マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

「芙蓉鎮」(中国映画)(その1)

2008年05月19日 | ハ行
      

    中国映画「芙蓉鎮」を評す(牧野 紀之)

 中国映画『芙蓉鎮(ふようちん)』を観た。随分いろいろな事を考えさせられた。ようやくまとまったので、書く。

 私は先に、毛沢東(マオ・ツォートン、もうたくとう)の『文芸講話』を論ずる機会を得、その時、芸術批評における芸術的基準と政治的基準の先後について次のように書いた。

 「芸術批評においては、所与の作品がそもそも芸術の内に入るか否かの『芸術的基準』が第1であり、次いでそれが政治的性格を持った芸術か否かを判断する『芸術的基準』が来、第三に初めて、それがどういう政治的性格かを判断する『政治的基準』が来、最後にその政治にどの程度奉仕しているかの『芸術的基準』が来るのである」(拙著「ヘーゲル的しゃかい主義」に所収)。

 この映画批評をまとめるに当たってこれに則り、よってもってプロレタリアートの立場に立つ芸術批評を考えるための具体例としたいと思う。

 まず、芙蓉鎮は芸術の内に入るか否か。文句無しに入ると思う。この点で異論を挟む人はいないだろう。では、これが芸術上の一作品と認められるということは、何を意味するのか。それは、この作品の内容の評価と関係無く、この作品の発表と享受の自由は保障されなければならないということである。

 後に述べるように、この作品は政治的性格「も」持っており、しかもその階級的立場は小ブルジョアジーのそれであって、プロレタリアートのそれではないと考えられるが、それにも拘らず、プロレタリアートの立場はこの作品の表現と享受の自由を完全に保障しなければならない。この作品の内容は多面的で、プロレタリアートの立場から見て肯定できるものとできないものとがあるが、そのような批評は、この作品の表現と享受を完全に保証した上で、私人として、即ち行政上の何らかの立場に立つ者としてではなく、言論で表明するべきであり、かつそれにとどめるべきである。

 また、私のこの批評に対しても賛否両論あろうが、反対の方々は、民主社会のルールを守ってそれを表明していただきたい。拙宅に脅迫電話をかけてきたり、押しかけてきて、回答や「自己批判」を迫るようなことはしないでいただきたい。

 第2の、政治的芸術か否かという問題については、これをメロドラマと解する方も多いようだし、その要素があることは私も認めるが、社会と政治のあり方についての見解も表明されていると思う。その意味で、この作品は政治的性格「も」持っていると考える。よって、その点については、それがどういう政治的性格なのかを吟味しなければならない。

 この映画を観ていない人々にも理解していただけるように、プログラムから、まず、あらすじを引用する。

──芙蓉鎮は湖南省の南端、二つの川にはさまれて、広東省と広西自治区に接した交通の要衝にある小さな町(鎮)である。

 1963年春、町に市の立つ日、一番繁昌しているのは<芙蓉小町>の胡玉音(フー・ユイイン、こぎょくおん)の米豆腐の店だ。彼女には従順そのものの黎桂桂(リー・タイクイ、れいけいけい)という夫がいるが、玉音の笑顔に集まる客は多い。

 解放戦争の闘士で、今は米穀管理所主任の谷燕山(クー・イェンシャン、こくえんざん)は、豆腐の原料の屑米を玉音にまわしてくれ、玉音の店の繁昌を妬んでけちをつけにきた国営食堂の女店主、李国香(リー・クオシャン、りこくこう)も追い返してしまった。

 いつも無銭飲食をするのは店の地主の王秋赦(ワン・チウショー、おうしゅうしゃ)である。かつての貧農で教養が無いが、すぐ党の運動のお先棒をかつぐ町の嫌われ者だ。

 党支部書記の黎満庚(リー・マンコン、れいまんこう)も必ず立ち寄って、店が「公認」であることを示す。彼は以前玉音と恋人同士だったが、出世の妨げになるのを恐れて玉音との結婚をあきらめた。今では三児の父だが、玉音を妹のように思い、なにかとかばっている。

 店の隅にいるのは、五悪分子(地主、富農、反革命分子、右派、不良分子)の秦書田(チン・シューティエン、しんしょでん)だ。町一番のインテリだが、右派の烙印を押されている。自ら「ウスノロ」と名のる変り者で、町では人気がある。

