新車


D810 + SIGMA 35mm F1.4 DG HSM

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車にまったく興味の無いデザイナーの知り合いが来た。
今風の草食系の若者だが、業界では実力を認められている人だ。
デザインの専門家なのに、なぜか車の知識はまったく無い。
話をしていても、車には何の興味も無いのがわかる。
まあ、あることに秀でた人は、一般人の好むようなことに関しては、すっぽり抜けてしまっていることがある。

もちろん彼も運転はする。
いつも自分の車を、あまり面白くなさそうにノロノロと運転して来る。
20年以上前のトヨタ車で、昔流行った白くて背の低いハードトップ、見るからに時代遅れのデザインだ。
当時も評論家には悪評だったし、かと言って今見てもクラシカルな魅力があるわけでもない。
同じ買うにしても、なぜこの車を選ぶかな・・というつまらない車種である。

そもそもデザイナーなのに、こんな車で来たら、センスを疑われて本業のほうに影響が出るのではないか、と心配になるほど。
それなのに当人は平気でそのオンボロに乗ってくる。
本当に車への興味はまったく無く、ただ走ればいいと考えているのだろう。

そんな彼も、さすがにその旧型車を買い替える時が来た。
たまにエンジンが息つきして、動かなくなることがあるらしい。
古くて修理もままならず、やむなく買い替えることになったのだ。

「次は何にするんですか?」
彼がまた変な車を選ぶのではないかと心配になり聞いてみた。

「友人からは、ポルシェにしてはどうかと勧められました」
「ポ・・ポルシェ!」
僕は驚いてひっくり返りそうになった。

「お前もそろそろポルシェくらい乗ってみろって言われたんです」
「いや・・あの・・・」
「私が乗ったらおかしいでしょうか?」
「おかしいというか、マニアックで運転技術もそれなりに必要な車ですよ」
「はあ・・・」
「車に詳しくて、運転も好きな人でないと・・・それにRRといって駆動方式がですね・・・」

説明してもピンとこないようだ。
車と人間との社会的な関係について、彼はまるで理解していない。
ポルシェのデザインは知っていても、車としてのポルシェに対する知識はほとんどない。
恐らくポルシェも今の古いトヨタ車も、あるいはそれが軽自動車であっても、彼にとって機能面ではすべて同じ「車」であり、同じようにノロノロと運転するのだろう。

「まあ、何を買おうが自由だけれど・・・それにしてもポルシェねえ・・・」
「私には合わないですか?」
「ウーン、似合わないわけでもないですがね・・・それはそうと、ご家族にはもう話されたのですか?」
「いえ、今晩話してみようと思います」

この時点まで、どこかで彼が冗談を言っているのだろうと思っていた。
しかしどうやら冗談ではなく、本当にポルシェを買うつもりらしい。
家族はどんな反応をするのだろう。
彼がポルシェに乗ると言えば、それはいいと喜ぶ人たちなのだろうか・・・

数日後、電話口で彼が言った。
「家族にポルシェのことを話したのですが・・・」
「どうなりました?」
彼は苦笑いをした。
「猛反対されました。子供が産まれたばかりなのに、あなたは何を考えているのかって。車は母と妻が選ぶそうです」

次にやって来た時、彼は国産のミニバンの新車に乗って来た。
それを見て、何だかすごくガッカリした。
何という、面白みの無い選択・・・
こんなことだったら、何を言われても絶対にポルシェにしなさいと言っておくべきだった。
ピカピカのミニバンの前に立つ彼を見ながら、素晴らしい機会を失ったような悲しさを覚えた。
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