仕事に飽いたのか、トム上杉侯爵が手を止めた。
メイドに熱いコーヒーを要求し、ウィル太田に目を向けた。
「なあ兄弟、この書類の山を見てくれ。
この山を。
忙し過ぎて最近は子供の顔を見ていない。
夜遊びもできない。
これでは兵を挙げる暇なんてないぞう」
コーヒーを飲んでいたウィルは咽た。
手慣れた感じで執事が後ろからハンカチを差し出した。
そのハンカチで口元を拭いてウィルは抗議した。
「まったく兄貴はもう、開始されてるんだよ。
関係各所に通達済みで引き返せないんだよ」
ウィルはトムの実弟。
上杉侯爵家から男子のいない太田伯爵家へ養子入りしていた。
トムは手元に運ばれて来たコーヒーカップを持ち上げた。
「いい香りだ。
俺を王にすると言うが、王になったらこの書類の山から逃れられるのか。
なあ兄弟、教えてくれよ。
約束してくれよ」
「秘書の数を増やせばいいだろう。
宮廷貴族と言う文官もいるし、何とでもなるだろう」
見兼ねたのか、侯爵の執事がウィルに言う。
「大丈夫でございます。
文官については心当たりがあります。
今回の騒ぎで潰された家の文官を雇えばよろしいかと」
代わりにウィルの執事が応じた。
「ほほう、そういう手がありましたか。
勉強になります。
当家でも雇いますかな」
トムが釘を刺した。
「俺の余りで我慢しろ。
必ず回してやるから」
「はい、楽しみにしています」
ウィルが真顔になった。
「兄貴、俺を恨んでるか」
「今さらか。
お前には唆されたが、脅かされたわけじゃない。
考えて決断したのは俺だ。
もう始まってる。
余計な事は考えるんじゃない」
「王家への通告は誰が」
「やらん。
そこまで親切にする事はないだろう」
「分かった。
粛々と進める」
「おう兄弟、頼りにしてるぞ」
相模地方を発した軍勢があった。
寄親・イドリス北条伯爵家軍二千、
常設の相模地方軍二千。
計四千を率いて伯爵は北上した。
下総地方を発した軍勢もあった。
寄親・アンセル千葉伯爵家軍二千。
常設の下総地方軍二千。
計四千を率いて伯爵は西に向かった。
二つの軍勢が到着したのは武蔵地方にある関東代官所。
代官所の係員に本館の隣の広大な草地へ案内された。
指定された箇所が野営地であった。
離れた箇所にもう一つの軍勢の姿も見られた。
地元、武蔵地方の太田伯爵家軍三千、武蔵地方軍三千、計六千。
彼等は既に設営を終えていた。
三つの軍の首脳が代官所の門を潜った。
通されたのは大会議室。
ウィルが仕切った。
「名札の席に座ってくれ」
伯爵三名にその執事三名。
各伯爵家軍司令官三名、副官三名、参謀三名。
各地方軍司令官三名、副官三名、参謀三名。
全員が腰を下ろした頃合いに続き部屋が開いた。
メイド達が出てきて、テキパキとお茶を配って行く。
大会議室が和んでいると新たな入場者があった。
代官とその執事。
代官所管轄下の関東軍司令官と副官。
副司令官と副官。
参謀と副官。
彼等にもお茶が配られた。
お茶を飲み終えたトム上杉侯爵が立ち上がった。
すると、合わせるように残りの者達も立ち上がった。
トムが口を開いた。
「同士諸君、王家の為にありがとう。
代々のご先祖様に成り代わって厚く感謝いたす。
本当にありがとう」
ありがとうとは口にするが、頭は下げない。
全員を、それがさも当然のように見回しただけ。
満足げに頷くと、腰を下ろすように指示した。
トムに代わり、関東軍司令官が立ち上がった。
アンドリュー熊谷伯爵。
元は武蔵地方の寄子・熊谷男爵家の三男。
平民に落とされるのを嫌い幼年学校に入学した。
士官学校を経て国軍に入隊。
その国軍で実績を重ねて順調に出世した。
そこをトムに見出された。
説かれて関東軍に転籍したのが五年前。
地元出身の強味である人脈を活かし、二年で司令官の座に収まった。
そのアンドリューが室内の全員を見回した。
「私は皆さんがご存知のように無駄が嫌いです。
言葉を飾る趣味は持っておりません。
単刀直入に申します。
まず、おはよう」
一人を除いて全く受けなかった。
トムが声を殺して、「プッ、ククック」と笑っているだけ。
他は引いた。
彼の幕僚達ですらそう。
伴って室温も急激に下がった。
現実に戻ったのはメイドの粗相のお陰。
お茶の入れ替えをしていたメイドが、
アンドリューの発言で持っていた湯呑を取り落したのだ。
「ガチャーン」
当のアンドリューは澄ましたもの。
どこ吹く風と言ったような風情でメイドを見た。
「そこのメイドさん、いけませんね。
湯呑を落としちゃいましたね。
ちゃんと後始末を頼みますよ」優しい声音。
メイドはペコペコ謝り、駆け付けた同僚達の手を借りて後始末した。
それを見送ったアンドリューは再び全員を見回した。
「兵は拙速と申します。
最前線になるであろうと思われる二つの地方では、既に動いております。
まず上野地方。
寄親のジェイソン宇都宮伯爵家軍が上野の掌握と、
道路閉鎖を開始しました。
ついで信濃地方。
こちらも寄親のテリー小笠原伯爵家軍が信濃掌握と、
