我が身を守るために国民を犠牲にしてはいけない 東京大学教授・鈴木宣弘 長周新聞 政治経済 2020年1月2日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/15034
すずき・のぶひろ 1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農学博士。農林水産省、九州大学教授を経て、2006年より東京大学教授。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員などを歴任。『岩盤規制の大義』(農文協)、『悪夢の食卓 TPP批准・農協解体がもたらす未来』(KADOKAWA)、『亡国の漁業権開放 資源・地域・国境の崩壊』(筑波書房ブックレット・暮らしのなかの食と農)など著書多数。
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1月1日発効ありき
2020年1月1日発効ありきで、日米貿易協定が拙速・強引に国会承認された。米国の自動車関連の関税撤廃の約束は「ない」が、どこにも書いてないものを「ある」と言い張って、貿易カバー率が5割強しかないのに9割をカバーしていると粉飾して前代未聞の国際法違反協定を強行した。子供も騙せない虚偽説明も、ここまで露骨になるとは思いもよらなかった。
霞が関の苦悩
筆者も、役所時代はもちろん、大学に出てから多くのFTA(自由貿易協定)の事前交渉(産官学共同研究会)に参加してきたが、経済産業省や外務省や財務省がWTO(世界貿易機関)ルールとの整合性を世界的にも最も重視してきたと言っても過言ではない。良識ある官僚の本心は断腸の思いではないかと察する。
振り返ると、日本の農林漁業を守り、国民への安全な食料供給の確保を使命としてきた農林水産省にとっては、TPP(環太平洋連携協定)交渉への参加は、長年の努力を水泡に帰すもので、あり得ない選択肢であった。何としても阻止すべく、総力を挙げて闘ったが、押しきられた。痛恨の極みだった。
国内制度についても、酪農の指定団体制度も、種子法も、漁業法も、林野の法改定も、農林漁家と地域を守るために、知恵を絞って作り上げ、長い間守ってきた仕組みを、自らの手で無惨に破壊したい役人がいるわけはない。それらを自身で手を下させられる最近の流れは、まさに断腸の想いだろうと察する。霞が関を批判するのはたやすいが、逆らえば即処分される恐怖の中で彼らも苦しんでいる。
少数のオトモダチのために国民が犠牲に
しかも、規制緩和や貿易自由化といわれている実態は、日米の政権に結び付いた「今だけ、金だけ、自分だけ」のごく少数のオトモダチ企業の儲けを増やすことである。国家戦略特区で農地買収を例外的に認められた企業と、人や国の山を盗伐して儲けて植林義務もなく「食い逃げ」できるようになった企業と、洋上風力発電のために人の漁業権を無理やり補償もなしに強奪できるようにしてもらった企業は、同一企業なのである。
米国政権のオトモダチ企業の筆頭格のグローバル種子企業は、日本で公共の種の提供(種子法)を廃止させ、それを自分のもの(公共の種の譲渡を義務付ける新法)にし、それを買わないと生産ができなくして(種苗法の改訂)、遺伝子組み換え(GM)食品表示を実質無効化(2023年4月施行)し、ゲノム編集も完全野放し(2019年10月)にしてもらった。発がん性のある除草剤の残留基準値も多いものでは100倍以上に緩めさせた。日本人の命を守るための基準値が米国で使用量を増やしたことによる残留量の増加で決められている異常事態である。
世界的にグローバル種子企業に逆風が吹き始めている中、唯一なんでも言いなりに聞く日本を最大の餌食とする戦略に徹底的に応えて国民の命を差し出しているのが日本国である。彼らは、人の薬の製薬会社と合併し、GMと除草剤で日本人の病気を増やし、病気の増加が合併した企業の薬の売り上げ増になれば、「二度おいしい、新しいビジネスモデル」と言っているとの噂さえある。
国民・国家に対する特別背任罪が必要
TPPには参加しない、と言って参加し、重要五品目は除外、と言って除外せず、日米FTAを避けるためにTPP11をやる、と言って日米FTA交渉をTAGという捏造語で別物だと主張して開始し、その場がしのげたら、誰もTAGという言葉も使わなくなり、すべて虚偽だったことがあとから判明しても誰も責任を取らない。
今回の日米協定では、自動車関税は撤廃が約束されている、これ以上農業を譲らない、牛肉のセーフガードは広げない、25%への自動車関税引き上げは回避できた、などなどと言っているが、これが違っていた、となったときに、きちんと罰せられるような仕組みを作らないと、その場しのぎのどんな虚偽もまかり通って、平然とさらに悪い事態へ移行させられていくのを止められない。日本にとっては失うだけの史上最悪の国際法違反協定を、世界に恥をさらして非難されることは明白な中、事実を捻じ曲げてまで、誰のためにここまでしなくてはならなかったのか。
我が身を犠牲にしても国民を守る覚悟あるリーダーを
残念ながら、「今だけ、金だけ、自分だけ」は、日本の政治・行政、企業・組織のリーダー層にかなり普遍的に当てはまるように思われる。国民、市民を犠牲にして我が身を守るのがリーダーではない。「我が身を犠牲にしても国民を守る」覚悟を示すのがリーダーではないか。真に「国民を、国を守る」とはどういうことなのかが今こそ問われている。
更なる地域経済の衰退と格差拡大をもたらす日米FTA アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表・内田聖子 長周新聞 政治経済 2020年1月2日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/15039
