ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

「フリーダ・カーロ」

2004年06月27日 | 読書
「フリーダ・カーロ展」は見逃したが、映画「フリーダ」をDVDで鑑賞した後、猛烈に彼女のことを知りたくなった。

 この本は日本人による初のフリーダの評伝だ。と同時に著者堀尾真紀子のメキシコ・パリ紀行文でもある。

 フリーダ・カーロといえば、一本に繋がった眉の自画像で知られているメキシコの女性画家だが、47年の生涯に残した200点の絵のうち、ほとんどが自画像であり、彼女の強烈な個性が放出されるその独特の風貌が見る者を射すくめる。シューレアリズムを知らずにシューレアリズムを描いたとアンドレ・ブルトンに絶賛されたフリーダは、18歳で交通事故に遭い、瀕死の重傷を負って生涯その後遺症に苦しめられた女性である。21歳の年齢差をものともせず高名な画家であり共産党員でもあるディエゴ・リベラと結婚し、リベラの女性関係に苦しめられ続け、自らもその苦しみを埋めるかのように奔放な恋愛を繰り返した。

 映像の力で迫る映画にはかなわないけれど、この本も映画では描かれなかったフリーダ晩年の苦しみを丹念に追っていて、いい評伝だ。フリーダとトロツキーの恋愛や、イサム・ノグチとの恋愛にも触れていて、映画のよい補遺となる。

 晩年のフリーダは10年以上に亘って体の痛みにモルヒネを使って耐えていたわけで、その壮絶な苦しみを映画は描き切れていない。映画はむしろフリーダの強烈な個性や不屈の激情を描くほうに力点があった。
 それに比べて本書は、彼女の肉体と精神の苦しみ、そして幼い頃からの愛への飢餓感、愛されることに執着し続けたその内面をじっくり描く。「フリーダを捜す旅――それは結局、自分自身を捜す旅ではなかったか」という唐突で余計な一文さえなければとてもよかったのだが。

 この本がもともと雑誌『マリ・クレール』に連載された紀行文であるため、初心者にはたいへん読みやすい入門書になっているが、その分、美術史上のフリーダ・カーロの評価や彼女の周囲の魅力的な人々については最小限度しか書かれていない。また、画集でもないので、フリーダの絵を堪能するためには別の資料に当たる必要があるだろう。

 生涯30数回の手術に耐えた苦痛の人生。最後まで夫ディエゴへの愛にすがり、苦しみ多いその愛とともに逝った女性の華やかで波乱にとんだ生き様に深い感動を覚える。

 映画「フリーダ」のレビューはここ

「田中小実昌 (KAWADE夢ムック):コミさんの不思議な旅 」

2004年06月22日 | 読書
 2000年2月にロサンジェルスで客死した作家田中小実昌の特集だが、「これ一冊ですべてわかる」っていう作りにはなっていない。

 この本は入門書っていうより、ある程度コミさんのことを知っている読者向けに編んである。例えば、いろんな人の追悼文集を集めてあって、しかも書き手はわたしの知らない人が多いから、それぞれの著者の履歴やコミさんとの関係を手短かに紹介してもらわないと困る。

 また、書き下ろしばかりではなく、古い対談や文章もたくさん掲載してあるし、コミさんの初期の短編も2編載せてあって、どっちかというとお手軽で雑多な感じがするのだが、それはそれでおもしろかった。

 特にそそられたのは高橋源一郎の談話と、堀江敏幸の田中小実昌論だ。あとは、1973年と79年に行われた小実昌vs野坂昭如の対談。対談では、コミさんの魅力だけではなく、野坂の魅力というか、闇市世代に染み付いた小汚さというようなものが紙面から臭い立ってきそうで、眉をひそめながら笑ってしまうという可笑しさがある。

で、とりわけ興味深かった二つの論のうち、堀江敏幸は、田中の『イザベラ』という世評のあまり芳しくない小説を取り上げて次のようにコメントする。

「鮮明なイメージを伝え、読者の脳裏にそのイメージを咲かせることが小説の基礎であり王道であるとの通念に田中小実昌の「ぼく」はあらがい、それが意図的な行為である以上に、もっと内発的で説明不可能な、いわば外からの要請に近いとほのめかす。……「はなし」を回避しようとする語り手の彷徨は、田中小実昌の生涯にわたる主題だといっても過言ではない」

 なるほど、堀江自身の小説が明確なストーリーをもたない脱線の作風をもっているのは、小実昌の小説と通底する。両者の文体はずいぶん違うのだが、このような共通点があることに改めて気づいた。

 もう一つの小実昌論の語り手高橋源一郎は、田中小実昌のことを「高級なたこ八郎みたい」と呼んで「コミマサってる」その姿をおもしろ可笑しく語る。そして、田中の『ポロポロ』が戦後かなりの年月を経て書かれたものであることを指して「戦争文学にもボジョレ・ヌーボータイプとブルゴーニュ・ワイン・タイプがある。『ポロポロ』はボルドーのラトゥールみたいな作品だ。戦争をテーマにしながら戦争について早々と結論を出さずに、戦後数十年の日数をかけて熟成させている」という意味のことを述べている。
 高橋の話はその後、より広い小説論になり保坂和志にも言及し、かなり興味深い内容だ。
 
