日々思うこと

日常と、
日常につながるもの。

清水和音ピアノリサイタル

2007-01-31 | 今日の出来事。(私事編)
ネタがないときは…そうだ、過去のイベントを掘り起こそう!^^;

というわけで、第一弾。
土曜日に「清水和音(かずね)ピアノリサイタルに娘と二人で行ってきました。
ええ、笑ってやってください。思いっきりのだめ病です^^;

プログラムは、オールベートーベン。
「悲愴」「ワルトシュタイン」「月光」「熱情」の各ソナタです。
王道中の王道といった感じですね。

演奏は、期待を裏切らない素晴らしいものでした。

1995年(だったかな?)にベートーベンソナタ全曲リサイタルを敢行した方なんですが、そのせいか「安心して聞ける」という感じでした。
テンポも遅からず早からずで、好みです。それでいて自信に裏付けられた重厚さが感じられました。
奇をてらったところがないのが、職人気質っぽくもあり、非常に好感が持てましたね。
最終曲「熱情」を弾き終わると同時に、すかさず「ブラボー!」の声がかかっていました。
(この「熱情」がまた盛り上がる曲なんですよね!)


それと、良かったのが二回のアンコールです。
ここでは、重厚なベートーベンから、夢見るようなロマン派へ…

一曲目はシューマン「トロイメライ」でした。
この曲は、実は結婚披露パーティで弾いた曲なのです。
感慨もひとしおでしたあれからもう十ン年かぁ…

そして二曲目は、ブラームス間奏曲op118-2です。
初めて聞いた曲でしたが、内省的で親密さのようなものが感じられる、美しい曲でした。まるで友人や恋人と素敵な秘密を共有する会話を楽しんでいるような…
おかげで、なんだか温かい気分で会場をあとにすることができました。


会場は所沢市民文化センター(ミューズ)のアークホール(一番大きいホール)だったのですが、満員でした。でも、思ったより年配のお客さんが多かったです。
「のだめ効果」で若い人も多いと想像していたんですけどね…

そして、ピアノリサイタル鑑賞初体験の娘ですが、意外にも寝ることなく(笑)最後まで楽しんでいました。
「のだめ」でかかっていたり、私が弾いたことがあったりして、聴いたことのある曲が多かったのがよかったようです。


ピアノリサイタルは超久々(20年ぶりくらいかも…^^;)に行ったんですが、チケット代って最近安くないですか?
こんな素敵な演奏が2,3千円から聞けるなんて、なんだか申し訳ないような気分です。よ~し、これからもちょくちょく行くぞ!

…というわけで、
次は3月に読響の「ベト7」に行きます!
ええ、「何てノリやすいヤツ」と笑ってやってください。。。

「普通の服」はドコ?

2007-01-30 | ヤワラカメの話
おっと、日付が変わってしまった…スミマセン^^;

皆さんは普段どういうところで服を買っていますか?私はいろいろなんですが…
でも、色とか形とか「こういう服がほしい」ということがハッキリしているときって、案外見つけられなかったりしませんか?

たとえば、普通のTシャツ。これが意外にないんです。
ユニク○とかにありそうなもんなんですけど、いざ探してみるとなんかヘンな柄入りのしかなかったりするんですよね。
私は同系色の濃淡のグラデーションとかで重ね着をするほうが好きなので、奇をてらったデザインじゃなくて、「ごく普通の」無地の服がほしいのに…

どっかにそういう服ばっかり集めた店ってありませんかね?
デザインがシンプルな分、色目は豊富で、ノースリーブ・半袖・七部袖・長袖がそろってて…という感じが理想です。う~ん、考えただけで楽しそう♪
その名も「無地るし良品」なんちて♪(…スミマセン^^;)きっと需要はあると思うんですが…

今週は

2007-01-27 | 今日の出来事。(私事編)
不測の事態勃発につき、毎日更新宣言は来週必ず、ということで…^^;


今日は図書館で本を3冊借りてきました。
タイトルを並べてみると、私の思考の“散らかり具合”が見えて、イヤハヤなんとも…^^;

