マキペディア(発行人・牧野紀之)

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社会民主主義(01、北欧の社会民主主義)

2008年05月17日 | サ行
 「試験もないのに、こどもたちが勉強する」「それほど働いている風には見えないのに、国民一人当たりのGDPは高い」「消費税率が22~25%と世界で一番高い福祉国家なのに、国民の8割がグローバリゼーションに前向き」。

 そんな「ノルディックの謎」が問いかけられるほど、北欧諸国は元気いっばいだ。ここはまた「生活に満足している」と答える人々の割合が世界でもっとも高い幸せいっぱいの国々でもある。このほどスウェーデン、デンマーク、フィンランドのEU加盟北欧3ヵ国の首相に会見し、北欧経験の可能性とともに日本への意味合いを探った。

 OECD(経済協力開発機構)による2006年の国際的な学習到達度調査(PISA)で、フィンランドは、科学1位、読解2位、数学2位だった。フィンランドの教育は思考力、応用力、学習力という「学ぶ力」を育てるのに優れている。グローバリゼーションの時代、人々は生涯に何度も職を変えることになる。「学ぶ力」を身につけなくてはならない。フィンランド・モデルとは「学ぶ力」の新たな国際標準のことでもある。

 バンハネン・フィンランド首相は「落ちこばれゼロの機会均等原則、教師研修、そして何よりも教師に対する敬意」を成功の秘密として挙げた。それに、「本を読む文化。国民一人当たり新聞紙数もここは世界有数」。

 21世紀は、人口や国土の大小より、国民の「学ぶ力」基盤と社会格差是正機能の強弱で、国の富も暮らしの豊かさも決まる。人々が世界に広がる機会をつかめるように環境を整えることがカギだ。ラインフェルト・スウェーデン首相は「われわれはIT技術を早い段階から取り入れたことで、世界市場で競争力を存分に発揮し、国富を高めることができた。グローバリゼーションの勝ち組だ。その基盤は教育、それも生涯教育だ」と言う。

 デンマークは、労働者の「学ぷ力」を向上させることで労働市場を弾力化させている。企業は従業員をいつでも雇用、解雇できる。ここでは毎年、労働者の3分の1が職を変える。職探しの間、政府から手厚い失業補償が与えられる。「社会保障があるから、落ち着いて必要な技能を身につけ、新たな職を探すことができる。育児サービスが整っているので、女性がいつでも労働市場に入っていける。それが、労働市場の柔軟性と国際競争力の向上をもたらす」とラスムセン首相。首相の言う「フレクシキュリティー」(柔軟保障)戦略である。「自由と社会保障を結合させてこそやる気も安心感も生まれる」。

 見方を変えれば、学ばない者は許さないということでもある。柔軟保障社会を機能させるには、国民がその厳しさを自覚しなくてはならない。

 もっとも、構想通りに革新が進まない分野もある。医療、高齢化、移民などだ。スウェーデンでは医者が1日平均4人の患者しか診ない。「医者の数は足りているのだが、生産性が低い。病院の診察治療アクセスを何とかして、と私の選挙区の人々の不満も強い」(ラインフェルト首相)。

 高齢化の波を乗り切るには、移民を増やす必要があるが、国民の抵抗は強い。移民の「福祉ただ乗り」批判も根強い。バンハネン首相は「移民ではなく〝新フィンランド人″となってもらう。国民の移民に対する消極的態度を改めるべく努めている」と言う。

 北欧の「成功例」を安易にモデル化するべきではない。「博物館に陳列しておくモデルではない。それは不断に革新する福祉国家づくり」(ラインフェルト首相)だからだ。そもそも、ここの高い福祉は、高い税負担の上に構築されている。

 「税反乱が起きないのが不思議ですね」と水を向けると、そろって「国民は、カネ(税金)で価値(福祉)を手にすることができると思っているからだ」との答えだ。人々は、税負担と受益がほぼ見合っていると感じている。「高い消費税への支持は、女性の方が男性より高い」(ラスムセン首相)。彼女たちは、税が保育や介護の下支えをしていると実感しているのだ。

 北欧の「高福祉・高負担」は国民の政府への信頼を表している。福祉と教育のほとんどは市町村の仕事だ。北欧は「市町村国家」である。北欧では政府も政治も人々の身近にある。ラスムセン首相は「フェースブック」のチャット仲間との政策論議を欠かさない。ほとんどが18歳から34歳である。このほど10周年を祝い、100人近くと北の湖まで一緒にジョギングをした。

 一方、日本の「低福祉・低負担」の底には政府不信が横たわっている。1990年代以降、教育、年金、医療など、国民の政府不信は深まるばかりである。こんな政府に税金を取られたらろくなことがない、だから増税絶対反対、となる。政府は予算一律カットで応じ、行政サービスの質は落ちる。悪循環である。

 市場活用、対外開放、機会均等、女性の経済・社会進出、労働市場弾力化、地方分権、そして何よりも政府の信頼回復──その上で、革新福祉国家の骨格となる「給付と負担の目に見える適正均衡」を目指す。北欧の経験から学ぶことば多い。
(船橋洋一朝日新聞主筆)  (2008年05月05日)