麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第637回)

2019-02-24 19:59:17 | Weblog
2月24日

ドナルド・キーンさんが亡くなりましたね。高校時代、初めて読んだキーンさんの本は、中公文庫の「日本の文学」でした(なぜかこの本、いまは出ていないようです)。なんといっても興味を持って読んだのは、三島由紀夫との交流のエピソード。2人が同じホテルに泊まっているとき、三島が、「自分は、植物や動物の名称をあまりよく知らないので作家として恥ずかしい」というような発言をします。そのとき、近くで犬の鳴き声がしたのでキーンさんが、「あれは犬ですよ」というと、「それぐらいはわかります」と三島が答えて2人で笑った――そんな一節があったのを覚えています(すみません。このエピソードはたぶん「日本の作家」という本にあったという気がしてきました)。

来年は三島由紀夫が亡くなって50年なので、著作権が切れるのだと思います。廉価版の全集や電子書籍もきっとたくさん企画されることでしょう。楽しみです。その次に志賀直哉の没後50年がきて、ここでもいろいろ出るでしょうね。そうして、そんなことを言っているうちに私もめでたく没することでしょう。
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生活と意見 (第636回)

2019-02-17 22:33:59 | Weblog
2月17日

詩とは、感情ではなく、認識である。
その言葉をどこで読んだのか。三島由紀夫の「詩を書く少年」だったか、リルケの「マルテの手記」だったか。ものすごく昔のことなので思い出せませんが、常々至言だと思ってきました。
誰もがいつも目の前に見ていながら、あるいは感じていながら、はっきりと認識できないでいることを、最適の言葉の組み合わせで表現する、それが詩です。つまり、極端に言えば、詩は科学の発見と同じだと言えます。その逆も真で、万有引力の法則は詩であり、相対性理論も詩です。誰もがリンゴが木から落ちるのを何千年も見続けてきたのに、そこに働く力の実体をはっきり取り出してみることができなかった。それに名前をつけ提示する。また、経験的には、誰もが、主体によって時間の流れ方は遅くも早くもなるということを感じていたけれども、それが事実になる場合もある(もちろん、相対性理論の内容はそれよりはるかに複雑なものを含んでいるのでしょうが)ということを、つきとめて見せてくれる。ニュートンもアインシュタインも詩人だと言えます。私が理系の勉強を放棄したのは、ただ頭が悪かったという理由ばかりでなく、ひとつには科学とは別のやり方で新しい認識を得ることもできると思ったからです。
さて、そのような前置きを書いたうえで、私が生まれて初めて、本ではなく耳で、直接聞いた詩を紹介します。それは、

ハットリ君の目は、死んでいる

という、小学校の同級生のつぶやきでした。
いうまでもなく、この詩でうたわれている「ハットリ君」とは、藤子不二雄の漫画「忍者ハットリ君」の主人公のことです。Q太郎、パーマン、ウメ星デンカと追いかけてきて、この新しいキャラクターに出会って以来、何かが違う、何かが引っかかって、これまでの藤子不二雄作品のように素直に笑えない。そう皆が思っていたその「何か」。この詩は、それをズバリ言い切っています。その場でこの言葉を耳にした全員が、胸のつかえがとれるような爽快感を味わったことは間違いありません。
しかし残念ながら、これをうたった詩人が誰だったのか覚えていません。小さな声で、歌うように、いつもめちゃくちゃおかしい話をしてくれた田谷のひーちゃんか、通学路を歩いているとき、ある家の洗濯物を見て、「ブラジャーがぶらじゃがっとる」という言葉を吐いた藤川ヒデか。いや、やはり早熟で幼稚園のころから文化面でのヒーローだった高見のしんちゃんか。永遠に謎のまま皆いなくなっていくのでしょうね。いや、もはやいないやつもいるか。
ブルックリンでの子ども時代を書いた、ヘンリー・ミラーの「黒い春」をまた読んでみたくなりました。読書に戻ります。
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生活と意見 (第635回)

2019-02-11 23:22:08 | Weblog
2月11日

ボルヘス「夢の本」が文庫になりました(河出文庫)。国書刊行会版をどこにしまったかわからなくなって久しいので買いました。最高。

「謎とき 悪霊」、4分の3まで読みました。ニコライの人格についてここまで多角的に分析したものを初めて読みました。少し違いを感じる部分もありますが、大変な労作だと思います。
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生活と意見 (第634回)

2019-02-03 22:37:30 | Weblog
2月3日

作家の橋本治さんが亡くなりました。30年前、一度だけ取材にうかがいました。地下室だったと思うのですが、図書館のような仕事部屋で、「マザコン」というキーワードから入って、現代日本の「家族」についてお話をしていただきました。編み物の好きな、一面女子的な方なのに、「俺」という一人称でマシンガンのように話される。その一見乱発のような言葉は、実は熟考吟味されたものらしく深く的確で、取材原稿を書くときも構成し直す必要がまったくないほどでした。帰り際には、「いっぱいあるから」と、有名な東大駒場祭のポスターを何枚もいただきました。来たときから仕事机のすぐそばに「鶴屋南北全集」が並んでいるのがすごく気になっていたので、お好きなんですか、とうかがうと、「俺、卒論が鶴屋南北だから」とおっしゃいました。そのころはまだ「窯変源氏物語」は書かれていなかったと思います。純粋な創作以外では、枕草子、徒然草、源氏物語、平家物語の語り直しを大きな仕事とされ、「国文学科卒」というところにこだわった律儀な方だといつも感じていました。

古本屋で、「謎とき『悪霊』」を買って半分読みました。おもしろい。亀山先生の翻訳はいいと思えませんが、この論考はすごいですね。しばらく前、池田健太郎訳で読んだとき、私は、主要登場人物の過去の年表をつくり、進行形で語られる物語中の事件を時系列に並べたメモを作ったのですが、この本にどちらも収められていました。ステパン氏にルソーの姿が重ね焼きされているというのは今回初めて知りました。

千一夜物語は4巻に入りました。
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