尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「ゼロ歳児選挙権」という暴論ー吉村知事発言考

2024年05月21日 21時54分12秒 | 政治
 河村名古屋市長に続き、今度は吉村洋文大阪府知事の「ゼロ歳児選挙権」発言を取り上げたい。ネット上では取り上げられているが、大手新聞やテレビニュースは報じてないから、もしかしたら知らない人がいるかもしれない。最初はSNSへの投稿だったらしいが、4月25日の記者会見で「少子化問題を抜本から解決するのであれば、0歳児選挙権だ」と言及。子どもが3人いるので「僕は4票の影響力がある」と述べたらしい。「マニフェストに組み込んで、次の総選挙でしっかりと訴えたい」と言ってるとか。

 まともなマスコミがスルーしているのは、これが実現不可能だと知っているからだろう。僕も最初はジョークなんだと思っていたが、マニフェストなんて言ってる。まあ、どこかでストップがかかるだろうけど、全く理解不能。この人は「弁護士」である。ちゃんとした法学教育を受けているはずだが、憲法の勉強をしてないのか。もっともこの人は悪名高き「サラ金」武富士の顧問弁護士だった人である。(武富士は10年以上前に破綻したので、10代だと知らないかもしれない。もう少し上なら、街頭でティッシュを配っていたのを覚えているはず。ちなみに、武富士の高校生用求人票は凄まじいものだったな。)

 何で不可能かというと、日本国憲法の規定。憲法第十五条の2項公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。」よって、成人してなければ選挙権は行使出来ない。ちょっと憲法を知っていれば、あるいは憲法の条文を知らなくても常識さえあれば、成人にしか選挙権がないぐらいのことは判るだろう。

 なお、ここで「普通選挙」とある。これは財産や身分に関わらず(公職選挙法違反で公民権停止中など特別の理由がない限り)、すべての人に選挙権が平等に与えられるということである。「子どもの有無」「子どもが何人いるか」で選挙権に差を付けるのも憲法違反である。また同じ条文の4項には「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない」と規定している。だから、仮にゼロ歳児に選挙権を与えても、本人以外が投票権を行使したら憲法違反になる。
(ゼロ歳児にも選挙権?)
 しかし、仮にではあるけれど、この条項を「憲法改正」で変えたらどうなのか。しかし、それも無理である。第十四条で「すべて国民は、法の下に平等」と定められている。次の衆院選から選挙区が一部変更され、「10増10減」となる。最高裁で現行の区割りが一票の平等に反するとして、何度も違憲判決が出たことにより「一票当たりの価値」を出来るだけ平等にするように変更されてきた経緯がある。変更しても問題は残るが、それぐらい「一票の価値」が大問題になってきたのは国民の常識。

 ある人は子どもが1人いるから親が2票、ある人は子どもが3人いるから親が4票なんていうのは、明らかに「法の下の平等」に反する。このような憲法の基本原則、基本的人権の尊重を損なう憲法改正は出来ない。いや、国会の3分の2,国民投票の過半数があれば、何でも変えられるというかもしれない。しかし、国民が賛成したから「民主主義はやめて、日本を独裁国家にします」という憲法改正は出来ない。為政者が仮に企んでも、その場合は国民の「抵抗権」によって阻止しなければならない。

 もうこれで終わりでいいんだけど、実はもっと考えるべきことがある。それは「維新」の体質発想の特異性である。吉村氏はゼロ歳児選挙権が「少子化対策の解決法」だと主張している。どうすればそういう発想になるんだろうか。選挙権をいっぱい行使したいから、子どもをたくさん産む人なんているのか。子どもが多い人の意見が今より政策に反映するのかというと、特にそんなことになるとも思えない。子どもがいる人は特にどこかの党の支持者が多いのか? いや、同じような割合だと思うけど。(それとも皆「維新」に入れると思ってるのかな?)

 それに吉村氏は自分が4票投票できるかのように語っている。これはネット上でも指摘されているが、なんで自分が全部行使出来るのか? 離婚して3人の子の親権を吉村氏が持っているのだろうか。違うでしょ。「夫婦」では、子どもの選挙権は夫が代表して行使するんだと、無意識的に前提しているとしか思えない。

 それより一番大きな問題は「民主主義への理解不足」である。日本は「議会制民主主義」の制度である。問題点が多いのは間違いない。例えば、沖縄の基地問題を沖縄県選出以外の議員が決めてしまって良いのか? しかし、良いのである。今の政権が進める政策内容の是非とは別である。今の基地政策には問題が多いが、選挙で選ばれた内閣が自分たちの政策を進めるのは、それが仕組みだというしかない。様々な問題で「当事者の声」をよく聞くべきだけど、政策は当事者だけでなく「全国民の代表」で決めるのである。

 「未成年」は判断能力に問題があるから、投票の権利はない。だが、それは何歳からかというのは別問題。各地には住民投票の選挙権を16歳からとしているところがある。また他国には国政選挙権も16歳という国もある。引き下げるかどうかの問題はある。しかし、その場合も「本人が投票する」のが前提である。それが民主主義の原則だからというしかない。

 それを理解してない人が「思いつき」のようなことを言い出す。そう言えば、「大阪都構想」というのも僕には「思いつき」としか思えなかった。その系譜から「大阪万博」や「カジノ」も出て来ているんじゃないか。その意味で「維新」の「思いつき政治」を象徴するようなものだと思う。
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