ベランダのバジルが豊作の予感。
ただし、左側のプランターの左列の葉っぱが小さい。日光の加減だろうか。位置を変えた。それより、葉っぱが密すぎる。間引きをし、間引きしたやつを食べれば一挙両得。ということで、早速ピザに乗せた。乗せる時間帯が問題である。焼く前から乗せると焦げてしまう。焼き上がる30秒前に乗せたら絶妙であった。
なお、ピザソースが切れてるので代わりにケチャップを使用。最近ピザソースを使い切ったばかり。ここでまた購入すると、再びディナーが連日赤くなる。それゆえの代用。ケチャップだって、広い意味のトマトソースである。
話は変わるが、昨夜変な夢を見た。亡き母がレストランを始めると言っている。そのための料理人を20人スカウトして来た。20人もの給料をどこから出すんだ?と私が言っても聞く耳を持たない。こんな夢を見た原因ははっきりしている。名作(迷作)の誉れ高い「ちむどんどん」である。暢子が沖縄料理屋を開くにあたって、人(やはぎ)を雇った。人を雇うお金がどこにあるんだ?とブラウン管(ではなく液晶)に向かって文句を言ってたらそれが夢に結実した。しかも、1人が20人に増幅して、である。大体、あのドラマはお金が天から降ってくるような話が多い。
「ちむどんどん」だけなら受信料を返せ、と言いたいところだが(NHKは公共放送と言ってもタダではない)、「鎌倉殿の13人」で元をとってるので文句は言わないでおこう。録画しておいた前回放送を見た。順番から言うと、頼家が殺される番。一説では、頼家は入浴中に斬られたというから(因みに、祖父(父頼朝の父)義朝も、平治の乱の敗走のおり、入浴中に寝返った味方に斬られたという)、頼家の入浴シーンを今か今かと待っていたら、風呂には入らず、ちゃんと服を着て立ち回りのうえ、壮絶な最期を遂げた。しかも、これまでこのドラマで何人もをその刃にかけてきた刺客のゼンジを返り討ちにしたと思ったら、背後からトウ(少女時代からゼンジに育てられた)に斬られての最期である。さらに、瀕死のゼンジにとどめを刺したのはトウ。実は、ゼンジはトウの父母の仇であった。え?トウの父母って誰?と思ったら、9回前の放送で、ゼンジが範頼を斬ったとき、ついでに斬られた村人夫婦がいたが、それがトウの父母であったのだ。見事な伏線回収である。脚本の三谷幸喜は、喜劇を多く書いてるが、いざシリアスなものを書いたらこんなものを書くんだねぇ。まるでオッフェンバックである(オッフェンバックはオペレッタばかり書いていたが、たまには真面目なものを書こうと思って書いたのが「ホフマン物語」である)。さらに、育ての親を殺すといったら、まるでジークフリートである。かように、私は「鎌倉殿」を喜んで見ているのだが、アンチはどこにでもいるもので、この作品に対してもクレームはあるようだ。その中に、日曜日の夜8時にこんなおぞましい物語を放送するのはけしからん、と言うのがあった。いろんな意見があるもの。それが民主主義である。