浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

八正道と作善止悪

「御垂訓」~心の扉~

2018-12-31 01:53:02 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師「長尾弘」先生の御講演中を学びの友の方が
カメラに収めたものですが、お写真を現像されますと
ご覧のように光だけの映像となっていました。
後のご講演会で恩師ご自身がこのお写真を示しながら
仰っておられましたが、これは私の涅槃像ですね、
持っていると、きっと良いことがありますよ、と・・・


恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:過信は身を亡ぼす


先の続き・・・

自分だけを頼まず、
人のお蔭で生かさせていることを思う心、
人の為に力を尽くす心、調和を思う心、
これを忘れると、さっきの若者の
ようなことになりかねません。

人は誰でも過ちは犯します。
ただそれを気付かずにいるか、
悔い改めるかです。
キリストは、悔い改めよ、汝の罪は許される。
と、おっしゃっています。

お釈迦様は、先に過ちを犯すとも、
後に過ちを犯さざれば、
その人の世間を照らすこと
雲を離れて一人輝く満月の如し。
と、教えてくださっています。

そこに気付いた時、
人の心は宇宙や大自然をお造りになった
心と調和します。
そして、あらゆる苦しみを和らげる力を
自分の心の中に見つけることができるのです。



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「御垂訓」

2018-12-31 01:33:48 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

 ~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~

           
     講演 九

「この現象界は神仏よりいっさいの権限を光の天使に
    委ねしところなり光の天使は慈悲と愛の
     塊にしてあの世この世の諸霊を導かん」

先の続き・・・
縁というのは、ほんとうに不思議なものでございます。
先日、福井に寄せていただきました時に、
たまたま西ドイツの人と結婚なさっている方が来て
おられたのです。

そして、「幼い頃から、
長い間探し求めていたものに巡り合いました。
今度はぜひドイツのほうにお話に来て下さい」と言って、
招いていただいたのです。
ほんとうに望むことなしに、縁によって次から次へと、
思いもかけないところへ伝えていただいて、
またお招きを頂きます。

泉大津のFさんとおっしゃるおばあちゃんが訪ねてきて
くれまして、
「先生、あんた偉うなったんやなあ」とおっしゃるので、
「いや、私は偉うなってはいません。
昔といっしょです」と言ったのです。
このおばあちゃんは十年ほどお見えになって
いなかったのです。

久しぶりに来てくれまして、
「あんた偉うなったものや」とおっしゃるので、
なぜですかと尋ねますと、お孫さんが東京のK大学を
出て、東宮御所にお勤めになっているのだそうです。
そのお孫さんが、泉大津のおばあちゃんの所へ、
「皇居の中で、岸和田に偉い先生がおられると
聞いたので、おばあちゃん一度会わせてもらっておいで」
という電話をかけてきたというのです。

「そんな皇居の中まで、
名前の伝わっている岸和田の偉い先生って、
いったい何という先生か」と、そのおばあちゃんが
聞いたところ、「長尾先生って言うんや」
「ああ、その先生やったら十年前から知ってるわ」と
いうことになって、「長尾さんも偉うなったものやなあ」
と思って訪ねてきてくれたのです。


     ~ 感謝・合掌 ~


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「御垂訓」~心の扉~

2018-12-30 04:30:54 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:過信は身を亡ぼす