超格差社会となった日本
2019年12月3日、日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定が国会で可決され、日本の正式な批准がなされた。その後10日、茂木外務大臣は記者会見にて「世界のGDPの3割を占める日米の貿易協定の発効によりまして、既に発効しているTPP11、日EU・EPAと併せて、世界経済の約六割をカバーする自由な経済圏、これが日本を中心に誕生することになります。大きな意義のあることだと考えています」とその成果を誇った。
この発言を聞いて、怒りを越えて虚しさを感じるのは私だけだろうか。2013年以降、日本は確かにTPPや日EU経済連携協定、RCEPなど次々とメガFTAを交渉し、妥結させてきた(RCEPのみ未発効)。そのたびに「二一世紀の自由貿易ルールを創り、日本経済を活性化する」と謳われてきたが、果たして結果はどうだろうか。
2010年には260万人だった農業就業人口は、2019年には168万人まで減った。高齢化にメガFTAの発効が相まって、農山村は苦境を強いられ続けている。
稲刈りをする農家(北海道)
農村だけではない。全国的に実質賃金は低下する一方で、一部の大企業は収益を高めている。また日本の富豪上位40人が保有する資産総額は2015年時点で15・9兆円にのぼり、その40人が持つ資産はアベノミクスが実行された3年間で2・2倍に急増している。さらにこの40人の資産総額は、日本の全世帯の下から約53%が保有する資産に匹敵するという。日本は米国を超える「超格差社会」となりつつある。
こうした経済的課題は少子化傾向にも表れており、2019年の出生数は、ついに年間90万人割れすることが確実になった。こうした数字を前にすると、政府の言う「日本」とは人口の多い大都市だけであり、「日本国民」とは一部の大企業・投資家・富裕層のみを指しているとしか思えない。
自由貿易の推進が誰に利益をもたらしたのかは明らかである。
日米貿易協定の問題点
日米FTAの合意書を交わした日米首脳会談(昨年9月26日、ワシントン)
今回締結した日米貿易協定は、さらなる地域経済の衰退と格差の拡大をもたらす。12月に批准した協定は「第一段階」のものであり、今後も米国との交渉は続くと見られる。これ以上影響を拡大させないためにも、改めてこの協定の問題点を振り返り、今後の対応を考えたい。
そもそも、日米貿易協定の交渉は、米国でトランプ大統領がTPPから離脱した時点から始まっている。TPPでは日本は米国に対して、牛肉・豚肉、コメ、乳製品など主要農産物で大きな譲歩を行ったが、米国はTPPから抜けたことで、これら日本の市場アクセスのメリットを失った。だから、「二国間交渉で何とか失ったものを取り戻したい」というのがトランプ大統領の意向だったのだ。
しかしこれは極めて勝手な要望だ。TPPにもさまざまな問題点はあるものの、米国は自身の意思で離脱しておきながら、まるで自分が被害に遭ったかのように「カナダやニュージーランド、オーストラリアの農産物に米国は負けてしまっている」と主張。結局、2018年9月、安倍首相とトランプ大統領の間で日米貿易協定の交渉入りが確約された。問題は、このように勝手な米国の交渉要請に、日本が応じてしまったことだ。しかも最初から「農産物関税はTPP協定など過去の協定レベルが上限」と、自らカードを切ってしまったのだ。その背景には、トランプ大統領による他国への「高関税措置」の脅威があった。日本側は通商拡大法の適用によって「日本車に25%もの高関税をかけられたら大打撃だ」と、その回避が交渉の唯一かつ最大の「目標」になってしまった。米国のTPP離脱後は「米国にTPP復帰を促していく」というのが日本の方針であったはずなのに、そのような大儀は完全に吹き飛んでしまった。
失うばかりの協定
このように交渉開始時点から日本の劣勢ははっきりしていた。その結果を安倍首相は「ウィンウィンの成果」と言うが、日本の「ウィン」はどこにも見当たらない。
農産物関税については、牛肉・豚肉の関税はTPP並みに引き下げられ、しかも輸入量が急増した際に国内生産者を守る役割のセーフガード措置も、「一度発動したらさらに米国と協議をしてその上限量を高める」ことが明記された。コメは今回除外となったが、今後も関税交渉は続く可能性があり、コメが対象にされる可能性について完全に否定できない。すでに日本の農業は、TPP11とEUとの経済連携協定によって打撃を受けており、ここに米国との協定が加わることで、深刻なダメージが予想される。日本の自給率は確実に下がる。
さらに、9月26日の安倍首相・トランプ大統領の会談では協定とは別の位置づけで「トウモロコシの大量購入」が突如発表された。これは飼料用であり、また購入は民間企業によるものとなるが、そもそも購入する根拠や農家のニーズもあやふやなもので、トランプ大統領の選挙キャンペーンの一環だと指摘されている。
逆に、日本の数少ないメリットとなるはずだったのが、米国が日本の自動車・部品にかけている関税撤廃だ。これはTPP交渉の時点で米国に撤廃を約束させていたもので、米国が「TPPレベルに農産物の関税を下げよ」と言うのであれば、「では米国も自動車関税をTPPと同じ約束で撤廃せよ」というのが対等・平等であり筋であった。
ところが、協定文を見るとそのような約束を確認できる数字はなく、付属書に「自動車関税・部品の撤廃については今後の交渉の対象となる」との一文が書かれているだけだ。これを政府は「撤廃を約束させた」と言うが、米国側には文書を含めてそのような認識はない。米国通商代表部のロバート・ライトハイザー代表は「今回の協定には自動車・部品の関税撤廃は含まれていない」と明言している。