 既に田中小実昌死去直後に『ユリイカ』 臨時増刊 総特集「田中小実昌の世界」(2000年6月)が詳細な著作目録つきで出ているらしいので、同じことをしてもしょうがないと思ったのか、<その代わりに本書ではビジュアルで攻めてみました>調だ。小実昌の単行書を発刊年順に集めて表紙の写真を並べてある。今では入手困難なものも多いみたいで、なかなか壮観だ。カラーなら文句なしだったけど。

 亡くなって4年以上経っているのだから、もうちょっと違うことができるような気がするが、この本はちょっと作りがお手軽すぎてどうもまとまりが悪い。そこがコミさんの本らしくていいのかも。でも年譜ぐらいはつけてよね。

 保坂和志『生きる歓び』に収録された「小実昌さんのこと」、及び田中小実昌の『自伝』エッセイとの併読をお勧めします。



保坂和志の本2冊、読書会用レジュメの代わりに

2004年06月20日 | 読書
 困った。葉っぱ64さんの口車に乗って(笑)読書会の課題図書を保坂和志著『生きる歓び』に指定したのはいいけれど、これ、レジュメ書かれへんやんか!

 この文庫本じたいはとっても短いものなので、すぐに読めてしまう。「生きる歓び」を読む前に『世界を肯定する哲学』を読んでいたので、主人公が死にそうな猫を拾ってきて世話をするその話も「ああ、これ前に読んだな」という既視感がある。

 保坂の小説はエッセイなのか小説なのか区別がつきにくいのだが、作家本人は「小説だ」と主張しているから、「生きる歓び」も、同時収録されている「小実昌さんのこと」も小説なんだろう。

 拾ってきた猫を懸命に世話する様子はほほえましくまたその猫がだんだん元気になる様子も微笑ましく、ただそれだけでは何と言うこともない日常点描なんだけれど、保坂の小説ではそこに常に途切れない思考が挟まっている。それは何かまとまった哲学的思考が生み出される原始の海といった混沌たる未知の魅力を湛えている。

 だが、本書の場合はあまりにもその思考の芽が小さくて、花開く前に終わってしまっているので、『世界を肯定する哲学』を参考書にしたい。

 「ただ生きていることが歓びなんだ」というテーゼ。

 昨日たまたま東京に住む女ともだちから長電話があったのだが、彼女の友人が職を探しているという相談だった。その職探しをしている女性は難病を患ってはいるが高い職業能力をもち、かといって体力的にはやはり常人には劣るために、安定した職に就くのが難しい。しかも離婚して子なしの一人暮らし。

 そういうときに思う。彼女にとっても「生きることはただそれだけで歓びか?」と。

 さて、『世界を肯定する哲学』から少し引用してみる。議論のとっかかりをここから得たい。


「死」というのが、言語によって記述することが不可能であったり、私たち自身によって実感することが不可能であったりするものなら、それは言語という体系=秩序の外にあるということなのだ。(p118)

 「死」が秩序の外にあって記述するのが不可能であるのとはまた別の意味で、「生きている」ことは正しく記述することができない。(p123)

 人間はまず肉体のレベルで存在していて、そこに言語が上書きされることで「人間」となる。別の言い方をすると、人間とは肉体のレベルでだけ存在しているのではなくて、そこに言語が上書きされなければ「人間」とはならない。しかしまた別の言い方をすると、言語だけがあっても肉体がなければ人間は存在することができない。(p214)

 <私>のこの肉体は書き換えることができない。
 思考も運動能力も、他の人に理解されたり他の人との比較が可能になるという意味で、奇跡と呼べるようなことは何もなにけれど、<私>のこの肉体だけは、<私>とって奇跡だ。……言語は完成された体系で、<私>はそこに投げ込まれたにすぎないけれど、その完成された言語を<私>に移入するためには、<私>は言語の発生をある意味で追体験する必要があって、そのためには<私>は<私>のこの肉体を必要とした。(p226-227)

 私たちがいま使っている言語は、概念を数字の記号のように肉体と完全に切り離されたところで記述することが主流になっている。……「ある」と「ない」は”対”ではない。「ある」は肉体に先行し、肉体によって人間にもたらされる事態であり、「ない」は肉体によっては知ることができない、ただ言語によって生み出された概念だ。まったく同じ理由によって、「生」と「死」は”対”ではない。肉体はひたすら生きていることだけを知り、言語によってもたらされた「死」を知ることができない。(p229-230)

 肉体はひたすら「生」しか知らない。”死にゆく過程”や”死者から取り残された状態”も肉体は知ることはできるけれど、「死」それ自体を知ることはできない。肉体が知ることのできない事態を知る可能性があるとすれば、肉体に微差で先行する世界なのではないか。「死」は肉体に起こるのではなくて、世界の中で起こる。