先の続き・・・

自慢、知ったかぶり、自惚れ、
すべてこの若者をトラにした心です。
勿論、周囲の人は相手にしません。

逆に自分は未熟です、ご指導ください。
と、言う人には自然と多くの人が集まり、
その人を持ち上げようとし、
よくできた人だと尊敬も集まります。

自分で思うこととは逆の結果に
なるのですね。
稔るほど頭を垂れる稲穂かな。
は、よく知られた言葉です。

自然が、大自然の力が私たちに
教えてくれているのです。
ツンっと立っている稲穂は籾を開けますと、
中は空っぽです。

若い間に雀が栄養をみんな吸ってしまって、
その残り粕だけが伸び立っているのです。
ところが、稔のある中身のあるほうは
必ず頭を垂れています。

なのに中身のない空っぽの方ほど、
その姿をツンと立っている姿を誇ります。
人で言うなら外観を自慢することですね。

こういう人は、
より多く持っている人からは
笑われますし、
他の人からは嫉妬を
買うこともあるでしょう。
結局、損な性格です。



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「御垂訓」

2018-12-30 00:17:15 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


                講演 九

「この現象界は神仏よりいっさいの権限を光の天使に委ねしところなり
      光の天使は慈悲と愛の塊にしてあの世この世の諸霊を導かん」

先の続き・・・

自分でも不思議で仕方がないのですが、
このようにお話させていただきまして
もう十数年、初めの頃は縁ある方が、
その場所に四、五十人、或いは二、三十人、
少ない時は二十人以下の時もありました。

お話会を続けているうちに、
別の所から「一度話にきて下さい」と言われて、
「では寄せてもらいましょう」と、四国なり、
或いは山口なり、丹後の宮津なり、
縁のできた場所に招いて頂いたのですね。
もちろんテープはとっていただいております。
皆さんが各自とって下さったテープが、
多くの人様のお役に立っているなど、
想像もしていませんでした。

たまたま昨年(昭和六十二年)の八月九日に、
東京の「やすらぎ研究所」に
招いていただきまして、そこでのお話のテープをS先生が
「心のひびき」の読者の皆様に、無償で提供して下さったのですね。
そのテープを聞いて下さった沢山の方が涙を流し、
或いは自分の見方、考え方は間違っていたと気付いて下さり、
或いは「このように思えば心がこんなに
楽になった」と言って、全国へ広げていただきまして、
そのご縁のよって各地から、「来て下さい」「私の所へも来て下さい」と
招いていただくようになったのです。


                   ~ 感謝・合掌 ~



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「御垂訓」~心の扉~

2018-12-29 02:28:53 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

お写真は宮崎講演会の時に現れた
不思議現象です。
御覧のように「長尾弘先生御講演会」と
書かれた後ろの垂れ幕、
舞台全体、恩師(故)長尾弘先生ご自身が
白い光に包まれています。


恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:過信は身を亡ぼす


先の続き・・・

その詩は見事なもので、
感心するしかなかったのですが、
書き止めている男は、
何かが足りないと、思います。

人の心をうつ何かが、
技術は素晴らしいのに、
やがて草むらに隠れたトラは
つまり、若者ですが、

その友人に帰りの道は
この山を通るな。
その時は、
自分は完全にトラになっていて、
君を食うかも知れない。

そう言ったというのです。
これは山月記と言う
小説にある話ですが、
自分を信じるあまり不幸を
招いた話とも言えます。


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「御垂訓」

2018-12-29 00:29:32 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


       講演 九

「この現象界は神仏よりいっさいの権限を光の天使に
   委ねしところなり光の天使は慈悲と愛の
      塊にしてあの世この世の諸霊を導かん」

まあ、こうしてお話をさせていただいておりましても
同じことです。
どなたからも返事が頂けません。
もし間違ったことを言っておりましたら、
心の中で「あいつはあほうやな」といって
笑われるのですね。

人様の前で恥をかかせていただいて、
そして四角い角のある自分が端をかきかき恥を
かいていきますと、やがて真ん丸くなっていくのです。
ですから、常に人様の前でいい恰好をしないで、
自分のあるがままの姿を見ていただき、あるがままの
評価を頂いて、自分というものを人の前に
さらけ出した時、人は「あいつは三つだな」
「あいつは八つだな」、或いは「あいつは一つだぞ」
といって、それぞれの心の中で評価をしてもらえます。

自分自身はただ自然のままに、あるがままに
生きさせてもらい、お話させていただきますと、
たいへん自分が楽になります。
このようにお喋りさせて頂きますのも、
もしこの法にご縁が頂けなかったとしたら、
恐らく一生の間、親戚が集まった席でさえ、
あるいは隣組の集まりにさえも、
お話することはできなかった私です。