○「安全保障とは何か」(江畑謙介)
…って聞かれたら、満足に答えられないということに今更ながら気づいたので、あらためて勉強し直そうと思って借りました。
まだパラっとしか読んでませんが、今のところ私にもわかり易いです。

○「男の子の脳、女の子の脳」(レナード・サックス)
…さわりを読んだ限りですが、ベストセラーになった「話を聞かない男、地図を読めない女」(…逆だったかな?^^;)をちょっとマジメにした感じの本、という印象を受けました。
男女の生物学的差異を、教育現場で生かすことについて書かれています。
…「ジェンダーフリー推進」一本やりの人がこれを読んでの感想を、ぜひ聞いてみたいところですね。

○「感じて動く」(佐渡 裕)
…何となくエ○い本っぽい響きですが(←と思うのは私だけか?!)違いますので…^^;
世界的に有名なクラシック指揮者の対談集です。
実は、昨日の「プロフェッショナル仕事の流儀(指揮者・大野和士)」にいたく感銘を受けて、関連本を探しているうちに見つけました。
知れば知るほど奥が深い音楽の世界…
オーケストラを聴く楽しみを、ますます深めてくれそうな本です。

予想通り

2007-01-25 | 今日の出来事。(私事編)
診断名は「水ぼうそう」でした…orz
これで一週間ほぼ缶詰め確定です…

熱があるわりに元気なのはいいんですが、
かゆくて眠れないようなのがかわいそうで…
一晩に一回は「かゆくて眠れない…」と言いながら起きてきます。(実は今も…)おかげで私も寝不足気味です。ま、こればかりは仕方ないですが…

人間って愚かなことに、病気になって初めて健康のありがたさがわかるっていうところがあるんですよね。
健康って、決して「あって当たり前」じゃない。
健康維持には不断の努力を必要とするし、
それでも病気にかかることもある。
そして、自分が健康な生活を送っている今この時にも、病気で苦しんでいる人がいる。

こうしてみると、健康って「平和」とよく似てるなぁ、と思いますね…

あちゃ~・・・

2007-01-23 | 今日の出来事。(私事編)
昨日、息子が
「なんか虫にさされたみたい。」
と言ってきた。
見ると、確かにおなかに湿疹のようなものがある。
何だろう??と思いながらも、他に特に不快な症状もないようだったので、そのまま忘れてしまっていた。

それが、今日夕食後になって
「なんかブツブツが増えてるんだよね~」と…
「えっ!?」と見せてもらったら、あらら…確かに増えてる。
それでもまだ「まっ大したことはないだろう」と思っていたのだが、念のため熱を測らせてみてビックリ。ナント38.5度もある!
あわててネットで調べてみると…「水痘(水ぼうそう)」の症状に似ている…
あちゃ~、今日一日普通に学校行った上に、スイミングにも行かせちゃったよ~

でも、言い訳するようだけど、ホントにいつも通り元気だったんで、まさか病気だとは思わなかったんですよね~…
まったく、子どもの症状には油断は禁物だ!
明日病院行ってきます。反省反省…


ショパン「革命」に日本を思う

2007-01-22 | 音楽
今、ショパンのエチュードop10-12(「革命」のエチュード)を練習中だ。
(プロコフィエフ「モンタギュー家…」は、一応形になった(ということにした)ので卒業^^;)

この曲は、ショパンが
「1831年にポーランドからパリに向かう途中のシュトゥットガルトで、ロシア軍のワルシャワ侵攻を耳にし、失望と憤怒のあまり一気に書き上げた」(ピティナ・ピアノホームページより)と伝えられているのだが、確かにこの曲で表されている怒りと悲しみは半端ではない。
特に再現部の「いくら怒りをぶつけてもぶつけ足りない」と言わんばかりの激情は、聞くものを圧倒する。