 玉音と桂桂は身を粉にして働いたおかげで、店を新築する。しかし、幸福は長くは続かなかった。政治工作班長に昇格した李国香が、二人を資本主義的ブルジョアジーだと決めつけたのだ。身の危険を感じた玉音は、ようやくの思いで貯めた1500元を兄と頼る黎満庚に預けて遠い親戚の家に避難した。だが満庚は党の批判を恐れ、妻の五爪辣(ウー・チャオラー、ごそうらつ)にも説得されて金を政治工作班に届けてしまった。

 玉音が不安を感じて戻ってきた時、町の状況は一変していた。谷燕山と黎満庚はその地位を追われ、夫はすでに死んでいた。そして、玉音にも「新富農」の烙印が押された。

 1966年春、文革(プロレタリア文化大革命)の嵐が吹き荒れる。李国香まで紅衛兵に吊るし上げられ、今や党支部書記には王秋赦が成り上がって、町を牛耳る始末である。だが、やがて復権した李国香は県革命委員会常任委員にのし上がり、町に舞い戻ってきた。そうなると王秋赦はまたもや、ひたすら彼女に取り入るのだった。

 胡玉音と秦書田に課せられた罰の一つは、早朝、町の中央の石畳の道を掃除することだった。初めはかたくなだった玉音の心も、書田の優しさに次第にほぐれてゆき、2人は一緒に住み始めた。

 やがて玉音は妊娠した。書田は、党に結婚を認めてくれるよう嘆願するが、一蹴されてしまう。家の入口には葬式もどきの白い紙(対聯)が貼り出され、そこには「犬畜生の男女」「反革命の夫婦」と書かれていた。その夜、2人だけのひそかな結婚の宴に、突然、谷燕山が現れ、祝いの品を贈ってくれた。

 裁判所の判決が下った。秦書田には10年の刑、胡玉音は3年の刑だが、妊娠中のため監視つきの執行猶予となり、2人は引き離された。

 この極端な処罰を苦々しく思い、残された玉音をかばってくれるのは、谷燕山だけだった。陣痛で苦しむ玉音を病院に連れてゆき、出産の時には子供の仮親になってくれた。生まれた男の子は谷軍(クージュン、こくぐん)と名付けられた。

 1979年、文革が終結して3年が過ぎた。玉音の没収された家と1500元の金も返された。秦書田も名誉を回復されて帰ってきたが、その書類にサインしたのはさらに昇進した李国香だという。秦書田が胡玉音と再会を果たした傍らには、初めて父と会う谷軍がいた。

 胡玉音の米豆腐の店は、昔と同じように繁昌している。秦書田には以前と同じ県立文化会館館長のポストが用意されていたが、彼はきっばりと断り、芙蓉鎮で胡玉音とともに暮らすと宣言した。

 人ごみの中を、気の狂った王秋赦が、ボロをまとい、破れたドラを叩いて、『また政治運動が始まったぞ!』とわめきながら通りすぎていった。──

 さて、この映画の政治的立場如何であるが、それを考えるためには主要登場人物がどういう人物として描かれているかを見てみなければならない。

 監督によるとこの映画の主要登場人物は8名とされている(プログラムの10頁)が、黎桂桂は映画の初めの方で消され、かつ後に影響を与えていないので、私はそれを7名と見る。その内の6名について、登川直樹氏が原作(古筆の同名の長篇小説、1981年作)と比較の上でまとめてくれているので、それを引用する。

 ──映画は原作にほぼ忠実といっていいが、小説が書きこんだ人物やストーリーの細部を、かなり映画は削り落としている。それも映画に必要な単純化という以上に監督がとくに意図するものがあったことがわかる。

 まず胡玉音である。芙蓉小町と評判の、と小説も書いている通りの美人で働き者だが、宿屋を経営していた両親のうち母親の方は女郎だったという噂があったりするし、玉音自身読み書きを知らない女に育っている。映画はそういうネガティブな側面を一切排除した。美人で働き者のイメージを強調して悲運の主人公を美化するねらいからである。劉暁慶
(リウ・シャオチン、りゅうぎょうけい)がこれを演じたことでこの狙いは決定的となっ
た。