  ~ 感謝・合掌 ~


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「御垂訓」~心の扉~

2018-12-28 01:38:56 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:過信は身を亡ぼす


先の続き・・・

何年か経った後、
若者はたった一人だけ
友達つきあいをしていた男が
山道を通りかかると、
一匹のトラが襲いかかってきました。

ところが、男の前まで来ると、
くるりと向きを変えて姿を隠しました。
草むらの中に隠れたのです。
その方向から、ああ、危なかった、
もう少しで食ってしまうところだった。
と、言う声が聞こえます。

やがて、その声が言うには、
自分は昔、君の知り合いだった男だ、
自分の才能にうぬぼれ信じきって
人を馬鹿にして生きていた。
どんな出世をしても満足することはなかった。

後の世の人にまで、
尊敬される大詩人になれると思っていた。
人と仲良くすることもなく、
家族も思いやらず、すべて自分の才能だけに
かけていた。

そんな暮らしの中で、
とうとう自分は心を病んでしまって、
世間から姿を消してしまった。
気が付くとトラの姿に変わっていた。

今、君が見たのは私の変わり果てた私の姿だ。
まだ、今なら時々、
人の心になる時もあるけど、
そのうち、身も心もトラに
なってしまうだろう。

そうなる前に、君に頼みがある。
友を作らず、家族も捨て、
一生かけた自分の才能がこのまま埋もれるのは
悲しい、これまでに作った詩を
ここで声に出してみるから、
書き止めてほしい。

世に紹介してほしい。
こう言うのですね。
若者はトラになってしまっていたのです。




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「御垂訓」

2018-12-28 00:49:56 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


     講演 九

「この現象界は神仏よりいっさいの権限を
  光の天使に委ねしところなり光の天使は
   慈悲と愛の塊にしてあの世この世の諸霊を導かん」

先の続き・・・

もし高橋信次先生とのご縁が頂けなかったら、
今の私の存在は絶対にありえないことです。
なぜかといいますと、
人前では一言のお話もできなかった過去の私の姿と
引き比べて、今の私はこうしていろいろと皆様の前で
お話をさせていただいているからです。

その年月たるや、まだ十四、五年のことです。
十四、五年前までは、私は一生、人の前では
お話することはできないと思っておりました。
「そんなこと嘘でしょう、信じられません」と
おっしゃっていただくのですが、
これは事実です。

私が初めて人様の前に坐らせていただいた時、
お話させていただく自分の言葉に賛同を
得たいものですから「そうですね、そうですね」と
繰り返して尋ねたのですが、
どなたからも返事していただけないのです。
皆知らん顔をして、いっさい答えて
いただけないのですね。
大勢の中で、たった一人の何ともいえない
孤独を味わいました。
相手にしてもらえないのです。


  ~ 感謝・合掌 ~



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「御垂訓」~心の扉~

2018-12-27 01:34:16 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

お写真は恩師のご講演中のものを学びの友の方が
カメラに収めたものですが、御覧のように恩師が
幽体離脱をされています。
被写体全部が移動していますと、カメラのブレと思われる方も
おありかと思いますが、御覧のように
恩師の前の演台は少しもブレていません。
このお写真について、恩師ご自身が後のご講演で
幽体離脱であることを説明されておられました。

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:過信は身を亡ぼす


先の続き・・・

こう気付いた時、啄木の苦しみは、
安らぎに変わっていた筈です。
そういえば、小説にこんな話があります。
中国の若者でこの人も天才と言われて
育った人がいました。

今で言うとエリートコースに乗っていました。
ところが、この若者は自分の才能は
こんなものでない。
こんなことで終わる一生ではない、と、
不満で一杯だったのです。

周りの人間も自分には
相応しくないように思っていたようです。
当然、友達はできません。

家庭を持ってもうまくいかない、
毎日毎日暗い顔をして苦しんでいるだけです。
この若者は後世に残るような
大詩人になることを願っていました。
今、自分がやっている役所の仕事など、
つまらない、と、思っていたようです。

