外食


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昨日、今日とMrs.COLKIDの帰りが遅かった。
親戚に不幸があり、神奈川まで出かけたのだ。
二日連続で、夕食をひとりで外で取った。

昨日は近所にあるラーメン店に行ってみた。
確かお店が出来たての頃に一度行ったきりだ。
その時はそれほど美味しいとは思わなかった。
しかしそれから何年も経ち、まだお店があるという事は、それなりに評価されているのだろう。

あえて醤油ではなく味噌ラーメンを食べてみたが、まあまあ美味しかった。
うんちくがいろいろあって、出汁に何を使っているとか、麺をどうしているとか、メニューにいちいち説明してある。
説明が多過ぎて、どれを選んでいいのか分からないのが欠点ではある。
常連客が多いようだが、一人で来る男性がほとんどで、みな無言で黙々と食べていた。

今日は駅のそばにある小さな洋食屋に行ってみた。
僕が学生の頃からあるお店で、洋食屋さん・・という形態自体が古めかしい。
十数年ぶりで行ってみたが、本当に昔のままで、時間が止まったかのように思えた。

そこではシーフードサラダとビーフカレーを食べた。
それなりに凝ったものではあったが、30年くらい前の味付けで決して今風ではない。
それがいいと言う人もいるのだろう。
そこも常連らしき人たちが入ってきたが、ラーメン屋とは反対で女性客が多かった。

どちらも久しぶりに食べたが、正直なところ、すごく美味しいというほどではなかった。
まあ一度食べれば十分で、これでまた数年は行かなくてもいいかな・・という感じだ。
ひとり暮らしなら、近所のお店で食べることもあるかもしれないが、それが身体にいいとは思えない。
最近外食が減ったのは、家族が僕の身体のことを考えて、なるべく行かないように制御してくれているのだろう。
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接種


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糖尿の医者に行ったついでに、インフルエンザの予防接種を受けた。
ブームが少し過ぎて、病院が混まなくなった頃を見計らっての接種である。
まあ今更受けても少々遅いと言えば遅いのだが・・・(笑)

ワクチンが不足気味という噂があったが、すでに解消したようだ。
アンケートに体調を書き込んで熱を測るだけで、すぐに受け付けてくれた。
病院が閉まるギリギリの時間を狙ったので、待ち時間は最少だったと思われるが、それでも1時間半近くかかった。

糖尿の採血は、いつも通り右腕にしてもらった。
インフルエンザはどちらにしようかと思ったが、看護婦さんが利き腕は避けた方がいいという。
そこでワクチン接種は左腕にしてもらうことにした。
腕をまくると、看護婦さんが左肩の裏側の見えないところに針を刺した。

細い針なので刺す時の痛みは少ないのだが、その後ワクチンを注入し始めるとみるみる痛みが増してくる。
看護婦さんもそこで「痛いですよ」と言ったので、多分皆が痛がるのだろう。
何というか、体内に異物が入り込んでいくような嫌な気分である。
針を抜いても違和感が残り、しかも少し痺れてきた。
腕の中にエイリアンの幼虫が巣食ってしまったような薄気味悪さを感じる。

インフルエンザの予防接種を受けると、僕の場合いつもそこが赤く腫れあがる。
腕の裏側なのでよく見えないが、手で触れるとすでに腫れぼったくなっており、そのうち痒みも出てきた。
さらには腕がだるくて、力が入りづらくなっている。
利き腕ではない方に受けて、確かに正解かもしれない。
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ふたつ


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ふと思った。
耳の穴はふたつある。
目もふたつある。
それぞれにふたつある理由がある。

耳は左右で音波を拾い、その位相差から計算して音源の位置や距離を特定する。
目は左右で光を感知し、対象物を立体的に捉えるとともに三角測量で距離を測る。
ふたつある必然性があるのだ。
それぞれ生きていく上で重要な役割を果たす器官である。

しかし鼻の穴はなぜふたつあるのだろう?
臭いをかぐのに、穴がふたつ必要になる理由が思い当たらない。
呼吸の際の予備の穴かと思ったが、鼻がつまっても口で吸えばいいだけのことだ。
ネットで調べてみたが、どうも鼻の穴がふたつある理由に関しては、まだ謎の部分が多いようだ。