「革命」のショパンのやり場のない怒りを感じながら、私は
「日本では、こういう曲が生まれることはなかったのだなぁ…」ということをつくづく思った。

日本は、幸か不幸か(もちろん「幸」なのだろうが…)ポーランドのように「外国からある日突然理不尽な侵攻を受ける」というようなシチュエーションに陥ったことがない。

「祖国を理不尽に蹂躙される」というのは、まるで自分の一部を失うようにつらいことにちがいない。
もちろん日本も戦時中には惨禍を被ったのだが、日本人は本当の意味でこの絶望感を痛感させられたことがないような気がする。
これからもないことを祈るが…


話は音楽に戻るが、
名曲を残した作曲家には、「国(祖国)」というアイデンティティを強く意識していた人が多い。
「国際派」くらいならまだしも、間違っても「地球市民」や「無国籍」を気取った人には、人の心を動かす曲は書けないようだ。

“人あっての国”
は、真実ではあるが、一方で
“国あっての人”
であることも、また事実だ。


ショパン「革命」(同HPより・音が出ます)

働かない人間は弁が立つ

2007-01-18 | ヤワラカメの話

気がつけば一週間空いている…^^;
イヤ、PTAがたてこんで…^^;(←それほどはたてこんでない)
よ~し、来週はクダラナイネタでもいいから毎日更新するぞ!!
と宣言してしまおう!

さて、「おっ」と思ったコラムを一つ。

遥洋子の「男の勘違い、女のすれ違い」 働かない人間の理屈

・・・ 私の知人で、大学を出てから50歳の年を重ねてもなお、働かない男性がいる。この場合は、職につかないと言ったほうがいいだろうか。よくしたものでそんな息子がいると、そんなのに限って毎月生活費を渡す母親がついていたりするし、パートでせっせと家計を助ける妻がついていたりもする。

 だから、その男性はずっと働かないまま結婚生活を続け、子供も持った。見かねた男性の兄弟は、なにかと仕事をまかせてみたり、店を持たせたりと関与してきたが、そもそも働く意欲のない人間がどれも続くはずもなかった。

 という事情はあくまでその男性の周りの人間の言い分だ。本人はまったく異なる事実認識を持っている。

「俺はずっと家族の犠牲になってきた。好きな仕事もできず、兄弟の仕事をずっと手伝わされ、あげくのはてに、老親の面倒まで診させられることになった」と主張する。

 しかし、ここで他人の私に突っ込ませていただくと、その男性のいう“好きな仕事”だが、彼がそこにむけてなんらかの行動を起こしたのを私は見たことがない。“老親と同居”というがそれは家賃を払う甲斐性がないので親が建てた家に長年タダで住んでいるだけで、老親の面倒は他の家族がせっせとみているのを私は知っている。

 私から見ると、親と妻からもらったお金でずっと楽に生きている50歳男にしか映らないのだが、本人の認識では最大の被害者になるわけだから、なにが事実かは判断しようもない。

 これは、意外なことに、引きこもって家で暴れるいまどきの少年にも当てはまる。
(・・・中略・・・)

 しかし、どちらのケースにも共通することがある。
それは、「働かない人間は、弁が立つ」ということ。それぞれに何故自分は働かないのか立派な理屈を持っているのだ。

 そのストーリー性が確立されているほどに、他者は「可哀想に」と、金を出す。もしくは、「仕方がない」と金を出す。そして誰もそこから抜け出れず数十年が経つ。これはまるで詐欺商法のスパイラルだ。 ・・・


・・・「働かない人間は、弁が立つ」
なるほど~と思いました。思い当たることありまくりです。

社会でうまくやっていけないのは、すべて「人(社会)が悪いから」。
そうやって文句ばかりたれていられる人には、自分がどんなに恵まれた環境にいるかを、耳元でメガホンで(←たとえ、ですよ^^;)教えてやりたい気分です。

本人がそう主張しているだけなら、まだいいんですよね。(まあ良くはないですが…)
そういう人々を代弁しているつもりになっている新聞や一部の市民団体の人々を、どうにかしてほしいと思うことがあります。

「社会が悪い」「社会が変わればいい」
言うのは簡単です。
はっきり言って、一番簡単な方法です。
そう言えば自分は何もしなくてもいいことになるからです。

コラムの最後のほうには、こういう一文があります。

 昔から言われている言葉がある。
「何を言うかではなく、何をするかで人を判断しなければいけない」

 聞くから分からなくなるのだ。じっと見れば分かることだってある。

そうそう!
グチめいた理屈をこねまわしているヒマと頭脳があるなら、行動しましょう!


