尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「ミナリ」、韓国系移民の「アメリカン・ドリーム」は…

2021年03月24日 22時06分40秒 |  〃  (新作外国映画)
 「ミナリ」という映画が注目されている。アメリカ映画だけど、セリフのほとんどが韓国語なので、ゴールデングローブ賞では作品賞の対象から外されて「外国語映画賞」を受賞した。この対応が批判されたからか、アカデミー賞では作品、監督、脚本、主演男優、助演女優、作曲と6部門でノミネートという快挙となっている。日本では3月19日に公開されたので早速見に行った。

 監督・脚本のリー・アイザック・チョン(1978~)は、公式サイトを見ると「コロラド州に生まれ、アーカンソー州リンカーンのオザークにある小さな農場で育つ」と出ている。映画の舞台はアーカンソー州の農場だから、これは監督の自伝的な設定なのだろう。今までに3本の作品があるようだが、日本未公開なので名前も知らなかった。新作は「君の名は。」の実写版リメイクなんだという。脚本が評価され、「ムーンライト」など作家性の強い作品を作ってきたA24とブラッド・ピット率いるPLANBという2社が組んで製作した。

 1980年代のアメリカで夫婦と幼い子2人が田舎をドライブしている。前にトラックがあって、荷物を運んでいる。引っ越してきたと判るが、家がトレーラーハウスなのに驚く。家の周りは広い草地で、夫はこの環境がいいと喜ぶ。しかし妻は勝手に進める夫に不満がある。下の子のデヴィッドは心臓に病気があって、もっと病院が近いところに住むべきだという。夫のジェイコブはスティーヴン・ユァンで、「バーニング劇場版」の主演だった人。妻のモニカはハン・イェリで、韓国で映画・ドラマに活躍しているという。上の子のアンだけではデヴィッドの面倒が見られないから、結局韓国から妻の母を呼び寄せることになる。
(一家5人が揃って)
 この祖母が傑作で、演じたユン・ヨジョン(1947~)はアカデミー賞助演女優賞の有力候補となっている。キム・ギヨン監督「火女」でデビュー以来、数多くの映画、ドラマで活躍してきた人で、70歳を過ぎて世界でブレイクした。祖母は韓国から大量の食材を持ち込み、粉唐辛子や煮干しに娘が歓喜する。家の間取りの関係で、祖母はデヴィッドと同室になる。しかし、韓国の煎じ薬をデヴィッドに飲ませるので、デヴィッドはおばあちゃんは韓国臭いと毛嫌いする。そんな関係がゆっくりと次第に変わっていく様を映画はじっくりと見つめていく。
(ブランコで遊ぶ姉弟)
 夫婦は以前カリフォルニアにいて、ヒヨコの雌雄鑑別をしていた。(雌だけ残して雄は処分されるらしい。)アーカンソーでも最初は同じ仕事をしている。ジェイコブは名人でさっさと進められる。しかし、本当にやりたいことは農地を切り開いて、韓国野菜を育てることだった。仕事の合間に開墾を進めるが、まずは水の確保。現地の農民は「ダウジング」で水場を探そうとするが、それは迷信だとしてジェイコブはデヴィッドを連れて水を探り当てる。手伝いにポールに来て貰うが、ポールは独自のキリスト教を信じていて悪魔払いをしたりする。しかし、朝鮮戦争の経験者でキムチも好きだという。この人の存在感は大きく、深南部の雰囲気を感じさせる。

 竜巻が襲ったり、水が不足したり、韓国ともカリフォルニアとも違う環境に戸惑いながら、少しずつ野菜も育っていく。しかし、同じく少しずつ夫婦の間にも亀裂が入っていくのである。大きなドラマが起きるというより、ほとんどが韓国語で一家の行く末を描いていく。面白くないかというと、それが決して退屈ではない。彼らは地域で孤立しているが、地域に溶け込もうと教会に行ったりもする。ヒヨコ孵卵場には韓国人もいて、何で韓国人教会を作らないのかとモニカが聞く場面がある。答えは韓国人教会が嫌な人がここまで来たのだというのである。
(祖母がセリのタネをまいた川辺)
 映画半ばで題名の「ミナリ」の意味が判る。それは韓国の「セリ(芹)」のことだった。映画を見ているときは判らなかったが、公式ホームページを見ると「たくましく地に根を張り、2度目の旬が最もおいしいことから、子供世代の幸せのために、親の世代が懸命に生きるという意味が込められている」とのこと。この家族は夫が夢追い系だが、末っ子に病気がある。そこに韓国から祖母がやって来る。祖母からすれば、自然の中を走り回ることも止められた孫を不憫に思うのは当然だ。ラスト近くの展開は予想を超えて、しかし深い余韻が残る。

 1984年に作られたペ・チャンホ監督「ディープ・ブルー・ナイト」という映画があった。大鐘賞で監督賞、主演男優賞(アン・ソンギ)などを得た傑作である。その映画では「アメリカン・ドリーム」を目指して偽装結婚するカップルがテーマになっていた。この映画もちょうど同じ頃、レーガン時代のアメリカを舞台としている。韓国人はその頃外国、特にアメリカに移住する人が多かった。いろんな理由があったんだろうけど、多くは都市に定住しただろう。この映画のように南部で農業をやったというのは珍しい。彼らの「アメリカン・ドリーム」は実るのか、潰えるのか。

 アカデミー賞最有力と言われる「ノマドランド」は中国系女性監督クロエ・ジャオが作っている。アメリカでアジア系映画人の活躍が目立つようになっている。日本でも注目していく必要がある。
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