このことは、FTAなど個別の協定を結ぶ場合には、「実質的にすべての貿易」を対象とすることを規定したWTO協定に明らかに違反する。米国が自動車・部品の関税を撤廃しなければ米国の関税撤廃率は6割にも満たなくなるからだ。衆議院の審議で野党はこれらの点を追及したものの、政府の答弁は不誠実で必要な資料提示も拒んだため野党も苦戦を強いられた。
二段階目の交渉への懸念
政府与党は、これまでに輪をかけて拙速な交渉と国会審議を進めた。その全体が米国の意向に完全に沿ったものであり、国益や議会での審議プロセスを軽視していると言わざるを得ない。トランプ大統領はこの協定を自身の選挙戦でのアピール材料とするため、2020年1月1日の発効を当初から目指してきた。日本側には急ぐ必要は一切ないにも関わらず、米国側の要望に沿う形でわずか10数時間の審議で批准してしまった。衆議院で約70時間、参議院で約60時間の計130時間かけたTPP協定には程遠い。
そして、 日米貿易協定の最大の問題は、一度ここで批准し発効したとしても、交渉は終わりでないという点だ。もともと米国は、日本との協定ではTPPと同じような多岐にわたる分野を含む「包括的なFTA」を想定していた。日米首脳による共同声明では、物品関税(農産物、自動車など)だけを含む現在の協定に加えて、今後さまざまな分野にも及ぶ交渉を開始することが記載された。例えば、保険・金融サービスや投資、医薬品特許などを含む知的財産権、またこれまでも懸念されてきた「為替操作禁止条項」など、数あるメニューの中からどのような分野が対象となるのか、米国はいつどのような形で要望を出してくるのか、先行きがまったく見えない。この二段階交渉という仕掛けは、私たちにとって最大の問題である。
そもそも、日米貿易協定の交渉開始前、米国政府は多くの企業にヒアリングを行い、要望をまとめてきた。第一段階の協定は関税のみのものとなったが、米国企業のうち、保険、金融、知的財産に関わる企業(エンターテインメント業界や医薬品企業)などから多くの要望が出された。例えば保険分野では、TPP交渉時以前から、米国大手保険会社は、日本のかんぽ保険や共済が「外国企業と比べて優遇されている」と主張し、TPP協定の中でそれらと同じ条件を米国企業に与えるよう求めてきた。日米協定の第二段階で米国がこれを要求してくる可能性はあり、そうなれば今まで以上に米国企業が市場シェアを拡大させるだろう。
また医薬品企業も、バイオ医薬品の特許期間の最大化によって利益が生み出せるため、TPPやNAFTA再交渉でも強く特許期間延長を求めてきた。NAFTA再交渉の結果、TPPよりも長い期間である10年となり、米国、カナダ、メキシコでの医薬品価格の高止まりが生じる。日本の国内法では八年となっているが、もし8年以上の要求が米国からあり合意してしまえば、日本でも医薬品アクセスが悪化することになる。
さらに、米国側は、今回合意した農産物関税の撤廃・削減の対象とならなかったコメや乳製品の開放も求めている。同時に、食の安全・安心に関わる衛生植物検疫も協定に入れよという声もある。そうなれば、米国基準の安全性に合わせる形で、日本の安全基準が緩和される危険性もある。
米国側は、年明けから大統領選一色となり、おそらく本格的な交渉は大統領選以降になるのではないかと見られる。しかし米国の事情はどうあれ、日本においてこれ以上の拡大交渉を認めてはならない。
地方から食と暮らしを守ることができる―全国で種苗法改定とのたたかいを― 元農林水産大臣・山田正彦 長周新聞 政治経済 2020年1月3日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/15047
種子法が廃止されて1年がたったが、このあいだに都道府県単位で種子条例を制定する動きが広がり、今年度中に21の自治体で制定される見込みとなっている。種子条例を制定する動きが広がれば、種子法廃止は実質的に意味を持たなくなる。地方の一人一人の動きがつながり、大きなうねりになってきた。こうしたなかで年明け、農水省はいよいよ種苗法の改定法案を国会に提出しようとしている。私たちは種子条例制定の運動に続き、今年は自家採種禁止法案に反対する運動と、種苗条例を全国で制定する運動を大展開したいと考えている。
種苗法が改定されると、これまで自家増殖をしていた農家が種や苗を買わなければならなくなる。茨城県の横田農場は、8品種のコメの種子約7㌧を自家採種しているが、すべて購入することになると350万~490万円になると訴えた。日本の農家がやっていけなくなるのは、だれが考えてもおかしいことだ。
農水省は、シャインマスカットの苗木が中国・韓国に流出していた問題を例に出し、「シャインマスカットが逆輸入されて、日本の農家を苦しめている。だから育種知見を保護しなければならない」として、自家採種を原則禁止にする必要性を主張している。現行の種苗法では「海外に持ち出すことが合法になっている」というのが農水省の言い分だ。
ところがこれは間違いだ。大きく4点、農水省の主張の矛盾を指摘する。
一つ目に、現政府が制定した「農業競争力強化支援法」は、第八条四項で、独立行政法人の試験研究機関や都道府県が有する種苗の生産に関する知見を民間事業者に提供することを促進するとしている。シャインマスカットは独立行政法人・農研機構が開発し、育種登録した品種だ。これを「民間に渡すように」といっているのだ。しかも当時国会で「海外のモンサントなどにも提供するのか」と聞くと、齋藤農林水産大臣は「TPP協定は内外無差別だから当然そうなる」と答えた。海外の種苗企業、多国籍企業にも育種知見を提供しろといいながら、「中国に流出するから種苗法を改定しなければならない」という主張は根本的に矛盾している。
二つ目に、種苗法第二一条二項では、登録品種や特性によって明確に区別されない品種でも、その種苗を用いて収穫物を得て、それを自分の農業経営のなかで種苗として用いる場合には、育成権者の効力はその苗から得た収穫物や加工品には及ばない。自家増殖は自由だ。
