体を大切に、無理をしないようにしなきゃ、と思うようになる反面、
「ただ病気のせいにして楽をしているだけではないか」と自問して(あるいは、他人からそう見られていないか気にして)
知らず知らずのうちに無理をしてしまったり、
そんな感じです。

そういえば、
「もっと自分を甘やかしたほうがいい」と言われることがあるのですが、そのやり方が分かりません。
好きなものを食べて、好きなことをして...ということだったらもうやっていると思うんですが、
どこかで「これでいいのか、私」と思っている、心休まらない自分がいます。
「休む」とか「やりたいようにやる」って案外難しいです。(笑)

op.32 抗がん剤第2クール開始

2020-08-26 | 闘病記に名を借りた自分語り
昨日から抗がん剤第2クールが始まりました。

第1クールとは違う薬、しかも3種類の投与で点滴時間も5時間越え。
初回ということでベッドに寝かされ、心電図と血中酸素を測定しながら、血圧も5~30分おきに測りながらというモノモノしさでした。

実は、
5時間かかるので診察時間を早めたほうが良いと思います、という連絡を受けたのが前日。
主治医の先生とは話も出来ないまま治療に突入せざるを得なくなり...
念入りな副作用の説明を聞いていると、ひどく不安で心細くなってしまい、
エレベーターで診察室と化学療法室を移動しているときに涙が出そうになりました。

...が、
有難いことに今回も無事に終了。

途中、ちょっと筋肉痛のようなものが表れ、それがどんどん強くなってきたときには焦りましたが、点滴が終わる頃にはそれもおさまっていました。
とはいえ帰り道は、まるでフルマラソンを走った後のような倦怠感に襲われ(走ったことないけど笑)
帰宅後すぐ倒れこむように寝てしまいましたが...

今後は抗がん剤は毎週投与となります。
今、一番憂鬱なのは
血液検査を毎週受けなければならないことだったりするんですが、
そんなことを言っていられるのも治療が順調に進んでいるからこそ。😅
神様に感謝する日々が続いています。

op.31 脱毛第2波

2020-08-24 | 闘病記に名を借りた自分語り
一段落していた脱毛が、ここに来てまた本気出してきました。(笑)
とはいえ前回と違って、
抜けていく毛髪は細く短く少なくて、淡々と処理すればすむ程度です。
前回を嵐と形容するなら、今回は霧雨という感じでしょうか。
悲しさはありますが、諦観に近い心情でもあります。

とはいえ、
今まで頑張ってくれていた毛髪が力尽きたように私を離れていくのを目にするのは、やはり寂しい気持ちです。
ついに眉毛やまつ毛にも変化が表れ始め、メイクなしだと病人っぽく見える...
他人から「きれいと思ってもらうため」ではなく「痛々しいと見られないため」に、鏡に向かう時間が長くなってきました。

明日から始まる抗がん剤第2クールが11月まで、
その後手術、
その後また抗がん剤...
今のところ終わりの見えない先のことを思うと、ふと生きていても楽しいことはないような気がしてしまいますが、
コロナの第2波も落ち着きつつあるように、また平和で楽しい日々がきっと来ると信じて、頑張りたいと思います。❤️

op.30 ガンになった理由

2020-08-19 | 闘病記に名を借りた自分語り
ガンになると、たいていの人はその原因を知りたいと思うのではないでしょうか。
あの食べ物が悪かったのではないか?
これをしたのが悪かったのではないか?
ガンになる以前の生活と、どこを変えればいいのだろうか?
などと不安になってしまうのではないかと思います。
私の場合、それは全くありません。
なぜなら、私には「この時にガンができた」と明確に感じた時期があるからです。

教育委員になって以来、私は仕事にやりがいを感じていました。
そこから広がる人間関係を楽しみ、また
より良い教育について考え、話し合うことに無上の喜びを感じていました。
昨夏、それが打ち砕かれる事件が起きてしまいました。

それ以前の私は、
自分が仕事や生活を楽しみ、人と生きる喜びを分かち合うことが
教育を通して人を幸せにすることにわずかながらでも繋がっている、と
無邪気に信じていました。
しかし、子供が不幸になってしまっては何の意味があるのか。
何のための仕事なのか。楽しみなのか。
これまでやってきたこと、すべてを否定された気がしました。

そこから日をおかずして、
所属していた合唱団の先生が急逝されました。
その歌声同様、とてもパワフルかつアクティブな先生だったので、大変にショックを受けました。
隔年のイタリア演奏旅行が、これからの夫婦の楽しみになりそうだね🎵と夫と話していた矢先のことでした。
これが大きな追い打ちとなり、生きる意欲にとどめを刺されてしまったようでした。

この時期は、ガンが判明する前後よりもひどい精神状態でした。
酒量が増え始め、眠れない日が続き、
これではいけない!と飲まないことを決めたのに
それを破ってしまい、
それでも眠れず、
禁を破ってしまったという自己嫌悪に苛まれました。

日中は心ここにあらずで、
深呼吸をしても何をしても息が苦しく、
歩いても地に足が着いていないかのようなふわふわした感じでした。

振り返ると、「自己嫌悪」が最も良くなかったのではないかと思っています。
自分が「頑張っている」「頑張ってきた」ということに、全く目を向けられなくなっていました。

これを読んでくださっている人、すべてに言いたいことは
何はともあれ「自己嫌悪」を全力で回避してください、ということです。
逆に言えば、自己嫌悪に陥らないように、とりあえず何でもやる(あるいは何もやらない)べきです。
自分を勇気づけてくれる言説だけを読み、
自分を元気にしてくれる人とだけ付き合う。これで全然かまわないと思います。

op.29 便りのないのは

2020-08-11 | 闘病記に名を借りた自分語り
久しぶりの投稿となります。😅
便りのないのは良い便り、とはよく言ったもので😅
味覚異常も消え、免疫低下の時期も抜け、
第二クール開始前のつかの間の平和をかみしめる日々です。

抗がん剤治療中は定期的に歯科検診を受けなければならないのですが、診察前の問診でも
「体調はいかがですか?」
「おかげさまで良いです」
「それはよかったです」
...
「吐き気で歯が磨きづらいということは?」
「ありません」
...
「口内炎などは...」
「ありません」
...
こんな調子で話も続かないので少々気まずい(笑)
次回は3か月後くらいで大丈夫でしょう~ということになりました(笑)

最近は、友人にも会わなくはないのですが、
家族と過ごす時間の気楽さ、有難さをしみじみ思います。

そうそう、
娘から「よく頑張ってるぞ🎵」と思いがけずご褒美をもらって感激しました。
その幸せたるや、もう思い残すことはない✨レベル!?(笑)
反面、この幸せを支えに生きていける✨とも思いました。

私は
子育てを、仕事を、治療を、頑張ってきた(いる)んだ。
それが報われたと感じ、自分で自分を誇りに思いました。
もしもガンになっていなかったら、こんなふうにあらためて思う機会はなかったかもしれません。
まだ治療途中だし、これからのことは分かりませんが、
記憶と記録にとどめておきたいと思った出来事でした。