食の旅人

~ 食べることは生きること、生きることは旅すること、そうだ食べることは旅すること~
  野村洋文

妊婦の方へ~

2017-07-31 10:32:55 | 日記

先ほど、妊娠6か月の方がいらっしゃいました。ちなみに、自分、妊婦の方の妊娠期が何か月かを言い当てるのが得意でして、ビンゴで、喜ばれることを至上の喜びにしております。 治療処置は、左下7番の抜髄でした。(麻酔をして、神経をとること) 基本、妊娠5か月以降は、赤ちゃんの器官形成期が終わっておりますので、局所麻酔(リドカイン)、痛み止め、に関して神経質になることはないと思います。 痛み止めの使用について、妊婦へのNSAIDs ロキソニンやボルタレン )は禁忌とされていましたが、最近の見解では、妊娠中期以降なら、問題にせずのようです。 ただし、妊婦の方の心理的問題が非常に重要ですから、自分は、アセトアミノフェン(商品名、カロナール)を処方し、「 痛み止めをお飲みになられても何ら問題はありません。 もしご心配でしたら、お飲みにならないほうがよろしいかと思います。(我慢できるのであれば) 」とご助言いたしました。 


この記事をはてなブックマークに追加

晩さん会

2017-07-30 19:30:15 | 日記

 晩さん会と聞きますと、即座に、宮中晩さん会を思い浮かべますが、明治以降、宴に出されるメニューはフランス料理と決められております。 我が国に限らず、どの国でも、国賓級のもてなしをする晩さん会のメニューはフランス料理です。  16世紀、フランスのアンリ2世に嫁いだ、イタリア・メディチ家のカトリーヌ・ド・メディチが、料理作法をフランス王家に伝授して以来の伝統であります。 そして、フランス料理を芸術の域までに高めたのは、カレームという人です。 カレームは、フランスの外務大臣タレーランの料理人でした。ナポレオンの敗北後、ヨーロッパ列強の代表が、敗戦国フランスの処分を決めるために、ウイーン会議に集まった時、(会議は踊る、されど進まず、で有名です。 同名の映画もあります)、タレーランは、カレームの料理を用いて、盛大な料理外交を展開し、フランスを救ったと言われております。  さらに、フランス料理を洗練し完璧にしたのは、エスコフィエという人です。 現代フランス料理の祖と言われるお方です。  コックの帽子は厨房での地位に比例して高くなり、料理長ともなりますと、50cmを越えることもあるようです。 それは、背の低かったエスコフィエが威厳を出そうとして考案したからだそうです。  東スポWEB に、「 ウィークエンドTV ニュースな晩餐会」(日曜午後7時58分)が、低視聴率のため9月いっぱいで打ち切られることが分かった」 とありましたので、とりとめもなく書き込んでみました。 あしからず。


この記事をはてなブックマークに追加

トイレットペーパーの三角折

2017-07-30 16:16:15 | 日記

先ほど、TSUTAYAの立ち読みで知ったのですが、トイレットペーパーの三角折の発案者は、銀座の最高級クラブ「 クラブ順子 」の順子ママ(田村順子さん)、のようです。 えっ!?と感嘆しました故、書き込みました。 あしからず。


この記事をはてなブックマークに追加

ポピュリズム

2017-07-29 20:36:00 | 日記

第二次世界大戦直後、アルゼンチンの大統領に就任して、労働者保護や需要産業の国有化などの改革を進めた人物に、ペロンという人がいます。 奥さんの名前は、エバ・ペロン。 こちらの方が有名かもしれませんね。 マドンナが彼女を演じた映画(エビータ)が20年ほど前に公開されましたが、本家での評判はすこぶるよくないそうです。それだけ、エバ・ペロンはアルゼンチンの人々に愛され続けているのです。 さて、ペロン大統領に話を戻しまして、彼の政治手法は、ポピュリズム(大衆迎合主義)の最たるものでして、その評価は分かれるところです。 今週発売の週刊新潮の中で、ある哲学者と、大学教授が、ポピュリズムについて好き勝手なことをおっしゃっていましたので、思い出して書き込んでみました。 それにしても、保守の要と言われてきた「週刊新潮」ですが、皇室を揶揄する記事を載せたりして、一体どこが保守なのかさっぱりわかりません。 売れてなんぼの、それこそポピュリズムの最たるものでしょうか。 まっ、週刊誌なのだから当たり前なのでしょうが、それならば保守の看板を外していただきたいとは思います。 あしからず。 


この記事をはてなブックマークに追加

おしらせ!

2017-07-16 06:38:01 | 日記

申し訳ございません。 30日に予定しておりました、耳鼻科と歯科との連携懇親会は中止になりました。 すべて僕の責任です。 耳鼻科の國弘先生は、「 耳鼻科と歯科とで、分かり合える人、少数でやってゆこう」とおっしゃられ、当初、僕も賛同しておりました。 会の名前は「口の会」で一致しました。 時間が経つにつれ、会を広く大きくしたいという僕の身勝手な野望と申しましょうか、妄想が生じ、結果、かき回してしまい、國弘先生に愛想をつかされてしまいました。 この会の今後に期待されていた方々には、心よりお詫び申し上げます。 本当に申し訳ございませんでした。 なお、トピック的なお知らせを除きまして、当分の間、ブログへの書き込みを控えさせていただきます。( 今回の件で絶望したわけではありません~苦笑  いろいろと忙しくなってきましたので )


この記事をはてなブックマークに追加