ふたつ無いと空気が乱気流を起こし、上手く取り込めない、という説があるようだ。
また理由はわからないが、穴がひとつだと臭いを判別するセンサーが正常に働かなくなり、臭いが分からなくなるという。
確かに片方の鼻の穴を塞いで嗅ぐと、何の臭いかよくわからないような気もする。

生き物の身体の進化は必然的なものである。
だから鼻の穴も、恐らくふたつある正当な理由があるのだと思う。
ふたつある方が見た目がカッコいいからとか、そういう事では無いだろう。

そういえば、口はなぜひとつしかないのだろう?
目も耳も鼻の穴もふたつずつあるのに、顔の器官で口だけがひとつである。
よく考えたら、こちらの方が謎と言えるかもしれない。
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ひとりごと


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電車に乗っていたら、盛んに何かを話す男性の声が聞こえてきた。
最初はだれか友人とでも会話しているのだろうと思った。
しかし見てみると、その人の周りに同行者がいない。
会話をしている相手がいないのだ。

異様な雰囲気を察知する事には敏感になっている。
世の中にはおかしな人が大勢いる。
無防備でいるところに、いきなり何かされたら大変である。
我々はいち早くそれを感じ取り、うまく避けなければならない。
当人の容姿や動きはもちろん、その周りの人たちの反応も含めて、そこに流れる「違和感」のようなものを感じ取るのだ。
これは現代において生きていくのに、最も必要とされる能力の一つであろう。

その時も、ほんの微かなものではあったが、まずはその場の気まずい空気に気付いた。
直感的に危険を察知し、その人物に意識が集中した。
さり気なくかつ慎重に観察してみたが、やはり一人で話している。
最近はヘッドセットを付けてひとりで話す人もいるので、見分けがつきにくいのだ。
しかし周りの人たちの硬い表情からも、その人物の異常性を皆が感じ取っているのがわかる。

駅に着き電車を降りた。
するとその男性も同じ駅で降りた。
なるべく近寄らない方がいいと思いながらも、人の流れの中で押されながら進む。
すると階段を上るところで、あろう事かその男性のすぐ横に並んでしまった。
皆がその男性を微妙に避けており、僕が飛び出してしまった格好だ。

誰もいない空間に向かって、男性はひっきりなしに話している。
安倍がどうしたとか、右翼がどうしたとか、何か政治に絡む内容のようであった。
チラチラとその状態を窺いながら進んでいたが、いよいよ危ないと思い、僕は階段を上る速度を変えようとした。
その男性より歩調を緩めることで、少しでも距離を離そうと思ったのだ。

すると男性が、いきなりこちらにくるりと顔を向けた。
周りの皆が面食らって、後方に引いたのを感じた。
男性は顔にうっすらと笑みを浮かべている。
そしてひときわ大きな声で言った。
「今日はひとりごとがいつもより多い。ヤベー状態だぜ!」
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しわ寄せ


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午前中は新宿で人と会って食事をした。
何となく疲れていたが、それからカメラを持って散歩をしてみた。
カメラを持つとなぜか疲労が回復する。
というより、一時的に疲労を感じなくなると言った方がいいのだろう。
結局調子に乗って、かなりの距離を歩いてしまった。

それから銀座に出て床屋に行った。
今年最後になるだろう。
床屋は予約で混んでいて、銀座に着いてから電話を入れたのだが、今すぐ来ればその前にやってくれるということになった。
早歩きで汗をかきながら床屋まで行った。
店内はフル稼働で、年末らしくなってきたと言っていた。
しかしそこで疲れが出て、椅子に座ったまま、あとはほとんど寝ていた。

帰宅しても眠くて、食事をしてからちょっとソファーで横になったら、そのままグッスリと眠ってしまった。
気が付くと夜11時のエレメンタリーの時間になっていた。
かなりの距離を歩いたと思ったが、今度はかなりの時間寝てしまった。
結局しわ寄せはしっかりくる、ということだ。
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笑い声


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勉強をしているはずの息子の部屋から、時折笑い声が聞こえてきて、それがとても気に障る、という話を読んだ。
勉強しているようにみせかけて、スマホで動画サイトを見ているのだそうだ。
しかし笑い声を出したらばれてしまうだろうに、声をひそめて笑うことは出来ないのだろうか。