(…それにしても遥洋子って、こういうことがわかってるのになぜ男女共同参画社会ではあれほど…イヤイヤ(以下ry


名前を書こう!

2007-01-12 | 教育
「教育」にカテゴリ分けしましたが、軽めの話です♪

普通、「モノに執着する」という言い方は、あまりいい意味では使われませんよね。
確かに「唯物主義邁進」では困ってしまいますが、あまりにもモノに執着しないのもまた考え物です。
モノが豊富な現代ならではの問題なのですが…

たとえば、
筆箱の中のものが多少なくなったり壊れたりしても
「また買えばいいもん」とこともなげに言う子どもや、
学校やスポーツクラブなどで、いつまでたっても落し主が引き取りに来ない「忘れ物」の山を見ると、
モノに対する執着心が「なさすぎる」というのも考えものだなぁ…と思ってしまいます。
モノと上手に付き合うためには
「モノに対する健全な執着心=自分のモノに対する愛着」
が必要だという気がします。


そして、(ここからが本題なんですが)その第一歩として
「自分のものには、自分で記名する」
なんていう至極単純なことが、実は大事なんじゃないかな?と思うんですよね。

「名前を書く」
=「なくしても戻ってきやすい」という実利もさることながら、こういうちょっとした儀式めいた行為の中に
「これはどこにでもあるものじゃない、“自分のもの”なんだ!」
という意識を芽生えさせ、根付かせるものがある気がするのです。

というわけでウチでは、子どもが字を書けるようになったときから、「自分のものには自分で名前を書く」ようにしています。
別に無理やりそうさせているというわけではなくて、気がついたらそうなっていたのですが…これも「書く」のが好きな我が家の文化なのかもしれませんね。
(…あまりにも判読困難な場合には、親がコッソリ添え書きしていましたが^^;)


そして…
モノの管理がヘタな(私のような)大人の方にも、「記名」オススメです。
少なくとも、名前を書いたものはめったなことでは置き忘れなくなりますし、やっぱり名前を書くと愛着がわきます。
(「でもやっぱり恥ずかしい…」という方は、ローマ字で書きましょう♪アルファベットだとなぜかダサく見えないのがフシギ^^;)


…余談ですが、現実的な話をしますと…

実は、子どもを見る立場の者としてヒトコト言わせていただけるなら、
子どもたちの持ち物に名前があるかないかで、活動のやりやすさがゼンゼン違うのであります…^^;
持ち主不明の落し物があるたびに
「これ誰の~?」
「○○くんの?」
「違うよ~」…
などと、とっちらかった事態に陥ってしまうので…

(子どもの通っていた幼稚園の先生のお話を思い出しました…
幼稚園では、自分の名前がハッキリ書いてあっても
「これは、わたしのじゃないよ。」
とキッパリと否定されてしまうことがよくあるとか…^^;
ま、幼稚園児はこんなものといえばそうなのでしょうが、先生方のご苦労、お察しします…)

そんなワケで、
子どもをよそに預ける機会の多い方には特に、
「記名」
お心に留めておいていただければ幸いでございます

親の寂しさと喜び

2007-01-10 | 今日の出来事。(私事編)
過去ログを見ていただければおわかりかと思うんですが、
例年この時期には、私はボーイスカウトのスキー訓練に
参加しています。

でも、今年は行きませんでした。
今年は私の見ている「ビーバー隊」からの参加者が
いなかったためです。
その結果我が家からは、カブ隊に所属する息子だけが
参加することになりました。


私は普段、活動の中では我が子にはほとんど目が
行かないんですよね。
子どもが(自分と同じ)ビーバー隊にいたころはともかく、
他隊に上進した後は、たとえ団活動(全体活動)の中でも
自分の子がどこで何をしているかまで気が回らないのです。
(別に愛情や関心が薄いわけでもないし、「わざとクールに
装っている」というわけでもないんですけどね…)