 私が生まれる前から世界はあり、私が死んだ後も世界はありつづける。

 この事実を実感するためにはまず言語による思考の限界を確認しなければならない。それは同時に部分の総和が全体になるという単純な思い込みを否定することも意味する。。(p232)

 この本は、答が書いてあるものではない。保坂自身が言う。

 もともとこの本は、「何かについて考える」のではなくて、「考えるとはどういうことか」ということを考えるために始まった。「考える」ということは「解く」とは違う。
  
 
 では続いて『生きる歓び』からの引用。

 人生というものが自分だけのものだったとしたら無意味だ(p30)

 「僕」は一生懸命、瀕死の子猫の世話をするが、どうも助からないかもしれないという気もしてくる。そこで、「僕」は猫の死についてあれこれ考え、「このまま死んじゃったとしてもそれはそれでしょうがない」と思う。
 この「しょうがない」にわたしは強い関心を持った。「しょうがない」。冷たく言うのでもなく突き放すのでもなく諦めるのでもなく、「しょうがない」と思う。それが与えられた運命だったと受け入れる。保坂がいう「しょうがない」は意味が違うかもしれないが、わたしはけっこういつも「しょうがない」と思っているので、この「しょうがない」にはたくさんの思い入れを感じる。

「僕」は、すっかり回復してきた猫を見て思う。


 「生きている歓び」とか「生きている苦しみ」という言い方があるけれど、「いきることが喜び」なのだ。世界にあるものを「善悪」という尺度で計ることは「人間的」な発想だという考え方があって、軽々しく何でも「善悪」で分けてしまうことは相当うさん臭くて、この世界にあるものやこの世界で起きることを、「世界」の側を主体に置くかぎり簡単にいいとも悪いともうれしいとも苦しいとも言えないと思うけれど、そうではなくて、「生命」を主体に置いて考えるなら計ることは可能で、「生命」にとっては「生きる」ことはそのまま「歓び」であり「善」なのだ。(p45)

 精神の病に苦しむ画家草間弥生も引き合いにだされる。全盲の天才少年ピアニストのエピソードも。

 『生きる歓び』も『世界を肯定する哲学』もテーマは同じようなものだ。では小説は必要ないのだろうか、いや、この両者の決定的な違いは「時間が流れているかどうか」だ。保坂の小説世界にはゆるゆるとした時間の流れがあり、「哲学」が立ち現れ生まれるその瞬間を作家と読者が共有することができる。これこそ読者にとっての歓びではなかろうか。

bk1投稿書評「生きる歓び」

2004年06月19日 | 読書
 この本には表題作以外に「小実昌さんのこと」という短編が収録されていて(「生きる歓び」よりそっちのほうがずっと長い)、今回は「生きる歓び」そのものについて興味のある方には、保坂の『世界を肯定する哲学』とセットでコメントしたわたしのblog「吟遊旅人のつれづれ」を読んでいただくことにして、今回は「小実昌さんのこと」について書きたい。

 いやあ、まったく田中小実昌には騙された。『自伝』を読んですっかり田中小実昌は自堕落でええかげんでだらけた人間だという像ができあがってしまったのだが、保坂和志によれば、田中小実昌は非常に時間にきっちりした人物で、約束時刻の数分前に現れ、カルチャー講座も時間通りに始めて時間通りに終わり、電話での応対もきちんとしていて年賀状もこまめに書いていたというではないか。

 これは自画像と肖像画の落差が激しい一例だが、よくよく考えて見れば、小実昌の自伝を読んでわたしが作り上げたイメージはわたし自身が捏造した人物像に過ぎなかったかもしれないのだ。確かに小実昌は「ぼくは時間にルーズだった」などとは書いていない。何をやっても不器用で時間がかかったとか、なまけ者だったかのように自分を描いてはいるが、「与えられた課題にはルーズだった」と彼は書いているだけなのだ。大学の講義には出席しないとか軍事教練には真面目に取り組まなかったが、彼は自分の楽しみには一生懸命取り組んだのだ。

 この「小実昌さんのこと」という小説は、田中小実昌の実像の一つに迫り、実に生き生きと彼を描いている。田中小実昌への追悼文のはずなんだけれど、保坂自身は「これは小説だ」と「作者後書き」であくまでも言い張っている。エッセイでもなく、小説なのだそうな。

 わたしには小説だろうがエッセイだろうがどうでもよくて、とにかくこの作品には田中小実昌の魅力が溢れ、どうしても小実昌の小説を読みたくさせるような優れた文芸評論でもあったわけだ。保坂が小実昌を見る目は大変細かく、小実昌とのつきあいの長さに沿うようにそのときどきの保坂自身の心理が小実昌を見る目に反映していて、筆致の変転が興味深い。

 保坂と小実昌の出会いは、1979年の連作小説『ポロポロ』に始まる。これを読んで大きな感銘を受け、大笑いしてしまった保坂は、以後、田中小実昌という作家の名前を記憶にとどめることになる。保坂は『ポロポロ』からかなり長い文章を引用してその魅力を語る。一般には、『ポロポロ』以後、田中小実昌は哲学小説を書くようになったと言われているらしいが、保坂は小実昌の小説は哲学ではないという。