道路閉鎖を開始しました」
メイドに熱いコーヒーを要求し、ウィル太田に目を向けた。
「なあ兄弟、この書類の山を見てくれ。
この山を。
忙し過ぎて最近は子供の顔を見ていない。
夜遊びもできない。
これでは兵を挙げる暇なんてないぞう」
コーヒーを飲んでいたウィルは咽た。
手慣れた感じで執事が後ろからハンカチを差し出した。
そのハンカチで口元を拭いてウィルは抗議した。
「まったく兄貴はもう、開始されてるんだよ。
関係各所に通達済みで引き返せないんだよ」
ウィルはトムの実弟。
上杉侯爵家から男子のいない太田伯爵家へ養子入りしていた。
トムは手元に運ばれて来たコーヒーカップを持ち上げた。
「いい香りだ。
俺を王にすると言うが、王になったらこの書類の山から逃れられるのか。
なあ兄弟、教えてくれよ。
約束してくれよ」
「秘書の数を増やせばいいだろう。
宮廷貴族と言う文官もいるし、何とでもなるだろう」
見兼ねたのか、侯爵の執事がウィルに言う。
「大丈夫でございます。
文官については心当たりがあります。
今回の騒ぎで潰された家の文官を雇えばよろしいかと」
代わりにウィルの執事が応じた。
「ほほう、そういう手がありましたか。
勉強になります。
当家でも雇いますかな」
トムが釘を刺した。
「俺の余りで我慢しろ。
必ず回してやるから」
「はい、楽しみにしています」
ウィルが真顔になった。
「兄貴、俺を恨んでるか」
「今さらか。
お前には唆されたが、脅かされたわけじゃない。
考えて決断したのは俺だ。
もう始まってる。
余計な事は考えるんじゃない」
「王家への通告は誰が」
「やらん。
そこまで親切にする事はないだろう」
「分かった。
粛々と進める」
「おう兄弟、頼りにしてるぞ」
相模地方を発した軍勢があった。
寄親・イドリス北条伯爵家軍二千、
常設の相模地方軍二千。
計四千を率いて伯爵は北上した。
下総地方を発した軍勢もあった。
寄親・アンセル千葉伯爵家軍二千。
常設の下総地方軍二千。
計四千を率いて伯爵は西に向かった。
二つの軍勢が到着したのは武蔵地方にある関東代官所。
代官所の係員に本館の隣の広大な草地へ案内された。
指定された箇所が野営地であった。
離れた箇所にもう一つの軍勢の姿も見られた。
地元、武蔵地方の太田伯爵家軍三千、武蔵地方軍三千、計六千。
彼等は既に設営を終えていた。
三つの軍の首脳が代官所の門を潜った。
通されたのは大会議室。
ウィルが仕切った。
「名札の席に座ってくれ」
伯爵三名にその執事三名。
各伯爵家軍司令官三名、副官三名、参謀三名。
各地方軍司令官三名、副官三名、参謀三名。
全員が腰を下ろした頃合いに続き部屋が開いた。
メイド達が出てきて、テキパキとお茶を配って行く。
大会議室が和んでいると新たな入場者があった。
代官とその執事。
代官所管轄下の関東軍司令官と副官。
副司令官と副官。
参謀と副官。
彼等にもお茶が配られた。
お茶を飲み終えたトム上杉侯爵が立ち上がった。
すると、合わせるように残りの者達も立ち上がった。
トムが口を開いた。
「同士諸君、王家の為にありがとう。
代々のご先祖様に成り代わって厚く感謝いたす。
本当にありがとう」
ありがとうとは口にするが、頭は下げない。
全員を、それがさも当然のように見回しただけ。
満足げに頷くと、腰を下ろすように指示した。
トムに代わり、関東軍司令官が立ち上がった。
アンドリュー熊谷伯爵。
元は武蔵地方の寄子・熊谷男爵家の三男。
平民に落とされるのを嫌い幼年学校に入学した。
士官学校を経て国軍に入隊。
その国軍で実績を重ねて順調に出世した。
そこをトムに見出された。
説かれて関東軍に転籍したのが五年前。
地元出身の強味である人脈を活かし、二年で司令官の座に収まった。
そのアンドリューが室内の全員を見回した。
「私は皆さんがご存知のように無駄が嫌いです。
言葉を飾る趣味は持っておりません。
単刀直入に申します。
まず、おはよう」
一人を除いて全く受けなかった。
トムが声を殺して、「プッ、ククック」と笑っているだけ。
他は引いた。
彼の幕僚達ですらそう。
伴って室温も急激に下がった。
現実に戻ったのはメイドの粗相のお陰。
お茶の入れ替えをしていたメイドが、
アンドリューの発言で持っていた湯呑を取り落したのだ。
「ガチャーン」
当のアンドリューは澄ましたもの。
どこ吹く風と言ったような風情でメイドを見た。
「そこのメイドさん、いけませんね。
湯呑を落としちゃいましたね。
ちゃんと後始末を頼みますよ」優しい声音。
メイドはペコペコ謝り、駆け付けた同僚達の手を借りて後始末した。
それを見送ったアンドリューは再び全員を見回した。
「兵は拙速と申します。
最前線になるであろうと思われる二つの地方では、既に動いております。
まず上野地方。
寄親のジェイソン宇都宮伯爵家軍が上野の掌握と、
道路閉鎖を開始しました。
ついで信濃地方。
こちらも寄親のテリー小笠原伯爵家軍が信濃掌握と、
道路閉鎖を開始しました」