8月24日
宮島さんの写真も文も、それこそブレのない作者の生き方をそのまま表しています。それに比べて私は、若いころ編集をやっているとき、はした金のためにブレブレになったことがあります。毎年収入をふやす、などという、自分がそういう世界観を軽蔑して始めた社会人生活のはずなのに、いつのまにかその世界観を、やくざな仕事をしながら、別世界の住人だと考えていた人たちと共有してしまっている。その愚かさに気がついていながら、ぬるま湯から脱け出せない。どうにでもなれ、というマゾヒスティックな気持ちが根底にあり、また、ページを構成し、記事を書くというエセ創作行為を、わざと本当の創作と変わらないもののように考えている演技を自分にも他人にもしてみせ、「クリエイティブ」(うんこ)な生活を送っている、と自分をだましている。どうせ文学なんて直接間接の自慢話じゃないか。もはや誰も「精進」などしない。誰も高貴さなど求めてはいない。――その日常に大きなゆさぶりをかけてくれたのが三十代初めのプルーストであり、三十代半ばのメルヴィルでした。私は四十手前で皿洗いになり、食えないので(シフトを決める人間に嫌われたので)業界には戻ってきましたが、仕事に対する態度は前とは違い、皿洗いの代わりに多少は慣れているこの仕事をするのだ、としか考えないようになっていました。プルーストとメルヴィルは、やはり心を鼓舞してくれましたが、彼らは死んだ巨匠であり、またお手本にするには遠すぎる。そんなとき、私は宮島さんに出会いました。話下手で、いつも事物を判断するのに、いくつもの可能性を考えてしまうために、一見あいまいな人に見えてしまうが、実は石英のようにまっすぐで硬質な人間。飯を食う仕事の多忙さの中でも、なによりも自分の作品を撮ることを優先し、その姿勢を貫き、しかもそれを当たり前と考えているので自慢しようという考えすらない人。私は驚きました。生まれて初めて「精進」という言葉を自然に実行している人間を見たのです。大げさでなく。写真と言葉ということでジャンルは違うけど、私が創作について思いつきの言葉を吐いても、彼自身そのことを考えなかったことはひとつもない、というのがはっきりわかるようにこたえてくれる。私は宮島さんに鼓舞され、才能がないなりに、「風景をまきとる人」という作品を最後まで書きました。ワードのプリントを真っ先に宮島さんに渡し、迷惑だったと思いますが、読んでもらいました。あのあとも、私は食べるための仕事に忙殺され、結局新しいものはほとんど書けていません。しかし、宮島さんはその間に何度か個展を開き、さまざまな、斬新な世界の素顔を私たちに見せてくれています。たしか、アンリ・ミショーの詩に「26歳の男にとってすでに人生は貴重であり」というフレーズがあったような気がします。そんなバカな、と思っていましたが、実際にその通りだったといまでは思います。ブレた男にはそれなりの結末しかない。そうしてブレない畏友・宮島径にはその才能にふさわしい結末が待っていると思います。