種苗法はユポフ条約(1991年条約)のためにできた法律だ。ユポフ1991年条約は自家採種を禁止し、開発企業の知的所有権の遵守を優先させたものだ。上記のように二一条では例外として、自家採種してその種をまき、収穫物を得ることや加工・販売することもできるようになっている。
だが政府は、「ここで育成者の権利が消えてしまう(消尽)」ため、自由に、合法的に海外に持ち出せるから自家採種禁止にする、と説明している。しかしそうではない。第二一条四項では、「当該登録品種等の種苗を生産する行為、当該登録品種につき品種の育成に関する保護を認めていない国に対し種苗を輸出する行為及び当該国に対し最終消費以外の目的を持って収穫物を輸出する行為」については育成者権の効力は及ぶとしている。海外に持ち出そうとする場合には、この第二一条四項によって禁止することができる。改定する必要がないという根拠だ。
三つ目に、種苗法には罰則の定めがあり、違反した者には10年以下の懲役もしくは1000万円の罰金、または両方を科されることになっている。しかも共謀罪の対象だ。本当に海外への流出を止めようと思えば、宮崎県が種牛の精液が流出したことについて刑事告訴をしたように、刑事告訴をすれば十分であり、改定しなければならない理由にはならない。
四つ目に、本当に海外流出を止めたいのであれば、国が中国・韓国で育種登録・商標登録すべきだ。シャインマスカットが海外流出したのは、それを怠ってきた国の責任ではないか。実際に、平成17年に種苗法二一条を改定したさいの農水省の資料では、「海外に行く日本の優良な育種知見を止めるには、海外で育種登録するしかない」としている。今になって「シャインマスカットの育種知見が流出するから」というのは説明がつかない。
◇ ◇
農水省が急いで種苗法を改定しようとしているのはアメリカの圧力にほかならない。日米FTAにともなって、モンサント等多国籍企業が圧力をかけている。種子法廃止と同じように、3月に衆議院、4月に参議院を通過させ、1年後に実施するつもりだ。
種苗法改定の検討委員会を引っ張っているのは、知的財産権ネットワークの弁護士だ。昨年10月15日に開催した院内集会の場に参加した農水省知的財産課の説明では、裁判所は現物を要求するが、モンサント等は登録された品種を現物として保有するのは容易ではないので、「特性を明文上、明らかにしたい」という。「この作物は背丈が何センチで、節はいくつで…」というように決め、それに該当すればすべて違反として、育種権者の権利を守るといい始めている。まさにモンサント等多国籍企業が裁判をするにあたって、彼らが有機栽培農家の栽培している伝統的な固定種を育種登録及び少し改良を加えて特許をとることができる内容である。
育種登録した品種でも、栽培する土地によっても変化していくものだ。そこでモンサントは有機栽培農家の自家採種をやめさせ、すべての種子を自社の種にすることを狙っている。モンサントの裁判が有名なことはみなさんご存知だと思う。モンサントポリスが畑を見回り、自社が育種権を持つ作物が混ざっていれば訴訟を起こす。カナダでは風で飛ばされた種が混入した菜種農家が訴えられ、20万㌦請求された。日本国内でもすでに、キノコの生産者が企業に訴訟を起こされたケースが6件も発生している。
すでに彼らは準備を始めている。このまま種苗法を改定すれば有機栽培農家も裁判に負け、大変な事態に置かれる。農水省が「伝統的な固定種を栽培している有機栽培農家は絶対に大丈夫だ」といっているのは真っ赤な嘘だ。
もう一つ、10月15日に農水省が大事な資料を出した。例えばシャインマスカットは農研機構の育種知見だが、その育種登録権者が第三者にかわった場合どうなるかということだ。農水省は「農家の権利は今まで通り変わりない」と説明し、巧妙に「自家採種禁止」という言葉を引っ込めて、「許諾を得なければつくれない」といういい方をしている。県や国の機関である農研機構などが育種登録権者であれば、農家にすぐ許諾するだろうが、これがモンサントなど第三者に渡った場合、金を払わなければ「許諾」などするはずがない。
◇ ◇
われわれは今年から、種苗法自家採種禁止法案に対して全国で反対運動を展開したいと考えている。それと同時に、種子条例が21の自治体でできたように、種苗条例を全国の自治体で制定していく運動を広げたいと考えている。国がアメリカやモンサントのいいなりになって種苗法を改定しても、地方からたたかっていけば恐いことはない。
そのうえで、広島県のジーンバンクのような活動が大切になってくる。県や市町村など公的機関がそれぞれの品種の特性をすべてデータ化し、保存・管理して貸し出すような制度があれば、育種登録より以前に使用している種苗は裁判でも勝つことができる。伝統的な固定種も先にすべて特性を記録し、登録しておけば、自家採種禁止をやられても、モンサントがやって来ても、たたかうことができる。沖縄県では本の貸し出しもしているカフェで、種の貸し出しも始まった。このような動きを全国に広げていけば心配することはない。
遺伝子組み換え作物についても、今治市の「食と農のまちづくり条例」のような形で守ることができる。今治市は市長に申請し厳しい条件をクリアして許可を得なければ、栽培できないよう条例で定めている。市内で遺伝子組み換え作物の栽培がおこなわれなければ、種子が交雑して訴訟を起こされることから農家を守ることができる。遺伝子組み換え作物を市民が食べることもない。今治市の条例は、違反した者に対し6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金も科すなど、大変厳しい内容だ。
今、地方自治体は法律に違反しない限り、みずからの意志で何でもできる時代だ。私たちの暮らしは私たちの力で守ることができる。地方から暮らしを守る時代だ。命をかけてやれば何でもできる。たたかえば勝てる。勝つまでたたかう。希望を持って今年も頑張っていきたい。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/15034