そういえば、Mrs.COLKIDも居間でテレビを見ていて、ひとりで笑っていることがある。
離れた僕の部屋にいて、笑い声が聞こえてくる。
誰もいなくても声を出して笑う人がいるということだ。

もちろん僕も普段笑わないわけではない。
しかしひとりでいるのに、声を上げて笑うことは滅多にない。(よほど面白い時は別だが)
可笑しくても、大抵は笑い声を押し殺してしまう。
ひとりでゲラゲラ笑うなんて何だか変だ・・という気持ちが働くのであろう。

それが普通かと思っていた。
しかし何人かに聞いてみたら、案外ひとりでも声を出して笑う人が多いことがわかった。
家に誰もいなくても、テレビなど見てケラケラと笑うことが結構あるという。

僕の母親は現在一人暮らしをしているが、多分声を出して笑うことはあまりないと思う。
もちろん母親だって、テレビで面白い番組を見れば笑う。
しかしクスッとする程度で、声を出して笑うことはしない。
そんな姿は見たことがない。
そういう環境で育ったから、僕にもひとりでは笑わない習慣が身についたのだろうか。

人と会話していれば、普通に声を出して笑う。
しかしひとりでいる時は、同じ笑うにしても声を出さない。
笑い方を使い分けているのだ。
誰かと一緒の時のみに声を出すとしたら、それは相手との関係が絡んだ意識的な行動だとも言える。

確かに、笑いに意図的に意味を持たせる事もあるだろう。
「可笑しいですね、あなたも可笑しいでしょう?」と同意を求めたり、「さあ、ここは笑うところですよ」と相手に教えたり・・・
笑いを意思伝達やコミュニケーションの道具として使うのだ。
あるいは自分が付き合いやすい人間であると、笑いという行動で相手に伝えることも出来る。

まあ、そんなに難しく考える事でもないのだろう(笑)
笑うことは健康にいいというから、声をあげて笑うことが悪いわけではない。
ひとりだろうと何だろうと、自由に笑っていただいていいのだ。
変な人と思われないよう気を付けてさえくれれば。
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マグカップ


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長年使っていたマグカップが壊れた。
注いだお湯がジャージャーと漏れ出した。
見ると側面から底にかけて一本のヒビが走っている。

ぶつけたり、特別熱いものを入れたりした訳ではない。
経年変化による破損であろう。
まだ形は保っているが、もう飲み物を入れることは出来ない。

いつ頃から使っているんだろう?
考えてみたが、結婚する前だから、少なくとも20年以上前だ。
30年近いかもしれない。

駅の近くに小さいレストランが出来て、オープンの時に配っていたのだ。
その時記念にもらったものを、ずっと使っていた。
ベージュ地にグリーンのサボテンの絵が入った、小さめのマグカップである。

そのお店はまだ営業しているが、最近はとんと行かなくなった。
数年前に行った時に、あの時のマグカップをまだ使っていると、オーナーに話したのを覚えている。
笑いながら、それは貴重ですね、もう私の手元にはありません、と言われた。

しかし僕にとって、そのマグカップは特別貴重なものではなかった。
マグカップはいくつか持っていて、その中のひとつに過ぎない。
だから壊れたとはいえ、それほど感傷的な気分にはならない。

ただ長年使ってきたので、風景の一部になっていたのは確かだ。
そのまま捨ててしまえば、程なく忘れてしまうのだとは思う。
しかしまだ形もあるのだし、ゴミ箱に放り込むのも可哀想だ。

修理してスプーン立てにでもするか。
あるいは花を植えて、窓辺にもでも飾ってみようか。
もう少し我が家の一員として、過ごしてもらおうと思っている。
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イルミネーション


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夕方、表参道を歩いていた。
ふと見ると、街路樹にLEDのイルミネーションが巻き付けてある。
道に沿って植えられた木のほとんどに装着しているようだ。