自分の才能があれば、
きっと世の中が驚くような作品が書ける。
そう信じているのです。
ところが、この若者の書く詩は
誰も感動してくれないのです。

やがて、苦しみの中で、ある日、
若者は大きな叫び声を上げて
走りだすと、姿を消してしまいます。
家族も放ってしまったままです。



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「御垂訓」

2018-12-27 00:43:32 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


    講演 九

「この現象界は神仏よりいっさいの権限を光の天使に
委ねしところなり光の天使は慈悲と愛の塊にして
あの世この世の諸霊を導かん」

現象界は、神仏から光の天使にいっさいの権限を
委ねられた世界です。
では、光の天使は総理大臣になるのか、
大統領になるのかというと、それは物質世界のことです。

「心の世界」におけるいっさいの権限を、
光の天使が持っておられるのです。
光の天使とは、例えばお釈迦様であり、イエス様であり、
或いは高橋信次先生であり、こういう方々に、
神はこの形として現れた心の世界のいっさいの
権限を委ねておられます。

私たち一人ひとりの心の目覚めを、
そして心の目覚めによって一人ひとりを幸せにしていく
権限を神からまかされたお方が光の天使です。
その光の天使の教えによって、私も救われました。


 ~ 感謝・合掌 ~


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「御垂訓」~心の扉~

2018-12-26 01:21:23 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:過信は身を亡ぼす


おはようございます。
長尾弘です。
自信と言う言葉があります。
誰もが自信を持ちたいと
思っております。

自分がいるから、自分がするから、
自分があってこその世の中、
こんなふうに思いがちです。
そしてそう思う人はみんな
苦しんでいます。

不思議なようですが、
自信のある人ほど、苦しむのです。
例えば、詩人の石川啄木は、
小さい頃から天才と言われ、
自信の塊のような人でした。

なのに仕事はない、生活は苦しい、
友人もできない、と、
苦しいことばかりでした。

自分にはこんなに才能があるのに、
何故、世の中は認めないのか、
何故、うまくいかないのか、
そう思い続けて苦しんでいたようです。

そんな石川啄木も時には
振り返ることがあったようです。
友が皆、我より偉くみえし時、
花を買い来て妻と楽しむ。
自分が偉いのでも、何でもない、
誰もが尊いのだと、
気付くことがあったのでしょう。


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「御垂訓」

2018-12-26 00:19:15 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


      講演 九

 「光の天使すなわち諸如来諸菩薩様のことなり」

先の続き・・・

そのようにして魂はだんだんと神仏と表裏一体に
のぼっていきます。
しかし、現実において、光の天使様を、肉の目で
見ました時に、光り輝いているかのといいますと、
別にそれは見ることはできません。
その方の魂が光り輝いているのであって、
肉体が光り輝いているわけではありません。

高橋信次先生はご講演の時に、
頭の毛の少なくなってピカピカ光っている方に、
「あなた、頭だけ光るのと違うのですよ。
魂を光らせなくては駄目ですよ」と、
よくおっしゃいました。
すると、頭の光っている方は、ちょこっと頭を
引っ込められて、
見えないように隠されたものです。

唱歌「ふるさと」の歌詞の「志を果たす」という
「志」の中には、魂を高めることも含まれています。
自らの魂を幽界から霊界へと高め、さらに霊界から
神界へ、そしてまたさらに上へと高めていくために、
この地上に命を頂いております。

よく蛍光灯の光で説明させてもらいますが、
十ワットの方、或いは何万ワットの方というように、
光は魂の段階としてたくさんありますが、如来、
菩薩といわれる方はもう眩しくて、私たちはその魂を
拝むことはできません。