「小実昌さんの書いていたことは「哲学以前」だった。…「哲学」という括りに入らない何かを考えたくて書いていたわけで、それを「哲学」と言ってしまうことで別のものになってしまう」(p61)


 これは保坂自身の小説にも当てはまることだろう。保坂が見た田中小実昌という図は、小実昌から保坂が多くの小説作風上の影響を受けていることをうかがわせ、この小説を文学史の系統図として読んでもおもしろい。

 というわけで、以下、『田中小実昌 コミさんの不思議な旅』へ続く。

「季節の記憶」 中公文庫

2004年06月14日 | 読書
季節の記憶
保坂 和志著 : 中央公論新社 1999

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今になって気づいたことは、『カンバセイション・ピース』になぜのめり込むような魅力を感じなかったのか、その理由は「猫」にあったこと。問題は「猫」だ。
 要するに私は猫が嫌いなのだ。亡き猫への愛着を恋々と書かれるとうんざりしてくる。だから、『この人の閾』に猫の代わりに犬が登場したときとても好感を抱いたし、こんどは動物が出てこないから、いっそうよい。

 猫や犬の代わりに、と言ってはなんだが、今回は5歳の子どもが登場する。主人公であるフリー編集者の「僕」は、離婚して5歳の息子と一緒に鎌倉に引っ越してきた。そして、息子を媒介にして知り合った近所の人々とのつきあいや、古くからの友人・昔の仕事仲間などとの交流が綴られる。

 相変わらず何も起こらない淡々とした日常生活と思考が描かれるといういつものパターンであるが、今回は登場人物の魅力が傑出していて、さらには子どもの言動が生き生きと描かれているので、小説世界に引きこまれたまま時間が心地よく過ぎていった。保坂自身が、よい小説はいつまでも読んでいたいと思わせるものだと『書きあぐねている人のための小説入門』で書いていたが、まさに本作はそのような小説だ。

 魅力的な登場人物の一人、「僕」の息子クイちゃんの言動のおもしろさというのはあくまでも親の目から見たものであって、それは同時に私の息子たちが5歳だった頃の子育ての記憶を呼び覚ましてくれ、改めて感動したり懐かしく切ない思いに胸ふたがれた。「そうそう、子どもってすごいよね」とか、「うわあ、よくそんな細かいところまでちゃんと人間を観察してるね」などといつの間にか主人公と対話している自分に気づく。

 何より、「僕」の子育ての構えがいい。子どもにだって手を抜かずに、世界を掴むための説明を怠らない。だから、読者は「僕」が子どもに説明する「時間ってなに」とかアリやゾウにはそれぞれが選んだ大きさがありそれに相応しい形が決まっている、というような世界の成り立ちについての説明とかを聞くと(読むと)、自分が子どもになったような気になってクイちゃんと一緒に肯いたり眼を輝かせたりしてしまう。

 細やかな日常生活の転写とともに思考の軌跡が語られるために、すすっと登場人物たちが酒を飲んでいる居間に上がりこみ、「そうそう、そういうのってわかるわあ」とかなんとか言いながら私も一緒にビールを飲んでしまいそうになる、そんな小説なのだ。

 「僕」をめぐるごく狭い人間関係の中に、ある日ナッちゃんという異質な人物が闖入してくる。ナッちゃんに対して「ぼく」はよい印象をもてないのだが、日が経つにつれ、そのナッちゃんへの感情が微妙に変化していく様が印象深い。軽い嫌悪感を催すような他者への距離感やその人物像を観察する目が少しずつ変わっていく様子も好感が持てる。他者への眼差しが変化していく心理をこと細かく描く保坂の言葉の力は、他者と自己との距離のとりかたや自己と世界との折り合いの付け方の一端を見事に描いていて、私は思わず引き込まれてしまった。

 そして、唐突に終わるこの物語は、撒いた種の結果を読者に知らせず宙づりにしてしまう。だが、よく考えれば日常生活には死ぬまで「終わり」や「結末」なんてないのだ。たとえ小説の中で何らかの決着をつけたって、登場人物たちはその後もきっと小説世界でずっと終わらない日常を生き続けるに違いない。だから、この小説の宙づりほど小説世界の永遠を感じさせるものはないのだ。

 保坂の作品を全部読んだわけでないのに断言してしまおう、これが保坂和志の最高傑作である。だらだら感などみじんも感じられない、きっちり計算され尽くし、ある収束点に向かって見事に編み上げられた作品だ。



「この人の閾」 新潮文庫

2004年06月10日 | 読書
この人の閾
 保坂 和志著 : 新潮社 1998

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 保坂の小説に何かドラマティックなことを予想したり期待したりするのは間違いだということはあらかじめわかっているから、何が起こらなくてもだらだらしていても、それ自体にはもう驚かないし、むしろわたし自身の保坂受け入れ態勢は「準備OK」状態に入っているものだから、かえってこの小説のようにきちっとまとまってすごく中身が濃いと「おおっ、そう来たか、保坂さん。なかなかやるね」という望外の喜びに小躍りしそうな気分。