これはもう少し待てば点灯するぞ。
時計を見ると、あと小一時間で暗くなりそうだ。
用事は無かったが、点灯するのを見てみようと思った。

表参道ヒルズの中を歩いたりして時間を潰した。
しばらくうろうろしてから、外に出て歩道脇のガードに腰を掛けたところ、一斉にLEDが点灯した。
わあっと歓声が上がった。
時間を見るとちょうど16時半であった。

早速いつもの歩道橋に向かった。
これをあそこから撮らないでどこで撮る・・・
と思ったら、下の写真のような有様であった。
そりゃあないよ・・・

恐らく見物人が殺到するのだろう。
誰が見てもここが特等席だものな。
老朽化して普段からよく揺れる歩道橋だから、大勢乗ったら確かに危険である。
外国人や荒っぽそうな連中もいるし、場所取りで喧嘩も起きるかもしれないし(笑)



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誕生日


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実は今日は誕生日であった。
55歳になる。
今更この歳で誕生日でもないのだが、家族だけで銀座で食事をした。
12月2日が休みに重なるのは滅多にないことで、久々に誕生日の当日に食事ができた。

Mrs.COLKIDがデパートの上にあるフレンチのレストランを予約してくれた。
僕の誕生日と言ってあったようで、名前を書いたデザートが出てきた。
何だか気恥ずかしかった。

お店は満席で、20代の若いカップルが何組か来ていた。
僕の席からも三組の男女が食事しているのが見えた。
デートのコースとしてまっとうで、見ていて微笑ましかった。


iPhoneで撮影
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富裕層


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先日来社した仕事上の知人との会話。
富裕層を対象とした高級な品物を扱うお店の人だ。
当然そういう人たちの好みを意識した商品を開発しなければならない。
しかしそもそも富裕層ってどういう人たちだろう。

富裕層とは簡単に言うと自由に使えるお金をたくさん持っている人たちのことだ。
家とか消費財、収集品(笑)は含まれず、それとは別にポンと使えるお金を持っている人たちである。
そういうお金を100万ドル以上持っているのが富裕層の定義で、日本には200万人前後いるのだそうだ。

しかし普通にものを生産したり、企業に勤めたりする生活で、それだけの余裕を持てる人ってそうはいないだろう。
恐らく現代において純粋に仕事で成功してリッチになった人といったら、IT関係の企業を立ち上げた人くらいであろう。
こつこつモノを作ったり売ったりしても、そんなに儲かるものではないのだ。

よくお金持ちほどケチだというが、確かに自由気ままにお金を浪費するのは中途半端な人で、お金のある人ほど無駄にお金を使うことを嫌う。
結局今の富裕層って、親から財産を引き継いだ人が多いのではないか・・と知人は言う。
言い方は悪いが、自分の能力ですべてを得たわけでは無く、上からお金が降りてきた訳である。

当然その財産を自分の子孫に引き継いでいかなければならない・・という意識が働く。
すると考え方が「守り」に入る。
無駄な買い物は極力避けるし、普段の生活でも贅沢なことはしない。
財産を少しでも残すため、節税や資産運用のテクニックに詳しくなる。

そう考えると、富裕層と言っても意外に値引きやお得感に敏感なんじゃないか、という話になった。
資産を残すことは人生における最大の課題のひとつなので、ものを安く買うことにはこだわる。
いくら品質が良くても、価格がリーズナブルでなければ興味を示さないのだ。
今後は遺産相続の増加などで富裕層のマーケットは拡大していくのだそうだが、案外彼らをターゲットとした販売では「値引き」がキーワードになるかもしれない。

例えばネット上ではお金持ち限定の秘密クラブのようなものをあまり見ない。(本当はあるのかもしれないが・・・)
会員を厳選して、外部の人間は入れず、あくまで富裕層だけを対象にして特別な情報を共有する空間を作る。
他では絶対に手に入らないユニークなものや、世界に二つとないオリジナル品のみを彼らに紹介する。

お金がいっぱいあれば、いちいち値段なんて聞かなくても、欲しいものは注文するだろう・・と、我々は考えてしまう。
ところが実際にはむしろ逆で、お買い得であると感じないと、彼らは買ってくれないのではないか。
もちろん金額のスケールは全然違うだろうから、「これは本当は3千万円ですが今日に限り2千500万円でいいですよ」といった売り方になるのだろうが・・・
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風邪


