雨、13度、91%
「鏑木清方」という日本画家を知ったきっかけが何時、何だったのか思い出せずにいます。鏑木が最後の地に選んだ鎌倉に住宅をそのまま残した美術館があるのを知ったのは15年ほど前のことでした。伊豆方面に向かう折には、一度立ち寄ってみたいと思っっていましたが、家族と一緒の旅では思うようにならないままでした。今回の上京の一番の楽しみは、この「鏑木清方記念美術館」を訪れることでした。
鎌倉に降り立つとあいにくの雨、雨の中を八幡様に向かう「小町通り」を目指します。「小町通り」は観光客でいっぱいです。その道を横にひょいと入った住宅街にその美術館はありました。
鏑木は美人画を得意とする日本画家だと称されています。確かに残された仕事の大半は明治の面影深い美人画です。 ところが当時の、里見弴や幸田露伴の本の挿絵も描いています。それどころか、文人であったと言っても過言でないくらいの文達者です。 神田の古本屋で見つけた「こしかたの記」「続こしかたの記」です。挿絵や美人画ではうかがえない鏑木の深い一面を読むことができます。
江戸生まれの鏑木には江戸時代の江戸の匂いが絵にも文にも伺えます。最後の土地、鎌倉の雪の下の家の絵を描く部屋の写真を幾度も見ました。その部屋を見てみたい、そんな思いを持ち続けてやっと訪れた鎌倉です。瀟洒な庭に面したその部屋は画材が整理され静謐な空気が流れていました。
雨のせいもあると思います。訪れる人はほとんどありません。展示の作品はごくわずかです。それでも鏑木が描いた絵を見て、その絵が生まれた部屋を見て、毎日見やってだろう庭を眺めました。雨降りの庭は緑が生き返ったように輝いていました。
30年間留守にした日本に帰って来て、やっと最近日本に帰って来たんだと実感します。雪の下のこの小さな美術館はそんな私の思いを深めてくれました。