 保坂の作品にはいつも猫が出てくるが、今回は犬だ。この犬がよい。存在感があって、かわいい。特に、「尻尾をちぎれるほど振る」っていう描写はありきたりで何気なくても、でもこの情景を写すにはたぶん一番いい言葉が選ばれているってすんなり納得できる。要するに、文章がじわじわっと読み手にしみてくるのだ。だから、ものすごくぴったりきて、着古したジーンズの心地よさと同じように快感を得ることができる。

 この本は短編集だから、表題作以外にも3編が収録されているが、はっきりいってあとの3編はどうでもいい。敢えて読む必要はないと断言しておく。というか、「この人の閾」、これだけでじゅうぶん堪能してしまえるのだ。しばらくじーーんと保坂の言葉に酔わされていたい。こんなふうに脱力しつつ読者に力を与えることができるって、才能だと思う。うん、才能。いいなあ。

 短い小説の中に、保坂は日常生活でわたしたちが垣間見る思考の芽を徹底的に拡大し言葉を与えてくれる。薔薇はリルケが「美しい」と言ったから美しいのだ。日常生活の中心のなさは保坂がそれを教えてくれたから気づいたのだ。
 「ぼく」という主人公が久しぶりに学生時代の女友達宅を訪ねて過ごす午後のひととき。そこに庭があって二人で雑草を抜いて、犬がいて尻尾を振り、友達の息子が小学校から帰ってきて、なんということもない会話が続く。この小説では、なんということもない普通の家でそれぞれの登場人物がどういうわけかぴたりぴたりとまさにそこにいなければならないかのように配置されている。

 なんということのない会話や「ぼく」の心の声はいろんなことを言う。
「働くことに思想はいらない。思想がなければ怠けられない」
「過去を知るものは変化を良しとする社会から煙たがられて、追い出される」
「それが”愛”なのよ。ダンナは給料を運び、あたしはダンナを運ぶ」
「主婦には中心がない。主婦というのは自分以外の家族のタイム・テーブルの組合せの合い間に主婦としての仕事や自分の睡眠をつくり出していく」

 市井の人々が発する「格言・名言」の数々に、日常会話や日常の思考の中にこそ哲学の神は宿っていると思わされる。そしてそれはわたしの日常生活でもあることにふと気づく。この小説を読んだあと、庭の雑草を抜いた。保坂の小説にシンクロしている心地よさを指先に感じながら、一本ずつ草を抜いた。かの小説の登場人物たちのように。


 行きつけのおしゃれで小さな落ち着いた飲み屋でカウンターに向かい、酒好きのマスターやママとじみじみ話す。上品で芳醇な純米酒を噛むように味わいながら、肴はぷりぷりの白身魚の刺身を、歯と舌を歓ばせながら味わう。え? 何の話かって? いえ、この小説は『センセイの鞄』ではないので、飲み屋の話はでてきません。保坂の小説を読んだあとの幸せな気分を例えただけです。



田中コミマサの自伝はおもしろい

2004年06月09日 | 読書
 次回の読書会、課題図書は保坂和志『生きる歓び』だが、保坂が田中小実昌に言及しているということなので、先にサブテキストたるコミマサの本を何か読もうと思いついた。だが、名前しか知らない田中コミマサ氏とはそもそもどういう人物なのか? 葉っぱ64(栗山光司)さんの読書指導に従って、手っ取り早く自伝を読んでしまおうということになった。

 んで読み始めたら、これがおもしろいことおもしろいこと。かなり長期間に亘って断続的に書かれたエッセイを集めたものだから、内容がところどころで重複しているが、とにかく抱腹絶倒の自伝エッセイなのだ。

 田中小実昌はおよそ物事をきちんと整序しようとか、人と競争して勝とうとか、時流に乗ろうとか思わない人だ。身体も頭もいつもだらけていたらしい。勉強はできても体育は苦手だし、軍事教練は最も苦手であり、なおかつ教師のいうことを聞かないから、前代未聞の落第点をつけられてしまう。

 ファシズムの時代を時流に乗らず飄々とええかげんにすり抜けた人間がこんな風に存在したことに、わたしはほっとさせられる。
 彼は一生懸命いい点を取ろうとか思わないから、兵隊にとられてからも真面目に皇軍兵士たらんとはしない。だから、この兵隊時代の描写が実に生き生きしておもしろく、抱腹絶倒ものだ。しっかし本当に若い男というのはこんなにいつもいつも「オ○○○」のことばかり考えているものなのだろうか? 若い男の子らしく性的好奇心にからだじゅうが張り裂けそうになっている風情も会話も爆笑ものだ。

<国のトップ集団のエリートたちは、「バスにのりおくれるな」みたいなことを言って、ドイツ、イタリアとの同盟にとびのり、太平洋戦争になる。……戦争にならないためには、「なまけもの革命」をおこさなければ、とぼくはしゃべってまわった。勤勉な、人に負けまいとする連中が戦争をおこす。戦争はたいへんにしんどい、くるしいことだ。だから、くるしい受験勉強をたのしんでるようなやつらが戦争をしたがる。……しかし、なさけないかな、なまけ者は革命なんて、これまたしんどいことをやるだろうか>