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寒い日が続いたせいか、昨日朝起きたら少し熱っぽかった
喉に違和感があり、咳も少し出る。
これはまずいなと思い薬を飲んだ。

以前は総合風邪薬を飲んだが、それだとボーッとして眠くなる。
今は葛根湯か頭痛薬を飲むことが多い。
軽い時は葛根湯で何とかなる。
熱っぽさが強くなってきたら、頭痛薬でないとだめだ。

ただ、このやり方はよくないと医者の友人から注意されている。
頭痛薬は強すぎて、身体がそれに慣れてしまうと厄介らしい。
葛根湯くらいで抑えておくようにと言われる。

でも仕事があるからねえ・・・
今日は体調が優れないからと、会社を休んで寝ていられる身分ならいいが、そうもいかないのだ。
とりあえず何とか症状を抑えて、仕事に支障が出ないようにしないといけない。

頭痛薬も自分に合った銘柄があって、もっぱらそれを買っては家に置いておく。
危ないと感じたら早いうちに飲んでおけば、悪化せずに治まることも多い。
そのお陰か、今朝は比較的調子がよくなっていた。
もっとも夜になるとぶり返すから油断は出来ないけれど・・・

本当はインフルエンザの予防接種を受けたかったが、忙しくて行けないうちにシーズンに突入してしまった。
受けておけば、仮に感染しても症状が軽くて済む。
風邪が治ったら行こうかと思ったが、あの混みあう病院の中で長時間立っている方がよほど危険かな・・・
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メール魔


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「電話魔」というエド・マクベインの小説がある。
87分署シリーズのひとつで、高校生の頃に夢中になって読んだ。
確率の計算式に基づいて犯罪を犯す天才的な犯人に、警察官たちが翻弄されるシリーズ屈指の傑作である。

それと直接関係はないのだが、知人の話を聞いて、「メール魔」という言葉が思わず浮かんだ。
知人の会社では、一般ユーザーからの製品に対する質問のメールに、ひとつひとつ丁寧に対応している。
毎日のように何通か質問があり、対応の手間は大変であるが、ネット時代に生きるメーカーのひとつのあり方ではないかと知人は考えている。

ほとんどの人は常識的なメールのやり取りで済む。
知人がしっかり回答すれば、感謝のメールをいただき、かえって恐縮することもあるという。
しかし年に数回程度だが、少々面倒な人からのメールが混ざることがあるようだ。

性別はあまり関係なく、男女でほぼ同数の割合であるという。
年齢的には中年の人が多いようだ。
最初はまあ普通の質問であるように見える。
ところがそれに対し丁寧に答えると、そこからメール攻撃が始まる。

ひとつの疑問が解決すると、次の質問が出てくる。
それ自体は普通のことであるが、その度合いが激しく、一日に何回も質問メールを送ってくる。
知人は当然それらのメールに毎回丁寧に対応する。
すると際限がなくなり、あれはどうなのか、これはどうなのかと、永遠に続くかのように連続して質問が来るようになる。
休みの日など返信できないでいると、答えを待たずに思いついた疑問点をメールで次々に聞いてくる。

この人は自分の質問に答えてくれる、と分かったところから、態度が変化するようにも見えるという。
一生懸命に答えたことが、かえって仇になってしまうのだ。
かといって、メーカーは質問に対しては誠実に答えるべきだという信念から、知人はそれを止めることは出来ない。
最後はまるで人生相談のようになってしまい、知人もほとほと疲れ果ててしまうようだ。
メーカーがどこまで対応出来るか見たくて、わざとやっているのではないかと疑いたくなることもあるという。

一番最初のメールのやり取りで、これは危ない相手だなと見極める必要がある。
その場合深入りせずに、なるべくあっさりとした返事を返すようにする。
残念なことではあるが、結局誠意もほどほどにしないと痛い目に遭う、ということだろう。

大手のメーカーでは、お客様相談窓口の部署の人が、精神的に病んでしまい辞める事が多いと聞く。
メーカーにメールで質問しても、返事がやけに素っ気無いことがある。
あれは恐らく散々そういうパターンに遭遇した上で得たノウハウなのだろう。
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セール