すずき・のぶひろ 1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農学博士。農林水産省、九州大学教授を経て、2006年より東京大学教授。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員などを歴任。『岩盤規制の大義』(農文協)、『悪夢の食卓 TPP批准・農協解体がもたらす未来』(KADOKAWA)、『亡国の漁業権開放 資源・地域・国境の崩壊』(筑波書房ブックレット・暮らしのなかの食と農)など著書多数。
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1月1日発効ありき
2020年1月1日発効ありきで、日米貿易協定が拙速・強引に国会承認された。米国の自動車関連の関税撤廃の約束は「ない」が、どこにも書いてないものを「ある」と言い張って、貿易カバー率が5割強しかないのに9割をカバーしていると粉飾して前代未聞の国際法違反協定を強行した。子供も騙せない虚偽説明も、ここまで露骨になるとは思いもよらなかった。
霞が関の苦悩
筆者も、役所時代はもちろん、大学に出てから多くのFTA(自由貿易協定)の事前交渉(産官学共同研究会)に参加してきたが、経済産業省や外務省や財務省がWTO(世界貿易機関)ルールとの整合性を世界的にも最も重視してきたと言っても過言ではない。良識ある官僚の本心は断腸の思いではないかと察する。
振り返ると、日本の農林漁業を守り、国民への安全な食料供給の確保を使命としてきた農林水産省にとっては、TPP(環太平洋連携協定)交渉への参加は、長年の努力を水泡に帰すもので、あり得ない選択肢であった。何としても阻止すべく、総力を挙げて闘ったが、押しきられた。痛恨の極みだった。
国内制度についても、酪農の指定団体制度も、種子法も、漁業法も、林野の法改定も、農林漁家と地域を守るために、知恵を絞って作り上げ、長い間守ってきた仕組みを、自らの手で無惨に破壊したい役人がいるわけはない。それらを自身で手を下させられる最近の流れは、まさに断腸の想いだろうと察する。霞が関を批判するのはたやすいが、逆らえば即処分される恐怖の中で彼らも苦しんでいる。
少数のオトモダチのために国民が犠牲に
しかも、規制緩和や貿易自由化といわれている実態は、日米の政権に結び付いた「今だけ、金だけ、自分だけ」のごく少数のオトモダチ企業の儲けを増やすことである。国家戦略特区で農地買収を例外的に認められた企業と、人や国の山を盗伐して儲けて植林義務もなく「食い逃げ」できるようになった企業と、洋上風力発電のために人の漁業権を無理やり補償もなしに強奪できるようにしてもらった企業は、同一企業なのである。
米国政権のオトモダチ企業の筆頭格のグローバル種子企業は、日本で公共の種の提供(種子法)を廃止させ、それを自分のもの(公共の種の譲渡を義務付ける新法)にし、それを買わないと生産ができなくして(種苗法の改訂)、遺伝子組み換え(GM)食品表示を実質無効化(2023年4月施行)し、ゲノム編集も完全野放し(2019年10月)にしてもらった。発がん性のある除草剤の残留基準値も多いものでは100倍以上に緩めさせた。日本人の命を守るための基準値が米国で使用量を増やしたことによる残留量の増加で決められている異常事態である。
世界的にグローバル種子企業に逆風が吹き始めている中、唯一なんでも言いなりに聞く日本を最大の餌食とする戦略に徹底的に応えて国民の命を差し出しているのが日本国である。彼らは、人の薬の製薬会社と合併し、GMと除草剤で日本人の病気を増やし、病気の増加が合併した企業の薬の売り上げ増になれば、「二度おいしい、新しいビジネスモデル」と言っているとの噂さえある。
国民・国家に対する特別背任罪が必要
TPPには参加しない、と言って参加し、重要五品目は除外、と言って除外せず、日米FTAを避けるためにTPP11をやる、と言って日米FTA交渉をTAGという捏造語で別物だと主張して開始し、その場がしのげたら、誰もTAGという言葉も使わなくなり、すべて虚偽だったことがあとから判明しても誰も責任を取らない。
今回の日米協定では、自動車関税は撤廃が約束されている、これ以上農業を譲らない、牛肉のセーフガードは広げない、25%への自動車関税引き上げは回避できた、などなどと言っているが、これが違っていた、となったときに、きちんと罰せられるような仕組みを作らないと、その場しのぎのどんな虚偽もまかり通って、平然とさらに悪い事態へ移行させられていくのを止められない。日本にとっては失うだけの史上最悪の国際法違反協定を、世界に恥をさらして非難されることは明白な中、事実を捻じ曲げてまで、誰のためにここまでしなくてはならなかったのか。
我が身を犠牲にしても国民を守る覚悟あるリーダーを
残念ながら、「今だけ、金だけ、自分だけ」は、日本の政治・行政、企業・組織のリーダー層にかなり普遍的に当てはまるように思われる。国民、市民を犠牲にして我が身を守るのがリーダーではない。「我が身を犠牲にしても国民を守る」覚悟を示すのがリーダーではないか。真に「国民を、国を守る」とはどういうことなのかが今こそ問われている。
更なる地域経済の衰退と格差拡大をもたらす日米FTA アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表・内田聖子 長周新聞 政治経済 2020年1月2日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/15039
超格差社会となった日本
