○○112『自然と人間の歴史・日本篇』荘園の拡大(10世紀まで、荘園整理令の結末)

2016-07-12 09:13:29 | Weblog

112『自然と人間の歴史・日本篇』荘園の拡大(10世紀まで、荘園整理令の結末)


 律令的な人民の支配(公地公民の制)も、10世紀に入るとだんだんに崩れていった。例えば、988年の尾張国からの訴えの解文(げぶみ)には、こうある。
 「尾張国の郡司(ぐんじ)百姓等(ひゃくせいら)解(げ)し申す。官裁を請うの事。
 裁断せられんことを請う、当国守(とうこくのかみ)藤原朝臣元命(あそんもとなが)、三箇年内非法の官物を責め取り、并(なら)びに横法(おうほう)を濫行(らんぎょう)すること三十一箇条の愁状(しゅうじょう)。
一(1)、裁断せられんことを請う、例挙(れいこ)の外(ほか)に三箇年の収納、暗に加徴(かちょう)せる正税四十三万千二百四十八束の息利(そくり)十二万九千万百七十四束四把(わ)一分(ぶ)の事。(中略)
一(3)、裁断せられんことを請う、官法の外意に任せて租穀段別三斗六升を過徴するの事。(中略)
一(4)、裁断せられんことを請う、進る所の調絹の減直、并びに精好の生糸の事。(中略)
一(7)、裁断せられんことを請う、交易(きょうやく)と号して誣(し)ひ取る絹・手作布・麻布・漆(うるし)・油・○(からむし)・茜(あかね)・綿等の事。
一(13)、裁断せられんことを請う、三箇年池溝并びに救急料稲万二千余束を充て行 わざるの事。(中略)
一()、裁断せられんことを請う、旧年用残の稲穀を以て京宅に春運せしむるの事。 (中略)
一(27)、裁断せられんことを請う、守(かみ)元命朝臣京より下向するに、毎度有官散位の 従類、同じく不善の輩を引率する事。(中略)
一(30)、裁断せられんことを請う、元命朝臣の子弟郎等、郡司百姓の手より雑物を 乞い取るの事。(中略)
一(31)、裁糺せられんことを請う、去ぬる寛和三年二月七日諸国に下し給わるる九 箇条の官符の内、三箇条を放ち知らしめ、六箇条を下知せしめざるの事。 (中略)
 以前の条の事、憲法の貴きを知らんがために言上すること件の如し。(中略)望み請ふらくは、件の元命朝臣を停止せられ、改めて良使を任じ、以て将(まさ)に他国の牧宰(ぼくさい)をして治国優民の褒賞を知らしめんことを。(中略)仍(よ)りて具(つぶさ)さに三十一箇条の事状を勒(ろく)し、謹みて解す。
  永延(えいえん)二年(988年)十一月八日、郡司百姓等」(『尾張国解文』)
ここに守(かみ)某とあるのは、受領(ずりょう)と略称される地方の国司(こくし)をいい、「郡司百姓等」は地方の有力農民を指す。これらの項目について、調べの上、「官裁」(太政官における裁定)をお願いするとの「解」(上申文書)なのだ。例えば7条目に「交易」云々とあるのは、正税で地方の産物を買い、中央に送る制度によるのだといって、生産者から作物を騙し取っていたことを告発したもの。これらからは、律令制の下、上級貴族なり寺社なりの土地・人民の私的支配に対する、地方の富裕農民層の抵抗が読み取れる。
 荘園領主の中には、朝廷に「不輸租田」を申請し、税を免除してもらう者も現れる。そりが認められると、官省符荘(かんしょうふしょう)、具体的には「太政官符」と「民部官符」と呼ばれる免状が発布されることになっている。しかし、当該の例の如く、それが発布されていなかったことから、現地の国司との間にしばしば紛争が引き起こされていた。
 「太政官符す。伊勢国司。
 応に醍醐寺所領曾○(ね)庄を不輸租田と為し、ならびに庄司・寄人等の臨時雑役を免ずべき事。
 壱市郡に在り。
 右、彼の寺の去る七月七日の解状(げじょう)を得るにいわく、「件(くだん)の庄は租税・雑役を免除せらるべきの由、具に事状を注し、言上先におわんぬ。而るに未だ裁下を承らず。而る間彼の庄司の今月九日解状にいわく、『件の庄は未だ租税を徴するの例有らず。而るに当任藤原朝臣国風(くにかぜ)俄に前例に乖(そむ)き、庄田を収公して、雑役を付科す。望み請ふらくは早く言上せられて、官符を給はり。全く地子を運納せん』者、望み請ふらくは先の解状に任せ、早く官符(かんぷ)を給はり、租税・雑役を免除せられ、将て庄務を済さん」者(てへれば)、左大臣宣す、「勅を奉わるに請ふに依れ」者、国宜しく承知し、宣に依りて之を行ふべし。符到らば奉行せよ。
 従五位下守右少弁藤原朝臣国光。右大史正六位上兼行春宮坊大属。
天暦五年(951年)九月十五日」(『醍醐寺雑事記』)
この文中に「寄人」とは、この地の荘民として醍醐寺に所属している農民を指し、また「地子」とあるのは、領主から荘田の耕作を請け負った田堵(たと)らが、領主におさめる負担をいう。要は、この地の民(庄司・寄人等)に対し国司は民部省符が出されていないのを口実に諸々課税しているので、 この地を早く「不輸租田と為し」てもらい、ならびに「件の庄は租税・雑役を免除せらるべきの由」ということで臨時雑役を免除する早く官符(かんぷ、裁可)を給はりたいことになっている。

(続く)

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