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先週辺りからブラック・フライデーのセールのメールが次々に来るようになった。
(ブラック・フライデーに関しては2014年11月29日の日記を参照)
金曜日はすでに過ぎたが、セールはまだ続いている。
日本ではあまり定着していないが、あちらでは盛り上がっているようで、凄い数のメールが行き交っている。
ひとつの販売店から、一日に数回メールが来ることもある。

要は年末商戦が始まったということだ。
クリスマスのプレゼントを買うことは、キリスト教の国では大きなイベントのひとつなのだろう。
30%OFF、40%OFF、50%OFFという数字が並ぶ。
クリスマス直前には叩き売りに近くなるお店もある。

賢い人はこういうタイミングをしっかり押さえているはずだ。
1年のいつセールが行われるか、表を作って管理している人もいるのではないか。
そしてその日のためにしっかりお金をプールしておく。
僕のように無計画に使ってしまうタイプは、損ばかりしていることになる。

ネット通販が主流になりつつあるが、それとともに繁忙期が変化しているのを感じる。
期末の時期が大いに忙しくなるのは今でも変わらないが、ネット・ショップでは思ってもいない時期にものが売れることがある。
どうしたのかと聞くと、楽天のセールが始まったからとか、インターネットならではの事情が絡んでいることがわかる。

上手い具合に、ものが売れなくなる時期にセールをやってくれて助かる場合もある。
しかし考えてみると、購入者の総数はほとんど変わらないわけで、年間を通じて見れば、ピークがならされただけとも言える。
セールが始まるまで買い控えする人が増えれば、逆に売れない時期の悪化は激しくなるかもしれない。
しかもセールで売れても、それは安売りに他ならないのだから、販売店の利益は減少する。

結局冷静に考えると、ユーザーがネットから情報を得て賢くなると、世の中の経済がどんどん悪くなるのである。
そこを知った上で事を進めないと落とし穴が待っている。
結局今まで世の中を良くしてきたのは、お金を回す事を考えてものを買ってきた僕のような人間なのである(笑)
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軽いPTSD


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Dlifeを見ていると、けっこうショッキングなシーンが平気で放映されることに驚く。
遺体や血、内臓などは日常茶飯事で、嘔吐するシーンも多く、食事中だと気分が悪くなることもある。
米国のテレビ番組はそういうシーンを流しても問題ないのだろうか。
日本の方が規制が厳しいのか、過激なシーンを見ることは少ないが、そのせいか日本のドラマはぬるま湯に浸かっているような印象を受ける。

既にかなり古い作品であるが、「ER緊急救命室」を何度も再放送している。
この番組では、次から次にそういうシーンが流れる。
リアルな映像をテレビで流す番組のはしりかもしれない。

その中で医師のひとりであるロバート・ロマノが、自分の腕を切り落としてしまう強烈なシーンがあった。
ヘリコプターの後部ローターに誤って接触してしまい、片腕がスパッと切断されるのだ。
口は悪いが実力のある医師で、憎まれ役ではあったが、長く番組に出ていて、こちらもそれなりに親しみを持っていた。
そこでいきなりこのシーンなのでショックが大きい。

屋上のヘリに患者を運び込む際、風で書類を飛ばされてしまい、それを拾って立ち上がったところで腕がローターに接触してしまう。
血しぶきが周りにいた人たちの顔に飛ぶ。
切断された腕がドスンと地面に落ちる。
ロマノ医師はショック状態に陥りその場に倒れる。
他の医師たちが大慌てで血の吹き出す傷口を押さえ、切断された腕とともに手術室に運び込む。

思わず画面に見入ってしまったが、それゆえに軽いPTSDになってしまったようだ。
以降そのシーンが目に焼きついてしまった。
しっかりと人格のある登場人物であり、ゾンビが頭を飛ばされるのとは訳が違う。
その事故で亡くなりはしなかったが、結果的にロマノ医師は片腕をなくし、それをきっかけに人生も狂っていく。

それから数日後、同チャンネルで料理番組を見ていた。
鮭を調理していたのだが、胴体の真ん中で二つに切った鮭の尾びれの方を、ドスンとまな板の上に置いた。
その瞬間ギョッとなった。
同時に気分が悪くなった。
頭にはあの腕のシーンが思い浮かんだ。