 本書の冒頭に置かれたこの↑コミさんの言葉がいい。そして、実際、苦しく辛い中国戦線の日々を生き抜いて復員した兵士の物語は、凄絶さよりもむしろユーモアが色濃く漂うその筆致が魅力的だ。中国にいる間、ずっとコミさんたちの部隊は行軍しているのだが、一度も敵兵を見かけたことがないという。そして、兵士たちは銃弾に倒れて死んだのではなく、ほとんどが病死か餓死だった。名誉の戦死といわれても、その実態は飢え死にか過労死・病死だ。栄養失調から簡単に病気に罹って死んでしまうその姿は哀れというか悲惨というか、人間の尊厳だの皇軍の誇りだのとは無縁のところにある。虱にたかられ体中をかきむしりながらコレラや赤痢やマラリアにも罹ったというのに、コミさんは生き延びる。その生命力には脱帽だ。

 敗戦の翌年日本に戻ったコミさんは東大に復学し(なんと、田中小実昌は東大生だったのだ)たが、どういうわけかこの自伝には学問の話がまったく出てこない。どうやらコミさんは最初からドロップアウトしてちっとも大学へは行かずにストリップ劇場で働いたり米軍の施設で働いたりと、もっぱら風来坊のような生活をしていたようだ。

 そして、せっかくいい仕事にありついても、彼はとにかく変人だしきちんとしたことが嫌いだし、
「だれだって、ぱりっとした、きれいなユニホームをほしがる。ところが、ぼくはだれだってではないんだなあ。ぱりっとしたものなんか、どんなものだって好きではない」
という性格だから、すぐにクビになるのだ。

 ところで、この自伝には何かが隠されている。戦争中の話でも戦後の放浪時代の話も、薄膜を通してコミさんの姿を見ているような気分になる。例えば、中国戦線で彼は一人の敵兵も見ていないというが、では実際に銃を人に向けて撃ったことはないのだろうか? つまり、彼は「人を殺した」という実感なく敗戦を迎えたのだろうか?
 あるいはまた、いつの間にか結婚していることになっている妻との馴れ初めがきちんと書かれていない。コミさんが自伝のつもりで書いたわけでもなさそうなこのエッセイには、たぶん余計なことは書かれていない。だからこそちょっとつかみどころのないその田中小実昌の「全体像」を知りたいという欲望がむらむらと沸き起こってくる。

 田中小実昌のような生き方は凡人の憧れだ。フーテンの寅さんみたいに日本中を旅し、あちらこちらで女性とねんごろになり、なににも縛られず、立身出世を夢見たりせず、いい加減に生きる。わたしは彼の生き方を笑いながら読むけれど、そのあとでため息が出てしまう。

 無理やで、これは。コミさん、凡人はあなたの生きかたをうらやましいと思うけど、でも真似したいとも真似できるとも思っていないよ。

 彼のようにいい加減な生き方が許されるのは才能のある人間だけだ。彼の真似をすれば普通の人間はホームレスになるしかない。それでもよしとするならいいだろうが、わたしにはそんなことはとうてい無理なので、今日も通勤電車に揺られながら粛々とまじめに会社に通い、「きちんとした」生活をしている。

 競争社会を心底批判できるのは異様に上に突出した人間か、さもなくば完全に落ちこぼれた(落ちこぼれることを選択した)人間だけなのだ。凡百の人々はひしめき合って肩身の狭い世の中をなんとか渡っていく。いやおうもなく競争と効率の論理に巻き込まれながら。

 だからこそ、凡人であるわたしはコミさんの次の言葉がとても気に入ってしまう。わたしだってできることならだらだら歩いていきたい。でもやっぱりきちんとしていないと不安になるの。困ったもんや。

「戦争も流行だ。こんな危険なしんどい流行にまきこまれぬよう、ぼくたちはおくれていこう。おくれて、だらだらあるいてるほうが平和だもの」


 この文章をいつのまにか短くしてbk1に投稿してました。
 全然記憶にございません(笑)。酔っ払いってこわいっ。

「だいたいで、いいじゃない」

2004年06月08日 | 読書
 読んでいるときは「おもしろいなあ」と思ったし、読後も「ああおもしろかった」と思ったのに、読後10日以上経っていざその感想文を書こうとしたら結局どこがおもしろかったのかまったく掴めなくなってしまった。
 つまりこの本は、実に対談らしい対談であったわけで、読み終わって茫漠とした印象を読者に残してしまう。話があちこちし、途中で吉本隆明なんか言うことがだんだん変わってきたりするし、大塚英志に何か言われるとすぐ「ああそうか、その解釈でいきましょう」なんて納得してしまう。ただ、そのボケかたがけっこうツボに嵌るというか、わたしにはたいそう興味深かった。