 秦書田はもと州立中学校の音楽と体育の教師だったが県の歌舞団に入って脚本家演出家となる。革命を讃える新歌曲を作ったのが逆に批判的だと判定されて五悪分子の反動右派のレッテルを貼られてしまった。この町唯一の学識者といってよく、「地上のことはすべてを知り、天国のことも半分は知っている」賢者と小説は力説するが、映画は率先して愚者を装う一面を強調し底ぬけの好人物に描いている。これも、玉音と結ばれて愛に生きる男の一種の美化である。

 一方、李国香は徹底した敵役に仕立ててある。町一番の賑わいをみせる米豆腐売りの玉音を妬み憎み、いびったり罪を着せたりして迫害する。小説はもっと辛らつで、頭もきれるし弁も立つのに妊娠や堕胎の事実がばれて出世が遅れた独身女と書いている。紅衛兵の裁きで彼女は雨中に立たされる。首に古靴を吊るされるのが不貞を働いた女の罰し方だとは中国では自明のことらしいが、原作では紅衛兵がその動かぬ証拠を握った説明がある。一度は失脚したかにみえる彼女がまた復帰して出世街道を歩むあたりも、映画は理由を語らずに結果を示すという描き方をする。李国香を芙蓉鎮の人たちが毛嫌いする理由は、再三男問題を起こすためでもなく、陰険に人をおとしめるためでもない。もっと重大な理由は、彼女がここで他所者だということである。映画はそれを台詞の所々で匂わせているが、小説ほど納得させる説明になってはいない。理由よりも結果でみせていくという映画のいき方がはっきりする。

 王秋赦は原作からもっとも忠実に移し変えられた人物といっていい。代々小作農だったために革命によってまっさきに優遇された。しかし政治運動のお先棒をかついでドラを叩くばかりで何もLない。土地は分けてもらったが農機具は一切なく、食うに困れば土地を切り売りし、またいつか土地改革があって土地を貰えればいいと思っている。農業視察から帰って得意満面で忠字舞を踊ってみせる無邪気さ、李国香が復職したときいて口惜しがり、それでもゴマをすりにいく人の好さ、祝士彬(チエー・シーピン、しゅくしひん)はもはや廃人同様となるラストまでこの男の愚直さを好演した。

 食糧管理事務所の谷燕山は愛すべき好漢として登場する。陰に陽に悲運の玉音をたすけるのだ。ひそかな結婚式にも酒を携えて祝いにやってくるし、彼女の出産をたすけて生まれた子の名付親にもなってやる。彼もまた他所者だが、革命の戦いに戦功をたてた北方大兵だから尊敬されている。戦争の傷を病院で検査される屈辱的な場面も映画は省略し、この男の人間的な魅力を強調する。停職になってからの彼は酒びたりになる。何もかも終ったと叫びながら夜半の道を行くこの男の苦々しい思いを映画は哀感をこめて描いている。

 黎満庚にも過去のいきさつがある。楊民高(ヤン・ミンカオ、ようみんこう)から姪の李国香をどう思うかときかれて全く生返事しかせず、それも胡玉音と恋人同士だという関係がばれて、党をとるか恋人をとるかと詰め寄られ、玉音をあきらめた男である。玉音との恋愛は回想場面でムード的に紹介されるが彼女を裏切ることになったいきさつは描かれなかった。その彼が玉音から預けられた大金を党に届けてしまい、2度までも彼女を裏切る、その人間的な弱さ卑怯さを映画は追及せずに終ってしまった。──(続く)

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「芙蓉鎮」(その2)

2008年05月19日 | ハ行
     

 もう一人の主要登場人物の五爪辣については登川氏は言及していないが、私は後で触れる。

 さて、以上6人の階級的立場である。それは当人の出身階級や現在の所属階級に拠ってではなく、当人の言動がどの階級の立場を反映しているかを基準にして判定すべきものである。その際にはもちろん現在の所属階級についてどういう態度を取っているかが一番の問題である。

 胡玉音はまじめな露店食堂主であり、それで人に好かれ平和なマイホームが築ければ満足だという人である。正真正銘の小ブルジョアである。秦書田はその町では最高のインテリだそうだが、「全歴史の理論的理解」に達している程ではなく、絶対的にはきわめて水準の低いインテリであり、従って小ブルジョアである。文化会館館長就任を断って玉音と食堂を経営してマイホーム主義で生きることによってそれは完成する。