こういうシーンは、若い頃は見ても何とも思わなかった。
学生時代にはスプラッター系はむしろ好んで見ていたのだが・・・
やはり歳とともに駄目になるのか。

親しみのある登場人物をいきなり失うのは、単に視覚的なものだけではなく、精神面でも打撃を受けるのでショックが大きい。
「NCIS 〜ネイビー犯罪捜査班」のシーズン2の最終話で、ケイトリンが狙撃され額に穴が開くシーンもきつかった。
あれだけ視聴者が親しみを持った女性が、油断した瞬間にいきなりである。
それを見て以降、しばらく気持ちが晴れなかった。

恐らく役者当人が降板したいと言い出したとか、予算の都合でその人が使えなくなった時などに、そのキャラクターを殺して終わりにしてしまうのだろう。
しかし何も殺さなくてもいいだろうに・・・

と思ったが、子供の頃見ていた「太陽にほえろ!」でも、登場人物を定期的に殉職させるのは常套手段だった。
今日○○が死ぬ・・という噂がちゃんと伝わっていて、皆学校を早く帰って見た。
このやり方は日本でも昔からあるのだな。
たまにスパイス替わりに誰かを殺さないと、視聴率が維持出来ないのだろう。
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電子マネー機能


D850 + AF-S NIKKOR 24mm f/1.4G ED

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ATMの利用者が減りだしたという記事を読んだ。
ATMは設置にかなりの費用が必要なので、銀行はすでにこのサービスからは撤退気味で、もっぱらコンビニに任せているという。
ところがそのコンビニでも、利用者が減る傾向が出始めたというのだ。
ATMの需要は将来は無くなる方向ではないかという分析結果であった。

要は世の中が現金を必要としなくなるということだろう。
つい先日会社の朝礼で、将来は現金はなくなるかもしれないと言ったばかりであったが、早くも身近でそれを裏付けるような事象が現れ始めた。
いろいろなことが予想より早く進んでいく。
恐らく数年後には本当に無くなってしまうだろう。

スマートウォッチが各社から出ている。
まあ過渡期の製品だとは思うが、支払いの際に腕をかざすだけでいいのは、それなりに魅力を感じる。
しかし腕時計は装飾品でもあるので、自分が気に入っているわけでもない時計を着けるのは(しかもお気に入りの時計は外さなければならない)ちょっとなあ・・と思っていた。

今一つ食指が動かなかったが、ソニーから発売されているwena wristだけは気になっていた。
この製品は時計本体ではなく、ベルト側にウェアラブル端末の基板が入っている。
このベルトが単品で発売されれば、自分のお気に入りの時計と組み合わせることが出来るようになる。

すでに金属製のベルトは販売されていて、愛用のロレックスなどと組み合わせて使っている人もいるようだ。
それがここにきて、革製の時計ベルトも発売になる。
金属製のものはスマホと連動する多機能なものだが、革ベルトは電子マネー機能(楽天Edy)に特化しており、その代わり充電をする必要がなくなる。
この割り切りは面白い。
ATMの利用者が減ったのは、スマホ以外にもこういう製品が充実してきたことも影響しているのだろう。

それにしても、時計ベルトマニアとしては黙っていられない(笑)
自分の愛用の時計にベルトを取り付けることで、腕時計型のウェアラブル端末、つまりお財布になってしまうのだ。
18mmのベルトも用意されているので、アンティークのコルトベルトと組み合わせることも出来る。
しかも最初からワンタッチ式バネ棒付きだ!(笑)
価格も決して高くないのでひとつ買ってみようかな・・・

当然次に考えるのは、ベルトをばらして内部の基板を自分の好きなベルトに移植できないか・・ということだ。
何でもソニーならではの特殊なフレキシブル基板が入っているらしい。
しかしまあ、そんなこと言っているうちに、バックルに内蔵したタイプとか、さらに進化したものが出てくるのだろう。
出来ればDバックルに基板を内蔵してほしいなあ・・・(笑)

今のところ唯一残念なのはパスモ(スイカ)と連動しないことだ。
やっぱりパスモとの連携だけはクリアしてもらわないとね。
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