 特に第1章「エヴァンゲリオン・アンバウンド」。
 正直言うと、わたしはエヴァのおもしろさがいまいちよく分からなかったのだ。世代の違いだろうか、わたしにはエヴァより「ガンダム」のほうがずっと名作だと思える。エヴァは謎の多い作品で、何がいいたいのか、若者たちはこの作品のどこに惹かれたのか、さっぱり理解できなかった。

 なので、この対談を読んでそのあたりの事情がきれいさっぱりよくわかったので、とても嬉しい。その功績は大塚にある。さすがはサブカルおたくの大塚英志、エヴァとガンダムを比較して、後者には素朴な反戦思想があるが前者にはそれがない、という分析から始まって、大要「戦争をやって葛藤したり傷つくそのさまが、社会化されていないし、敵が何なのか誰なのか最後までさっぱりわからなくて、主人公はひたすら内向的に自滅していく」という結論へと導いていくあたりはとてもおもしろい。とはいえ、そのおもしろさは「分析の鋭さ」とか「目新しさ」にあるのではなく、「うんうん、わたしもそう思ってたよ」という再確認安心理論にある。

 大塚英志は、連続幼女殺害犯(といわれる)Mの事件にも弁護側の一人としてかかわっているので、Mのケースを引用してエヴァの母性回帰を語るあたりは、なるほどなと思わせる。

 第2章「精神的エイズの世紀」でも第1章に引き続きエヴァやM事件が語られ、オウム真理教事件が語られる。ここでのキーワードは「消費と欲望」。
Mの名言「自分が欲しいか欲しくないかの基準は、流行ってるか流行ってないかだけ」を引いて大塚はこういう。

「欲望がすぽーんと抜けてて、にもかかわらず消費という振る舞いだけは残っている」。

 いまや、欲しいものもないような物質的には充足した時代にあって、もう若い世代では欲望の所在が壊れているのではないかと大塚は指摘する。援助交際する少女たちも、「あれが買いたい、これがほしいから」というけれど、本当はそんなところに欲望はないのではないかと。欲望と消費をめぐるシステムの問題は、いまや高度成長期と同じ分析では役立たないだろうという指摘にはなるほどと首肯。

 本書に収録された対談は4回に分けて行われ、それぞれが一章ずつの章立てになっているのだが、中身はそれぞれ前章の内容とかぶっている。第2章で江藤淳のサブカルチャー批判に言及すると、3章「天皇制の現在と江藤淳の死」ではそれが大きなテーマとなり、サブカルチャーと純文学の垣根がなくなりつつある現在に対する江藤淳のいらだちというものが語られる。

 「大きな物語」が脱構築されてポストモダン言説が流行りだすと、それは一般には戦後民主主義的左翼陣営の敗北のように捕えられがちだが、実は江藤淳のようなマッチョな保守男にも脱力点だったんだとよくわかる。江藤が結局のところ本名の江頭淳夫自身にも戻れず、常に仮構の世界を生きざるを得なかったというくだり、彼が自殺という方法を選んだことなど、「近代主義者の死」として語られると、すとんと腑に落ちる。
 こういうのを読むと、江藤淳ってかわいそうな男の人だったんだねって思う。マッチョな男としてしか生きられず、そのマッチョな部分をつきつめていけない時代になれば、彼の焦りやいらだちや絶望がいやます。江藤淳に対するわたしの評価も少し変わった(上昇)し、遅まきながら江藤をマジに読んでみようかという気にもなった。

 4章「オウムと格闘技と糖尿」では吉本の糖尿病生活がおもしろおかしく語られる。吉本がちっとも真面目に闘病していないのがいい。やはりこの章でも引き続き江藤淳が語られるし、これまでの対談を踏まえていろんな話題へと飛んでいく。

 本書全体としては吉本がよくしゃべり、吉本のしゃべりを大塚が引き出していくという構成になっているのだが、その吉本のしゃべりがいまいちわかりにくい。なぜもっと大塚なり司会者なりが突っ込まないのかといらいらさせられる場面もしばしばある。楽屋落ちのような話題のときは事情を知らない読者にもわかるようにフォローすべきだ。あとは、テープ起こしの編集の問題だろうが、話し言葉ゆえに意味が通じにくいところも多く、校正の段階でもっと手を入れればよいものをと思わずにはいられない。

 ただし、大塚はあとがきで、ほんとうはもっと繰り返し同じことを延々としゃべっていたのを、かなり削ったと書いているから、手を入れたことは入れたんだろう。そういう意味で、確かにぼけ老人二人の対談のようにも感じられる。吉本は自身の思想の変遷について語るのだが、大塚がそこをもっと突っ込めばよりいっそうおもしろかったのにと思わずにはいられない。

 吉本に「知の三バカ」呼ばわりされている柄谷行人・浅田彰・蓮実重彦はこの本をどう読んでいるのだろう、と笑いながら思った。


「存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて 」

2004年06月07日 | 読書
以下は、読書ノート。

<キーワード>
★ゲーデル的脱構築

★否定神学的アイデンティティ


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※デリダはフーコーの相対主義を批判する。相対主義は無力だと論じる。

