ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

歩いても 歩いても

2009年03月14日 | 映画レビュー
 これは面白い! 是枝さんの人間観察には脱帽。テーマがあまりにもチマチマしているところがちょっとわたしの好みから外れてしまうけど、こういう鋭さはベルイマンの洞察にも近いものを感じる。

 夏の終わりに近いある一日、年老いた両親のもとに里帰りしてくる娘と息子の一家。その1日を描いただけのホームドラマだというのに、短い台詞の端々からこの一家の歴史のすべてを見通してしまう、脚本の巧みさには脱帽だ。お盆なので一家が集まっているのか、と思わせておいて、徐々にこの日がなんであるのかを観客に知らせる脚本がうまい。物語に少しずつささいな謎をばらまき、少しずつ遅れて観客にその内容を教えるという込み入った会話術は是枝さんにはお手の物。

 実はこの一家には娘と息子一人ずつではなく、15年前に亡くなった長男がいたのだ。その長男は、町医者の父にとっては跡取りと嘱望された出来のいい息子であったのに、海で溺れた少年を助けて自身は溺死してしまったのだった。今日はその長男の命日。次男は子連れの美しい未亡人と結婚して里帰りしてきたが、いまだに亡き兄へのコンプレックスから自由になれず、兄と自分を比べる父に反発している。

 娘というのがYOUが自然体で演技していて、母娘の会話がまるで漫才。樹木希林がお医者様の奥さんというよりはどこにでもいる下町のおばちゃんぽくて可笑しい。やがてこの人の良い母親が心に持つ黒い悲しみが明らかになる場面など、思わずぞくっとするほど怖かった。

 何も起こらず何も込み入ったドラマチックなことなどない一家のさりげない一日に凝縮された悲喜こもごもに、かくもすがすがしくも背筋が寒くなるほどの感動を覚えるのは、観客が何かしら「人生の真実」を知りたいという欲望を持っているからだろう。その欲望をまっすぐ突いてくる是枝の脚本には舌を巻く。わたしたちが何に感動するのかをちゃんと知っている是枝裕和という人はあらゆるタイプの人間に普遍に存在するであろう利己主義や妬みや悲しみや憎しみや、そして愛の複雑な深さを描いた。横山一家の人々は間違いなくわたしだ。そしてあなたでもある。隣の彼女でもあればうちの母でもあり父でもある。人は鏡に写った自らの姿を見たいという欲望にかられるものかもしれない。その欲望をこのドラマは見事にそそりかつ満足させてくれる。 

 ああ、それにしてもあの家庭料理の数々! 湯がいた枝豆のざるにきっぱりと投げ入れられる一振りの塩、手作りチラシ寿司、少しずつすくって揚げるとうもろこしの天ぷらが撥ねるところまで、実に美味しそうでした。

 映画が終わってこの映画は誰よりも樹木希林が演じた母親を描いたものであったのだな、と思う。あまりの好演に、その存在感に圧倒された。今頃でナンですが、これ、去年封切りの日本映画ベスト1です。(レンタルDVD)

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歩いても 歩いても
日本、2007年、上映時間 114分
監督・脚本: 是枝裕和、音楽: ゴンチチ
出演: 阿部寛、夏川結衣、YOU、高橋和也、田中祥平、寺島進、加藤治子、樹木希林、原田芳雄

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