しかし、そういう魂を持つ方が肉体の中に入られると、
どんなに高い段階のお方でも、
私たちと同じ肉体にお入りになりますから、
その姿を拝むことができるのです。
この光の天使を、キリスト教ではイエス様、
聖霊様という言葉で呼んでおります。
仏教では諸如来、諸菩薩様と言っておりますね。


  ~ 感謝・合掌 ~


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「御垂訓」~心の扉~

2018-12-25 01:21:29 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:心の調和

 
先の続き・・・

このように心の持ち方を、
心の調和を、お話することによって、
様々の苦しみや問題が解決します。

心の調和、これは何ものにも勝る
幸福への道でしょう。
野山に種を蒔けば、芽が出ます。
成長し、花が咲き、実りがあります。

しかし、
せっかく端正を込めて育てたものでも、
心、悪しき人がちょっと、
失敬しようかと、持って行く場合もあります。

ところが、心の中に蒔いた種は、
誰も盗めません。
あなたの心の中で育ち、
あなたの人生に実りがあるのです。

だから、もし、悪い苦しみの種を蒔けば、
これを誰も取り去ってくれません。
悪い苦しみの種とは不調和です。

宇宙の調和、大自然の力、
つまり神様に背く心です。
調和、心の調和をあなたの中で
育ててください。



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「御垂訓」

2018-12-25 00:16:08 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~
     
        講演 九

 「光の天使すなわち諸如来諸菩薩様のことなり」


先の続き・・・

このことが形式として現されている一例が、
比叡山の千日回峰の行です。
アチャリアの位になるのに、
千日間山の中を走り回って、
一週間飲まず食わずで、
厳しいきびしい肉体修行をなさいます。

勿論、精神修行も入っていますけれども、
厳しい千日回峰の修行を経て、
初めてこの世的な大阿闍梨という位を
授けられるという形で現されています。
これはお坊さんのことであり、
このしきたりに従って厳しい
修行をなさった方を阿闍梨といいます。

心の世界の阿闍梨とは、
どれだけ日々の生活の中でよき行いを積み、
どれだけ多くの方を救ったか、
どれだけ多くの方を目覚めさせたか、
また喜びを与えたか、ということによって、
阿闍梨の魂の段階に至ることができます。

お坊様は千日回峰をなさって、
阿闍梨という位を持たれるのですけれども、
私たちは毎日の生活で善行を
実践すればいいのです。
そうすれば阿闍梨になれます。

そしてもう一段上がれば、
今度はアラハン(羅漢)ですね。
アラハンの位に心が上がっていきます。
さらに菩薩です。
光の天使菩薩様はすべてを
生かそう生かそうとなさる
意識まで高められたお方です。
そして如来へと進化向上されます。


   ~ 感謝・合掌 ~


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「御垂訓」~心の扉~

2018-12-24 01:37:54 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:心の調和


先の続き・・・

人間が作った法律が不完全なものであることは
どなたもご存知の通りです。
しかし、宇宙を支配する力、その法則、
調和こそは、ただ一つこの世で完全なものです。

人間が作った法律は、人の行いを罪として
罰することはできます。
でも、心の中まで罰することはできません。
ところが、心が調和を乱す時、
これは大きな罪です。

宇宙や大自然、この世の調和を乱す罪になります。
その罪がそれぞれの身に
不幸となって現れてくるのです。
自分だけでなく、愛しい人、
例えば子供の身にも現れます。

登校拒否や家庭内暴力に苦しむ親たちは、
自らの心の不調和がそれを
招いたことを気付くべきでしょう。
親の心の安定がなければ、
子供にも不安が伝わります。

それが悪い行動に繋がることもあると思います。
私が電話でお話したお母さんも、
そんな問題を抱えておられました。
その時、先ず、心の持ち方です。
子供さんにとって、両親は神様以上の存在です。

その両親がヒステリーを起こしたら、
子供さんは不安で不安でたまりません。
そういう心の不安定が、
行動となって現れる場合があるのですよ。と、
話しました。



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