「ならばこの脱中心化された中心主義、言い換えれば「ヨーロッパ」という固有性の普遍性に対し、デリダはどのような態度を取るのか。『他の岬』はつぎのように述べている。「ヨーロッパ中心主義と反ヨーロッパ中心主義という」「消尽しており、またひとを消尽させるプログラム」を回避するためには、「文化の固有性とは自己自身と同一ではないことである」というテーゼを導入する必要がある。ヨーロッパの固有性はあるが、同一性はない。「ひとつの文化は決してひとつの唯一の起源をもたない」のであり、「文化の歴史において、単一の系譜学はつねに欺瞞になるだろう」。そしてこの非同一的な固有性に注意を向けることで、デリダはヨーロッパのなかに、「ヨーロッパでないもの、ヨーロッパでは一度もなかったもの、ヨーロッパでは決してないであろうものへとヨーロッパを開く」命法を聴き取る。つまり彼はヨーロッパの歴史のなかに、過去ー現在ー未来と続くその直線的同一性におさまらない開放性を発見していくことを提案する。以上の言葉は、彼の思考のあり方をよく表している。彼が伝統を重視するのは、つねにその同一性を拡散させるため、先述の表現を使えば「かも知れない」の位相を挿みこむためである。」p47-48


※歴史修正主義に抗するジャン・フランソワ・リオタール。彼は『文の抗争』のなかでこう述べる。

「アウシュヴィッツの名は、歴史的認識がその能力への異議申し立てに出会う限界を記している」

 アウシュヴィッツの記憶は記憶不可能なものの記憶である[……]哲学はその不可能性を扱う。(p51)

「計測不可能な犯罪がかつて行われた。歴史的認識の限界は、その記憶へと遡行することで知られる。ならばその遡行はなぜ可能なのか。『争異』はまさにそれを根拠づけるため、多くの部分を割いて固有名の性質について論じている。」p52

 ※アウシュヴィッツの悲劇はなぜ悲劇なのか? 東浩紀は言う。

「あるひとは生き残り、あるひとは生き残らなかった。ただそれだけであり、そこにはいかなる必然性もない。そこでは「あるひと」が固有名を持たない。真に恐ろしいのはおそらくはこの偶然性、伝達経路の確率的性質ではないだろうか。ハンスが殺されたことが悲劇なのではない。むしろハンスでも誰でもよかったこと、つまハンスが殺されなかったかも知れないことこそが悲劇なのだ。リオタールとボルタンスキーによる喪の作業は、固有名を絶対化することでその恐ろしさを避けている。」p61

*「なぜデリダはそのような奇妙なテクストを書いたのか」が本書の出発点

「問いは三つに分割される。

(1)デリダは何故ハイデガー的思考に抵抗したのか、あるいはデリダ的脱構築とハイデガー的解体のあいだの差異は何か。[以下略]

(2)デリダは何故その抵抗を、あのような(奇妙な)テクスト形態で展開したのか。これは理論と実践の接合、コンスタティヴな主張がパフォーマティブなテクスト形態を要請する捻れについての問いであり、答えるのがより困難なものである。[以下略]
(3)そしてデリダのそのテクスト実践、70年代から80年代にかけ最も活発化した「デリダ的脱構築」は、最終的にいかなる効果をもち、またいかなる認識を私たちに開いたのか。[以下略]」(p152-154)


「自由の平等」

2004年06月02日 | 読書
 ソネアキラさんのBlogを読んでてこの本のことを思い出した。

ソネさんもこの本がわかりにくいとおっしゃっているが、まったく同感。一文ずつはすごくクリアに書いてあるのに、文章としてまとめて読んでいくと脈絡がわかんなくなるっていうようなしろもんなんだよね、立岩さんのは。

能力に応じて働き平等に分配する社会をめざそうって立岩さんは主張していて、それってまさしくマルクスの言う「共産主義社会」じゃないの。えーやんか、それ。

で、立岩さんは、この主張への異論・反論をひとつずつつぶしていこうとしてこの本を書いている。だもんだから、「○○という意見がある。こうこうこうだ。だがそれは本当だろうか」「××は△▲である。確かにそうかもしれない。だがそうは考えない」とかいう論調で淡々と文章を書いていく。
延々と書いていった命題を最後に「いや、違う」とか否定するので、いったいどこまでが立岩さんの意見で、どこまでが反対者の意見なのか、わけがわからなくなる。

『自由の平等』って読んでいて思ったのは、
「この文体、どっかで読んだ覚えがあるなあ…。あ、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』やんか」

やっぱりソネアキラさんもおんなじことを感じたみたい。

それに、立岩さんの本には註が多いこと多いこと。これじゃまるでウェーバーみたいやんか。とにかく読了するのに四苦八苦しました。

確かにいいこと言ってるとは思ったけど、こんな文体だから最後まで読み通した人って少ないんじゃなかろうか。それに、正直言って、それほど説得力があったとは思えなかった。むしろ、わたしみたいに、立岩さんのテーゼをあらかじめ納得して読み始めている読者にもう少し何か具体性を与えてほしかったなと思う。