 李国香は典型的な青二才左翼であるが、その階級的な立場となると、難しい。国営食堂主としてまじめな小ブル胡玉音を見下す所等は、小ブル的官僚というより封建官僚に近い。一般に、自称社会主義国の官僚はプロレタリアートの立場に立っていないのはもちろん、プロレタリアでもなく、上から順に封建領主、封建貴族、封建官吏に近い。まじめに働いて金をためた玉音を、ただ金を持っているというだけで非難したり、思想に基いてではなく無節操に男問題を起す所はルンプロ的である。

 王秋赦は完全なルンペンプロレタリアートである。

 谷燕山の階級的立場を定めるには彼がどういう考えで革命戦争に加わったのかを知らなければならないが、その正義感と公正感覚から見て、多分、日本帝国主義に対する民族的自立心及び国民党の腐敗堕落に対する怒りからであろう。彼の立場はブルジョア自由主義と推定される。

 黎満庚は「惰弱なインテリ」(レーニン)の見本である。最下級の小ブルジョアジーか。但し、私は、彼の弱さはその苦しみによって十分罰せられていると思うので、登川氏のように「もっと追及せよ」とは考えない。私は自分自身それほど高潔とも思っていないので尚更である。

 以上によって明らかなように、この映画にはプロレタリアートの立場に立つ人は1人も登場せず、2人の主役は共に小ブルジョアジーの立場に立っている。従って、この映画にある文革批判や反右派闘争批判は小ブルジョアジーの立場からなされていると言わざるをえない。

 従って私は、佐藤忠男氏の次のような評価には賛成できない。即ち、氏によると、謝晋(シェ・テン、しゃしん)監督の器量の大きさは、メリハリの利いたメロドラマで大衆の支持を得、それを土台として「その状況の中で許されるぎりぎりのところで体制批判」をすることだそうである。しかし、この映画のどこに体制批判があるだろうか。この映画の立場は、政治経済の根本は党官僚が押さえておいた上で、その根本に触れない範囲で市場原理、つまり小プル経済を許すという現体制そのものではなかろうか。それとも佐藤氏は文革批判や反右派闘争批判のような過去の批判を、体制批判と強弁するつもりだろうか(佐藤説はプログラムの9頁にあり)。

 もしこの映画をプロレタリアートの立場からの文革批判にし、従って又現体制の批判にしょうとするならば、固定された分業に反対する人物を登場させなければならず、共産党や国家の会議で真の民主主義を主張する行動を入れなければならない。例えば、人民公社で肉体労働をさせられるインテリに、「『三大差別の撤廃』(農業と工業の分裂、都市と農村の分裂、精神労働と肉体労働の分裂の止揚)というのはこういう事だったのだろうか」と言わせて、自然生活を夢想させるとか、共産党の支部会議で、口が巧くて押しの強い人が勝っていくシーンを入れて、黎満庚にでも「民主集中制ってこれでいいのかな」といぶからせるとか、最低でも、谷燕山に、解放戦争の間は公正であった同志たちが、権力を握ってから堕落していく様子と、それと共に彼が孤立していく過程を回想させるべきだったと思う。

 従って、この映画の政治的性格はやはり現体制と同じもので、小ブルジョアジーの立場だと思う。しかし、こう言うと、この映画はそういう政治思想の主張が主眼ではないという反論が予想される。この問題を考えよう。

 私は、この映画には政治的性格「も」あるとして、それがどういう性格かを考えてきたのだが、その政治的性格がこの映画全体の中でどの程度の比重を持っているかは問うてこなかった。では、この映画の根本は何か。

 登川氏は、先に引用したように、原作と映画とを比較検討した上で、最後に、両者の一番大きく異なる所として、秦書田が最後で、文化会館長への復職を断る(原作では受諾)ところを挙げ、「メロドラマに徹しようと言いたげな謝晋監督の意図」と言っている。

 しかし、これをメロドラマないし男女の愛の讃歌と取るには、気の狂った王秋赦のラストシーンが邪魔になる。そこで山田洋次氏の次のような改作案が出てくる。

 「王秋赦という、いつの世にもいる愚か者の描写に、少し力が入りすぎていないか。この辺は議論の分かれるところだろうし、是非謝晋監督の意見もきいてみたいのだが、寅さん映画の監督としては、気の狂ったこの男の幕切れのセリフのかわりに、髭面の好漢谷燕山あたりに、イギリスの女流作家アフラ・べーンの有名な箴言を言わせてみたいところである。
 ──恋は、それが秘密でなくなると共に、楽しみではなくなってしまう」(プログラムの3頁)。