そんなわけで、子どもたちは私が見ていなくても
たくましく成長していたし、私自身も子離れはできている
と思っていました。
で、今回息子一人をスキーに行かせるのも楽勝
…だと思っていたんですが…

ちょっと勝手が違いました。

一言で言うと、意外にも(私のほうが)
さびしいし、心配だったんですよね。
「バスに酔っていないだろうか…」
「スキーでケガをしていないだろうか…」
「同室の子やリーダーに迷惑をかけていないだろうか…」
…等々、心配のタネはつきません。

今まで、たとえ直接子どもを見てはいなくても、
「同じ空間にいる」という、それだけで安心を感じて
いたんだなぁ…あらためてそんなことを思いました。

そんな調子でしたから、無事帰ってきた息子を
思いっきり抱きしめて「お帰り!!」と言う時の喜びったら
ありませんでした。
「リーダーに一杯ほめてもらったよ♪」と得意げに報告する
息子は、間違いなく一回り成長したようです。

こうやって子どもたちは、親以外の存在に育ててもらうんでしょうね。
そしてこうやって親も子離れしていく…
親としてそこそこやってきて、それなりに“こなれて”きたと
思っていた私ですが、今更ながら子どもの成長に触れて、
うれしいような、さびしいような気分です。…

ともあれ、お帰り!息子よ♪
お土産の「地域限定じゃがりこ」、ありがとう♪♪
そしてリーダーの皆様!本当にお世話になりました!m(_ _)m

台湾を走る我らが「Shinkansen」

2007-01-06 | 今日の出来事。(社会編)
台湾新幹線が開業、日本の技術初輸出 欧式と混合(朝日新聞) - goo ニュース


 日本の新幹線システムが初めて海外に輸出された台湾高速鉄道(台湾新幹線)が5日、開業した。台湾の南北の2大都市、台北と高雄間(345キロ)を最短90分で結ぶ高速列車の誕生を台湾メディアは「交通新紀元」と位置づけて、一番列車に乗り込む人たちを大きく取りあげている。だが、日本の新幹線が誇る「開業以来、鉄道事故による乗客の死傷者ゼロ」(JR東海)という実績も引き継ぐことができるか、台湾内には一抹の不安もあるようだ。


前のエントリとは(期せずして)「新幹線つながり」ですね。

この記事は、新幹線の中でケイタイでニュースをチェックしていたときに見つけた(正確にはダンナが)ものです。あまりのひどさに「帰ったらゼッタイこれをネタにブログを書こう!!」と決めていました。

だって…
だが、日本の新幹線が誇る「開業以来、鉄道事故による乗客の死傷者ゼロ」(JR東海)という実績も引き継ぐことができるか、台湾内には一抹の不安もあるようだ。
って、一体どういうつなぎ方なんでしょうか!!

日本の新幹線は、乗客死傷者ゼロの安全性や地震に対する強さを買われたから、欧米企業との競合に勝って採用された(他ソースより)というのに、これではまるで日本が強引に敷設してるみたいにも感じられるじゃないですか!
某中国じゃないんだから、日本はそんなことしませんよ!!

実はケイタイから見ることができたのは記事の一部分だけで、その後に続く文章に「台湾内の一抹の不安」の「正体」が書かれていました。

 台湾で90年代初めから計画された高速鉄道計画は、当初はフランス、ドイツの欧州連合が受注するとみられていた。99年に大地震に遭った台湾側が「地震にも強い日本の新幹線」を採用。逆転受注での初輸出となったが、通信や信号、ポイントなど随所に欧州式のシステムが残る。

 このため台湾メディアは「日欧混合システム」の安全性に疑問を投げかける。開業が3回延期されたこともあって、大手テレビ局TVBSの調査によれば74%が「安全運転が心配」と答えている。

…なんだそうです。
つまり、不安なのは「日欧混合システム」であって、「日本の新幹線の安全性」ではないんですよね。なのに記事をそこで切ってしまったら、そうとしか受け取れなくなります。
もうイイカゲンにしてほしいです。おめでたいニュースにさえこういう刷り込みをしようとするのは…