ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ペレ

2007年12月22日 | 映画レビュー
 マックス・フォン・シドーの重厚な演技が素晴らしい。ペレ役のペレ・ヴェネゴーの愛らしさと熱演ぶりも感動。リアリズムに徹した演出は、貧しいスウェーデン出身の人々の哀感をそそる。

 「アンジェラの灰」とか「ジェルミナル」を思い出させるような労働者の貧困が描かれる本作の舞台はデンマークの農園。畜産農場で働くスウェーデンからの移民親子が主人公だ。まだ年端もいかない息子がペレで、その年老いた父親がラッセ。二人はデンマークに来れば楽な暮らしができると信じてやって来たのだったが、待っていたのは過酷な牛小屋での生活だった。デンマークに行けば子どもは働かなくてもいいはずだったのに、毎日毎日牛追いの生活が待っていた。ペレ親子は薄汚れた服を着て蠅だらけの小屋で家畜と一緒に眠る。管理人は厳しく強欲な男で、農園主は女たらし。その妻は厳しくも優しい老婦人で、ペレを可愛がってくれるのだった。

 ペレは過酷な状況なのに泣き言一つ言わない。いつも泥だらけの頬なのに瞳を輝かせて生きている。そのつぶらな瞳は人の世の真実を見つめていたのだ。彼は大人の欺瞞も嘘も見ぬく賢い少年だった。学校で虐められても決して屈しない。その懸命な姿には胸打たれる。いっぽう、彼の父もまた年老いて過酷な労働に従事しながらも誇りは失わない。その失わない誇りこそが悲しい。「日曜日にはベッドでコーヒーが飲めるぞ」というささやかな望みだけで瞳を子どものように輝かせる老人は、たったそれだけのために「未亡人」と結婚しようとする。

 この親子の夢はほんとうにささやかなものだ。クリスマスにはローストビーフを食べたいとか、日曜にベッドでコーヒーを飲みたいとか、パンにバターを塗って食べたいとか、そんなことしか頭にないのかもしれないと思えるほどにいじましくささやかで小さなものだ。同じ農園に住む中年のエリックはいつか世界一周の旅に出ることを夢見ている。金を貯めてアメリカへ行くのだ、世界を征服するぞ、と。

 彼らの夢は何一つ叶わない。今よりほんの少し楽な生活をしたいだけなのに、そんなささやかな夢は叶わないし、屋敷に住む優しい奥様だって、決して自分たちの身分の違いに疑問を抱いたりはしない。

 いま、日本も「格差社会」と呼ばれるようになってきて、さすがにこの映画ほど悲惨なことはないにしても、同じようにささやかな夢を抱く人々が増えているのではなかろうか。この映画の時代とは違って今は情報ばかりが先走るために、貧困層の怨嗟は歪んだ感情へと突っ走りやすい。胸をえぐるようなペレ親子の窮状と、そして失わない希望に心を打たれながら、そんなことを思った。

 特筆すべきは風景の美しさと侘びしさ。霧の中から帆船が浮かび上がる導入部の幻想的な美しさといい、何度も映る凍った海の厳しさ、最後にペレの姿が小さく消えていく広野の、行く手を阻むような猛々しくも寂しい姿は感動的だ。

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PELLE EROBREREN
デンマーク/スウェーデン、1987年、上映時間 150分
監督・脚本: ビレ・アウグスト、原作: マーチン・アナセン・ネクセ、撮影: イェリエン・ペルション、音楽: ステファン・ニルソン
出演: ペレ・ヴェネゴー、マックス・フォン・シドー、ビヨルン・グラナス

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