 私はこの改作案の卓抜さに参ったということを告白する。しかし、それが監督の意図に沿うものかどうかは又別である。監督はたしかに、「どのような暗黒の中においても美しいものを忘れる事なく持ち続けたということが描かれています」と言っているが、同時に、「私の映画監督としての希望は、この作品を通じて過去を振り返り、このような悲劇を2度と起してはならないということ、そして、これを乗り越えて、より新しい1つの大きな物に向って進むことであります」とも言っている。そして、この線では、高野悦子氏が、「文革という苦しい時代をのりこえ、未来に進む中国人の決意がにじみでている」と評価している(以上、プログラムの11、10、16頁)。

 しかし、その「より新しい1つの大きな物」とは具体的に何なのか、監督は示さないで終わった。それ程意図的ではないにしても、事実上は、まじめな小ブル人生の肯定ということになっている。プロレタリアートの立場などは、薬にしたくても、そのかけらさえない。そのため、「今日、富こそ正義とする風潮さえ見られるらしい」(杉本達夫氏、プログラムの13頁)という現実に、何の指針も与えられない作品となっている。

 第4の基準は、その作品がその目的にどの程度奉仕しているかという芸術的判断であった。これは、映画については、更に具体的に見ると、その筋立てや登場人物が十分典型的か、出演者が自分の役をどの程度完全に演じ切っているか、カメラワークや美術や音楽はどの程度目的に適っているか、といったことになるだろう。しかし、これらの点については、私には語る資格が無いと思うので、遠慮したい。ただ、2時間45分にわたって、何の違和感も持たず、かつ飽きることなく、随所で画面の美しさに魅かれた、と言うくらいの事は言ってもいいだろう。そして、私がもっとも典型的だと思ったのは五爪辣だということも。

 彼女は文字通り民衆の代表と言えるのではあるまいか。というのは、「あきれたね、階級闘争とやらを孫〔子供とすべし〕にまで押しつけてさ」とか、「谷さんはいいけど、王や李主任は気にいらないね」というセリフに示された健全な感覚がまず第1である。しかしその五爪辣も、自分に危険が及びそうになると、夫を説得して玉音から預かった金を党に届けさせる。しかし又、夫の心の恋人玉音憎しだけではなく、虐げられる玉音を助けもする。こういう複雑な存在が民衆の本当の姿なのではあるまいか。

 以上で狭義の映画批評は終わりである。以上は、映画を見ながら、又見終わってしばらくの間の考えをまとめたものである。しかし、私の考えはこれで終わらなかった。その後も考え続けざるをえなかった。その考えは、「ああいう描き方をすると、『絶対に階級闘争を忘れてはならない』とか、『三大差別の撤廃』(このスローガンは映画には出てこないが、文革まではよく言われた)とか、『政治第一』(この映画では『政治運動が足りない』という言葉になっている)といった、それ自体としては正しい言葉が、戯画化されて、言葉自体が間違っていると考えられてしまうのではないか」ということであった。

 私がかつて定式化した言葉で表現するなら、「真理定式化の反動的役割」ということである。即ち、これらの言葉なり考え方は、マルクスやエンゲルスやレーニンが「歴史の全運動の理論的理解」に基いて言葉として定式化したものだが、ひとたびそれが言葉として定式化されると、「歴史の全運動の理論的理解」をしてもいなければ、する能力も無い人々でも、オオムのように口にすることができるようになるということであり、その時にはその言葉はむしろ誤謬に変わり、歴史を後退させる働きをするということである。

 即ち、能力が無く、従って又その資格の無い人が、プロレタリアートの立場に立って共産主義社会をつくる運動を指導しようという政党に入って、分かりもしない言葉を振り回しても、回りの人に迷惑をかけ、自分自身も不幸になるということである。日常の言葉を使うなら、人間には、どこでどうやって決まるのかは分らないが、器量というものがあるのであり、その「分」を弁(わきま)えて生きるしか幸福の道は無いということである。自分の器に入り切らないものを入れようとしたり、押し込まれたりすると、その器が壊れてしまうのである。

