ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ザ・マジックアワー

2008年06月22日 | 映画レビュー
 これまで見た三谷作品の中ではもっとも面白かった。監督本人が言うように、一番映画らしい映画に仕上がったのではなかろうか。大いに笑わせてもらいました。

 映画人なら誰でも一度は作りたくなるのが自己言及的映画らしい。映画内映画を描いたこの作品の一番の魅力は全編に漂う「フェイク感」だ。いかにもセットくさいセットの港町が写り、おもちゃの町のような町並みと小さなホテルが画面の真ん中に登場する。このいきなりの嘘くささ! 何よりも、主人公村田大樹(佐藤浩市)という売れない役者が語るくさいくさい台詞、「マジックアワーっていうのはなぁ、日が落ちてから周囲が暗くなるまでのほんのわずかな時間帯のことを言うんだ。そこを映画監督は狙って撮るんだよ」という巻頭の場面がそもそもこの映画全体の雰囲気を宣言している。これから始まる作品は、全編がその、「マジックアワー」にかける映画人の意気込みを描いたものなんだよ、と。

 だから、わたしは冒頭しばらくは、この映画じたいが実は三重構造のフェイクものではないか、つまり、映画内映画内映画を描いているのではなかろうかと疑っていた。そのくらい、あまりにも嘘くさい。しかもその嘘くささがこの映画の文法であると了解してからは、逆に嘘くささを堪能できるようになるのだ。映画内映画がもっと何重にも虚構化されているのではないかという疑いを観客に与えるほど素晴らしく「作り物めいた映画」なのだ、いい意味で。


 やくざの親分の情婦に手を出してしまった備後(びんご)という青年(妻夫木聡)が、親分の許しを得るために「デラ富樫」という正体不明の伝説のヒットマンをつれてくることになった。デラ富樫など一面識もないのに知り合いであると豪語した備後は、苦肉の策として、売れない俳優村田大樹をだまして「デラ富樫という殺し屋を主役にする映画を撮るので、主役を演じてほしい」と持ちかけ…



 この映画のおもしろさは、デラ富樫を演じる村田大樹だけが演技をしているつもりで、あとのやくざたちがみなマジにデラ富樫とかけあいをしている落差にあるのだが、「真剣と遊び」、「まじめとおふざけ」のディスコミュニケーション(といいながら不思議とコミュニケーションが継続する)がこれほど笑いを誘うものであったとは新発見である。デラ富樫とボスの西田敏行が初対面の場面が繰り返し描かれるシーンなどは、3回目にはついに劇場内から爆笑の声が上がっていた。こういうコメディを映画館で見る楽しみは、どこで誰が笑うかという観客の反応を見ることにある。今作では三谷監督はかなり笑いのツボを的確に押さえたようで、見事である。西田敏行と佐藤浩市がうまかったというのもあるのですが。


 映画製作の場面がいくつも登場し、古い映画へのオマージュがあふれている映画というのは映画ファンにとってはそれだけで十分楽しめる。それで気づいたのだけれど、映画館の椅子ってなんで赤い布張なのだろう? 黒とか黄色とかほかの色でもよさそうなのに、どういうわけかほとんどの劇場で椅子は赤と相場が決まっている。いえ、黒い椅子もあるでしょうし、茶色だってありますが、でもやっぱり赤が王道よねぇ。
 

 この作品は、懸命に演技する大根役者村田を嗤いながら最後は彼の懸命さにほろりとさせるという落としかたが心憎い。ドスの利いたボスの意外な面を最後に見せた西田敏行もなかなかのもの。

 登場人物たちのキャラが面白いのでそれもお楽しみ。戸田恵子演じる安ホテルのマダムが登場するたびに黒子の位置を変えたり雰囲気を一変させたり、摩訶不思議で笑えます。わたしは宝塚の役者かと勘違いしたわ(^_^;)

 それにしても佐藤浩市の演技の幅については改めて感心した。この人、ますます父親に似てきたけど、ひょっとしてそろそろ父を超えるのではなかろうか? 十分その演技力について感嘆せしめる今回の出来であった。

--------------------

ザ・マジックアワー
日本、2008年、上映時間 136分
監督・脚本: 三谷幸喜、製作: 亀山千広 、島谷能成、音楽: 荻野清子
出演: 佐藤浩市、妻夫木聡、深津絵里、綾瀬はるか、西田敏行、小日向文世、寺島進、戸田恵子、伊吹吾郎、浅野和之、市村萬次郎、香川照之、市川崑、中井貴一、
鈴木京香、唐沢寿明

最新の画像もっと見る