ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

良心的裁判役拒否(連載第5回)

2011-09-17 | 〆良心的裁判役拒否

理論編:裁判員制度の仕掛けを見抜く

第3章 審理・評決法の欠陥

(1)糾問裁判への回帰
 あなたや私が被告人であったとして、裁判員のメンバー構成にはほとんど期待できないとしても、審理・評決法がそれなりに練られたものであれば、そこに一縷の望みをかけてもよいでしょう。しかし、そんな望みもあっさり打ち砕かれてしまうほど、裁判員制度は肝心要の審理・評決法に関しても欠陥を抱えているのです。
 まず審理法に関する最大の問題は、戦後司法改革の最大成果として憲法・刑事訴訟法の大原則となっている当事者主義の訴訟構造を大きく改変・制約してしまっていることです。
 当事者主義は、冤罪や不当な厳罰を防止すべく、戦前の裁判所主導の権威主義的な糾問裁判の方法を改め、とりわけ被告人の防御的弁論権(黙秘権を含む)を保障するところにその主眼があります。そのために、当事者主義の審理は裁判所側による被告人訊問(質問)ではなく、検察側と被告・弁護側の対論を軸に展開されていくことが基本となります。
 しかし、たくさんの争点をめぐって当事者間で対論していたら、裁判員制度が狙う数日というような超短期審理はとうてい実現しませんから、「争点を絞らせる」という名目で、新たに「公判前整理手続」なる制度を刑事訴訟法上に新設し、裁判員裁判の対象事件については必ずこの手続を経るものとし、ここで実質的な先取り審理をしてしまおうとしています。
 この手続では証人尋問を含む一定の証拠調べまで予定されているため、単なる公判準備手続の域を超え、実質的な「予備審理」の性格を持っています。にもかかわらず、この手続は完全非公開で行われるため、被告人の公開裁判を受ける権利を保障する憲法37条1条に違反する疑いも生じてきます。
 そればかりではありません。こうして非公開審理で半ば方向性の決まった事案をおもむろに裁判員裁判にかけたうえ、今度は裁判員による被告人質問を大幅に取り入れた審理をするのです。
 先に述べたように、当事者主義の審理では当事者間の対論が軸で、裁判官であれ、裁判員であれ、裁判者側の被告人質問は例外的・補充的なものにとどまります。一方、被告人には包括的な完全黙秘権が保障されています(刑事訴訟法第311条1項)。実際、裁判員法上も、裁判員による被告人質問は「刑事訴訟法第三百十一条の規定により被告人が任意に供述する場合には」という限定の下、例外的に認められているにすぎないのです(同法59条)。
 ところが仄聞するところによると、裁判員裁判では裁判員全員が被告人質問を繰り出すことが常態化しているようです。中には、相当に追及的・攻撃的な質問を向ける裁判員も存在するようです。もちろん、被告人は黙秘権を行使して応答を拒否できますが、「本当は犯人だから/反省していないから沈黙している」という印象を与えることになりかねません。
 ちなみに、裁判員裁判では裁判官と裁判員が全員、被告人の正面の法壇に横一列に着席する配置をとっていますが、原則形態では裁判官3人、裁判員6人の合わせて9人もの人間がズラリと法壇に並んで被告人を見下ろすという構図自体も威圧的で、当事者主義にふさわしいものではないように思われます。
 以上のような裁判員裁判の審理法を見ると、それは当事者主義の原則を逸脱し、旧式の追及的な糾問裁判へ回帰しようとしているとしか言いようがありません。しかし、これも裁判員制度が「犯罪との戦い」という法イデオロギーに沿って重罪裁判で迅速な厳罰を下すことを狙った特例的制度であると理解するなら、十分にうなずける意図的な「逸脱」なのです。

(2)奇数・僅差評決法の問題性
 裁判員制度は、最終的に判決の内容・結論を決める評決法にも重大な欠陥を抱えています。それは裁判官と裁判員を合わせた奇数人員(原則9人、例外5人)で、なおかつ単純多数決によるわずか一票差(5:4または3:2)の僅差判決で有罪・死刑判決まで出せるように仕組まれていることです。
 このように非常に安易な評決法が採られているのも、もう容易に想像がつくように、最短期間で評決に達することで迅速な処罰を可能とするためにほかなりません。
 しかし一票差などというものは、メンバー構成が一人違っていただけでも全く正反対の結論に転んだかもしれない可能性が高い点で、裁判の評決としては全く信頼の置けないものです。
 その点を考慮してか、裁判員法は多数意見に必ず最低一人は職業裁判官(及び裁判員)が加わっていなければならないと定めているので(同法67条1項)、例えば有罪意見5人、無罪意見4人となった場合に、多数派5人全員が裁判員であったときは、一転して多数決ならぬ「少数決」によって無罪の結論となるのです。
 このようないささかわざとらしい変則的な規定をもってしても、僅差評決の問題性は解消されないでしょう。なぜなら、職業裁判官が一人加わったからといって、それだけで僅差の多数意見の正当性が増すわけではなく、評議が十分に煮詰まらない間に一票差で結論を出してしまう安易さに変わりないからです。
 もっとも、職業裁判官の裁判でも3人の合議で2:1の一票差評決をしているわけですが、9人制で2:1の比率に相当するのは6:3です(5人制の場合は2:1に分けることが数学的にできないので、4:1とするしかない)。6:3は9人制では特別多数決の最低ラインですから、せめてこれくらいの規準は定めておくべきなのに、それすらしようとしないのは、裁判員制度がどこまでも迅速さを至上命題としていることの表われです。
 本来からいけば、有罪評決や死刑評決のように、被告人の運命を決定づけるような評決をするには全員一致制を定めておくのが真摯な立法態度ではありますが、こと裁判員制度に関する限り、そんなことを期待するのは無駄のようです。


コメント    この記事についてブログを書く
« 放射線差別について | トップ | 死刑廃止への招待(第5話) »

コメントを投稿