食の旅人

~ 食べることは生きること、生きることは旅すること、そうだ食べることは旅すること~
  野村洋文

ゾロ薬

2012-01-31 06:25:26 | 日記
「 税と社会保障との一体改革 」と聞くと、すぐに消費税アップが頭に浮かんでしまうが、それに関する多様な改革案が盛り込まれている。

 
 一概に、民主党提出案、オール No~ とはいいきれない。( 僕は民主党支支持者ではないが。。。)


 改革案の中の一つに、ジェネリック医薬品の使用促進が盛り込まれているようで、是非、成立させてもらいたい。


 ジェネリック医薬品、通称、ゾロ薬と呼ばれ、新薬の特許期間が切れた後に発売される後発医薬品のことである。


 あとから、ぞろぞろ出てくるので、ゾロ薬と呼ばれている。


 新薬と同じ成分で製造されており、薬効も同じであるが、価格が、その半分という安さが第一の魅力である。


 研究費がかかっていない分だけ、新薬より安上がりですむのだ。


 安全性を危惧される方がいらっしゃるが、当然ながら審査基準をクリアーしているわけで、俎上に載せるに及ばない。


 ただ、新薬と製造工程が違っているため、添加物などの違いから、作用の違いが若干でてくるものもあるが、逆に、新薬より工夫されたものもある。


 正確なパーセンテージはわからないが、確か、欧米諸国と比べて、我が国におけるゾロ薬の国内シェアは格段に低いはずである。


 特許期間のきれた薬を全て、ジェネリック医薬品に置き換えられたら、医療費は、1兆円も節減できると言われている。


 再三、述べているが、自己負担率の引き上げなど医療の需要面の抑制ではなく、供給面における節減、工夫をしなければ、真の社会保障改革にはならないと思う。


 さらには、ゾロ薬の市場拡大が見込まれれば( ゾロ薬を製薬する会社は、中小製薬会社が多い )、関連会社の株価にもプラスに働くだろう。


 東南アジアを初めとする新興国は、まだまだ市場開拓の余地がある。



 我が国において、薬をこれからの成長産業にするべく、そのカンフル剤として、ジェネリック医薬品の使用促進を望む。

 





この記事をはてなブックマークに追加

無題

2012-01-24 06:33:46 | 日記
昨晩の雪のため、金子の実家に泊まる。 ネタがないため本日は書き込めません。 すみませんでした。

この記事をはてなブックマークに追加

ユーロ

2012-01-17 06:44:35 | 日記
 カール大帝、 シーザー、 ナポレオン、  時の為政者達は、皆、ヨーロッパを一つにしたいという野望を持っていた。


 そして、ECから、ユーロ。


 ユーロの生みの親であるオーストリア人貴族のお母さんが、日本人であることは意外と知られていない。


 確か、○○○光子、という方。 


 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


 市場は、ユーロ圏 9カ国の国債格下げという厳しい判断を下した。


 11年ぶりとなる円高・ユーロ安は、我が国の実体経済においても、欧州向け輸出の落ち込みを呼び起こしている。


 生保・銀行といった国内投機家が、ユーロ圏の国債を売却する動きを見せれば、より円高・ユーロ安に滑車がかかるだろう。


 中国は言わずもがな、アジアの新興国にも飛び火している。


 ユーロ不安が世界経済を揺るがす。 そんな構図が今年も続くだろう。


 ユーロは、2002年に統一されたと言うけれど、10年経って、実は、共通の通貨を使っているだけで何もまとまってはいなかった。


 思うに、、、、、、、、、


 このまま、ユーロ崩壊を迎えるのか、もしくは、共通の債券を出して、オレ達は一つなんだ。運命共同体なんだ。という志から、本当にヨーロッパが一つのユニットになれるかどうかはこれから決まるのではないだろうか?


 もしかしたら、我々は、世界経済が一つにまとまっていこうとする烈風吹きすさぶ行程にたたずんでいるのかもしれない。


 

この記事をはてなブックマークに追加

死刑執行

2012-01-10 05:44:16 | 日記
 殺人 ・ 死刑 という言葉を耳にするたびに、「 太陽がまぶしかったから 」という、カミュの代表作、異邦人の一節を思い出してならない。


 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


 昨年は、年間を通して一件も死刑が執行されなかった。


 これまで、就任中に執行しなかった法務大臣はいたものの、一年を通じて執行のない年はなかったそうである。


 死刑執行は、死刑廃止派とみられていた千葉元法相が「 国民的な議論を呼びかけたい 」として執行に踏み切って以来、およそ、1年半、途絶えている。


 常々、述べているが、自分は死刑温存派である。 遺族感情と社会不安、この二つにつきる。


 死刑という仕組みは、「 復讐 」「 あだ討ち」を防ぐために設けられた制度であって、もしも、死刑を廃止するのなら、遺族達に、個人的な復讐権をみとめてやるべきだとさえ思っている。


 ただ、死刑執行という語彙が俎上に載るたびに、その死刑囚に対して、一時的な感情移入が起きることがある。


 執行は、予告なしにある日突然、刑務官がやってきて行われる。


 「 ○月○日の何時に死刑執行があるから、それまでに、心の準備をしておくように 」というような段取りで行われるのではない。


 いつ訪れるとも知らない最後の時を、死刑囚達は、おびえながら迎え待っている。


 僕の管見を申すなら、せめて、死刑が確定したのなら、その○月後の○日に執行する、というように法改正するべきではないだろうか。 それが、人間として生まれ、感情を持つ彼らへの最後の酌量のような気がする。


 それができないのなら、思考を180°変えて、死刑を宣告された者達は、すべて、感情・人格を有さない人間とは呼べない者、と割り切って考えるしかない。


 千葉元法相も、そのお考えがあるがゆえに「 みせしめ死刑 」を施行できたにちがいない。


 

この記事をはてなブックマークに追加