2019年12月3日、日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定が国会で可決され、日本の正式な批准がなされた。その後10日、茂木外務大臣は記者会見にて「世界のGDPの3割を占める日米の貿易協定の発効によりまして、既に発効しているTPP11、日EU・EPAと併せて、世界経済の約六割をカバーする自由な経済圏、これが日本を中心に誕生することになります。大きな意義のあることだと考えています」とその成果を誇った。
この発言を聞いて、怒りを越えて虚しさを感じるのは私だけだろうか。2013年以降、日本は確かにTPPや日EU経済連携協定、RCEPなど次々とメガFTAを交渉し、妥結させてきた(RCEPのみ未発効)。そのたびに「二一世紀の自由貿易ルールを創り、日本経済を活性化する」と謳われてきたが、果たして結果はどうだろうか。
2010年には260万人だった農業就業人口は、2019年には168万人まで減った。高齢化にメガFTAの発効が相まって、農山村は苦境を強いられ続けている。
稲刈りをする農家(北海道)
農村だけではない。全国的に実質賃金は低下する一方で、一部の大企業は収益を高めている。また日本の富豪上位40人が保有する資産総額は2015年時点で15・9兆円にのぼり、その40人が持つ資産はアベノミクスが実行された3年間で2・2倍に急増している。さらにこの40人の資産総額は、日本の全世帯の下から約53%が保有する資産に匹敵するという。日本は米国を超える「超格差社会」となりつつある。
こうした経済的課題は少子化傾向にも表れており、2019年の出生数は、ついに年間90万人割れすることが確実になった。こうした数字を前にすると、政府の言う「日本」とは人口の多い大都市だけであり、「日本国民」とは一部の大企業・投資家・富裕層のみを指しているとしか思えない。
自由貿易の推進が誰に利益をもたらしたのかは明らかである。
日米貿易協定の問題点
日米FTAの合意書を交わした日米首脳会談(昨年9月26日、ワシントン)
今回締結した日米貿易協定は、さらなる地域経済の衰退と格差の拡大をもたらす。12月に批准した協定は「第一段階」のものであり、今後も米国との交渉は続くと見られる。これ以上影響を拡大させないためにも、改めてこの協定の問題点を振り返り、今後の対応を考えたい。
そもそも、日米貿易協定の交渉は、米国でトランプ大統領がTPPから離脱した時点から始まっている。TPPでは日本は米国に対して、牛肉・豚肉、コメ、乳製品など主要農産物で大きな譲歩を行ったが、米国はTPPから抜けたことで、これら日本の市場アクセスのメリットを失った。だから、「二国間交渉で何とか失ったものを取り戻したい」というのがトランプ大統領の意向だったのだ。
しかしこれは極めて勝手な要望だ。TPPにもさまざまな問題点はあるものの、米国は自身の意思で離脱しておきながら、まるで自分が被害に遭ったかのように「カナダやニュージーランド、オーストラリアの農産物に米国は負けてしまっている」と主張。結局、2018年9月、安倍首相とトランプ大統領の間で日米貿易協定の交渉入りが確約された。問題は、このように勝手な米国の交渉要請に、日本が応じてしまったことだ。しかも最初から「農産物関税はTPP協定など過去の協定レベルが上限」と、自らカードを切ってしまったのだ。その背景には、トランプ大統領による他国への「高関税措置」の脅威があった。日本側は通商拡大法の適用によって「日本車に25%もの高関税をかけられたら大打撃だ」と、その回避が交渉の唯一かつ最大の「目標」になってしまった。米国のTPP離脱後は「米国にTPP復帰を促していく」というのが日本の方針であったはずなのに、そのような大儀は完全に吹き飛んでしまった。
失うばかりの協定
このように交渉開始時点から日本の劣勢ははっきりしていた。その結果を安倍首相は「ウィンウィンの成果」と言うが、日本の「ウィン」はどこにも見当たらない。
農産物関税については、牛肉・豚肉の関税はTPP並みに引き下げられ、しかも輸入量が急増した際に国内生産者を守る役割のセーフガード措置も、「一度発動したらさらに米国と協議をしてその上限量を高める」ことが明記された。コメは今回除外となったが、今後も関税交渉は続く可能性があり、コメが対象にされる可能性について完全に否定できない。すでに日本の農業は、TPP11とEUとの経済連携協定によって打撃を受けており、ここに米国との協定が加わることで、深刻なダメージが予想される。日本の自給率は確実に下がる。
さらに、9月26日の安倍首相・トランプ大統領の会談では協定とは別の位置づけで「トウモロコシの大量購入」が突如発表された。これは飼料用であり、また購入は民間企業によるものとなるが、そもそも購入する根拠や農家のニーズもあやふやなもので、トランプ大統領の選挙キャンペーンの一環だと指摘されている。
逆に、日本の数少ないメリットとなるはずだったのが、米国が日本の自動車・部品にかけている関税撤廃だ。これはTPP交渉の時点で米国に撤廃を約束させていたもので、米国が「TPPレベルに農産物の関税を下げよ」と言うのであれば、「では米国も自動車関税をTPPと同じ約束で撤廃せよ」というのが対等・平等であり筋であった。
ところが、協定文を見るとそのような約束を確認できる数字はなく、付属書に「自動車関税・部品の撤廃については今後の交渉の対象となる」との一文が書かれているだけだ。これを政府は「撤廃を約束させた」と言うが、米国側には文書を含めてそのような認識はない。米国通商代表部のロバート・ライトハイザー代表は「今回の協定には自動車・部品の関税撤廃は含まれていない」と明言している。
このことは、FTAなど個別の協定を結ぶ場合には、「実質的にすべての貿易」を対象とすることを規定したWTO協定に明らかに違反する。米国が自動車・部品の関税を撤廃しなければ米国の関税撤廃率は6割にも満たなくなるからだ。衆議院の審議で野党はこれらの点を追及したものの、政府の答弁は不誠実で必要な資料提示も拒んだため野党も苦戦を強いられた。
二段階目の交渉への懸念
政府与党は、これまでに輪をかけて拙速な交渉と国会審議を進めた。その全体が米国の意向に完全に沿ったものであり、国益や議会での審議プロセスを軽視していると言わざるを得ない。トランプ大統領はこの協定を自身の選挙戦でのアピール材料とするため、2020年1月1日の発効を当初から目指してきた。日本側には急ぐ必要は一切ないにも関わらず、米国側の要望に沿う形でわずか10数時間の審議で批准してしまった。衆議院で約70時間、参議院で約60時間の計130時間かけたTPP協定には程遠い。
そして、 日米貿易協定の最大の問題は、一度ここで批准し発効したとしても、交渉は終わりでないという点だ。もともと米国は、日本との協定ではTPPと同じような多岐にわたる分野を含む「包括的なFTA」を想定していた。日米首脳による共同声明では、物品関税(農産物、自動車など)だけを含む現在の協定に加えて、今後さまざまな分野にも及ぶ交渉を開始することが記載された。例えば、保険・金融サービスや投資、医薬品特許などを含む知的財産権、またこれまでも懸念されてきた「為替操作禁止条項」など、数あるメニューの中からどのような分野が対象となるのか、米国はいつどのような形で要望を出してくるのか、先行きがまったく見えない。この二段階交渉という仕掛けは、私たちにとって最大の問題である。
そもそも、日米貿易協定の交渉開始前、米国政府は多くの企業にヒアリングを行い、要望をまとめてきた。第一段階の協定は関税のみのものとなったが、米国企業のうち、保険、金融、知的財産に関わる企業(エンターテインメント業界や医薬品企業)などから多くの要望が出された。例えば保険分野では、TPP交渉時以前から、米国大手保険会社は、日本のかんぽ保険や共済が「外国企業と比べて優遇されている」と主張し、TPP協定の中でそれらと同じ条件を米国企業に与えるよう求めてきた。日米協定の第二段階で米国がこれを要求してくる可能性はあり、そうなれば今まで以上に米国企業が市場シェアを拡大させるだろう。
また医薬品企業も、バイオ医薬品の特許期間の最大化によって利益が生み出せるため、TPPやNAFTA再交渉でも強く特許期間延長を求めてきた。NAFTA再交渉の結果、TPPよりも長い期間である10年となり、米国、カナダ、メキシコでの医薬品価格の高止まりが生じる。日本の国内法では八年となっているが、もし8年以上の要求が米国からあり合意してしまえば、日本でも医薬品アクセスが悪化することになる。
さらに、米国側は、今回合意した農産物関税の撤廃・削減の対象とならなかったコメや乳製品の開放も求めている。同時に、食の安全・安心に関わる衛生植物検疫も協定に入れよという声もある。そうなれば、米国基準の安全性に合わせる形で、日本の安全基準が緩和される危険性もある。
米国側は、年明けから大統領選一色となり、おそらく本格的な交渉は大統領選以降になるのではないかと見られる。しかし米国の事情はどうあれ、日本においてこれ以上の拡大交渉を認めてはならない。
地方から食と暮らしを守ることができる―全国で種苗法改定とのたたかいを― 元農林水産大臣・山田正彦 長周新聞 政治経済 2020年1月3日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/15047
種子法が廃止されて1年がたったが、このあいだに都道府県単位で種子条例を制定する動きが広がり、今年度中に21の自治体で制定される見込みとなっている。種子条例を制定する動きが広がれば、種子法廃止は実質的に意味を持たなくなる。地方の一人一人の動きがつながり、大きなうねりになってきた。こうしたなかで年明け、農水省はいよいよ種苗法の改定法案を国会に提出しようとしている。私たちは種子条例制定の運動に続き、今年は自家採種禁止法案に反対する運動と、種苗条例を全国で制定する運動を大展開したいと考えている。
種苗法が改定されると、これまで自家増殖をしていた農家が種や苗を買わなければならなくなる。茨城県の横田農場は、8品種のコメの種子約7㌧を自家採種しているが、すべて購入することになると350万~490万円になると訴えた。日本の農家がやっていけなくなるのは、だれが考えてもおかしいことだ。
農水省は、シャインマスカットの苗木が中国・韓国に流出していた問題を例に出し、「シャインマスカットが逆輸入されて、日本の農家を苦しめている。だから育種知見を保護しなければならない」として、自家採種を原則禁止にする必要性を主張している。現行の種苗法では「海外に持ち出すことが合法になっている」というのが農水省の言い分だ。
ところがこれは間違いだ。大きく4点、農水省の主張の矛盾を指摘する。
一つ目に、現政府が制定した「農業競争力強化支援法」は、第八条四項で、独立行政法人の試験研究機関や都道府県が有する種苗の生産に関する知見を民間事業者に提供することを促進するとしている。シャインマスカットは独立行政法人・農研機構が開発し、育種登録した品種だ。これを「民間に渡すように」といっているのだ。しかも当時国会で「海外のモンサントなどにも提供するのか」と聞くと、齋藤農林水産大臣は「TPP協定は内外無差別だから当然そうなる」と答えた。海外の種苗企業、多国籍企業にも育種知見を提供しろといいながら、「中国に流出するから種苗法を改定しなければならない」という主張は根本的に矛盾している。
二つ目に、種苗法第二一条二項では、登録品種や特性によって明確に区別されない品種でも、その種苗を用いて収穫物を得て、それを自分の農業経営のなかで種苗として用いる場合には、育成権者の効力はその苗から得た収穫物や加工品には及ばない。自家増殖は自由だ。
種苗法はユポフ条約(1991年条約)のためにできた法律だ。ユポフ1991年条約は自家採種を禁止し、開発企業の知的所有権の遵守を優先させたものだ。上記のように二一条では例外として、自家採種してその種をまき、収穫物を得ることや加工・販売することもできるようになっている。
だが政府は、「ここで育成者の権利が消えてしまう(消尽)」ため、自由に、合法的に海外に持ち出せるから自家採種禁止にする、と説明している。しかしそうではない。第二一条四項では、「当該登録品種等の種苗を生産する行為、当該登録品種につき品種の育成に関する保護を認めていない国に対し種苗を輸出する行為及び当該国に対し最終消費以外の目的を持って収穫物を輸出する行為」については育成者権の効力は及ぶとしている。海外に持ち出そうとする場合には、この第二一条四項によって禁止することができる。改定する必要がないという根拠だ。
三つ目に、種苗法には罰則の定めがあり、違反した者には10年以下の懲役もしくは1000万円の罰金、または両方を科されることになっている。しかも共謀罪の対象だ。本当に海外への流出を止めようと思えば、宮崎県が種牛の精液が流出したことについて刑事告訴をしたように、刑事告訴をすれば十分であり、改定しなければならない理由にはならない。
四つ目に、本当に海外流出を止めたいのであれば、国が中国・韓国で育種登録・商標登録すべきだ。シャインマスカットが海外流出したのは、それを怠ってきた国の責任ではないか。実際に、平成17年に種苗法二一条を改定したさいの農水省の資料では、「海外に行く日本の優良な育種知見を止めるには、海外で育種登録するしかない」としている。今になって「シャインマスカットの育種知見が流出するから」というのは説明がつかない。
◇ ◇
農水省が急いで種苗法を改定しようとしているのはアメリカの圧力にほかならない。日米FTAにともなって、モンサント等多国籍企業が圧力をかけている。種子法廃止と同じように、3月に衆議院、4月に参議院を通過させ、1年後に実施するつもりだ。
種苗法改定の検討委員会を引っ張っているのは、知的財産権ネットワークの弁護士だ。昨年10月15日に開催した院内集会の場に参加した農水省知的財産課の説明では、裁判所は現物を要求するが、モンサント等は登録された品種を現物として保有するのは容易ではないので、「特性を明文上、明らかにしたい」という。「この作物は背丈が何センチで、節はいくつで…」というように決め、それに該当すればすべて違反として、育種権者の権利を守るといい始めている。まさにモンサント等多国籍企業が裁判をするにあたって、彼らが有機栽培農家の栽培している伝統的な固定種を育種登録及び少し改良を加えて特許をとることができる内容である。
育種登録した品種でも、栽培する土地によっても変化していくものだ。そこでモンサントは有機栽培農家の自家採種をやめさせ、すべての種子を自社の種にすることを狙っている。モンサントの裁判が有名なことはみなさんご存知だと思う。モンサントポリスが畑を見回り、自社が育種権を持つ作物が混ざっていれば訴訟を起こす。カナダでは風で飛ばされた種が混入した菜種農家が訴えられ、20万㌦請求された。日本国内でもすでに、キノコの生産者が企業に訴訟を起こされたケースが6件も発生している。
すでに彼らは準備を始めている。このまま種苗法を改定すれば有機栽培農家も裁判に負け、大変な事態に置かれる。農水省が「伝統的な固定種を栽培している有機栽培農家は絶対に大丈夫だ」といっているのは真っ赤な嘘だ。
もう一つ、10月15日に農水省が大事な資料を出した。例えばシャインマスカットは農研機構の育種知見だが、その育種登録権者が第三者にかわった場合どうなるかということだ。農水省は「農家の権利は今まで通り変わりない」と説明し、巧妙に「自家採種禁止」という言葉を引っ込めて、「許諾を得なければつくれない」といういい方をしている。県や国の機関である農研機構などが育種登録権者であれば、農家にすぐ許諾するだろうが、これがモンサントなど第三者に渡った場合、金を払わなければ「許諾」などするはずがない。
◇ ◇
われわれは今年から、種苗法自家採種禁止法案に対して全国で反対運動を展開したいと考えている。それと同時に、種子条例が21の自治体でできたように、種苗条例を全国の自治体で制定していく運動を広げたいと考えている。国がアメリカやモンサントのいいなりになって種苗法を改定しても、地方からたたかっていけば恐いことはない。
そのうえで、広島県のジーンバンクのような活動が大切になってくる。県や市町村など公的機関がそれぞれの品種の特性をすべてデータ化し、保存・管理して貸し出すような制度があれば、育種登録より以前に使用している種苗は裁判でも勝つことができる。伝統的な固定種も先にすべて特性を記録し、登録しておけば、自家採種禁止をやられても、モンサントがやって来ても、たたかうことができる。沖縄県では本の貸し出しもしているカフェで、種の貸し出しも始まった。このような動きを全国に広げていけば心配することはない。
遺伝子組み換え作物についても、今治市の「食と農のまちづくり条例」のような形で守ることができる。今治市は市長に申請し厳しい条件をクリアして許可を得なければ、栽培できないよう条例で定めている。市内で遺伝子組み換え作物の栽培がおこなわれなければ、種子が交雑して訴訟を起こされることから農家を守ることができる。遺伝子組み換え作物を市民が食べることもない。今治市の条例は、違反した者に対し6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金も科すなど、大変厳しい内容だ。
今、地方自治体は法律に違反しない限り、みずからの意志で何でもできる時代だ。私たちの暮らしは私たちの力で守ることができる。地方から暮らしを守る時代だ。命をかけてやれば何でもできる。たたかえば勝てる。勝つまでたたかう。希望を持って今年も頑張っていきたい。