 李国香と王秋赦がこの気の毒な人の例である。李は発狂はしなかったが、不幸な人である。我々の回りにも、「あんな運動などに関らなければ、もう少しまともに生きられるのに」と思われる人は多い。私はこういう人を今では憎まない。気の毒だと思う。

 この極端な例が王秋赦である。しかし、王に政治運動をやらせたのは誰なのだ。それは、労働者と貧農の立場に立つと称したが、その言葉を理解できず、あるがままの労働者や貧農を肯定し、彼らに権力を与えてしまった中国共産党ではないのか。そして、この中国共産党を牛耳っていたのが毛沢東であった。即ち、組織においても運動においても、末端はトップの姿を拡大して表現しているだけなのである。

 「王秋赦は毛沢東なのだ!」ということがひらめいて、私の考えは落着いた。毛は軍事指導者としては非常に優れたものを持っていたようだ。縦横無尽の戦略と戦術によって日本帝国主義を撃退し、国民党軍を倒したのがその証拠である。しかし、毛は、敵に勝つのではなく、自分に克って社会主義を建設することは出来なかった。なぜなら、プロレタリアート解放の社会主義建設運動というのは科学的社会主義と言われているが、その真意を端的に表現するならば「ヘーゲル的社会主義」と言うべきものであり、それを指導するにはヘーゲルの概念の立場を理解できるくらいの哲学的能力が無ければならないからである。しかし、毛の主要著作に対する私の批評にあるように、軍事の天才の毛沢東も、哲学に関しては二流以下だったのである。

 そのため、社会主義建設を始めてからの毛の指導は、それまでの戦争の時期と較べて一貫性が無く、「左」石に揺れることになった。挙句の果てにプロレタリア文化大革命とやらを起こして、自分はその中で老人性痴呆になり、野垂れ死をすることになった。王秋赦とそっくりではないか。

 従って、このような反面教師の生き方から引き出される肯定的な教訓は、「汝自身を知れ」という古来の不滅の真理である。従って、ここに肯定的に描かれている胡玉音と秦書田と谷燕山も、小ブル精神やブルジョア自由主義の権化として描かれているのではなく、階級的立場以前の、あるいはどの階級のものでもそこにある前進的なものの大前提の具体例として描かれていると取るべきではなかろうか。

 今の中国には、私の知る限りでは、プロレタリアートの立場に立っている政治指導者もいないし、ヘーゲルの概念の立場の分かっている哲学者もいない。こういう状況下で、一介の映画監督にすぎない謝晋氏に、プロレタリアートの立場に立った映画を作れと要求しても、土台無理である。そのような過大な要求をするよりも、私は、これからどんな社会を作っていくせよ、自分に対する誠実さとそれに立脚した友情と愛情こそ出発点であり到達点なのだという大前提を、中国の現実の中に具象化した力量を称えたいと思う。
        (1988年07月13日執筆)

付記

 この文の中国語の読み方に自信がなかったので、新島淳良民に見ていただいた。五爪辣についてのみ次のような指摘を頂いた。①五爪辣はあだ名であって実名ではない。②その意味は、中国人の友人にきいた所、「にぎりや」「がめついやつ」「倹約家(しまりや)」とのことである。③彼女の実名は原作にも映画にも出てこず、杉本達夫氏の訳本では、終始、カギつきで「五本爪(つめ)のトウガラシ」と訳されている。④従って、「ウー・チャオラー」も「ごそうらつ」も拙い。⑤中国では古来、女性は名を記されることは稀であった。五爪辣に「民衆の本当の姿」を見る慧眼には敬意を表する。作者、映画監督が彼女だけあだ名で通した意図もそこにあったのではないか。

 この返事を読んで思った事は、「先達はあらまほしきかな」ということであり、「新島さんに見てもらってよかった」ということである。しかし、五爪辣については、そういう語が登場人物「名」として出ている以上、その中国語読みが「ウー・チャオラー」であり、日本語式音読みは「ごそうらつ」であることをかっこして入れるのは、他の人名との整合性から考えて、そのままでよいと考えた。この付記により、それがあだ名であること及びその意味について、誤解の余地はなくなったと思う。新島氏に感謝しつつ、本文章の表記についての責任は私にある事を記す。

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