マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

否定、die Negation。否定性、die Negativität

2011年12月19日 | ハ行
  参考

 01、否定は同時に肯定でもある。即ち、自己矛盾するは無、抽象的な無に解消するのではなく、自己の特定の内容をひていするのである。そういう否定は全ての否定ではなく、否定される特定の事柄の否定である。否定されるものは結果の中で保存されるのである。(大論理学第1巻35-6頁)

 02、弁証法において否定するとは単に「否」と言う事でも、或る事物を「存在しない」と言明する事でも、それを勝手な仕方で破壊する事でもない。既にスピノザが「どの限定も、あるいはどの規定も同時に否定である」と言っている。

 しかし、更に、弁証法では否定に仕方は、第1に、その過程の一般的性質によって、第2に、その特殊な性質によって規定される。私は、単に否定するだけでなく、その否定を再び否定しなければならないのである。

 かくして第1の否定をする時に第2の否定が可能になるようにしなければならない。どうするのか。個々の場合の特殊な性質に応じてするのである。……

 かくしてどの種の事物もその否定において発展が可能であるように否定される固有の仕方を持って言うのであって、どの種の観念も概念も又同じである。(マルエン全集第20巻32頁)

 03、およそ否定性は静的と動的との区別がある。静的な意味においては、否定性は「すべての限定は否定である」の否定として定在の限定と同じものであるが、動的な意味においては区別や対立に陥りながら、その際の他的存在を止揚するものであって主体(序文17頁)ないし自我(序文19頁)と同じである。

 しかるに非有機的なものの場合には否定性は静的なものであり、これが此処では「単純な対自存在(個別存在)」と規定せられているが、この規定はさきに284頁において有機的なものの形態という外なるもの自身の内なるもの(類)に与えられた規定に対応するものである。

 ただし内なるものに関して非有機体が有機体と全く同じであるのではなく、有機体の場合には、その形態自身の内なるものが持つ否定性は「主体」や自我の場合に比すると、まだ不十分ではあっても、非有機体の場合に比すると、やはり動的なものである。(金子武蔵訳「精神現象学」上巻543頁)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする