チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

種の贈り物

2021年02月28日 04時00分25秒 | 日々のこと

曇、7度、82%

 4月に入ると種蒔きをします。まだ時間があるのに、今年は何を蒔こうかな?と手持ちの種を点検したり、園芸店に行くと春蒔き種を調べたりしていました。そんなところに封筒が届きました。若い友人からです。封筒を外から触るとコロコロと指先に触れます。「何だろう?」小さな袋に入った種が4袋出て来ました。

 「スイートピー」が2種類、「タイバジル(ホラパー)」「パッションフルーツ」珍しい種ばかりです。春蒔き種を考え始めていた私を見透かされたような不思議な気持ちになりました。お手紙には「庭には多すぎたので、よかったら。」と書き添えられていました。

 「種の贈り物」はとても嬉しい。自分では選ばない種をいただくことが多いのです。「スイートピー」は一昨年別の友人が贈ってくれたのに、花を1、2個付けただけで枯れました。苦手意識があるとなかなか手が出にくいものです。「今年はきちんと咲かさなくては。」ともう一度チャレンジのチャンスをもらいました。

 「ホラパー」「パッションフルーツ」、香港では市場で目にしていた野菜や果物です。日本ではデパ地下でしか買えません。「パッションフルーツ」をまさか自分の家で育てることが出来るなんてと、もう実った様子まで想像しています。「ホラパー」は「タイバジル」です。タイ料理には欠かせません。「ホラパー」だけをタイの魚醤「ナンプラー」で炒めただけでも美味しくいただけます。どうやって食べようかと芽が出る前から頭の中でぐるぐる。

 珍しい種を扱っているお店から取り寄せられた種です。海外の種は時として日本の気候に合わないことがあります。気温さえ押さえればと思うのですが、そこは自然の生き物です、思うようにはなりません。

 「種の贈り物」は手間がかかりますが、最高に嬉しい贈り物の一つです。種蒔きはまだ先、芽が出てくれるかな?どこに植えようかな?どうやって食べようかな?私の夢は膨らみます。

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「カワハギ」のお刺身

2021年02月27日 04時00分06秒 | 日々のこと

曇、8度、52%

 旬を迎えた「カワハギ」です。昔はよく見られた「カワハギ」です。今ではどこの魚屋さんでも並んでいるというわけではありません。店によってはびっくりするほどの値段がついています。香港にいる主人が「カワハギのお刺身をこの冬に食べなさい。」と再三言って来ています。鮮度によってはお刺身では食べられないこともあります。昨日も「カワハギ」を探して4軒ほど魚屋を回りました。

 「味噌汁だね。」「煮たほうがいいよ。」と刺身は遠のきます。最後のお店で値段も程よい「カワハギ」を見つけました。お店には誰もいません。奥に向かって、「カワハギはお刺身で食べられますか?」と私。奥から「食べられるよ。」と返事が。「お造りしてもらえますか?」と私。「いいよ。」と言いながら小さなおじさんが出て来ました。実は「カワハギ」をさばいたことがありません。目の前でさばいてくれると思いきやおじさんは奥に「カワハギ」を連れて行きました。

 「カワハギ」はフグ科の魚です。皮が厚くて手で引いても剥がせるそうですが、そこを見たかった。香港では大きな「カワハギ」が売られていました。お煮付けにするとホロリと身が崩れます。淡白な白身の魚です。小さい頃は干物になった珍味のようなものをよく食べました。甘辛く、裂きながら食べます。身は細かい筋状になっていて、お酒の当てに売られているのですが、おやつとしても美味しかった記憶があります。

 「カワハギ」の薄造りを持っておじさんが奥から出ていました。トレイに綺麗に並べられています。「肝はさっと湯がいて食べるといいよ。ポン酢でね。」と言葉を添えてくれました。

 生の肝を見てちょっと手が出ません。濃厚な味がしそうです。肝はお味噌汁に入れようと冷凍庫へ。ポン酢は生醤油に庭のレモン汁を落としました。 「カワハギ」のお刺身は初めてです。ほんのりと甘みがあり、脂気のない美味しさです。「日本酒が合うなあ。」と思いながらワインを口に運びます。ポン酢でなく「カルチョッパ」のようにオイルで和えると「カワハギ」の薄造りもワインに合う一品になりそうです。

 今が旬の魚も魚屋の店先を飾る数が減りました。魚自体が高価になって来ました。さばいてくれた魚屋のおじさんが「これ天然だからね。」と一言。初めて養殖「カワハギ」があることを知りました。

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唐津焼 「陶板」

2021年02月26日 04時39分43秒 | 身の回りのもの

雨、8度、90%

 今月12日は中国では新春、「年初一」つまり元旦に当たりました。この日、我が家はちょっとした買い物をしました。2月に入って主人から「唐津焼の展示会に行きなさい。」と知らせが入りました。私はその作陶家の名前を知りませんが足を運びました。会場はデパートの美術画廊、お客はまばらです。酒器、お茶道具、花器、唐津焼らしい色の作品が並んでいます。先客と思しき人と作陶家の方は話に余念がありません。時折その会話が漏れ聞こえます。

 男性らしい大振りなものが多く、茶道具にはいい値段が付けられています。年譜を拝見すると十歳ほど私よりお若い作陶家です。酒器、茶道具にはピッと来るものがなかったのですが、一枚大きな皿に目が行きました。買うつもりはなく、見るだけのつもりです。大きさを会場の女性に測ってもらっていると、作陶家の方がご挨拶にみえました。「なんだかお商売人さんだわ。」と心で思います。「陶版」の写真を撮らせていただいて、会場を後にしました。家に帰り、主人に見に行ったことを「陶板」の写真を添えてメールしました。すぐに返事が来ました。「買いなさい。」

 

 そんなわけで、中国春節の日に唐津焼の「陶版」を買いました。会場に並んでいた数多の作品の中でどうしてこの陶版に目が吸い寄せられたのか、理由があります。陶器を見る時、どうしても土を見る癖があります。小学生の頃、両親が焼き物を作るため「小石原」の窯元に泊めてもらっていたことがありました。今と違い山中を時間をかけて「小石原村」に行きました。私も作らせてもらえるのですが、私の興味は「土作り」でした。水車の力で「皿山」から取り出した土を砕きます。その土を水に沈めて泥を取り出し、干して練り上げたのが「陶土」です。この過程が楽しくてよく手伝わさせてもらいました。

 最近はいい「陶土」が手軽に買うことが出来るのだそうで、「陶土」を作らなくても作陶ができるのだそうです。土地土地の性質を伝える「土」それを使っての作陶は土着のものだと思います。今回求めた「陶版」は周りがざっくりと土が出たままです。 色、質ともに土は様々ですが、この土の表情に強く惹かれました。

 購入を決めてからが大変です。主人とLINEでこの「陶版」に何を盛るか、厚切りの肉をとか、鯛のお造りをとか、伊勢海老をどーんとなどと散々二人して想像します。熱いものを盛るときはオーブンで軽く予熱して、冷たいものを盛るときは水を吸わせて冷蔵庫で冷たくしてなどと手順まで考える私です。

 箱書きが終わっていないとのことで、届けられたのは昨日でした。選んだのは私、支払いは主人です。主人は来月に来る記念日の贈り物と思っているかもしれません。私はこの一年、帰国もままならず香港で立ち上げた会社を守ってくれた主人への感謝の気持ちでした。主人の下で働いてくれている方たちもいつかこの家に招くつもりです。大変な中、よく耐えてくれたと主人をはじめ会社のスタッフに感謝しています。

 春のはじめを記念して求めた「陶版」が食卓に上るのは先になりそうです。それまで、玄関を飾ってもらいます。

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お茶の味

2021年02月25日 04時00分18秒 | お茶

曇、7度、78%

 香港にいた頃は日本からのお土産で「緑茶」をよくいただきました。「帰国したらお茶を買うことになるわね。」と思っていたところ、ここは日本です、「緑茶」を事ある毎にいただきます。帰国して4年、まだ日本茶を自分で求めたことがありません。

 先日、地元八女茶の「玉露」をいただきました。 包み紙を解くと「玉露」の字が見えます。その途端、口の中でまるやかな甘い緑の玉が転がるような感覚を覚えます。「玉露だわ!」と急いで封を切りました。

 「お煎茶」「玄米茶」「ほうじ茶」どれもそれぞれに好きです。食事の後の「ほうじ茶」のホッと感、外から帰って「お煎茶」を一杯、今日のお饅頭には「玄米茶」と言った具合です。一日、紅茶、日本茶、コーヒーをその時の気分でいれます。最近気付いたのですが、本当にお茶の美味しさが分かるようになったのはこの数年です。「紅茶」だって、色、香り、渋みからどこの産の茶っ葉か分かるようになりました。「中国茶」の微妙な甘みも舌が感じます。葉の大きさ、捻り具合、茶の色で少しづつ茶の種類が言い当てられるようになりました。「日本茶」も帰国後、全国のお茶をいただくのでその特徴が分かるようになりました。香りや茶っ葉の色は産地で違います。それがお湯をかぶると、はっきりと産地の持つ特徴を出して来ます。

 八女の玉露は緑濃く、葉自体からの香りも最高です。とろりと急須から滴る緑の雫を最後の一滴まで楽しみます。「抹茶」、「玉露」は緑の色が心と体にストレートに落ちていきます。「紅茶」「中国茶」では味わえない色彩です。

 歳を重ねて、やっと「お茶の味」が分かるようになった事、一服のお茶を楽しむことがどれだけ心と体に潤いをもたらしてくれるか、しみじみと湯呑みを手に思いました。 

 若い頃、喉の渇きを癒すためゴクゴクと飲んだお茶の美味しさもまた格別でした。日本人は「日本茶」「紅茶」「中国茶」どれもを楽しむことができる繊細な民族です。今日もまた、ちゃんと座って湯呑みを持つ「お茶」との時間を大切にしたいと思います。

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キャンプチェアー

2021年02月24日 04時00分02秒 | 身の回りのもの

晴、8度、74%

 春先から蚊が出る頃までのふた月ほど、お天気の良い日には庭で本を読みます。家の中の椅子を持ち出して日当たりを見ながら場所を決めます。土に足を置いての読書は家の中のそれとは全く違う感じがします。見上げると木々の梢に空です。この開放感が大好きです。

 ぐるりの庭があるのに、庭用の椅子やテーブルを持ちません。家の中には椅子だらけです。重い椅子を持ち出す私の様子を察して、「キャンプ用の椅子を買いなさい。」と主人がブランドまで指示して来ました。

 日本を離れる前には一通りのキャンプ用具を持っていました。香港に向かう荷物の中にはテントも寝袋も入れました。今では野外の調理器具しか残っていません。帰国してホームセンターに行くと、昔とは比べ物にならないほどの軽量化、組み立ての簡素化されたキャンピング用品が並んでいます。キャンプに使用するばかりか、災害時のために買い揃える人がいると聞きました。

 肌寒い中、庭で本を読んでいると、頼んでいたキャンプチェアーが届きました。配達のおじさんから受け取る時、「これ何だろう?」と思うほど小さな軽いパッケージです。  腰に下げて歩けるほどのパックが出て来ました。

 中には、 椅子のシートと骨組みです。骨組みは組み立てるのかと思えば、自然に形作られるように設計されています。ちょっと力を入れてシートを張れば出来上がり。軽いのなんのって。腰が深く入り、思ったより低い椅子です。ずっと地面に近くなりました。 主人に写真を送ると、「ココを座らせて。」と言って来ました。 ココはモモとは違い高いところが苦手です。決して飛び乗ろうとはしません。そこで私が「よいしょ。」怖くて固まっています。それに椅子自体が軽いのでココの動きで安定しません。すぐに下ろしました。

 今から5月の初め頃まで、日の当たる日はこの椅子が庭に登場します。地面に座るのも大好きですが、すぐにお尻が冷たく、痛くなります。海辺や郊外に出る時、荷物にならず持って行けます。もちろん主人の分も合わせて求めました。

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香る沈丁花、燃える桃の花

2021年02月23日 04時00分07秒 | 

晴、14度、58%

 2日続けて福岡地方は20度を越す陽気でした。昨日は5月下旬の気温だったとか、半袖で十分なほど暖かでした。暖かだと不思議に人の表情までも明るく見えます。寒さ、コロナで何かしら人々の気持ちは抑えられていたのでしょう。晴れた青空と暖かな風は肩の力が抜けて緊張感を緩ませてくれました。

 気温に敏感に反応したのは植物も同じです。開きかけていた蕾は一度に咲き揃います。中でも春一番の香りの花「沈丁花」はその甘い香りを漂わせています。高木ではありませんから、道で香ってもその姿は塀の中、その香りの姿を想像しながら歩きます。白い「沈丁花」よりややピンクの方が香り立つように思います。この「沈丁花」を今の内、胸一杯に吸いたいばかりに窓を開け放し、本読むのも針仕事をするのもデッキか座敷の縁側です。意外に「沈丁花」の花をご存じない方が多いように思います。秋の「金木犀」梅雨時の「くちなし」に並ぶ香木です。今年3年目、花がたくさん付きました。数枝切って、部屋の中にも飾ります。香る花が庭にある間はそわそわと落ち着かない私です。

 日が暮れて、また庭をひと回り。昼間6分ほどだった「花桃」が全開しています。ライトに当てられ燃えるように見えました。 モモさんの記念樹、4年目にして大きく花をたくさんつけてくれました。「嬉しい!今年の桃の節句はこの花を飾ろう。」そろそろお雛様の準備です。自分の庭の花を添えることが出来る喜びを感じています。

 今日からまた例年並みの気温に戻るそうです。こうして一進一退、春の足音が聞こえます。

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「WHERE THE CRAWDADS SING」 ザリガニの鳴くところ ディーリオーエンズ

2021年02月22日 04時00分17秒 | 

晴、15度、78%

 一昨年でしたか「ニューヨークタイムズ」のブックランキングで一年近く上位を占めていた本がありました。気になっていたのですが頼んでいた本が次々に届きました。やっと昨年末手に入れました。ディーリアオーエンズ、女性作家が書いた「WHERE THE CRAWDADS SING」です。 ニューヨークタイムズのブックレビューでも幾度か取り上げられていました。この本が届く前、早川書店の翻訳書が本屋に積まれているのを見ました。日本でも売れている本だそうです。

 アメリカノースカロライナ州の湿地で青年の死体が発見されたことから話は始まります。子供の頃家族に置き去りにされ一人で湿地で生きてきた女性「カイア」が犯人ではと話は進みます。死体発見に始まる話、ミステリー小説かのようですが読み進めて行くとその自然描写の美しさや小さい女の子「カイア」が自然の中で生きて行く様は決してミステリー小説とは言い切れないものがあります。「カイア」の6才ごろから64才で亡くなるまでの話です。亡くなった後わかるいくつかの「カイア」の秘密、たった数ページですが本の最後に醍醐味を感じました。

 ある書評では男性必読などと書かれていましたが、この本は女性こそわかる本ではないかと思います。最後の数ページに行き着かなくとも女性なら話に伏せられたいくつかの暗号のようなものでそれを察知します。話のうねりが「ああ、収まるところに収まった。」と納得するわけです。

 アメリカでもミステリーかロマンスかと取り沙汰されていました。読む人の受け取り方でしょう。日本では「ネタバレ」などと書かれた書評がありました。「ネタバレ」好きな表現ではありません。自然の中で一人生きて来た女性の心の内を覗く話です。私にとっては自然の匂いとともに人一人の人生を重く味わった本でした。

 映画化が決まっているそうです。映画になると時にはイメージが違いすぎてがっかりすることがあります。「カイア」を演じる若い女優がどこまで見せてくれるか、映画にも期待しています。

 

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義父の七回忌

2021年02月21日 04時01分05秒 | 日々のこと

晴、15度、80%

 二月は両方の父の命日があります。私の父は既に五十回を数えました。義父が逝って六年、七回忌が昨日でした。

 福岡西にある小高い墓地に向かいました。霞んでいますが、快晴です。暖かな風が吹いています。春一番です。お彼岸、お盆、命日、年末といつも私一人で墓参します。この墓地はそれぞれの墓の管理は持ち主に任されていますので、年末の花がすっかり枯れて花立てに入ったままです。春らしい「スプレー菊」に入れ替えました。

 今年は寒かった割には山が冠雪していません。緑が芽吹く前のような山です。墓地には墓の撤去の工事の人と私だけです。ここからの眺めは福岡の西半分からぐるっと回った博多湾の東までが見通せます。中心部は右山斜面で隠れています。見る限り建物、田畑は全く見えません。この街も大きくなったものです。義父はいい場所に眠っています。手を合わせて主人が来れないことを詫びました。

 墓から海に近い主人の実家に向かいました。人が住まなくなって既に1年以上、家の空気がどんよりと重さを増してきました。月に何度か郵便物を取りに行くのは私です。他の家族が訪れた様子はありません。仏壇の掃除をしてお線香をあげて、出てきました。義父も父も私一人で供養です。

 「命日」とは本当に綺麗な言葉です。命を閉じた日です。私は自分の命日を息子が覚えていてくれないくらいがいいと思います。普通の人間は死んだら忘れ去られて十分、「命日」だからと墓参されるより何かの拍子にふと思い出してもらう方が嬉しいと思います。私が好きだった花を見た時、空を見上げた時そんな瞬間に私を思い出してくれたらどんなに嬉しいでしょう。義父や父には私一人を詫びますが、自分に振り返れば「命日」は私の終わりでいいと思います。

 空の明るさもあって、気持ちが晴れやかな日でした。主人の実家から我が家へは一番海側、博多湾が見える道を選びました。窓を全開にして春浅い海の匂いです。逝ってしまった人を偲ぶのは、こうした海の青さや空の色を見ながら心の中でと思います。

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レンズ豆と牛すじのシチュー

2021年02月20日 04時00分03秒 | 昨日のお昼ご飯

晴、7度、76%

 香港にいた頃、主人とよくメキシコ料理の店に通いました。行き始めると通い詰める傾向が我が家にはあります。通い詰めた割にはいまだに料理の名前がすぐには出てきません。その店の料理の脇に添えられていた小さな「黒豆」を思い出しました。美味しいと思って思い出したのではありません。すっかり忘れていたほどですから。世界中多くの「豆」が食べられています。「豆」が主食の地域もあるほどです。日本には美味しい「豆」がたくさんあります。私は「豆」をメインに料理を作ることがあります。「豆」好きです。

 久しぶりに「デミグラスソース」を作りました。鶏ガラ、牛すじ、野菜をコトコト5時間ほど煮て作る「デミグラスソース」はあると重宝します。「シチュー」はもちろん隠し味に使うと味に奥行きが出てきます。残った「牛すじ」はすっかり柔らかです。いつもはパスタと合わせて食べますが、手元にあった「レンズ豆」と煮込んでみました。 「レンズ豆」は小豆に似た豆質です。小豆同様、水に漬けなくてもそのまま煮ることも出来ます。ナイフなどいらないほど口の中でほろりと崩れる「牛すじ」と1時間ほど煮ます。「レンズ豆」は弾けて全体がとろりとします。私の「デミグラスソース」はトマトペーストを多く使うので全体がトマト色です。お味はお塩と黒胡椒のみ。たった一皿の「レンズ豆と牛すじのシチュー」がお昼ご飯です。

 お米も小麦粉もお豆も立派に主役を果たします。「黒豆」はやはり日本のお豆の王様ですが、私は大きな「紫豆」が大好きです。どの「豆」も茹でただけをまず食べます。「豆」に元気をもらいます。

 

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雪も降ります、風も吹きます。

2021年02月19日 04時00分10秒 | 日々のこと

曇、1度、72%

 福岡地方、雪が丸2日降りました。大雪ではありません。ふっと陽が差すこともありますが、また雪が舞っています。昨日など気温が上がらず、 寒い一日でした。たった数日前、 もう春かと思うほどの陽気だったので気温差に体がついていきません。体より精神的に落ち込みました。

 小さい頃から日本海に面した福岡の冬空が嫌いでした。重くのしかかるような雲が広がり、海からの北風が強いのが福岡の冬です。

 この3日、雪だけでなく強風でした。寝ていても外の風の動きがわかります。木々が揺れる音、雪の前の雨が風と共に屋根を強く叩く音。外に出ると、風に体が煽られます。突風に出会うと、小さな私の体は前に進むことが出来ません。後ろに吹き戻される程です。

 風が強いこともあり、雪は降ってもすぐに吹き飛ばされ積もることはありませんでした。庭の花たちも雪化粧しました。咲き始めたばかりの花たちが心配で見て回ります。雪にも風にも寒さにも負けずに元気です。ホッとして家に入ります。風のせいで古いこの家の建具が「コトコト」音を立てています。隙間風です。一日中、暖房を入れていますが、足元はうすら寒く感じます。

 やっと雪が止み、風も収まりました。たった3日の雪空、気持ちが萎えかけていました。北の方達の雪が積もりその中での生活を思うと、南の雪なんて大したことではありません。雪かきをする必要はありません。北国の人の冬の生活の厳しさは身体的にも精神的にも大きな負担があるだろうと察します。私は堪え性がないのです。庭に舞う雪を見ながら、60歳を過ぎても生まれ育った土地を疎ましく思う自分に呆れていました。

 

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